塵埃、空、花
宮本百合子
塵埃、空、花 宮本百合子 今日などはもう随分暖い。昨夜一晩のうちに机の上のチューリップがすっかり咲き切って、白い木蓮かなどのように見える花弁の上に、黄色い花粉を沢山こぼしている。太い雌芯の先に濃くその花粉がついて、自然の営みをしているが、剪られた花故実を結ぶこともならない。空しき過剰という心持がしなくもなく、さしずめ悩ましき春らしい一つの眺めとも云うべきか、
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宮本百合子
塵埃、空、花 宮本百合子 今日などはもう随分暖い。昨夜一晩のうちに机の上のチューリップがすっかり咲き切って、白い木蓮かなどのように見える花弁の上に、黄色い花粉を沢山こぼしている。太い雌芯の先に濃くその花粉がついて、自然の営みをしているが、剪られた花故実を結ぶこともならない。空しき過剰という心持がしなくもなく、さしずめ悩ましき春らしい一つの眺めとも云うべきか、
小酒井不木
今年の夏は近年にない暑さが続きましたが、九月半ばになると、さすがに秋風が立ちはじめて、朝夕はうすら寒いくらいの気候となりました。わが少年科学探偵塚原俊夫君は、八月に胃腸を壊してからとかく健康がすぐれませんでしたが、秋になってからはすっかり回復して元気すこぶる旺盛、時々、私に向かって、 「兄さん、何かこうハラハラするような冒険はないかなあ。僕は近頃腕が鳴って仕
正岡子規
墓 正岡子規 ○斯う生きて居たからとて面白い事も無いから、一寸死んで来られるなら一年間位地獄漫遊と出かけて、一周忌の祭の真中へヒヨコと帰つて来て地獄土産の演説などは甚だしやれてる訳だが、併し死にツきりの引導渡されツきりでは余り有難くないね。けれど有難くないの何のと贅沢をいつて見たところで、諸行無常老少不定といふので鬼が火の車引いて迎へに来りや今夜にも是非とも
正岡子規
○こう生きて居たからとて面白い事もないから、ちょっと死んで来られるなら一年間位地獄漫遊と出かけて、一周忌の祭の真中へヒョコと帰って来て地獄土産の演説なぞは甚だしゃれてる訳だが、しかし死にッきりの引導渡されッきりでは余り有難くないね。けれど有難くないの何のと贅沢をいって見たところで、諸行無常老少不定というので鬼が火の車引いて迎えに来りゃ今夜にも是非とも死ななけ
田山花袋
銘々に、代り代り人生の舞台に出て行く形が面白いではないか。古来何千年の昔から人間がやつて来たと同じやうに、波の上に波が打寄せて来るやうに……。 我々は墓の上に墓を築きつゝあるのである。ロマン・ロオランが死者に逢ふといふことは自分の生を段々送つて行くことだと云つたが、実際さういふ気がする。父母の生活は年を経るに従つて次第に私達の心と胸とに蘇つて来る、父母も、又
桜間中庸
郷里につくと、その日の中にか翌日の朝かには、きつと、家の墓地に鎌と笹掃木を手にして出かける。 それに義務を感じるといふのでもない。ただその墓地が村を南から北へ大膽に見下せる高さにあることがたまたま故郷に歸つた私に喜びを投げてくれるからだ。それがいつの間にか習慣といつたものになつてしまつたのであらう。 その度に墓地はむしやくしやとよもぎが生えてゐたり、山からこ
久生十蘭
墓地展望亭 久生十蘭 巴里の山の手に、ペール・ラシェーズという広い墓地があって、そのうしろの小高い岡の上に、≪Belle-vue de Tombeau≫という、一風変った名の喫茶店がある。 訳すと、「墓地展望亭」ということにでもなろうか。なるほど、そこの土壇の椅子に坐ると、居ながらにして、眼の下に墓地の全景を見渡すことが出来る。 当時、私は物理学校の勤勉な一
小酒井不木
皆さん、これから申しあげる探偵談は、少年科学探偵塚原俊夫君が、自分でもいちばん骨を折った事件の一つだと申しているほど、面倒な殺人事件であります。 そもそも犯罪探偵の際、いちばん難しいのは、殺された人の身元の分からぬ時です。明らかに他人の手によって死に至らしめられた死体でも、その死体が何の誰だということが分からなくては、犯人捜索の手のつけようがありません。です
マンパウル・トーマス
墓地へゆく道は、ずっと国道に添うて走っていた。その目的地、つまり墓地に達するまで、ちっとも国道を離れずに走っているのである。その道のもう一つの側には、まず人家がある。郊外の新築の家々で、まだ職人の入っているのもある。それから畑が来る。縁に、ごつごつした中老の山毛欅の樹が立並んでいる国道のほうは、半分だけ鋪石が敷いてあって、半分は敷いてない。しかし墓地へゆく道
西尾正
終戦後の今日、思い出されるのは、わが友アレックス・ペンダア君のことである。 ペンダア君は今度の欧洲戦争であわてて帰国したイギリス人の一人である。白髪あからがおの、一見初老の紳士で、仕事はなにもしていないらしく、毎日海岸を小犬をつれて散歩していた。その頃はちょうど日華事変の最中でもあるし、スパイではないかとか、亡命中の悪漢ではないかとか、いろいろ憶測をめぐらす
今野大力
歴史! 「歴史がこうであったから これはこうであるべきだ」 てめい等はまるでブルジョア学者と同じように そこからどんな論理や哲学を引ずり出そうというのだ 歴史がたとえどうあろうと 俺達の現実にとって 俺達がこれから築いて行こうとしている 仕事のために 役になんか立ちそうもない 役に立つどころか、てめい等も御存知のない位 立派に反動を働こうなんて おお、そんな
永井荷風
ふるさとの東京には、去年の秋流寓先から帰ったその日、ほんの一夜を明したばかりなので、その後は東京の町がどうなったか、何も知るよしがない。年は変って春の来るのも近くなった。何かにつけて亜米利加に関することが胸底に往来する折からでもあろう。不図わたくしは、或年の春、麻布広尾なる光林寺の後丘に米国通訳官ヒュースケンの墳墓をたずねたことを思出した。 ヒュースケンの事
佐藤垢石
増上寺物語 佐藤垢石 五千両の無心 慶応二年師走のある寒い昧暗、芝増上寺の庫裏を二人の若い武士が襲った。二人とも、麻の草鞋に野袴、革の襷を十字にかけた肉瘤盛り上がった前膊が露である。笠もない、覆面もしない。 経机の上へ悠然と腰をおろして、前の畳へ二本の抜き身を突きさした、それに対して、老いた役者が白い綿入れに巻き帯して平伏している。役者というのは、いまでいう
中谷宇吉郎
前文に於て墨流しの現象の物理学的研究を紹介した。その研究では墨を磨る時の水の成分のことは詳しく調べてあったが、用いた硯は普通市販の一定の硯に限られていた。それで寺田先生は次に、色々の墨を色々の硯で磨った時に、墨汁の膠質的性質が如何に変わるかという問題にとりかかられたのである。 墨汁の色々の性質特に墨色などが、墨の良否によるばかりでなく、硯の種類によっても著し
幸田露伴
墨子は周秦の間に於て孔子老子の學派に對峙した鬱然たる一大學派の創始者である。 墨子の學の大に一時に勢力のあつたことは孔子系の孟子荀子等が之を駁撃してゐるのでも明白で、輕視して置けぬほどに當世に威を有したればこそ孟子荀子等がこれに對して筆舌を勞したのである。それのみならず人間の善惡を超越し是非を忘却するやうなことを理想としたかの如き莊周でさへも墨家に論及し、そ
中谷宇吉郎
寺田寅彦先生は晩年理化学研究所で、墨流しの研究に着手された。その研究の進行につれて、東洋に於て古代から使われている墨は、膠質学(1)上より見ても、非常に複雑で興味深い問題であることが分かり、この研究は「墨汁の膠質的研究」となって、先生の逝去の直前まで数年間続けられていた。その結果の前半は、既に理研欧文報告第二十三巻及び二十七巻にそれぞれ、 Experimen
中谷宇吉郎
私が初めて墨色というものに興味を惹かれたのは、友人金沢の日本画家N氏の家でのことであった。N氏は洋画出身であるが、其の後支那の旧い文化に興味を持ち始めたのが動機で、今では日本画家としての方が通りが良い。二十年近くも前のことであるが、私が金沢の高等学校に在学時代、初めて知り合いになった頃は、支那の仏教典籍に凝っていて、鳥巣禅の図などを描いて呉れたことがあった。
北大路魯山人
銀座松屋に十月中、明治大正の文士の墨蹟及び遺品の展観が催された。小生は「人」の価値を見るに常に墨蹟によって判断する事を得意とする。人の評判や世間の噂では間違いが多いことがあるので、自分は人を見ることは、必ず墨蹟に拠ることにしている。墨蹟とは主に「書」である。画でも判らないことはないが、書で見ることが一番である。 昔から有名な人物はもちろん、その時々に生まれ出
中井正一
壁 中井正一 群青のところどころ剥げて、木目の寂びてあらわなる上に、僅かに仏像が残っている。みずからの渉跡を没することでみずから無の示す空寂の美わしさを現わす仏像を載せて、壁はみずからを時の錆にまかす。 なぜそこに壁があったのか。なぜそれに仏像が描かれねばならなかったのか。 壁があったのは、それは人が住むためにであろう。仏像が描かれたのは、その壁を通して、人
中谷宇吉郎
二千六百年の記念事業の中で、百年後の日本人に最も感謝されるものは、今度の法隆寺の壁画の摸写ではあるまいかと、友人の一人が私に語ってくれたことがある。 そう聞いて見れば、なる程その通りかもしれないという気がする。法隆寺の壁画のことは、色々と美しい感嘆の言葉は聞いているが、まだ見たことはなかった。もっとも機会を作れば、春秋の拝観期に大和を訪れることも出来なくもな
中野鈴子
山裾を走る電車の窓からみた 紋入りに染め上げたおおいをかけ ふたつの車に積みあげた嫁入り道具が いま村の端を出かかったところを 春はやいくもり日が暮れかけていた 荷物は運ばれるのだ うすぐらい物置き倉 古ぼけた姑の箪笥と並ぶために 生まれた家と親とが この荷物を背負わせ 娘を押し出す 娘は のろのろと家を出てゆく 荷物と娘と一束にして計量にかけ むすめのいの
下村千秋
壇ノ浦の鬼火 下村千秋 一 天下の勢力を一門にあつめて、いばっていた平家も、とうとう源氏のためにほろぼされて、安徳天皇を奉じて、壇ノ浦のもくずときえてからというもの、この壇ノ浦いったいには、いろいろのふしぎなことがおこり、奇怪なものが、あらわれるようになりました。 海岸に、はいまわっているかにで、そのこうらが、いかにもうらみをのんだ無念そうなひとの顔の形をし
中井正一
「壇」の解体 中井正一 文壇、画壇、楽壇、歌壇、俳壇、乃至学壇、評壇等々、それはそれぞれ犯すべからざる神聖なるにわである。空間的な特殊ななわ張りである。その中に置かれることで、或種の安心と尊敬をむさぼることの出来る一つの聖域である。人々はその中に祭られんことをのみ希っている。 又別の考え方より見れば、動物が自らを保護せんために群れをなし、群れの一部分となるこ
海野十三
壊れたバリコン 海野十三 なにか読者諸君が吃驚するような新しいラジオの話をしろと仰有るのですか? そいつは弱ったな、此の頃はトント素晴らしい受信機の発明もないのでネ。そうそう近着の外国雑誌にストロボダインという新受信機が大分おおげさに吹聴してあったようですね。しかし私は余り感心しないのですよ。結局ビート受信方式の一変形に過ぎないじゃありませんか。 ヤアどうも