Vol. 2May 2026

Sách

Thư viện tri thức thế giới miền công cộng

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坂口安吾

畏友辰夫は稀に見る秀才だつたが、発狂してとある精神病院へ入院した。辰夫は周期的に発狂する遺伝があつて、私が十六の年彼とはぢめて知つた頃も少し変な時期だつた。これ迄は自宅で療養してゐたが、この時は父が死亡して落魄の折だから三等患者として入院し、更に又公費患者に移されてゐた。家族達は辰夫の生涯を檻の中に封じる所存か、全く見舞にも来なくなつた。 辰夫は檻の中で全快

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太宰治

母 太宰治 昭和二十年の八月から約一年三箇月ほど、本州の北端の津軽の生家で、所謂疎開生活をしていたのであるが、そのあいだ私は、ほとんど家の中にばかりいて、旅行らしい旅行は、いちども、しなかった。いちど、津軽半島の日本海側の、或る港町に遊びに行ったが、それとて、私の疎開していた町から汽車で、せいぜい三、四時間の、「外出」とでも言ったほうがいいくらいの小旅行であ

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坂口安吾

畏友辰夫は稀に見る秀才だったが、発狂してとある精神病院へ入院した。辰夫は周期的に発狂する遺伝があって、私が十六の年彼とはじめて知った頃も少し変な時期だった。これ迄は自宅で療養していたが、この時は父が死亡して落魄の折だから三等患者として入院し、更に又公費患者に移されていた。家族達は辰夫の生涯を檻の中に封じる所存か、全く見舞にも来なくなった。 辰夫は檻の中で全快

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さびしいお母さん

小川未明

二時間の図画の時間に、先生が、 「みなさんのお母さんを、描いてごらんなさい。」と、おっしゃいました。 「先生、お母さんのない人は、どうしますか?」と、いったものがあります。 「お母さんのない人は、だれですか?」 「武田くんは、お母さんがないのです。」 「じゃ、ない人は、お父さんをおかきなさい。」と、先生はおっしゃいました。 みんなは、静かになりました。そして

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お母さん

小川未明

正ちゃんは、目をさますと、もう朝でした。窓が明るくなって、どこかで雨戸を繰る音がしました。けれどそばに寝ている兄さんも、目をさまさなければ、またお母さんもお起きなさらぬようすです。 「きょうは、日曜日なんだ。」 いつもなら、みんなが、こうゆっくりしてはいられぬのでした。正ちゃんは、いつも日曜は、朝がおそいのを知っていました。それをうっかりして、いつもと同じよ

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お母さんはえらいな

小川未明

いちばん下の勇ちゃんには、よくおなかをいためるので、なるべく果物はたべさせないようにしてありましたから、ほかの兄さんや、姉さんたちが、果物をたべるときには、勇ちゃんの遊びに出て、いないときとか、また夜になって、勇ちゃんが寝てしまってから、こっそりとたべることにしていました。 「僕、びわがたべたいのだけど。」 「私は、水蜜がたべたいわ。」 兄さんや、姉さんたち

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お母さんのひきがえる

小川未明

かえるというものは、みんなおとなしいものですけれど、この大きなひきがえるは、たくさんの小さなひきがえるのお母さんであっただけに、いちばんおとなしいのでありました。 町の裏は、坂になって、細い道がつづいていました。道の両側はやぶになっていましたので、そこに、かえるはすんでいたのであります。去年のちょうどいまごろにも、このお母さんのかえるは、坂の通りへ出て、小さ

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母へ

長沢佑

一九二九年四月十六日未明、同志吉田君はやられた。彼の家は家宅捜索――神棚は勿論、土間の隅まで掻きむしられた。翌三〇年十一月、彼の愛弟は裏の河へ落ちて死んだ。彼の家に起ったこの二つの事件は、地主の嬶共に依って次のようなデマを生み、部落内へ流布された。「神様を粗末にするから罰が当ったのだ」と。 桐の葉もすっかり散り秋も漸々終ろうとする頃寒い十一月の朝だった。ささ

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母たち

小林多喜二

母たち 小林多喜二 弟が面会に行くとき、今度の事件のことをお前に知らせるようにと云ってやった。 差入のことや家のことや色々なことを云った後で、弟は片方の眼だけを何べんもパチ/\させながら、「故里の方はとても吹雪いているんだって。」と云った。するとお前は、「そうだろうな、十二月だもの。――こっちの冬はそれに比べると、故里の春先きのようなものだ。」と云ったそうだ

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母となる

福田英子

母となる 福田英子 一 姙娠 是より先き妾の尚ほ郷地に滞在せし時、葉石との関係につき他より正式の申込あり、葉石よりも直接に旧情を温めたき旨申来るなど、心も心ならざるより、東京なる重井に柬して其承諾を受け、父母にも告げて再び上京の途に就きしは廿二年七月下旬なり。此頃より妾の容体尋常ならず、日を経るに従ひ胸悪く頻りに嘔吐を催しければ、扨はと心に悟る所あり、出京後

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母の上京

坂口安吾

母の上京 坂口安吾 母親の執念はすさまじいものだと夏川は思つた。敗戦のどさくさ以来、夏川はわざと故郷との音信を断つてゐる。故郷の知り人に会ふこともなく、親しい人にも今の住所はなるべく明さぬやうにしてゐるのだが、どういふ風の便りを嗅ぎわけて、母がたうとう自分の住居を突きとめたのだか、母の一念を考へて、ゾッとするほどの気持であつた。 夏川が都電を降りると、ヒロシ

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お母さんのお乳

小川未明

赤ちゃんは、お母さんのお乳にすがりついて、うまそうに、のんでいました。 それをさもうらやましそうにして、五つになったお兄さんと、七つになったお姉さんとがながめていました。 兄さんは、ついに我慢がしきれなくなったとみえて、お母さんのお乳に、小さな手をかけようとしました。すると、赤ちゃんは、顔を真っ赤にして、かわいらしい頭をふって、さわってはいけないといって怒り

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お母さんは僕達の太陽

小川未明

子供は、自分のお母さんを絶対のものとして、信じています。そのお母さんに対して、註文を持つというようなことがあれば、それは、余程大きくなってからのことでありましょう。たとえば、お母さんに頼んだことを、きちんとしてもらいたいとか、また、他の教養あるお母さんのように、話が分ってほしいとか、もっと様子を綺麗にしてもらいたいとか、言葉使いなど上品にしてもらいたいとか、

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母の匂い

佐藤垢石

母の匂い 佐藤垢石 母はいつも、釣りから戻ってきた父をやさしくいたわった。子供心に、私はそれが何より嬉しかった。 やはり、五月はじめのある朝、父と二人で、村の河原の雷電神社下の釣り場へ若鮎釣りを志して行った。父と私が釣り場へ行く時には、いつも養蚕に使う桑籠用の大笊を携えるのであった。あまり数多くの若鮎が釣れるので、小さな魚籠ではすぐ一杯になってしまい、物の役

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母の叫び

中野鈴子

行ってしまった もう煙も見えない 息子を乗せた汽車は行ってしまった 剣を抜いて待ちかまえている 耳や 手足の指がくさって落ちるという そんな寒い 戦場の×煙の中へ 息子の汽車は走って行った 生きて帰るようなことはあるまい 汽車の窓のあの泣き笑いがお あれがあの子の見おさめなのか 親一人子一人の暮らしで あの子は毎晩 わたしの夜具の裾をたたいてくれた いつもや

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母の変死

田中貢太郎

よく肉親の身の上に変事があると、その知らせがあると云いますが、私にもそうした経験があります。 私の母は六十七歳で変死したのですが、今でもその時の事を思いだしますと、悲しくてしかたがありません。それは秋のことでしたが、母は長い間口癖のように云っていた善光寺参詣をする事になって、喜んで家を出ましたが、出たっきり何の音沙汰もありません。もっとも母は無筆ですから、自

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お母さまは太陽

小川未明

「お母さんは、太陽だ。」ということが、私にはどうしてもわかりませんでした。そうしたら、よくもののわかった、やさしいおじいさんが、つぎのようなお話をしてくださいました。 *   *   *   *   * わしは、子供の時分、おおぜいの兄弟がありました。そして、みんなが、お母さんを大好きでした。みんなは、朝起きると、眠るときまで、楽しいことがあったといい、悲し

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母と子

正宗白鳥

封筒の中には長いお札が疊み込まれてあつた。それには××八幡宮玉串と大きな文字が刷られて、その傍に「辰の歳の男疳性平癒」と書いてあつた。 何事を云つて來たのかと、案じながら手紙を開いたおたねは、お札を見るとくす/\獨り笑ひをした。お札の外に御供米が四五粒包まれてゐた。 明ら樣に云つては夫が一口に迷信だとけなして生米なんか口に入れないだらうからと、おたねは御飯の

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母子像

久生十蘭

進駐軍、厚木キャンプの近くにある、聖ジョセフ学院中学部の初年級の担任教諭が、受持の生徒のことで、地区の警察署から呼出しを受けた。 年配の司法主任が、知的な顔をした婦人警官を連れて調室に入ってきた。 「お呼びたてして、恐縮でした」と軽く会釈すると、事務机を挟んで教諭と向きあう椅子に掛けた。尾花が白い穂波をあげて揺れているのが、横手の窓から見えた。 「こちらは少

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母子ホームの子供たち

槙本楠郎

にぎやかな電車通の裏に、川に沿つた静かな柳の並木道があります。その最初の石橋を渡ると、すぐ前に白い三階の大きな建物が、青青とした庭木に包まれて聳えてゐます。 五年生の清三は、かんかんてりの真夏の西日を浴びて、元気よく学校から帰つて来て、その石の門をはいると、病院のやうな広い玄関で、同じやうに今学校からかへつたばかりの、六年生の睦子にあひました。 「あら、おか

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