Vol. 2May 2026

Sách

Thư viện tri thức thế giới miền công cộng

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クリスマスと結婚式 ――無名氏の手記より――

ドストエフスキーフィヨードル・ミハイロヴィチ

二、三日前にわたしは結婚式を見た……いや! しかし、それよりまず降誕祭樹まつりの話をしよう。結婚式は立派なもので、大層気に入ったのだけれど、もう一つの話のほうが面白いのだ。いったいどうしたわけで、その結婚式を見ているうちにあの時の降誕祭樹まつりのことが頭に浮かんだのか、わたしにもよくわからない。が、これは次のような次第だったのである。 ちょうど五年前、元旦を

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結婚と恋愛

ゴールドマンエマ

結婚と恋愛に関する一般の観念は其が同意義であり、同じ動機から湧き出し、同じ人間の必要を蓋ふてゐると云ふのである、大抵の通俗観念と同様にこれも亦事実に基かないで、迷信に基いてゐるのである。 結婚と恋愛は共通な何物をも持つてはゐない。両者はまるで両極のやうに離れてゐる。実際、相互に敵視してゐるのである。勿論ある結婚は恋愛の結果であつた。然し恋愛が結婚に於てのみそ

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「結婚の生態」

宮本百合子

「結婚の生態」 宮本百合子 石川達三氏の「結婚の生態」という小説について、これまで文学作品として正面からとりあげた書評は見当らなかった。それにもかかわらず、この本は大変広汎に読まれている本の一つである。大変ひろく読まれながら、その読後の感想というものが読者の側からはっきりと反映して来ないまま、読者は作家と馴れあって一種の流行の空気を作者のためにかもし出す作用

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結婚相手の性行を知る最善の方法

宮本百合子

結婚相手の性行を知る最善の方法 宮本百合子 第一、相手の性行を単時間に、而して何等かの先入的憧憬又は羞恥を持った人が、平生に観察し得るだけの素養と直覚とを持ているか如何か、ということが大きな根本的な問題と存じます。第二、若し其れだけの心の力がある人なら、相手の表情、話題、話す調子に表われる微細な性格が感じられるだろうと思います。〔一九二一年二月〕

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結婚論の性格

宮本百合子

結婚論の性格 宮本百合子 この頃は、結婚の問題がめだっている。この一年ばかりのうちに、私たち女性の前には早婚奨励、子宝奨励、健全結婚への資金貸与というような現象がかさなりあってあらわれてきている。そして、どこか性急な調子をもったその現象は、傍にはっきり、最後の武器は人口であるという見出しを示すようにもなって来ている。 女性のうちの母性は、天然のめざめよりある

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結婚に関し、レークジョージ、雑

宮本百合子

結婚に関し、レークジョージ、雑 宮本百合子 黄銅時代の為 ○オイケンの偉人と人生観より、p.9 「精神の領分に於ては、個々の部分の総和其ものが決して全体を生じないと云う点に一致して居る」 此は、二人の人間の精神的産物は、二つの傾向の中間であると云う点にあたる。 精神的の結合は、その二人が結合した事によって、より高い価値を生ぜしむる点が重要である。 黄銅時代の

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結核症

斎藤茂吉

結核症 斎藤茂吉 おなじ結核性の病で歿した近ごろの文学者でも、やはり行き方に違ふところがあるやうに思ふ。正岡子規とか国木田独歩とかを一つの型と看做せば、高山樗牛とか綱島梁川とかは又一つの型のやうに思はれる。 総じて結核性の病に罹ると神経が雋鋭になつて来て、健康な人の目に見えないところも見えて来る。末期になると、病に平気になり、呑気になり、将来に向つていろいろ

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結論をいそがないで

宮本百合子

結論をいそがないで 宮本百合子 シベリヤ生活の間でみたこと、聞いたこと、感じたことは、本当にさぞどっさりなことでしょう。それを書かずにいられない心持は十分分ります。それだのに「書けない」のは、どんな原因から来ているのでしょう。いろいろ感じることはたくさんあって書きたいのだけれども「書けない」でいるという人は、多数だろうと思います。そういう多数の人の心にある「

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結集

宮本百合子

結集 宮本百合子 これまで私たちは云いたいことを云えなかったし、聞きたい話もきかれなかった。この頃になって、ぼつりぼつりと印象の深い話が耳に入るようになって来た。東京の郊外に武蔵野の雑木林にかこまれた、一つの女子専門学校がある。英語を専門に教える学校である。 戦争がはじまって暫くすると、そこへ軍隊が駐屯して来た。静かな欅の梢の間に、ラッパの音が響き、銃剣が閃

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絵だけ

上村松園

絵だけ 上村松園 ほかのことはテンとあきまへん。家のことも何もほったらかしで、どもならんのどす。絵だけです。絵のことを考えるだけです。 熱心なことは誰方にも負けんつもりでおりますが、写生は若い時分からようしました。今のように乗物の便利な時代と違いますから、二里でも三里でも歩いて行くのです。ガタ馬車に乗るというても何処にもあるというわけでありませんさかえな。足

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絵はがき

堀辰雄

一九三〇年八月十七日、K村にて 僕がホテルのベッドに横になつて、讀書をしてゐたら、窓から、向日葵の奴がしきりにそれをのぞきこむのだ。 どうもうるさくつてしかたがない。 そこで僕は立ち上つていつて、窓をしめてきてやつた。 うすぐらくなる。本なんか讀んでゐるよりは晝寢にもつてこいだなと思つてゐると、……いつのまにか僕はすこし眠つてしまふ。 やがて僕は目をさます。

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絵にそへて

原民喜

絵にそへて 原民喜 この絵は何処だとはっきり云はないがいいかも知れません。題は子供心のあこがれとでも云ふのでせうか。そこの島の八月、今から凡そ二十年も前のことですが、公園に始めてホテルが出来たのです。杉に囲まれた瀟洒な石の建築の脇には山から湧いて流れる溪流があって家鴨が白い影を浮かべてゐました。芝生の綺麗な傾斜に添って、白い砂利道を行くと、噴水のある滝の前に

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絵本

林芙美子

絵本 林芙美子 赤い屋根だつたけれど、小さい家にお婆さんがひとりで住んでゐた。 お婆さんは耳も遠いし、眼もかすんで不自由だつたけれど、何かいつも愉しさうだつた。娘の子のつかふやうな針箱をそばに置いて、涼しい処でゐねむりをするので好きだつた。家ぢゆうあけつぱなしなので白い蝶々がお婆さんの鼻さきにまで飛んで来た。初めは何かい喃と、ぢつと眼をこらしてめやにのたまつ

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ロマンチツクな絵本

三岸好太郎

弱い外光の中、舟底椅子にもたれてウトウトと昼寝をしたのだがさめた。 ぼんやりした日の中に、黄色いアトリエの壁が見える。アカシヤの影像が、ぼんやりとうつる。小さい小さい姫蔦が、あちらこちらのびて、一つの波紋を作つて居る様だ。 チヨロチヨロと赤いトカゲが出て来た。 チヨロチヨロと黒いトカゲが出て来た。 にらみ合つた二匹のトカゲ一緒になつて遊び出した。 黒いトカゲ

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「絵本」

堀辰雄

もう十數年前のことである。小林秀雄と永井龍男とがはじめて出合つた時の話である。 小林が先づ永井に「君は志賀直哉を讀むか?」と聞いた。「うん、好きだ」と永井は即座に答へた。「ぢや、佐藤春夫はどうだ?」と小林が再び聞いた。「ああいふのも好きだ」と永井は答へた。そのとき永井はいくらか微笑を浮かべはしなかつたかと私は想像する。それから二人は大いに意氣相投じたさうであ

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絵画の不安

中井正一

絵画の不安 中井正一 真に在るものは不安の上にある、というハイデッガーの考えかたには何ものか深いものがある。存在して、しかも存在のさながらの姿より隔てられているという嘆き。存在のふるさとに還りたきのぞみ。それがわれわれの「今」であり、「ここ」であり、「自分」の露わな現つである、と彼はいう。 その意味で、真の自分の姿は永遠なる「問い」の上にある。 言葉の上に、

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「絵画の見かた」あとがき

中村研一

矢崎君と私とは同年輩で、約三十年程前に或る所で知り合ったが、そのころ彼は大學の一、二年生であったろうし、私は美術學校の一、二年生の頃であった。青年らしく二人はすぐ大の仲よしになり、約二年位の間兄弟のように親しくしたものである。そのころの彼は專ら哲學とドイツ語の勉強をしていて、後年美術史の大家にならうなどとは、當時私は夢にも考えていなかったのである。其後雙方別

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絵筆に描き残す亡びゆく美しさ

上村松園

絵筆に描き残す亡びゆく美しさ 上村松園 京の舞妓の面影は、他のものの変り方を思えば、さして著しくはありませんが、それでもやはり時代の波は伝統の世界にもひたひたと打ち寄せているようです。髪の結方とか、かんざしとか、服装の模様とかが、以前に比べると大分変って来ています。髪なんか、昔の純京風は後のつとを大きく出して、かたい油つけをつけたものですが、近ごろは、つとも

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『絵はがき』評

折口信夫

『絵はがき』評 折口信夫 堀辰雄氏の創作集が七冊本になつて、叢刊せられる。最初に出たのが、この『絵はがき』である。堀氏は、日本の新旧生活様式に対して、まるで異郷人がする様に、えきぞちつくな目を瞠つてゐる。その綴る文章も、日本の古典の持つ明るさと、西欧の文体にある爽かさとを兼ねてゐる。今度の本には、その一等若い生活の印象せられた懐しい作品が多い。 散文において

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絶句四章

萩原朔太郎

色白の姉に具されて。今日もまた昔談や。 あれいま。逍遙うんじて歸る山路。 遠音に渡るかほととぎすの。 つみとりてそぞろ心や くちづけさはに 願ふは君が髮ぐさ飾るやさし七草。 あかつきや破れし鐘樓に。肩ねびし人と登りぬ 見よ君。指ざす方に日は出らめ。 ああかの野路こそいと戀ひしや。 行きずりの小草の中に。床し小扇 誰がすさみぞや これ優しぐさ『秋の恨み』と。

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絶対矛盾的自己同一

西田幾多郎

現実の世界とは物と物との相働く世界でなければならない。現実の形は物と物との相互関係と考えられる、相働くことによって出来た結果と考えられる。しかし物が働くということは、物が自己自身を否定することでなければならない、物というものがなくなって行くことでなければならない。物と物とが相働くことによって一つの世界を形成するということは、逆に物が一つの世界の部分と考えられ

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絶景万国博覧会

小栗虫太郎

なんにしろ明治四十一年の事とて、その頃は、当今の接庇雑踏とは異なり、入谷田圃にも、何処かもの鄙びた土堤の悌が残っていた。遠見の北廓を書割にして、茅葺屋根の農家がまだ四五軒も残っていて、いずれも同じ枯竹垣を結び繞らし、その間には、用水堀や堰の跡などもあろうと云った情景。わけても、田圃の不動堂が、延宝の昔以来の姿をとどめていた頃の事であるから、数奇を凝らした尾彦

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