Vol. 2May 2026

图书

公共领域世界知识图书馆

14,981종 중 3,312종 표시

すかんぽ

木下杢太郎

すかんぽ 木下杢太郎 字引で見ると、すかんぽの和名は須之であると云ふ。東京ではすかんぽといふ。われわれの郷里ではととぐさと呼んだ。漢名は酸模または※蕪である。日本植物圖鑑ではすいばと云ふのが普通の名稱として認められてゐる。今はさう云ふ事が億劫であるから、此植物に關する本草學的の詮索は御免を蒙る。 震災前、即ち改築前の大學の庭には此草が毎年繁茂して、五月なかば

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すっぽん

佐藤垢石

すっぽん 佐藤垢石 一 このほど、御手洗蝶子夫人から、 『ただいま、すっぽんを煮ましたから、食べにきませんか』 と、言うたよりに接した。 一体私は、年中釣りに親しんでいるので、いつも魚の鮮味に不自由したことがない。殊に爽涼が訪れてきてからは、東京湾口を中心とした釣り場であげた鯛、黒鯛、やがら、中鱸などの膾、伊豆の海の貝割りのそぎ身と煮つけ、かますの塩焼きなど

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せいばい

服部之総

徳川時代の司法権は各藩がもっている。――したがって刑法にも、藩ごとの掟がある。だが、死刑だけは、幕府のゆるしがないと執行できなかった。その死刑にも階級があった。会津藩の掟でみると、いちばん軽い死刑は「牢内打首」とよばれた。牢内の刑場で首を斬る。庶民には見せないのである。エリザベス朝のイギリスでも、ロンドン塔の中庭で首を斬られるのは、死罪にたいする軽い扱いであ

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それから

夏目漱石

誰か慌たゞしく門前を馳けて行く足音がした時、代助の頭の中には、大きな俎下駄が空から、ぶら下つてゐた。けれども、その俎下駄は、足音の遠退くに従つて、すうと頭から抜け出して消えて仕舞つた。さうして眼が覚めた。 枕元を見ると、八重の椿が一輪畳の上に落ちてゐる。代助は昨夕床の中で慥かに此花の落ちる音を聞いた。彼の耳には、それが護謨毬を天井裏から投げ付けた程に響いた。

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たけのこ

新美南吉

たけのこ 新美南吉 たけのこは はじめ じびたの したに いて、あっち こっちへ くぐって いく もので あります。 そして、あめが ふった あとなどに ぽこぽこと つちから あたまを だすので あります。 さて、この おはなしは、まだ その たけのこが じびたの なかに いた ときの ことです。 たけのこたちは とおくへ いきたがって しようが ないので、

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つゆじも

斎藤茂吉

斎藤茂吉送別歌会 大正六年十二月二十五日東京青山茂吉宅に於て わが住める家のいらかの白霜を見ずて行かむ日近づきにけり 長崎著任後折にふれたる うつり来しいへの畳のにほひさへ心がなしく起臥しにけり 据風呂を買ひに行きつつこよひまた買はず帰り来て寂しく眠る 東京にのこし来しをさなごの茂太もおほきくなりにつらむか かりずみのねむりは浅くさめしかば外面の道に雨降りを

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どんぐり

寺田寅彦

どんぐり 寺田寅彦 もう何年前になるか思い出せぬが日は覚えている。暮れもおし詰まった二十六日の晩、妻は下女を連れて下谷摩利支天の縁日へ出かけた。十時過ぎに帰って来て、袂からおみやげの金鍔と焼き栗を出して余のノートを読んでいる机のすみへそっとのせて、便所へはいったがやがて出て来て青い顔をして机のそばへすわると同時に急に咳をして血を吐いた。驚いたのは当人ばかりで

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なぐさめ

林芙美子

美しい東京の街も、この數ヶ月の激しい變化で根こそぎ變つてしまひ、あの見果てぬ夢のやうな、愛しい都會のいとなみが、もう何も彼もみぢんにくだかれてしまつた。歩いてゐるひとたちは、長い戰爭の苦しかつた殘酷な思ひ出に、若いひとまで表情のどこかに皺をつくつて、苦味と落膽とで呆んやりした姿で歩いてゐる。 戰爭のためにおほかたの家がなくなつたことは勿論だけれども、第一、食

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にごりえ

樋口一葉

おい木村さん信さん寄つてお出よ、お寄りといつたら寄つても宜いではないか、又素通りで二葉やへ行く気だらう、押かけて行つて引ずつて来るからさう思ひな、ほんとにお湯なら帰りにきつとよつておくれよ、嘘つ吐きだから何を言ふか知れやしないと店先に立つて馴染らしき突かけ下駄の男をとらへて小言をいふやうな物の言ひぶり、腹も立たずか言訳しながら後刻に後刻にと行過るあとを、一寸

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にごりえ

樋口一葉

おい木村さん信さん寄つてお出よ、お寄りといつたら寄つても宜いではないか、又素通りで二葉やへ行く氣だらう、押かけて行つて引ずつて來るからさう思ひな、ほんとにお湯なら歸りに吃度よつてお呉れよ、嘘つ吐きだから何を言ふか知れやしないと店先に立つて馴染らしき突かけ下駄の男をとらへて小言をいふやうな物の言ひぶり、腹も立たずか言譯しながら後刻に後刻にと行過るあとを、一寸舌

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にごりえ

樋口一葉

にごりえ 樋口一葉 一 おい木村さん信さん寄つてお出よ、お寄りといつたら寄つても宜いではないか、又素通りで二葉やへ行く氣だらう、押かけて行つて引ずつて來るからさう思ひな、ほんとにお湯なら歸りに屹度よつてお呉れよ、嘘つ吐きだから何を言ふか知れやしないと店先に立つて馴染らしき突かけ下駄の男をとらへて小言をいふやうな物の言ひぶり、腹も立たずか言譯しながら後刻に後刻

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のらもの

徳田秋声

のらもの 徳田秋声 一 「月魄」といふ関西の酒造家の出してゐるカフヱの入口へ来た時、晴代は今更らさうした慣れない職業戦線に立つことに、ちよつと気怯れがした。その頃銀座には関西の思ひ切つて悪どい趣味の大規模のカフヱが幾つも進出してゐた。女給の中にはスタア級の映画女優にも劣らない花形女給も輩出してゐて、雑誌や新聞の娯楽面を賑はしてゐた。世界大戦後の好景気の余波と

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はしがき

竹久夢二

はしがき 竹久夢二 少年達のため挿絵をかきながら、物語の方も自分でかいて見ようと思立って、その頃まだ私の手許から小学校へ通っていた子供をめやすにかいたのが巻頭の数篇です。中学へ通うようになった時、「誰がいつどこで何をした?」をかいて見せました。これはフィリップがお手本になったのですが、「都の眼」の留吉にしても「たどんの與太さん」の與太郎にしても、みんな私自身

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はつゆめ

小川未明

正ちゃんは まだ ふとい バットを ふれなかったので、きょねんは おうえんだんちょうに なりました。正ちゃんは はやく せんしゅに なりたかったのです。 きょうは ことしの はつしあいでした。正ちゃんは ほけつで きて いると、あいての 西校の せんしゅたちは、ほんとうに よく うちました。いくら こちらが、がんばっても、なかなか おいつきません。この まま

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はまねこ

小川未明

そこは北のさびしい海岸でありました。秋も末になると、海が荒れて、風は、昼となく夜となく吹いて、岩に打ちあたってくだける波がほえていました。この時分になると、白いかもめがどこからともなく、たくさんこの海岸に集まってきました。そして、波の上をかすめたり、岩に下りたりして、魚を捕ったのであります。 村の子供たちは、砂山の上で遊んでいました。 「はまねこが、今日は、

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ふるさと

島崎藤村

ふるさと 島崎藤村 はしがき 父さんが遠い外國の方から歸つた時、太郎や次郎への土産話にと思ひまして、いろ/\な旅のお話をまとめたのが、父さんの『幼きものに』でした。あの時、太郎はやうやく十三歳、次郎は十一歳でした。 早いものですね。あの本を作つた時から、もう三年の月日がたちます。太郎は十六歳、次郎は十四歳にもなります。父さんの家には、今、太郎に、次郎に、末子

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ふるさと

小川未明

北の故郷を出るときに、二羽の小鳥は、どこへいっても、けっして、ふたりは、はなればなれにならず、たがいに助け合おうと誓いました。すみなれた林や、山や、河や、野原を見捨て、知らぬ他国へ出ることは、これらの小鳥にとっても、冒険にちがいなかったからです。そして、ふたりは、春まだ早い、風の寒い日に高い山を越えました。 いつも、ほんのりとうす紅く、なつかしく見えた、山の

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まぼろし

国木田独歩

文造は約束どおり、その晩は訪問しないで、次の日の昼時分まで待った。そして彼女を訪ねた。 懇親の間柄とて案内もなく客間に通って見ると綾子と春子とがいるばかりであった。文造はこの二人の頭をさすって、姉さんの病気は少しは快くなったかと問い、いま会うことができようかと聞いて見た。 『姉さんはおっかさんとどこかへ出ましたよ』と綾子は答えた。 『なんて! 出ましたッて!

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まぼろし

牧野信一

和やかな初夏の海辺には微風の気合ひも感ぜられなかつた。呑気な学生が四五人、砂浜に寝転んでとりとめもなく騒々しい雑談に花を咲かせてゐた。 「ゆらのとをわたるふなびとかぢをたへ ゆくへも知らぬこひのみちかな――か、今となると既にもうあの頃がなつかしいな、いや、満里のところの歌留多会がさ。」 「柄にもない眼つきをするない、こいつ!」 「ところが俺には、れつきとした

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やまなし

宮沢賢治

二疋の蟹の子供らが青じろい水の底で話していました。 『クラムボンはわらったよ。』 『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』 『クラムボンは跳ねてわらったよ。』 『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』 上の方や横の方は、青くくらく鋼のように見えます。そのなめらかな天井を、つぶつぶ暗い泡が流れて行きます。 『クラムボンはわらっていたよ。』 『クラムボンはかぷかぷわらっ

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やまなし

宮沢賢治

二疋の蟹の子供らが青じろい水の底で話てゐました。 『クラムボンはわらつたよ。』 『クラムボンはかぷかぷわらつたよ。』 『クラムボンは跳てわらつたよ。』 『クラムボンはかぷかぷわらつたよ。』 上の方や横の方は、青くくらく鋼のやうに見えます。そのなめらかな天井を、つぶつぶ暗い泡が流れて行きます。 『クラムボンはわらつてゐたよ。』 『クラムボンはかぷかぷわらつたよ

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わぎもこ

堀辰雄

わぎもこ 堀辰雄 妻の母方の祖父は、土屋彦六といつて、明治のころ、靜岡で牧師をしてゐた。なんでもその祖先は義士討入で有名な土屋主税だといふ話を、私は妻の母から聞いたことがある。このお正月に、ラヂオで、吉右衞門の「松浦の太鼓」をききながら、この松浦侯といふのはおまへの祖先の土屋主税をモデルにしたんだよ、と言つても、どうも妻には一向ぴつたり來ないらしかつた。それ

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