可愛いポール
北条民雄
可愛いポール 北條民雄 ミコちゃんの小犬は、ほんとうに可愛いものです。丸々と太った体には、綿のように柔かい毛がふかふかと生えています。 名前はポールと言います。これはミコちゃんが、三日も考えてつけたのでした。ポールと言うのは、フランスの美しいお歌を作る先生のお名前です。 ミコちゃんはポールが大好です。ポールもミコちゃんの言うことは何でも良く聞きます。又ミコち
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北条民雄
可愛いポール 北條民雄 ミコちゃんの小犬は、ほんとうに可愛いものです。丸々と太った体には、綿のように柔かい毛がふかふかと生えています。 名前はポールと言います。これはミコちゃんが、三日も考えてつけたのでした。ポールと言うのは、フランスの美しいお歌を作る先生のお名前です。 ミコちゃんはポールが大好です。ポールもミコちゃんの言うことは何でも良く聞きます。又ミコち
チェーホフアントン
オーレンカという、退職八等官プレミャンニコフの娘が、わが家の中庭へ下りる小さな段々に腰かけて、何やら考え込んでいた。暑い日で、うるさく蠅がまつわりついて来るので、でももうじき夕方だと思うといかにもうれしかった。東の方からは黒い雨雲がひろがって来て、時おりその方角から湿っぽい風が吹いていた。 中庭のまんなかにはクーキンという、遊園『*ティヴォリ』の経営主と持主
神西清
「可愛い女 犬を連れた奥さん 他一編」あとがき 神西清 ここに収めた三編は、チェーホフ(Anton Pavlovich Chekhov, 1860-1904)がようやくその晩年の沈潜期に推し移ろうとする年代、つまり彼の三十八歳から翌年へかけての作品である。それはあたかも彼がその多産な小説家としての経歴をとじて、すでに『かもめ』や『ヴァーニヤ叔父さん』などの成
織田作之助
可能性の文学 織田作之助 坂田三吉が死んだ。今年の七月、享年七十七歳であった。大阪には異色ある人物は多いが、もはや坂田三吉のような風変りな人物は出ないであろう。奇行、珍癖の横紙破りが多い将棋界でも、坂田は最後の人ではあるまいか。 坂田は無学文盲、棋譜も読めず、封じ手の字も書けず、師匠もなく、我流の一流をあみ出して、型に捉えられぬ関西将棋の中でも最も型破りの「
宮沢賢治
台川 宮沢賢治 〔もうでかけませう。〕たしかに光がうごいてみんな立ちあがる、腰をおろしたみじかい草、かげろふか何かゆれてゐる、かげろふぢゃない、網膜が感じただけのその光だ、 〔さあでかけませう。行きたい人だけ。〕まだ来ないものは仕方ない。さっきからもう二十分も待ったんだ。もっともこのみちばたの青いいろの寄宿舎はゆっくりして爽かでよかったが。 これから又こゝへ
宮沢賢治
〔もうでかけましょう。〕たしかに光がうごいてみんな立ちあがる。腰をおろしたみじかい草。かげろうか何かゆれている。かげろうじゃない。網膜が感じただけのその光だ。 〔さあでかけましょう。行きたい人だけ。〕まだ来ないものは仕方ない。さっきからもう二十分も待ったんだ。もっともこのみちばたの青いいろの寄宿舎はゆっくりして爽かでよかったが。 これからまたここへ一遍帰って
豊島与志雄
台湾の姿態 豊島与志雄 台湾の印象は、まず山と川から来る。比類ない断崖と深潭と高峯とを以て成るタコロ峡のことは、ここに云うまい。また、蘇澳から花蓮港に至る間の海岸絶壁を縫うバス道のことも、ここに云うまい。それらは余りに有名だからである。然し、台湾東部の山と川はすべて、一般に強い印象を与える。 台湾には、一万尺を越える高山が主峯だけでも四十八ある。それらの峯は
津田左右吉
奇なるかな世潮の変遷、試に最近数年間の文学界を回顧せば年ごとに流行の一新するあるを見る。二十二年は小説流行のときにして二十三年は和文、漢文の流行は二十四年に始まりてしかして二十五年は史論の盛行を見るにあらずや。もとよりその間に密確なる区劃をなさんは無稽の業に属すといへども大体の状態は概ね此の如きか。これそもそも人心の奇を好むによるか将たその間必然の理勢ありて
佐々木味津三
1 切支丹騒動として有名なあの島原の乱――肥前の天草で天草四郎たち天主教徒の一味が起こした騒動ですから一名天草の乱ともいいますが、その島原の乱は騒動の性質が普通のとは違っていたので、起きるから終わるまで当時幕府の要路にあった者は大いに頭を悩ました騒動でした。ことに懸念したのは豊臣の残党で、それを口火に徳川へ恨みを持っている豊家ゆかりの大名たちが、いちどきに謀
佐々木味津三
1 ――むっつり右門第二番てがらです。 前回の南蛮幽霊騒動において、事のあらましをお話ししましたとおり、天下無類の黙り虫の変わり者にかかわらず、おどろくべき才腕を現わして、一世を驚倒させたあの戦慄すべき切支丹宗徒の大陰謀を、またたくうちにあばきあげ、真に疾風迅雷の早さをもって一味徒党を一網打尽にめしとり、八丁堀お組屋敷の同僚たちを胸のすくほど唖然たらしめて、
佐々木味津三
1 ――今回は第三番てがらです。 しかし、今回の三番てがらは、前回と同様捕物怪異談は怪異談でございますが、少々ばかり方角が変わりまして、場所はおひざもとの江戸でなく、武州忍のご城下に移ります。江戸八丁堀の同心が不意になわ張りを離れて、方面違いも方面違いの武州くんだりまでも飛び移るんですから、なかにはさだめし不審に思われるおかたもございましょうが、不審に思った
佐々木味津三
1 ――その第四番てがらです。 すでにもうご承知のごとく、われわれの親愛なる人気役者は、あれほどの美丈夫でありながら、女のことになると、むしろ憎いほどにも情がこわくて、前回の忍の城下の捕物中でも、はっきりとそのことをお話ししておいたとおり、尋常な女では容易なことに落城いたしませんので、右門を向こうへ回してぬれ場やいろごとを知ろうとするなら、小野小町か巴御前で
佐々木味津三
1 ――今回はその五番てがらです。 事の起こりましたのは山王権現、俗に山王さんといわれているあのお祭りのさいちゅうでした。 ご存じのごとく、山王さんのお祭りは、江戸三社祭りと称せられている年中行事のうちの一つで、すなわち深川八幡の八月十五日、神田明神の九月十五日、それから六月十五日のこの山王祭りを合わせて、今もなお三社祭りと称しておりますが、中でも山王権現は
佐々木味津三
1 今回はその第六番てがらです。 事件の端を発しましたのは、前回のにせ金事件がめでたく大団円となりましてから約半月ほどたってからのことでしたが、半月のちといえばもちろんもう月は変わって、文月七月です。ご承知のごとく、昔は太陰暦でございますから、現今とはちょうどひと月おくれで、だから七月といえば、まさに炎熱のまっさいちゅうです。それがまたどうしたことか目もあて
佐々木味津三
1 ――今回はいよいよ第七番てがらです。 由来、七の数は、七化け、七不思議、七たたりなどと称して、あまり気味のよくないほうに縁が多いようですが、しかし右門のこの七番てがらばかりは、いたって小気味のよい捕物美談ともいうべきもので、しかも事の勃発いたしましたのは、あの古井戸事件がめでたく落着してからまもなくの、といっても十日ほどたったちょうどお盆の十六日のことで
佐々木味津三
1 ――今回は第八番てがらです。 それがまた因縁とでも申しますか、この八番てがらにおいても、右門はまたまたあの同僚のあばたの敬四郎とひきつづき第三回めの功名争いをすることになりましたが、事の起きたのは八月上旬でありました。 旧暦だからむろんひと月おくれで、現今の太陽暦に直すと、ほぼ九月の季節にあたりますが、だから暦の上ではすでに初秋ということになってはいるも
佐々木味津三
1 ――今回はいよいよ第九番てがらです。 それがまた妙なひっかかりで右門がこの事件に手を染めることとなり、ひきつづいてさらに今回のごとき賛嘆すべきてがらを重ねることになりましたが、事の勃発いたしましたのは、前回の卍事件がめでたく落着いたしまして、しばらく間をおいた九月下旬のことでありました。下旬といってもずっと押しつまった二十八日のことでしたが、それも夜半を
佐々木味津三
1 ――今回は第十番てがらです。 ところが、少しこの十番てがらが、右門の捕物中でも変わり種のほうで、前回にご紹介いたしました九番てがらの場合のごとく、抜くぞ抜くぞと見せかけてなお抜かなかったむっつり右門が、今度ばかりはほんとうにあの細身の一刀を鞘走らせて、切れ味一品のわざものにはじめてたっぷり人の生き血を吸わすることとなりましたから、いよいよ右門の捕物秘帳は
佐々木味津三
1 ――ひきつづき第十一番てがらに移ります。 事の勃発いたしましたのは師走の月ずえ。今までもしばしば申し上げたように、当今とは一カ月おくれの太陰暦ですから、師走は師走であっても、ずっと寒気がきびしくて、朝夕はへそまでが凍りそうな寒のさいちゅうでした。 しかし、陽気はいかに寒いにしても、犬が東を向けばその尾は必ず西へ向くように、師走が来ればその次にお正月が来る
佐々木味津三
1 ――ひきつづき第十二番てがらにうつります。 事の勃発いたしましたのは、前回の身代わり花嫁騒動が、いつもながらのあざやかな右門の手さばきによってあのとおりな八方円満の解決を遂げてから、しばらく間を置いた二月上旬のことでしたが、それも正確に申しますればちょうど二日のことでした。毎年この二月二日は、お将軍日と称しまして、江戸城内ではたいへんめでたい日としていま
佐々木味津三
1 ――今回は第十三番てがらです。 それがまた妙なもので、あとを引くと申しますのか、それともこういうのがまえの世からの約束ごととでも申しますのか、この十三番てがらにおいて、ひきつづき、またまたあのあばたの敬四郎がおちょっかいを出して、がらにもなく右門とさや当てをすることになりましたから、まことに捕物名人としては、こうるさい同僚をかたき役に持ったというべきです
佐々木味津三
1 ――だんだんと回数を重ねまして、名人の捕物帳もいよいよ今回は第十四番てがらとなりましたが、目のあるところには珠が寄るのたとえで、ご番所のご記録帳によりますと、なんとも愉快千万なことには、この十四番てがらから、新しく右門の幕下にすばらしい快男児がいまひとりはせ加わりまして、おなじみの人気わき役おしゃべり屋の伝六とともに両々力を合わせながら、ますます名人の捕
佐々木味津三
1 ――前章の化け右門事件で、名人右門の幕下に、新しく善光寺辰なる配下が一枚わき役として加わり、名人、伝六、善光寺辰と、およそ古今に類のない変人ぞろいの捕物陣を敷きまして、いと痛快至極な捕物さばきに及びましたことはすでにご紹介したとおりですが、いよいよそれなる四尺八寸の世にもかわいらしいお公卿さまが幕下となって第二回めの捕物、名人にとっては、ちょうどの十五番
佐々木味津三
1 ――ひきつづき第十六番てがらにうつります。 事件の勃発いたしましたのは、五月のちょうど晦日。場所は江戸第一の関門である品川の宿、当今の品川はやけにほこりっぽいばかりで、さざえのつぼ焼きのほかは、あってもなくてもいいような、場末の町ですが、このお時代の品川となると、いろいろな点から、なかなかふぜいのあったもので、上方から下ってきた旅人には、ほっと息をつくや