シベリヤの三等列車
林芙美子
シベリヤの三等列車 林芙美子 1信 満洲の長春へ着いたのが十一月十二日の夜でした。口から吐く息が白く見えるだけで、雪はまだ降つてゐません。――去年、手ぶらで来ました時と違つて、トランクが四ツもありましたし、駅の中は兵隊の波で、全く赤帽を呼ぶどころの騒ぎではないのです。ギラギラした剣附鉄砲の林立してゐる、日本兵の間を潜つて、やつと薄暗い待合所の中へはいりました
公共领域世界知识图书馆
林芙美子
シベリヤの三等列車 林芙美子 1信 満洲の長春へ着いたのが十一月十二日の夜でした。口から吐く息が白く見えるだけで、雪はまだ降つてゐません。――去年、手ぶらで来ました時と違つて、トランクが四ツもありましたし、駅の中は兵隊の波で、全く赤帽を呼ぶどころの騒ぎではないのです。ギラギラした剣附鉄砲の林立してゐる、日本兵の間を潜つて、やつと薄暗い待合所の中へはいりました
中原中也
疲れてゐるのに眠られぬ。車室の中は満員である。棚の上もトランクや土産物で一杯である。 僕の連れの男は僕の丁度直ぐ前の席に、もう先刻から眠つてゐる。汽車が東京を出発してから、二タ言三言言ひかはしたばかりである此の男は、節野と云つて、外国語学校の夜学で知合ひになつた男である。午後の五時から七時までのその夜学では、生徒は勤め人かそれとも他の学校に席を有してゐるもの
尾崎士郎
兄よ。あなたがこの世に生きていないことが、どんなにわたしの心を悲しくすることか。その悲しみのためにこの一つの計画に対するわたしの情熱までがいかに減殺されることか。何故ならわたしが試みようとしているこの一篇の小説はあなたについて、いや、あなたの犯した罪について、あなたがいかに正しく善良な人間であったかということを語ることにのみ唯一の動機を感ずるからである。これ
斎藤茂吉
三筋町界隈 斎藤茂吉 一 この追憶随筆は明治二十九年を起点とする四、五年に当るから、日清戦役が済んで遼東還附に関する問題が囂しく、また、東北三陸の大海嘯があり、足尾銅山鉱毒事件があり、文壇では、森鴎外の『めさまし草』、与謝野鉄幹の『東西南北』が出たころ、露伴の「雲の袖」、紅葉の「多情多恨」、柳浪の「今戸心中」あたりが書かれた頃に当るはずである。東京に鉄道馬車
海野十三
それじゃ今日は例の話をいよいよすることにしますかな。罪ほろぼしにもなりますからね。そうです。罪ほろぼしです。私の若い時のね。いや艶っぽいことなんか身に覚えはありませんから、アテられるなんて事はありませんよ。それは罪は罪だと思いますよ、今でもね。そうです、もう二十年も昔になりましょうか。先帝陛下が御崩御になって中野の先の浅川に御陵が出来た頃の話なんですよ。 そ
楠山正雄
三輪の麻糸 楠山正雄 一 むかし神代のころに、大国主命の幸魂、奇魂の神さまとして、この国へ渡っておいでになった大物主命は、後に大和国の三輪の山におまつられになりました。さて、その山を三輪山というについて、こういうお話が伝わっています。 ある時大和国に、活玉依姫という大そう美しいお姫さまがありました。 この活玉依姫の所へ、ふとしたことから、毎晩のように、大そう
宮本百合子
三郎爺 三郎爺 宮本百合子 一 今からはもう、六十七八年もの昔まだ嘉永何年といった時分のことである。 江戸や上方の者からは、世界のはてか、毛むくじゃらな荒夷(あらえびす)の住家ぐらいに思われていた奥州の、草茫々(ぼうぼう)とした野原の片端れや、笹熊の横行する山際に、わずかの田畑を耕して暮していた百姓達は、また実際狐や狸などと、今の我々には解らない関係を持って
久保田万太郎
――おい、この間、三の酉へ行ったろう? …… ズケリといって、ぼくは、おさわの顔をみたのである。 ――えゝ、行ったわ。……どうして? …… と、おさわは、大きな目を、くるッとさせた。 ――しかも、白昼、イケしゃァ/\と、男と一しょに、よ…… と、ぼくは、カセをかけた。 ――あら、よく知ってるわね。 と、そのくるッとさせた目を、正直にそのまゝ、 ――おかしいわ
福永信
三年前から、我々三人の講演旅行は、始まった。 三人とは、澤西祐典、円城塔、私である。不思議な組み合わせですねと近所の住民に言われることがあるがそうかもしれないと私も思う。近所には意地悪な口達者もいて、どうして澤西さん、円城さんの二人じゃなかったんですかね、と、まるで私が加わっていることが余計だと言わんばかりの口調で軽く非難されたりすることもあるのだが、私には
海野十三
三重宙返りの記 海野十三 僕は、このところ二三ヶ月、からだの工合がよくない。それでこの日、文壇航空会にも、残念ながら特殊飛行は断念して、辞退を申出ておいたのであった。殊に、その前々日は終日家にいて床についていたし、その前日は、炬燵の中で終日、日米関係の本を読んでいた始末であった。だから当日は、ふらふらするからだを豊岡まで搬んだようなわけで、特殊飛行をする意志
宮本百合子
三鞭酒 宮本百合子 土曜・日曜でないので、食堂は寧ろがらあきであった。我々のところから斜彼方に、一組英国人の家族が静に食事している。あと二三組隅々に散らばって見えるぎりだ。涼しい夏の夜を白服の給仕が、食器棚の鏡にメロンが映っている前に、閑散そうに佇んでいる。 「――寂しいわね、ホテルも、これでは」 「――第一、これが」 友達は、自分の前にある皿を眼で示した。
グリムヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール
むかし むかし、ひとりの王さまがいました。王さまには、三人の王子がありました。 ふたりの王子はりこうで、気がきいていました。ところが、三ばんめの王子は、ろくに口もきかない ぼんやりでした。それで、みんなから、おばかさん、とよばれていました。 王さまは、年をとって 体もよわってきました。これでは、いつ 死ぬかもしれません。 (わしの死んだあと、どの王子に、国を
木暮理太郎
古図には立派に記載されている山でも、今日では夫がどの山であるか、殆ど見当のつけようもない程不正確にあらわされているものがある。それで単に古図と今の図とを比較しただけでは、何とも判断に苦しむが、其際地誌の類たとえば「風土記」とか近くは『郡村誌』というようなものの助を借りれば、案外楽に断定し得る場合が少くない。この文は古図を見ても古記録の類を渉猟する暇のない人の
宮本百合子
上林からの手紙 宮本百合子 ふつか小雨が降って、晴れあがったら、今日は山々の眺めから風の音まで、いかにもさやかな秋という工合になった。 山の茶屋の二階からずうっと見晴すと、遠い山襞が珍しくはっきり見え、千曲川の上流に架っているコンクリートの橋が白く光っている上を自動車が走っているのまで、小さく瞰下せる。 まだ苅り入れのはじまらない段々畑で実っている稲の重い黄
豊島与志雄
上海の渋面 豊島与志雄 上海の顔貌はなかなか捉え難い。 上海には二十数ヶ国の国民が居住していて、現在の人口は四百万以上だと云われている。このうち固より大多数を占める支那人中には、戦火を避けて租界に遁入して来た者甚だ多く、充分の職場を求むるに由なく、徒らに蝟集している観さえある。租界中央の競馬場から黄浦江岸バンドの高層建築街に至る中間の支那街路は、全く喧騒雑沓
牧逸馬
上海された男 牧逸馬 夜半に一度、隣に寝ている男の呻声を聞いて為吉は寝苦しい儘、裏庭に降立ったようだったが、昼間の疲労で間もなく床に帰ったらしかった。その男は前日無免許の歯医者に歯を抜いて貰った後が痛むと言って終日不機嫌だった。為吉が神戸中の海員周旋宿を渡り歩いた末、昨日波止場に近いこの合宿所へ流れ込んで、相部屋でその男と始めて会った時も、男は黙りこくって、
三岸好太郎
霧に包まれた上海の街、十米も先はわからない様なモヤ、灰色の雲の中をフハリフハリと行く人、その時、街の心臓にパツト灯がつく、白いロココ風の馬車が二馬路の角を通る、白い馬車白い二頭の俊足を持つた馬、白いビロードの服をつけた馭者、乗つて居る人は老人と華かな飾りをつけた若い弱々しい、紫色の娘、彼氏はその時刻に二馬路から三馬路にかけて歩道を散歩して居れば必ずその白い馬
永井荷風
上野 永井荷風 震災の後上野の公園も日に日に旧観を改めつつある。まず山王台東側の崖に繁っていた樹木の悉く焼き払われた後、崖も亦その麓をめぐる道路の取ひろげに削り去られ、セメントを以て固められたので、広小路のこなたから眺望する時、公園入口の趣は今までとは全く異るようになった。池の端仲町の池に臨んだ裏通も亦柳の並木の一株も残らず燬かれてしまった後、池と道路との間
久保田万太郎
* 上野界隈。……山下から不忍池畔、広小路、湯島天神、そうしたあたりを舞台にとった黙阿弥のしばいに『霜夜鐘十字辻筮』がある。『天衣紛上野初花』がある。『黒手組曲輪達引』がある。――あんまり人の知らないものに『三題噺魚屋茶碗』がある…… このうち『霜夜鐘十字辻筮』と『天衣紛上野初花』とは、まえのものは五幕十場、あとのものは六幕十六場というそれぞれ長いしばいであ
小島烏水
上高地風景保護論 小島烏水 このたび、松本市に開かれた信濃山岳研究会に、来会したのを、機会として、私は松本市から遠くない、上高地温泉のために、温泉のためではない、日本アルプス登山の中心点のために、将た敬虔なる順礼の心を以て、日本アルプスという厳粛なる自然の大伽藍に詣でる人々のために、同地にある美しい森林の濫伐に関して、公開状を提出する。 信州の山岳の中でも、
堀辰雄
山にやつて來てから、もう隨分長いこと書かない。去年はほんたうに何も書きたくなかつたので、あつさりと何も書かなかつたが、今年はそんな氣持はかなぐり棄てて、ひとつうんと書いて見るつもりだ。 しかしまだ、何が書けるのやら、自分にも見當がつかない始末だ。が、今年は――秋にでもなつたら、ひよつとしたら詩が書けさうな氣がしてゐる。もし書けたら、一ぺんにどつさり發表する。
小川未明
一本のつばきの木の下に、かわいらしいすみれがありました。そのつばきの木は、大きかったばかりでなくて、それは真紅な美しい花を開きました。この花を見た人は、だれでも、きれいなのをほめないものはなかったほどであります。 「まあ、なんというみごとな花だろう。」といって、みんなは、そのつばきの木の周囲をまわり、火のもえたつような花に見とれました。 すみれは、やはり、そ
古川緑波
宇野浩二著『芥川龍之介』の中に、芥川龍之介氏が、著者に向って言った言葉、 ……君われわれ都会人は、ふだん一流の料理屋なんかに行かないよ、菊池や久米なんどは一流の料理屋にあがるのが、通だと思ってるんだからね。…… というのが抄いてある。 そうなんです、全く。一流の料理屋というのは、つまり、上品で高い料理屋のことでしょう! そういう一流店でばっかり食べることが通
宮本百合子
いたるところで、現代文学の停滞が意識され、語られている。 この問題が「小説の運命」という風な題目によってとりあげられはじめたのは、きのう、きょうのことではなかった。二三年前からのことでもない。さかのぼれば、一九一七、八年という時代に問題の源が発している。第一次大戦の末期からその後にかけて市民の文学としての近代文学のうみてである中間層の社会生活は、激動をうけた