Vol. 2May 2026

图书

公共领域世界知识图书馆

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優しき歌 Ⅰ・Ⅱ

立原道造

春来にけらし春よ春 まだ白雪の積れども ――草枕 灰色に ひとりぼつちに 僕の夢にかかつてゐる とほい村よ あの頃 ぎぼうしゆとすげが暮れやすい花を咲き 山羊が啼いて 一日一日 過ぎてゐた やさしい朝でいつぱいであつた―― お聞き 春の空の山なみに お前の知らない雲が焼けてゐる 明るく そして消えながら とほい村よ 僕はちつともかはらずに待つてゐる あの頃も

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元八まん

永井荷風

元八まん 永井荷風 偶然のよろこびは期待した喜びにまさることは、わたくしばかりではなく誰も皆そうであろう。 わたくしが砂町の南端に残っている元八幡宮の古祠を枯蘆のなかにたずね当てたのは全く偶然であった。始めからこれを尋ねようと思立って杖を曳いたのではない。漫歩の途次、思いかけずその処に行き当ったので、不意のよろこびと、突然の印象とは思立って尋ねたよりも遥に深

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元日

夏目漱石

元日 夏目漱石 元日を御目出たいものと極めたのは、一体何処の誰か知らないが、世間が夫れに雷同しているうちは新聞社が困る丈である。雑録でも短篇でも小説でも乃至は俳句漢詩和歌でも、苟くも元日の紙上にあらわれる以上は、いくら元日らしい顔をしたって、元日の作でないに極っている。尤も師走に想像を逞しくしてはならぬと申し渡された次第でないから、節季に正月らしい振をして何

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已翻译双语对照

元時代の蒙古人

桑原隲蔵

元時代の蒙古人 桑原隲藏 今日は元時代の蒙古人の話を申すのですが、諸君の中の多數は此學校で既に幾分東洋史も習つて居るだらうし、又中學校あたりで東洋史も習つたであらうから、元時代の蒙古人の話は大概知つて居るだらうと思ひます。東洋史の中で一番面白いのは蒙古時代であつて、彼等の活動した舞臺が非常に廣いといふことと、又それが後世に及ぼした影響もなかなか廣い。例へて云

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元禄十三年

林不忘

元禄十三年 林不忘 問題を入れた扇箱 一 「いや、勤まらぬことはありますまい。」 土屋相模守は、じろりと二人を見た。 「勤まらぬといってしまえば、だれにもつとまらぬ。一生に一度のお役であるから、万事承知しておる者は、誰もないのです。みな同じく不慣れである。で、不慣れのゆえをもってこの勅使饗応役を御辞退なされるということは、なんら口実にならんのです。御再考あり

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元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)

井原西鶴

跡のはげたる入長持 聟入、取なんかの時に小石をぶつけるのはずいぶんらんぼうな事である。どうしたわけでこんな事をするかと云うと是はりんきの始めである。人がよい事があるとわきから腹を立てたりするのも世の中の人心で無理もない。自分の子でさえ親の心の通りならないで不幸者となり女の子が年頃になって人の家に行き其の夫に親しくして親里を忘れる。こんな風儀はどこの国に行って

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兄たち

太宰治

兄たち 太宰治 父がなくなったときは、長兄は大学を出たばかりの二十五歳、次兄は二十三歳、三男は二十歳、私が十四歳でありました。兄たちは、みんな優しく、そうして大人びていましたので、私は、父に死なれても、少しも心細く感じませんでした。長兄を、父と全く同じことに思い、次兄を苦労した伯父さんの様に思い、甘えてばかりいました。私が、どんなひねこびた我儘いっても、兄た

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兄ちゃん

木村好子

吹きっさらしの田圃にはもう、村の誰も出ていないだのに、私の家では麦蒔きがすまない取り入れ半ばに兄ちゃんが召集されてあとに残った女手二つ私とおっ母とであくせくと麦蒔き 毎日、朝早くから晩おそくまでかたい刈株をうちかえし、うねをつくりせっせと蒔きつけを急ぐ私達――かよわい女手で、夕方、ぐったり疲れて家に帰れば地主の奴が、がみがみ年貢を取りたてにやってくる おお兄

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兄の声

小川未明

おかあさんは、ぼくに向かって、よくこういわれました。 「小さいときから、おまえのほうは、気が強かったけれど、にいさんはおとなしかった。まだおまえが、やっとあるける時分のこと、ものさしで、にいさんの頭をたたいたので、わたしがしかると、いいよ、武ちゃんは、小さいのだものといって、にいさんは、おこりはしなかった。ほんとうに、がまん強い子でした。」 ぼくは、そうきく

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兄の帰朝

小金井喜美子

兄の帰朝 小金井喜美子 兄が洋行から帰られたのは、明治二十一年九月八日のことでした。家内中が幾年かの間待暮してゐたのですから、その年も春が過ぎてからは、その噂ばかりしてゐました。少し前に帰朝された人に、「年寄達に様子を話して下さい」とお頼みでしたので、その方が訪ねて下すつて、親切にいろいろ話して下さいました。日常生活から、部屋の様子、器具の置場などまでして話

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兄と弟

宮本百合子

兄と弟 宮本百合子 魯迅伝から 小田嶽夫氏の「魯迅伝」を少しずつ読んでいる。いろいろと面白い。兄である魯迅と弟である周作人との間にある悲劇は、決して一朝一夕のものではないことを感じた。 魯迅は十三の年、可愛がってくれていた祖父が獄舎につながれるようなことになってから極度に落魄して、弟作人と一緒に母方の伯父の家にあずけられた。魯迅は「そこの家の虐遇に堪えかねて

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兄弟のやまばと

小川未明

「お母さん。これから、また寒い風が吹いてさびしくなりますね。そして、白く雪が野原をうずめてしまって、なにも、私たちの目をたのしませるようなものがなくなってしまうのですね。なんで、お母さんは、こんなさびしいところにすんでいたいのでしょうか。」と、子ばとは、母親に向かっていいました。 いままで輝かしかった山も、野原も、もはや、冬枯れてしまいました。そして、哀れな

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さらわれた兄よ ――残された妹の歌――

槙本楠郎

まるで野中の鶏小舎を襲う野犬のように 奴等は一言も吠えず踏込んで来た 寝ていた兄はガバとはね起き 突嗟に雨戸を押倒して奴等を踏みつけた けれど奴等は一人ではなかった すぐ躍りかかる奴があった 兄は組み敷かれた 兄は引っ立てられた 奴等は遂に兄をかっぱらって行ってしまったのだ それは今朝の五時頃だった うす明りの今 藁屋根に下る牙のような氷柱は しずかにとけて

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兄と魚

小川未明

正二は、夏のころ、兄さんと川へいっしょにいって、とってきた小さな魚を、すいれんの入っている、大きな鉢の中へ入れて、飼っていました。 そのうちに、夏も過ぎ、秋も過ぎてしまって、魚は川にいれば、もう暖かな場所を見つけて冬ごもりをする時分なのに、鉢の中では、そんなこともできませんでした。 寒い風が、野の上や、森をふく、ある日のことでありました。 「おや、魚が死んで

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充実した文章

田山花袋

私は思ふ、調子の惡い文章は書いても、無駄の多い文章は書き度くない、と。調子といふものを庇ふと、兎角無意味な文字を使ひたくなる。無意味の文字を使ふと、何うも感じが空疎になつて困る。ゴンクールは勉めて文法を排し、アカデミイ派の文章の整一を蛇蝎のごとく憎んださうだが、私も何うか名文は書きたくない、充實した文章を書きたいと心懸けて居る。それと言ふのも、自分の文章がよ

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兆民居士安くにかある

北村透谷

兆民居士安くにかある 北村透谷 多くの仏学者中に於てルーソー、ボルテールの深刻なる思想を咀嚼し、之を我が邦人に伝へたるもの兆民居士を以て最とす。「民約篇」の飜訳は彼の手に因りて完成せられ、而して仏国の狂暴にして欝怏たる精神も亦た、彼に因りて明治の思想の巨籠中に投げられたり。彼は思想界の一漁師として漁獲多からざるにあらず、社会は彼を以て一部の思想の代表者と指目

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ピンの先き

チェスタートンギルバート・キース

ブラウン神父がいつも断言していたように、彼は眠つているうちにこの問題を解決したのであつた。そして事実そのとおりであつたが、ちよつと妙な所があつた。なぜかといえばそういうことになつたのはむしろ彼が眠りをさまたげられたときだつたからである。朝ばかに早く眠りをさまたげられたのは、ブラウンの部屋の向側に建築中だつた巨大なビルディング――つまり未完成ビルディングの中で

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その先の問題

宮本百合子

その先の問題 宮本百合子 どんなひとも、贅沢がいいことだと思っていないし、この数年間のように多数の人々が刻苦して暮しているのに、一部の人ばかりがますます金銭を湯水のようにつかう有様を目撃していれば、いい気持のしないのは自然だと思う。今度の贅沢品禁止が、めずらしい人気で一般に迎えられたのも、この心理に即した面があったからだったと考えられる。贅沢をして暮すことな

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先天性代謝異常

ギャロッドアーチボルド

動物や植物の属や種を区別するのに役立つ構造や形の違いは、自然における最も明白な事実である。これらを見つけるには科学の訓練を必要とせず、教育ていどが低い知能の人であっても気がつかないことはない。しかし知識が増えるとともにこの見かけ上の違いおよび形から形への発生的な関係の基礎に、均一性のあることを学ぶ。生体組織の化学的成分およびこれらの組織が作られ壊される代謝過

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ケーベル先生

夏目漱石

木の葉の間から高い窓が見えて、その窓の隅からケーベル先生の頭が見えた。傍から濃い藍色の煙が立った。先生は煙草を呑んでいるなと余は安倍君に云った。 この前ここを通ったのはいつだか忘れてしまったが、今日見るとわずかの間にもうだいぶ様子が違っている。甲武線の崖上は角並新らしい立派な家に建て易えられていずれも現代的日本の産み出した富の威力と切り放す事のできない門構ば

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先生三人

太宰治

けさ新聞紙上にて、文壇師弟間の、むかしながらのスパルタ的なる鞭の訓練ちらと垣覗きして、あれではお弟子が可愛さうだと、清潔の義憤、しかも、酸鼻といふ言葉に據つて辛くも表現できる一種凌壯の感覺に突き刺されて、あ、と小さい呼び聲、女の作家、中條百合子氏の、いちいち汚れなき抗議の文字、「文學に、何ぞ、この封建ふうの徒弟氣質、――」云々の、お言葉に接して、いまは猶豫の

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ケーベル先生の告別

夏目漱石

ケーベル先生の告別 夏目漱石 ケーベル先生は今日(八月十二日)日本を去るはずになっている。しかし先生はもう二、三日まえから東京にはいないだろう。先生は虚儀虚礼をきらう念の強い人である。二十年前大学の招聘に応じてドイツを立つ時にも、先生の気性を知っている友人は一人も停車場へ送りに来なかったという話である。先生は影のごとく静かに日本へ来て、また影のごとくこっそり

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「先生を囲る話」について

中谷宇吉郎

前に「先生を囲る話」を書いた時、その中に所々御弟子達の言動を点景人物の意味で入れておいた。ところがあの話は実は先生のいわれた言葉が重大なので、それは一段下げて書いておいた。しかしそれだけでは体をなさぬので、当時の先生を囲る周囲の気分を現わすために一々の話にちょっと前置きを書いたので、その点あの「話」には筆者のモンタージュが多少施してあることを御断りする。しか

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先生を囲る話

中谷宇吉郎

この話は大正十二年の暮から昭和三年の春までの四年あまりにわたって、私が先生の下で学生または助手として働いている間に、実験室や御宅の応接間で折にふれて先生から聞いた話を思出すごとに書き留めておいたものを整理したものである。書きかけて見ると何だか少し自分の事もかなり這入りそうで少し面はゆい所もあるが、一方考えてみるとこのような弟子の一人としてみたところの主観も少

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