友情に関係あるエッセイ
戸坂潤
二年間あまり、世間から隔離されている間に、世間は全く変って了った。久し振りに会う友人達は、どうだ世の中は変ったろう、と得意そうに私をながめる。私は、いや思ったほど変ってはいない、と答えることにしているが、私の狼狽と敗北の色はさすがに隠す由もないと見えて、友人達はあまり私の言葉を信用しない様子だ。 尤も友人達の云うのは、私の思惑にも拘らず、案外無邪気な内容のも
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戸坂潤
二年間あまり、世間から隔離されている間に、世間は全く変って了った。久し振りに会う友人達は、どうだ世の中は変ったろう、と得意そうに私をながめる。私は、いや思ったほど変ってはいない、と答えることにしているが、私の狼狽と敗北の色はさすがに隠す由もないと見えて、友人達はあまり私の言葉を信用しない様子だ。 尤も友人達の云うのは、私の思惑にも拘らず、案外無邪気な内容のも
新渡戸稲造
私はちと所要あって田舎の方へ参っていたが今日この席に立て標題のようなお話しをするようにとのこと、この日に限って御無沙汰するのも何だか気持がわるいし、またこの日を撰で友を避けるというのも四十八ヶ年以来の習慣方度に背く。これゃ一つ参らねばなるまいといよいよ決心の臍を固めて今朝田舎を後に都上りを致したようなわけである。こう申すと何だか皆様に恩を着せるようだがあまり
宮沢賢治
双子の星 宮沢賢治 双子の星 一 天の川の西の岸にすぎなの胞子ほどの小さな二つの星が見えます。あれはチュンセ童子とポウセ童子という双子のお星さまの住んでいる小さな水精のお宮です。 このすきとおる二つのお宮は、まっすぐに向い合っています。夜は二人とも、きっとお宮に帰って、きちんと座り、空の星めぐりの歌に合せて、一晩銀笛を吹くのです。それがこの双子のお星様の役目
斎藤茂吉
双葉山 斎藤茂吉 強い双葉山が、四日目に安芸ノ海に負け、五日目に両国に負け、六日目に鹿島洋に負けたので、贔屓客が贔屓するあまり、実にいろいろの事をし、医者の診察をすすめたり、心理学の大家の説を訊いたり、いろいろの事をしてゐる。 当の双葉山関はどうかといふに、自分でもそんなに粗雑な相撲を取つてゐるとはおもはぬし、体の調子もそんなに悪いとはおもはぬのに、『どうし
上村松園
双語 上村松園 一 又兵衛の展観が大阪にあったように聞きましたが、私は見ずにしまいました。 寛永前後の風俗画の中で、又兵衛は特に傑出もしているようですし、数はそう沢山あるのではないにしても、佳いものもなかなか多いように思います。しかし同じ又兵衛でも、以前に出来たものとか、晩年のものとかの相違で、その出来や何かに相当の違いがあるのと、またある一説のように又兵衛
牧逸馬
レスリイ・シュナイダア夫人は、七歳になる娘ドロシイの登校を見送って、ブレント・クリイクと呼ばれる郊外に近いロレイン街の自宅から、二町ほど離れたディクシイ国道の曲り角までドロシイの手を引いて歩いて行った。一九二八年一月十二日木曜日の朝のことで、雪を孕んだ空っ風が米国ミシガン州マウント・モウリスの町を吹き捲り、地面には薄氷が張っていた。そこらは、緩い勾配をもって
小山内薫
これは私が十七の時の話です。 私の伯母の内に小間使をしてゐたお時といふ十七になる女が、二月ばかり私の内へ手傳に來てゐたことがありました。何でも内の小間使が、親が死んだかどうかして、暫く國へ歸つてゐた間の事です。 お時は鼻の少し大きな女でしたが、少し下つた眼尻に何とも言へぬ愛嬌があつて、年頃の男の氣を引くにはそれでもう十分でした。それに色のくッきりと白いのと、
樋口一葉
反古しらべ 樋口一葉 虫干すとてかびくさき反古どもあまた取出しける中に、故兄が殘したるくさ/″\の筆記あり、ことこまかにしるしとゝめたるさま、これはそれの夏、腦の病ひおこらんとせし前の月こゝろをとゝめて物しつるなり、今かたつかたハ霜こほる冬のよ、毎よさかならず父母が寐間をうかゝひて裾に物をおき、襖のたてつけをあらためし頃ほひ、今宵ハいと寒きに早く寐よかし風も
黒島伝治
反戦文学論 黒島伝治 一、反戦文学の階級性 一 戦争には、いろ/\な種類がある。侵略的征服的戦争がある。防禦戦がある。又、民族解放戦争、革命も、そこにはある。 戦争反対の文学は、かなり昔から存在して居るが、ブルジョアジーの戦争反対文学と、現代プロレタリアートの戦争反対文学とは、原則的に異ったものを持っている。戦争反対の意図を以て書かれたものは、古代ヘブライの
小川未明
一体宗教というものが科学によって破壊されるものかどうかと云うことが疑問だ。科学によって破壊されるような宗教は宗教ではない。換言すれば、知識によって破壊されるような信仰は信仰ということが出来ない。私は人間の安心というものが科学によってのみ保証されるとは思っていない。人間性というものが、科学との間に矛盾を来たすとも考えていない。唯物史観は真理であるけれども、人間
岸田国士
十四五歳の頃、私は陸軍幼年学校の生徒であつたが、そういう学校へなぜはいつたか、その理由はここでは述べないことにして、とにかく、将来軍人として身を立てる覚悟で、おおむねドイツ式を採り入れたこの学校の寮生活をつづけていたのである。もちろん、中学校程度の学課のほかに、実課(或は術科か)と称せられる軍事的な初歩訓練が行われ、ことに、訓育と呼ばれる日常の生活規律は一般
折口信夫
反省の文学源氏物語 折口信夫 源氏物語は、一口に言えば、光源氏を主人公として書かれた物語である。此光ると言うのは、我々の普通に考える様な名とは、少し違った意味を持っている。女の方に例を取って見ると、源氏の生母桐壺更衣の没後、父桐壺の帝の寵愛せられた藤壺ノ女御を、「かゞやく日の宮」と書いている。人間の容貌をほめる為に、ひかる・かがやくなど言う言葉を使ったので、
坂口安吾
反スタイルの記 坂口安吾 (上) 私がヒロポンという薬の名をきいたのは六七年前で、東京新聞のY君がきかせてくれたのである。そのときは二日酔いの薬というY君式の伝授で、社の猛者連中が宿酔に用いて霊顕あらたか、という効能がついていた。けれども、当時はそろ/\酒も姿をひそめて、めったに宿酔もできない世の中になりかけていたから、ヒロポンのお世話になる必要もなかった。
武田麟太郎
反逆の呂律 武田麟太郎 1 囚衣を脱ぐ。しかし、着るものがなかつた。連れて来られた時は木綿縞の袷だつた。八月の炎天の下をそれでは歩けないだらう。考へて襦袢一枚になつた。履きものには三銭の藁草履を買つた。 仙吉はかうして午前五時、S監獄の小門から出た。癪なので振りかへらずに歩いて行つた。畠と畠との間の白い道がステーションまで続いてゐる。彼のうしろで次第に高いコ
豊島与志雄
叔父 豊島与志雄 中野さんには、喜代子という美しい姪があった。中野さんの末の妹の嫁入った武井某の娘だった。 中野さんと喜代子の母とは、母親が違うせいもあったし、年齢も可なり違っていたし、余り仲がよくなかった。その上、中野さんは富有で羽振のいい方だったし、武井の方は零落した貧しい生活をしていたので、両家の交誼はごく疎遠なものだった。それでもやはり、中野さんにと
水野葉舟
取り交ぜて 水野葉舟 ○ 高橋五郎氏に聴いた話である。同氏の親戚の某氏が、或る晩に甥の某氏と同じ部屋に寝た。その時分に親戚に病人が有った。その病人がその晩に、夢に某氏を尋ねて来て、快談して帰った。翌朝眼が醒めたから、某氏は甥の某氏にその夢の話をした。すると甥もそれと同じ夢を見たと云った。 病人は、それから三四日経って死んだ。通夜の晩に、その病人を看護した看護
北大路魯山人
だしの取り方 北大路魯山人 かつおぶしはどういうふうに選択し、どういうふうにして削るか。まず、かつおぶしの良否の簡単な選択法をご披露しよう。よいかつおぶしは、かつおぶしとかつおぶしとを叩き合わすと、カンカンといってまるで拍子木か、ある種の石を鳴らすみたいな音がするもの。虫の入った木のように、ポトポトと音のする湿っぽい匂いのするものは悪いかつおぶし。 本節と亀
萩原朔太郎
受難の日はいたる 主は遠き水上にありて 氷のうへよりあまた光る十字すべらせ 女はみな街路に裸形となり その素肌は黄金の林立する柱と化せり。 見よやわが十指は晶結し 背にくりいむは瀧とながるるごとし しきりに掌をもつて金屬の女を研ぎ 胴體をもつてちひさなる十字を追へば 樹木はいつさいに轉し 都は左にはげしく傾倒す。 ああ十字疾行する街路のうへ そのするどさに日
久米正雄
汽笛ががらんとした構内に響き渡つた。私を乘せた列車は、まだ暗に包まれてゐる、午前三時の若松停車場を離れた。 「ぢや左樣なら。おまへも今年卒業なんだから、しつかり勉強しろよ。俺も今年こそはしつかりやるから。」 私は見送りに來てゐた窓外の弟に、感動に滿ちて云つた。襟に五年の記號のついた、中學の制服を着けて、この頃めつきり大人びた弟は、壓搾した元氣を底に湛へたやう
尾崎士郎
年譜によると、中野正剛が、衆議院議員に初当選したのは大正九年五月だった。議会における処女演説が、新人政治家としての彼の存在に鮮烈な印象をあたえたのは、同じ年の七月に召集された第四十三特別議会である。 このとき、中野と時を同うして初当選し、同じ議会で処女演説を行ったのが彼と同門の早稲田出身である永井柳太郎であったことが、両者の後輩である私の心に深い感銘を残して
竹内浩三
修利修利 摩訶修利 修修利 娑婆訶 己のうたいし ことのはのかずかずは 乾酪のごと 麦酒のごと 光うしないて よどみはてしは わがこころのさまも かくありなんとの 証なるべし うたうまじ かたるまじ ただ黙々として 星など読まん 風などきかん 口業のあさましきをおもいて われ 黙して 身をきり 臓をさいなまん ただ苦業こそよけれ ただに涅槃をおもい 顔色を和
林不忘
口笛を吹く武士 林不忘 無双連子 一 「ちょっと密談――こっちへ寄ってくれ。」 上野介護衛のために、この吉良の邸へ派遣されて来ている縁辺上杉家の付家老、小林平八郎だ。 呼びにやった同じく上杉家付人、目付役、清水一角が、ぬっとはいってくるのを見上げて、書きものをしていた経机を、膝から抜くようにして、わきへ置いた。 「相当冷えるのう、きょうは。」 「は。何といっ
小川未明
どこのお家にも、古くから使い慣れた道具はあるものです。そしてそのわりあいに、みんなからありがたがられていないものです。英ちゃんのおうちの古いはさみもやはりその一つでありましょう。 英ちゃんの、いちばん上のお姉さんが小さいときに、そのはさみで折り紙を切ったり、また、お人形の着物を造るために、赤い布や紫の布などを切るときに使いなされたのですから、考えてみるとずい
小川未明
ずっと前には、ちょっと旅行するのにも、バスケットを下げてゆくというふうで、流行したものです。年ちゃんのお家に、その時分、お父さんや、お母さんが、お使いになった古いバスケットがありました。 年ちゃんが、ある年の夏、お母さんにつれられて田舎へいったときには、このバスケットにりんごや、お菓子を入れて持ってゆきました。そして、帰りには、お土産のほかに、海岸で拾った石