萱草に寄す
立原道造
萱草に寄す 立原道造 SONATINE No.1 はじめてのものに ささやかな地異は そのかたみに 灰を降らした この村に ひとしきり 灰はかなしい追憶のやうに 音立てて 樹木の梢に 家々の屋根に 降りしきつた その夜 月は明かつたが 私はひとと 窓に凭れて語りあつた(その窓からは山の姿が見えた) 部屋の隅々に 峡谷のやうに 光と よくひびく笑ひ声が溢れてゐ
Thư viện tri thức thế giới miền công cộng
立原道造
萱草に寄す 立原道造 SONATINE No.1 はじめてのものに ささやかな地異は そのかたみに 灰を降らした この村に ひとしきり 灰はかなしい追憶のやうに 音立てて 樹木の梢に 家々の屋根に 降りしきつた その夜 月は明かつたが 私はひとと 窓に凭れて語りあつた(その窓からは山の姿が見えた) 部屋の隅々に 峡谷のやうに 光と よくひびく笑ひ声が溢れてゐ
宮本百合子
落ちたままのネジ 宮本百合子 一 十月号の『文芸』に発表されている深田久彌氏の小説「強者連盟」には、様々の人物が輪舞的に登場しているが、なかに、高等学校の生徒で梅雄と云う青年が描かれている。 この小説で、作者はおそらく作品の小さくて破綻のない気分の磨き上げなどというところを目ざさず、大きくダイナミックに動いて作品として勇気のある不統一ならばそれが生じることを
新美南吉
落とした一銭銅貨 新美南吉 雀が一銭銅貨をひろいました。 雀はうれしくてうれしくてたまりません。 ほかの雀をみると、 「ぼくおかねをもってるよ。」 といって、くわえていた一銭銅貨を砂の上においてみせてやりました。 さて、日ぐれになりました。すこしくらくなってきました。 「や、遊びすぎちゃった。これはたいへんだ。」 と雀は、一銭銅貨をくわえて、おおいそぎで水車
久坂葉子
落ちてゆく世界 久坂葉子 ある日―― 足音をしのばせて私は玄関から自分の居間にはいり、いそいで洋服をきかえると父の寐ている部屋の襖をあけました。うすぐらいスタンドのあかりを枕許によせつけて、父はそこに喘いでおります。持病の喘息が、今日のような、じめじめした日には必ずおこるのです。秋になったというのに、今年はからりと晴れた日はまだ一日もなく、なんだか、あついよ
岸田国士
『落伍者の群』を聴け 岸田國士 新劇団「心」座が来る廿八日、廿九両日、邦楽座に於て、ルノルマンの、「落伍者の群」を上場するさうだ。「落伍者の群」原名は「Les Rats」――即ち「失意の人々」である。愛と芸術の悩みを悩むものは、均しく彼等の声に耳をかたむくべきである。 こゝで此の作が如何に感動に満ちたものであるかを云々する事はわざと差控へる。たゞわが国に於け
林芙美子
遠き古里の山川を 思ひ出す心地するなり 私は、和田堀の妙法寺の森の中の家から、堰のある落合川のそばの三輪の家に引越しをして来た時、はたきをつかいながら、此様なうたを思わずくちずさんだものであった。この堰の見える落合の窪地に越して来たのは、尾崎翠さんという非常にいい小説を書く女友達が、「ずっと前、私の居た家が空いているから来ませんか」と此様に誘ってくれた事に原
外村繁
私の妻は乳癌に罹り、築地の癌研附属病院で左胸部の切除手術を受けた。更にコバルトを照射するため、大塚の同病院の放射線科に移ることになった。私達の自動車が大塚の病院の構内に沿って左折した時、道路に面したその石垣の上に、いずれも夥しい花をつけた沈丁花が植込まれているのが、私の目に入った。一瞬、私は噎せ返るような、沈丁花の芳香を幻覚する。 妻の病室は三階の三十八号室
小山清
仄聞するところによると、ある老詩人が長い歳月をかけて執筆している日記は嘘の日記だそうである。僕はその話を聞いて、その人の孤独にふれる思いがした。きっと寂しい人に違いない。それでなくて、そんな長いあいだに渡って嘘の日記を書きつづけられるわけがない。僕の書くものなどは、もとよりとるに足りないものではあるが、それでもそれが僕にとって嘘の日記に相当すると云えないこと
ポーエドガー・アラン
Impia tortorum longos hic turba furores Sanguinis innocui, non satiata, aluit. Sospite nunc patria, fracto nunc funeris antro, Mors ubi dira fuit vita salusque patent. 「ここにかつて神を恐れざ
夏目漱石
落第 夏目漱石 其頃東京には中学と云うものが一つしか無かった。学校の名もよくは覚えて居ないが、今の高等商業の横辺りに在って、僕の入ったのは十二三の頃か知ら。何でも今の中学生などよりは余程小さかった様な気がする。学校は正則と変則とに別れて居て、正則の方は一般の普通学をやり、変則の方では英語を重にやった。其頃変則の方には今度京都の文科大学の学長になった狩野だの、
グルモンレミ・ドゥ
樹々に落葉のある如く、月日にも落葉がある。無邊のあなたから吹いて來る音無の風は歳月の樹々を震はせて、黄ばみ戰く月日をば順々に落してゆく。落ちてどこへ行くのだらう。黄ばみ戰く木の葉はどこへ行くのだらう。言ふまでも無く、それは自然が歳々の復活を營むあの大實驗室へ行くのだ。それがまた新に青くなつて、一樣になつて、歸り來る時、葉の裁方にまで變が無い、白楊の葉は心の臟
木村好子
落葉よ、落葉よ、 秋風に吹かれて、 お前がカラカラと鳴り乍ら 井戸端に水すすぐ私の手元へ、黄色く、 舞いこんでくると、 おお、私は胸ふたがれる! 何一つもたらすことなく、 過ぎ去った日の一日一日を ただ、えいえいと つづれつくろい、米かしぎ 凡ての希みも、よろこびも、 かなしみさえもおき去りにして 生涯をただ貧しく終えゆく無数の私らの生命のように、 ああ、お
岸田国士
東京の近郊―― 雑木林を背にしたヴイラのテラス 老婦人 収 アンリエツト 弘 秋の午後―― 長椅子が二つ、その一方に老婦人、もう一方に青年が倚りかかつてゐる。それが毎日の習慣になつてでもゐるらしく、二人とも、極めて自然に、ゆつたりとした落ちつきを見せて、静かに読書をしてゐる。 老婦人は、純日本式の不断着、ただ、肩から無造作に投げかけた毛皮の襟巻が、さほど不調
高浜虚子
私は今或る温泉に来て居る。此の温泉には二十年程前に一度来たことがある。其れは或る大病をした揚句であつて、其の時は医者から一度見放された位であつたのが幸いに快方に向つて、其の恢復期を此の温泉で過ごしたのであつた。二十年程前といふとまだ私は二十を沢山越してゐなかつたので、私は早婚ではあつたが、其の頃はまだ乳呑児が一人ある位のものであつた。 其の頃私はこゝの温泉に
根岸正吉
ヒ――ッ アレ――ッ 女の悲鳴驚愕の叫び 機械は停まった。集える人は垣をなす。 されど されど 死せる工女がなぜ生きよう。 髪をシャフトに巻かれて振り廻された。 若い工女の死骸こそ 目もあてられぬ惨憺さであった。 骨は砕け肉は崩れ皮は破れて血汐は飛ぶ。 飛んだ血汐があたりに散った。 彼女の機台に織られた毛布の上にも 異様の形をなした赤い血痕が残された。 ふと
武田麟太郎
落語家たち 武田麟太郎 金車亭が経営不振の果てに、浪花節に城を明け渡したといふ。市内の色物席が次から次へとつぶれて行くと聞く時、この浅草の古い席も時代の波に押されて同じ悲運に際会したのかと思へば、私個人ここに色んな記憶があるせゐも手伝つて何とも寂しい感じがする。 浪花節になつてから内部を改築したとのことであるが、腰かけにでもしたのだらう。あの話の聞きいい――
正岡容
冒頭から自分のことを云ひだして恐縮であるが、拙作のなかで先づ/\そこばくの評判を克ち得たものは「寄席」と「円朝」とだらうが、近世話術文化の花であり、最高峰だつた三遊亭円朝は、落語家のなかでの温泉好きで、その著作中、温泉に取材したものには「熱海土産温泉利書」と「敵討霞初島」とが熱海であり、「霧陰伊香保湯煙」と「後開榛名梅ヶ香」「安中草三郎」が伊香保、モーパッサ
坂口安吾
カメは貧乏大工の一人息子であったが、やたらに寸法をまちがえるので、末の見込みがなかった。頭が足りなかったのである。そのくせ、大飯をくう。両親は末怖しくなって、人夫をさがしていた山の木コリにあずけた。木コリが試験してみると、鋸だけはうまくひく。器用なことはできない代りに、根気がよくて、バカ力があるので、木コリには向いている。しかし、まだ十の子供のことだから、
坂口安吾
彼は子供の時から、ホラブンとよばれていた。ブンの下にはブン吉とかブン五とか、つくのだろうが、今では誰も知っている者がいない。ホラブンは子供の時から大きなことばかり言っていて、本当のことを喋ったことは一度もなかったそうである。 彼の生家は水呑百姓であったが、鶏やケダモノを食うので、村中から嫌われていた。彼の父は怠け者で大酒飲みであったが、冬になると、どこかへ稼
坂口安吾
「オラトコのアネサには困ったもんだて。オメサン助けてくんなれや」 と云って、馬吉のオカカが庄屋のところへ泣きこんだ。オラトコは我が家。お前の家はンナトコという。ンナはウヌ(汝)がウナに変じ、ンナとなったものらしい。日本海岸でンナという言葉をきくと語源を按ずるに苦しむが、奇妙なことに、私のすむ太平洋岸の伊東温泉地方では汝をウヌと云い、それを自然にウナと呼びなら
坂口安吾
目明の鼻介は十手の名人日本一だという大そうな気取りを持っていた。その証拠として彼があげる自慢の戦績を列挙すると、次のようなものである。 奴メが江戸で岡ッ引をしていた時の話。町道場の槍術師範、六尺豊かの豪傑が逆上して暴れだして道往く者を誰彼かまわず突き殺しはじめたことがある。腕自慢の若侍が数をたのんでとりかこんでも、またたくうちに突き伏せられてしまう始末で、同
三遊亭円朝
落語の濫觴 三遊亭円朝 落語の濫觴は、昔時狂歌師が狂歌の開の時に、互に手を束ねてツクネンと考込んで居つては気が屈します、乃で其合間に世の中の雑談を互に語り合うて、一時の鬱を遣つたのが濫觴でござります。尚其前に溯つて申ますると、太閤殿下の御前にて、安楽庵策伝といふ人が、小さい桑の見台の上に、宇治拾遺物語やうなものを載せて、お話を仕たといふ。是は皆様も御案内のこ
豊島与志雄
雷が近くに落ちたからといって、人の心は俄に変るものではありますまい。けれど、なにか心機一転のきっかけとなることはありましょう。そういうことが、立川一郎に起りました。 暑い日、というよりは寧ろ、乾燥した日でした。午後、流れ雲が空のあちこちに浮んでいたのが夕方になって、消え去ったり寄り集まったりしているうちに、更にその上方高く、入道雲が出てきまして、両方が重り合
中原中也
夏の午前よ、いちじくの葉よ、 葉は、乾いてゐる、ねむげな色をして 風が吹くと揺れてゐる、 よわい枝をもつてゐる…… 僕は睡らうか…… 電線は空を走る その電線からのやうに遠く蝉は鳴いてゐる 葉は乾いてゐる、 風が吹いてくると揺れてゐる 葉は葉で揺れ、枝としても揺れてゐる 僕は睡らうか…… 空はしづかに音く、 陽は雲の中に這入つてゐる、 電線は打つづいてゐる