Vol. 2May 2026

Sách

Thư viện tri thức thế giới miền công cộng

Hiển thị 9.096 trên 14.981 cuốn

曠野

小川未明

野原の中に一本の松の木が立っていました。そのほかには目にとまるような木はなかったのです。 「どうして、こんなところに、ひとりぼっちでいるようになったのか。」 木は自分の運命を考えましたけれど、わかりませんでした。そして、そんなことを考えることの、畢竟むだだということを知ったのです。 「ただ、自分は大きくなって、強く生きなければならない。」と思いました。 見上

JA
Chỉ nguyên tác

曲亭馬琴

邦枝完二

曲亭馬琴 邦枝完二 一 きのう一日、江戸中のあらゆる雑音を掻き消していた近年稀れな大雪が、東叡山の九つの鐘を別れに止んで行った、その明けの日の七草の朝は、風もなく、空はびいどろ鏡のように澄んで、正月とは思われない暖かさが、万年青の鉢の土にまで吸い込まれていた。 戯作者山東庵京伝は、旧臘の中から筆を染め始めた黄表紙「心学早染草」の草稿が、まだ予定の半数も書けな

JA
Chỉ nguyên tác

曲者

原民喜

☆その男が私の前に坐って何か話しているのだが、私は妙に脇腹のあたりが生温かくなって、だんだん視野が呆けてゆくのを覚える。例によって例の如く、これは相手の術策が働いているのだなと思う。私は内心非常に恥しく、まる裸にされて竦んでいる哀れな女を頭に描いていた。そのまる裸の女を前にして、彼は小気味よそうに笑っているのである。急に私は憎悪がたぎり、石のように頑なものが

JA
Chỉ nguyên tác

曲れる者

ドイルアーサー・コナン

ある日の夜、結婚して数ヶ月後のことだ。私は暖炉のそばに座りながら、寝る前の一服をくわえたまま小説を手にうとうとしていた。日中の仕事でずっと疲れ通しだったのだ。妻はとうに上へ退いており、さきほど玄関の戸締まりの音があったから、召使いたちも下がっていよう。私は椅子から立ち上がり、パイプの灰を叩き落とす。と、ふと呼び鈴の音が聞こえてきた。 時計を見た。一二時一五分

JA
Chỉ nguyên tác

曲馬団の「トッテンカン」

下村千秋

いちばん先に、赤いトルコ帽をかむった一寸法師がよちよち歩いて来ます。その後から、目のところだけ切り抜いた大きな袋をかむった大象が、太い脚をゆったりゆったり運んで来ます。象の背中には、桃色の洋服をきたかわいい少女が三人、人形のようにちょこんと並んでのっかっています。その後からは楽隊の人々が、みんな赤いズボンをはき、大きなラッパ、小さなラッパ、クラリオネット、大

JA
Chỉ nguyên tác

更級日記など

堀辰雄

御質問にお答へするほど、日本の古典をよく讀んでゐませんので大變困りましたが、 一、僅かに讀んだものの中では、「更級日記」などが隨分好きです。理由と云つても別にありませんが、彼女の小さな夢を彼女なりに切實に生きたらしい、この「更級日記」の作者などが、何となく僕には血縁のあるやうな氣がするからです。 一、僕がそれから影響を受けたやうなものはまだ日本の古典の中には

JA
Chỉ nguyên tác

これから書きます

宮本百合子

これから書きます 宮本百合子 好きな男性というのと、興味を感じ又はその行為に感動をひきおこされて心にのこっている男性というのとは少しちがうのでお答えに困りました。ファジーエフの「壊滅」の中のレビンソンなどつよく心にのこっています。この答えをかくとき数人の友人達が喋っていたので、私は笑いながら「私の最もすきな男性はこれから私の文学の中に書かなければならないわね

JA
Chỉ nguyên tác

書について

高村光太郎

書について 高村光太郎 この頃は書道がひどく流行して来て、世の中に悪筆が横行している。なまじっか習った能筆風な無性格の書や、擬態の書や、逆にわざわざ稚拙をたくんだ、ずるいとぼけた書などが随分目につく。 一 絶えて久しい知人からなつかしい手紙をもらったところが、以前知っていたその人の字とは思えないほど古法帖めいた書体に改まっている、うまいけれどもつまらない手紙

JA
Chỉ nguyên tác

書をみるたのしさ

高村光太郎

書を見てゐるのは無條件にたのしい。畫を見るのもたのしいが、書の方が飽きないやうな氣がする。書の寫眞帖を見てゐると時間をつぶして困るが、又あけて見たくなる。疲れた時など心が休まるし、何だか氣力を與へてくれる。六朝碑碣の拓本もいいし、唐宋の法帖もいいし、日本のかなもすばらしい。直接書いた人にあふやうな氣がしていつでも新らしい。書はごまかしがきかないから實に愉快だ

JA
Chỉ nguyên tác

書かれざる作品

豊島与志雄

書かれざる作品 豊島与志雄 横須賀の海岸に陸から橋伝いに繋ぎとめられ、僅かに記念物として保存されている軍艦三笠を、遠くから望見した時、私は、日本海大海戦に勇名を馳せた軍艦のなれのはてに、一種の感懐を禁じ得なかった。そしてその感懐が、ひいて三笠に対する興味となって、「軍艦三笠」と頭する小説を書いてみようと思うようになり、少しばかり記録を調べにかかったことがある

JA
Chỉ nguyên tác

書けない原稿

北条民雄

今日は二月の二十七日だ。夕方から雨が降り出して、夜になるとますます激しくなつて、机の前に坐つてゐると、びしよびしよと雨だれが聴えて来る。時々風が吹いて、どこか遠くの方で潮鳴りでもしてゐるやうな工合でひどく憂鬱だ。雨の音といふものは妙に淋しくなるもので、しかし考へをまとめるのにはなかなかいいものだ。それに僕は雨の多い国に生れたせゐか、どうも雨といふやつが好きで

JA
Chỉ nguyên tác

シナーニ書店のベンチ

宮本百合子

シナーニ書店のベンチ 宮本百合子 厳寒で、全市は真白だ。屋根。屋根。その上のアンテナ。すべて凍って白い。大気は、かっちり燦いて市街をとりかこんだ。モスクワ第一大学の建物は黄色だ。 我々は、古本屋の半地下室から出た。『戦争と平和』の絵入本二冊十五ルーブリ。 大学の壁にビラが貼ってある。各劇場の今週間の番組。曲芸師ケファロの横顔―― ほとんど通り過ぎかけて、私は

JA
Chỉ nguyên tác

書を愛して書を持たず

小川未明

私は、蔵書というものを持ちませんが、新聞や、雑誌の広告に注意して、最新の出版でこれは読んで見たいなと思うものがあると求めるのがありますが、旧いものは、これは何々文庫というような廉価本で用を達しています。読んでしまえば、それでいゝようなものゝ、性来の潔癖もあって、汚れたのや、破れたのは、どうしても手に取る気がしません。少なくも、その書中から、滋養を摂るのに、そ

JA
Chỉ nguyên tác

書斎

辻潤

書斎 辻潤 私は長い間、書斎らしい書斎も本箱も何も持たないことをさも自慢らしく吹聴してくらしている人間のひとりなのです。文筆生活をしていながら、未だ生まれて万年筆というものを買ったことさえないのを、さも立派な趣味ででもあるかの如く心得て暮らしている人間なのです。 昔、私が二十歳時分の頃、小学校の代用教員に雇われて月給十五円也を頂戴している頃のこと、女の先生と

JA
Chỉ nguyên tác

書斎を中心にした家

宮本百合子

書斎を中心にした家 宮本百合子 我々のように、二人とも机に向って仕事をする者は、若し理想を実現し得るなら、先ず静かなよい書斎を持ちたいのが希望です。 何も、壮麗でなく、材料が素晴らしいのではなくてよいから、各自の性格と、仕事の種類とに適応した勉強部屋が欲しい。一日の中、大部分は、其部屋の中に生活するのですから、客間、食堂、寝室などと云うものは、皆、勉強部屋で

JA
Chỉ nguyên tác

書斎と星

北原白秋

書斎と星 北原白秋 『東京にはお星さんがないよ。』 と、うちの子はよく言ふ。 『ああ、ああ、俺には書斎がない。』 これはその父であるわたくし自身の嘆息である。 まつたく小田原の天神山はあらゆる星座の下に恵まれてゐた。山景風光ともにすぐれて明るかつたが、階上のバルコンや寝室から仰ぐ夜空の美しさも格別であつた。これが東京へ来てほとんど見失つて了つた。それでもまだ

JA
Chỉ nguyên tác

書斎の条件

宮本百合子

書斎の条件 宮本百合子 空想のうちに描いている斯様ありたいと思う書斎の条件を並べます。 (一) いつも静かで、変化の著しくない光線の入ること。窓も大きくとり、茂った常緑木の葉、落葉樹の感情ある変化を眺めうること。(二) 湿気、火事の要心のため、洋風にし家具を全部背いくるように落付いた色調。足音のしない床。〔一九二六年九月〕

JA
Chỉ nguyên tác

書斎を棄てゝ

牧野信一

もうわたしは、余程久しい以前から定つた自分の部屋といふものを忘れて、まるで吟遊詩人のやうな日をおくつてゐることだ。ところがわたしは、かねがね憧れの夢のなかでは寝ても醒めても、そこはかとない放浪のおもひが逞しいにもかゝはらず、身をもつてそれからそれへ酔歩を移してゆくといふことには何うやら未だ雅量にも堪へられず、所詮は書斎裡のみの夢想家に過ぎないといふ感が今更な

JA
Chỉ nguyên tác

よい書とうまい書

北大路魯山人

古来世間でいう「うまい書」というものには、例えば夏の夕、裸であぐらをかいて、夕顔棚の下で涼しい顔をしているようなのがある。 それではまた、先輩諸君を前にして失礼でございますが、また実学上のことを話さしていただきます。 今日、字のことは、相変らずうまいとか、まずいとかいうことで済んでしまっておるようでありますが、前に申し上げましたように、うまいとか、まずいとか

JA
Chỉ nguyên tác

書の深淵

高村光太郎

書をみるのはたのしい。畫は見飽きることもあるが、書はいくら見てゐてもあきない。又いくどくり返してみてもそのたびに新らしく感ずる。 出土品の骨や角に彫つた原始形態のものもおもしろく、金石文も、六朝あたりの碑碣の拓本、唐宋の法帖の複製などもすばらしい。わけて肉筆ものを親しく見られる近代大陸や日本のものの興味は盡きない。 書は一種の抽象藝術でありながら、その背後に

JA
Chỉ nguyên tác

書物の倫理

三木清

書物の倫理 三木清 洋書では滅多にないことだが、日本のこの頃の本はたいてい箱入になっている。これは発送、返品、その他の関係の必要から来ていることだろうが、我々にはあまり有難くないことのように思う。だいいち本屋の新刊棚の前に立ったとき、そのためにたいへん単調な感じを受ける。どの本もどの本も皆一様に感じられる。どれかを開けて内容を調べてみようとしても、箱があるの

JA
Chỉ nguyên tác

書狼書豚

辰野隆

古は渇して盗泉の水を飲まず、今は盗泉の名を改めて飲む。といふのは、今から二十五六年前に、長谷川如是閑氏の吐いた警句であるが、氏は近頃再た、悉く書を信ぜば書なきに如かずといふ怠け者の格言を、悉く書を信ぜざれば書あるに如かず、と訂正した。蓋し真に書を読む人の体験でもあり、達人の至言でもある。 元来、書物などは実生活には無用の長物であるから、読まぬ奴は読まぬし、信

JA
Chỉ nguyên tác

書簡(Ⅰ)

寺田寅彦

拝復。島木さんの事について何か書くようにとの御手紙を頂きましたので、考えてはみましたが、私は同氏から稀に御手紙は頂戴しておりましたものの、御目にかかったのは前後にただ一度だけ、それも宴会の席上でちょっと御挨拶をしたばかりでありまして、同氏の追憶と云っては別段に申上げるほどの資格も御座いません。 ただ何か強いて申上げようとすれば次のような事で御座います。 「島

JA
Chỉ nguyên tác