Vol. 2May 2026

Sách

Thư viện tri thức thế giới miền công cộng

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耶馬渓の一夜

田山花袋

耶馬渓の一夜 田山花袋 町のお祭か何かで、中津の停車場はひどく雑沓した。おまけに、雨はかなりに強く降つてゐる。私達は耶馬渓に行く軌道の方へと行つて見たが、そこにも乗客が一杯押寄せてゐた。 漸く乗るには乗つたが、中々発車しない。あとからあとへと乗客が乗つて来る。大抵は祭礼を見に来た連中で、赤い腰巻をまくつた姐さんや、晴衣を着飾つた子供や、婆さまや、中には小学校

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耽溺

岩野泡鳴

耽溺 岩野泡鳴 一 僕は一夏を国府津の海岸に送ることになった。友人の紹介で、ある寺の一室を借りるつもりであったのだが、たずねて行って見ると、いろいろ取り込みのことがあって、この夏は客の世話が出来ないと言うので、またその住持の紹介を得て、素人の家に置いてもらうことになった。少し込み入った脚本を書きたいので、やかましい宿屋などを避けたのである。隣りが料理屋で芸者

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聖ロヨラ

野上豊一郎

イタリアでアシジの聖フランチェスコの遺跡を見たので、エスパーニャでは聖ロヨラの遺跡を見たいものだと思つてゐた。聖ロヨラはヂェズイタ派(耶蘇會)の開祖であり、その同志で後輩なるハヴィエル(ザベリヨ)は天文年間に初めて日本に耶蘇教を持つて來て猛烈な布教をした人であり、私の生れた豐後の地は領主大友宗麟の洗禮に拍車をかけられて最も早く耶蘇教化した地方であつたので、今

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聖アンデルセン

小山清

「海は凪いでいた。」と月は言った。「水は私が帆走っていた晴朗な空気のように透明だった。私は海の表面より深く下の方の珍しい植物を見ることが出来た。それは森の中の巨大な樹木のように、数尋の茎を私の方へ差上げていて、その頂きの上を魚が泳いで行った。空中高く一群の野生の白鳥が渡っていた。その中の一羽は翼の力が衰えて下へ下へと沈んで行った。彼の眼はだんだん遠ざかってゆ

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聖堂の近くを過ぐる

今野大力

ポプラの梢の空高く大空を指さして厳かな聖き自然の力を表わす幹はだの荒くれた並木の下にヘブライ文化の主流であるキリスト教の教会堂が建っている私は毎日その近くを過ぎるそして神秘な古典の物語りを思い出し、ありし昔の日の幾多重ねた争闘の人間に与えし歴史を憶う……人間と言う極まりない霊魂の所有者はかくして永遠に血を浴びて闘わねばならないか宇宙の覆滅人類の滅亡ああその日

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聖女人像

豊島与志雄

聖女人像 豊島与志雄 深々と、然し霧のように軽く、闇のたれこめている夜……月の光りは固よりなく、星の光りも定かならず、晴曇さえも分からず、そよとの風もなく、木々の葉もみなうなだれ眠っている……そういう真夜中に、はっきりと人の気配のすることがある。どこかで、ガラガラと雨戸を繰る音がする。ただそれきり。どこかで、数音の人声がする。ただそれきり。どこかで、廊下を歩

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聖家族

堀辰雄

聖家族 堀辰雄 死があたかも一つの季節を開いたかのようだった。 死人の家への道には、自動車の混雑が次第に増加して行った。そしてそれは、その道幅が狭いために、各々の車は動いている間よりも、停止している間の方が長いくらいにまでなっていた。 それは三月だった。空気はまだ冷たかったが、もうそんなに呼吸しにくくはなかった。いつのまにか、もの好きな群集がそれらの自動車を

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聖家族

小山清

ヨセフは牛の頸に繋ぐ軛をこしらえていた。すると、傍の寝床の中で眠っていた息子のイエスが目をさまして、泣声をたてた。この寝床は、イエスがベツレヘムの馬小屋で生れたときに寝床の代りをした馬槽に模って、ヨセフがこしらえたものであった。ヨセフは手にしていた鋸を置いて、寝床のうえに屈んで、息子の顔を覗いた。イエスは父親の顔を認めて、泣きやんだ。ヨセフがあやすと、イエス

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聖家族

堀辰雄

死があたかも一つの季節を開いたかのやうだつた。 死人の家への道には、自動車の混雜が次第に増加して行つた。そしてそれは、その道幅が狹いために、各々の車は動いてゐる間よりも、停止してゐる間の方が長いくらゐにまでなつてゐた。 それは三月だつた。空氣はまだ冷たかつたが、もうそんなに呼吸しにくくはなかつた。いつのまにか、もの好きな群集がそれらの自動車を取り圍んで、その

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聖アレキセイ寺院の惨劇

小栗虫太郎

聖アレキセイ寺院――。世俗に聖堂と呼ばれている、このニコライ堂そっくりな天主教の大伽藍が、雑木林に囲まれた東京の西郊Iの丘地に、R大学の時計塔と高さを競って聳り立っているのを……。そして、暁の七時と夕の四時に嚠喨と響き渡る、あの音楽的な鐘声も、たぶん読者諸君は聴かれたことに思う。 ところで、物語を始めるに先立って、寺院の縁起を掻い摘んで述べておくことにしよう

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聖徳太子

内藤湖南

聖徳太子に關して徳川時代の儒者で之を作者の聖と稱せし人があつたが、之は最も善く當つて居つて、殆んど其の人格の全體を悉して居ると思ふ。支那で作者を聖と稱するのは、即ち人民の爲に其の生活に關する種々の仕事器物など、更に進んでは文物典章を作つた人を聖人とすると謂ふ意味で、伏犧神農以下文武周公に至るまで皆さう謂ふ性質の人である。日本では勿論人民の生活に關する一般的の

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聖書の読方 来世を背景として読むべし

内村鑑三

十一月十五日栃木県氏家在狭間田に開かれたる聖書研究会に於て述べし講演の草稿。 聖書は来世の希望と恐怖とを背景として読まなければ了解らない、聖書を単に道徳の書と見て其言辞は意味を為さない、聖書は旧約と新約とに分れて神の約束の書である、而して神の約束は主として来世に係わる約束である、聖書は約束附きの奨励である、慰藉である、警告である、人はイエスの山上の垂訓を称し

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聖の行くべき道

今野大力

そこはねずみも歩かない 歩くべきではない ひじりの行くべき道である 空は明るく明るく まひるの如くに明るい 一しきり降っていった雪は 野に山に路に庭に 夢見る様に積もっている 雪は白い何よりも白い きよめられたる様に白い 天と地の合体の風景である 包む夜は厳に静かな しらべをひっている * ひじりの為めに撒いた敷物は けがれる事を恐れている如くである ●図書

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聚楽廻り

羽田亨

古は皇城の域内後に豐公の聚樂第 ついで所司代配下の新屋敷 上京區にありながら下京區に屬す 三條通のまん中で京は上京と下京とに分れるなどと思つたら岩井君に笑はれものだ。郵便は上京丸太町千本西入るで立派に配達される我輩の家でも、お上の稱呼は下京區聚樂廻西町八十五番地なのだから。 聚樂廻の名は有名な聚樂第にちなんだものらしい。家の西裏半町ばかりは一間餘りの低地畑に

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アパートで聞いた話

小川未明

そのおじさんは、いつも考えこんでいるような、やさしい人でした。少年は、その人のへやへいきました。 「なにか、お話をしてくださいませんか。」と、たのみました。 「どんな話かね。」と、おじさんは、聞きました。 「どんな話でもいいのです。」と、少年がいうと、おじさんは、つぎのような話をしてくれたのです。 二、三日まえの新聞にあったが、街の中央へビルディングができる

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ジムバリストを聴いて

宮本百合子

ジムバリストを聴いて 宮本百合子 ジムバリストの演奏をきき、深く心に印されたことは、つまり芸術は、どんな種類のものでも、真個のよさに至ると、全く同じような感動、絶対性を持っていると云うことです。自分は、まるで素人で、楽譜に対する知識さえ持っていませんでした。けれども、音に、胸から湧く熱と、精神の支配力との調和が、驚くほど現れ、小説で、所謂技巧内容と云う考えの

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〔われ聴衆に会釈して〕

宮沢賢治

われ聴衆に会釈して 歌ひ出でんとしたるとき 突如下手の幕かげに まづおぼろなる銅鑼鳴りて やがてジロフォンみだれうつ わが立ち惑ふそのひまに 琴はいよよに烈しくて そはかの支那の小娘と われとが潔き愛恋を あらぬかたちに歪めなし 描きあざけり罵りて 衆意を迎ふるさまなりき そを一すぢのたはむれと なすべき才もあらざれば たゞ胸あつく頬つりて 呆けたるごとくわ

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聴衆0の講演会

中井正一

聴衆0の講演会 中井正一 夢のような終戦、疎開先から帰る荷馬車のほこりっぽい街、内海の潮の香のただよう尾道市の図書館の暗い部屋で、私は、何となく「暗澹」という文字を胸に書いてみた。 何処から、このごみごみした尾道市に、文化運動として、手をつけてよいのか。 十月四日治安維持法が断ち切られて最初の日曜日、十月七日、私はやむにやまれぬ心持でまず講演会を開いたのであ

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聴雨

織田作之助

聴雨 織田作之助 午後から少し風が出て来た。床の間の掛軸がコツンコツンと鳴る。襟首が急に寒い。雨戸を閉めに立つと、池の面がやや鳥肌立つて、冬の雨であつた。火鉢に火をいれさせて、左の手をその上にかざし、右の方は懐手のまま、すこし反り身になつてゐると、 「火鉢にあたるやうな暢気な対局やおまへん。」といふ詞をふと私は想ひ出し、にはかに坂田三吉のことがなつかしくなつ

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職員室

宮沢賢治

歪むガラスのかなたにて 藤をまとへるさいかちや 西は雪ぐも亙せるに 一ひらひかる天の青 ひるげせはしく事終へて なにかそぐはぬひとびとの 暖炉を囲みあるものは その石墨をこそげたり 業を了へたるわかものの 官にあるは卑しくて 一たび村に帰りしは その音づれも聞えざり たまさかゆれしひばの間を 茶羅紗の肩をくすぼらし 校長門を出で行けば いよよにゆがむガラスな

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ある職工の手記

宮地嘉六

私の家はどういふわけか代々続いて継母の為に内輪がごたくさした。代々と云つても私は自分の生れない以前のことは知らぬが、父の時代が既にさうであつた。父は早く実母に死なれて継母にかゝつた。その継母に幾人もの男の子が出来て、父は我が家にゐるのが面白くなくなつて遂に家を飛び出した。父は長男であつたが亡父の遺産を満足に受けつぐことも出来なかつた。それは継母の奸策の為めで

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職業のふしぎ

宮本百合子

職業のふしぎ 宮本百合子 作家や評論家というものが、女の生活についてどういう考えかたをしているかということは、一応わかりやすいことのようで案外めいめいにとってもわかりやすくない部分を内部にもっているのではないだろうか。 文学の世代的な性格に即して云えば、石川達三、丹羽文雄、高見順などという諸作家が新進として登場した当時、一時代前の新進は女に捨てられたり失恋し

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職業婦人に生理休暇を! 自然なことを自然なように

宮本百合子

一般の婦人の勤労生活と毎月の生理的変化との関係が、新らしい注意で見られることは実によいと思う。日本では年々労働にしたがう若い女のひとの数は殖えており、先日それぞれの道の専門家が新聞で語っていたとおり、大衆の経済事情が近頃わるくなって来たにつれ、若い婦人の就業年限がのびて、婚期もおくれて来ているのが、今日の実際である。昔から、婦人の犯罪や自殺と生理的異常との関

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肉体

豊島与志雄

肉体 豊島与志雄 「なんだか……憂欝そうですね。」 さりげなく云われたそういう言葉に、私はふっと、白けきった気持になって、酒の酔もさめて、自分の顔付が頭の中に映ってくることがあります……。私が鏡を見るのは、髯をそる時、髪をなでつける時、まあそんなものですが、それよりももっとはっきりした鏡が頭の中にあって、それに自分の顔付が映ってきます。――頬は酒の酔に赤くほ

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