川端康成第四短篇集「心中」を主題とせるヴァリエイシヨン
梶井基次郎
川端康成第四短篇集「心中」を主題とせるヴァリエイシヨン 梶井基次郎 彼が妻と七才になる娘とを置き去りにして他郷へ出奔してから、二年になる。その間も、時々彼の心を雲翳のやうに暗く過るのは娘のことであつた。 「若し恙なく暮してゐるのだつたら、もう學校へあがつてゐる筈だ。あの娘等の樣に」 他郷の町の娘等は歌を歌つたり、毬をついたり、幸福そうに學校へ通つてゐた。――
公共领域世界知识图书馆
梶井基次郎
川端康成第四短篇集「心中」を主題とせるヴァリエイシヨン 梶井基次郎 彼が妻と七才になる娘とを置き去りにして他郷へ出奔してから、二年になる。その間も、時々彼の心を雲翳のやうに暗く過るのは娘のことであつた。 「若し恙なく暮してゐるのだつたら、もう學校へあがつてゐる筈だ。あの娘等の樣に」 他郷の町の娘等は歌を歌つたり、毬をついたり、幸福そうに學校へ通つてゐた。――
豊島与志雄
川端柳 豊島与志雄 或る刑務所長の話に依れば、刑期満ちて娑婆に出た竊盗囚が再び罪を犯すのは、物に対する「欲しい」という感情からよりも、「惜しい」という感情からのことが多いという。「欲しい」という感情はまだ押えることが出来る。然し「惜しい」という感情はどうにも出来ないとか。 刑務所から娑婆に出た喜びは、自由の喜びという一言でつくされる。何をしようと何処へ行こう
高浜虚子
茅舎句集が出るといふ話をきいた時分に、私は非常に嬉しく思つた。親しい俳友の句集が出るといふ事は誰の句集であつても喜ばしいことに思へるのであるけれども、わけても茅舎句集の出るといふことを聞いた時は最も喜びを感じたのである。それはどうしてであるかといふ事は自分でもはつきり判らない。 茅舎君は嘗ても言つたやうに、常にその病苦と闘つて居ながら少しもその病苦を人に訴へ
牧野信一
さあ、これから宿へ帰つて「東京見物記」といふ記事を書くのだ――おいおい、タキシイを呼び止めて呉れ、何方側だ? 何方側だ? 俺には見当がつかぬ――などゝ僕は同伴の妻に云ひ寄るのであつたが、妻君は、前の晩に友達と別れてから、夫と手を携へて怖る/\訪れた赤坂辺のダンスホールを訪れたところが、そこで、案外にも平気で踊ることが出来たので、自信を得てしまつて、やつぱり村
牧野信一
私たちは、その村で一軒の農家を借りうけ、そして裏山の櫟林の中腹にテントを張り、どちらが母屋であるか差別のつかぬ如き出放題な原始生活を送つてゐた。 或朝テントの中の食堂で、不図炊事係りの私の妻が気附くと、パンが辛うじて、その一食に足りる程度しか無かつた! のを発見して、叫んだ。 「正ちやん――あたし、うつかりしてゐたのよ。済まないけれど、お午までに町まで行つて
桜間中庸
朝の八時は鈴懸に ほうやり霧が吸はれてる 警察署まへの停留所 お巡りさんが降りてくる 降りますつゞいてお巡りさん みんな鈴懸くぐります 襟立てマントは短かくて チカチカサーベル光ります ウエハス色のビルデング まもなく窓が開くでせう ●図書カード
佐野友三郎
巡回書庫と町村図書館と 佐野友三郎 余等は戦後教育上の経営として、通俗図書館がきわめて重要の地位を占むべしといえり。しかして、今や図書館経営の機運、まさに熟しこれが設立はいたるところに計画せられつつあり。余等、今日において早く自ら進みてこれが経営に着手せざれば、他日、社会の大勢に余儀なくせられて、これが設備を強いられんこと必せり。 本邦に於ける巡回書庫は、余
萩原朔太郎
きびしく凍りて、 指ちぎれむとすれども、 杖は絶頂にするどく光る、 七重の氷雪、 山路ふかみ、 わがともがらは一列に、 いためる心山峽たどる。 しだいに四方を眺むれば、 遠き地平を超え、 黒き眞冬を超えて叫びしんりつす、 ああ聖地靈感の狼ら、 かなしみ切齒なし、 にくしんを研ぎてもとむるものを、 息絶えんとしてかつはしる。 疾走れるものを見るなかれ、 いまと
小川未明
ある日、光子さんは庭に出て上をあおぐと、青々とした梅の木の枝に二匹のはちが巣をつくっていました。 「おとなりの勇ちゃんが見つけたら、きっと取ってしまうから、私、知らさないでおくわ。」 そう思って見ていますと、一匹ずつかわるがわるどこかへとんでいっては、なにか材料をくわえてきました。そして、一匹がかえってくると、いままで巣にとまって番をしていたのがこんどとんで
堀辰雄
彼女は窓をあけた、さうすると、まるでさういふ彼女を待つてゐたかのやうに、小屋のすぐ傍らの大きな樅の木から、アカハラが一羽、うれしさうに啼きながら飛び下りてきて、その窓の下で餌をあさり出した。けさもまた霧雨がふつてゐるのである。もう七月だといふのに、さうやつて窓をあけてゐると、寒いくらゐだ…… はじめのうちはよく彼女は、その小鳥に何かやらうと思つて、いそいで食
佐藤垢石
巣離れの鮒 佐藤垢石 寒い冷たいとはいうが、もう春だ。そろそろと水が温んでくる。川や沼の面に生色ある光がただよって、いつの間にか堤防の陽だまりに霜ぶくれの土を破って芝芽が小さな丸い頭を突き出すと魚も永い冬の蟄居から眼ざめるのである。鮒は晩秋水の深みに落ち込んで腐れ藻の下や泥底に集団をなして寒い一冬を越すのであるが、寒が明けて陽ざしが明るくなってくると、集団を
正岡容
昭和廿年花季の戦火に巣鴨花街の僑居を焼かれてから早や二年有余の歳月がながれ去つた。大正大震以後、俄に隆昌しだしたこの新興色町は漸く町並に一種の情趣を生じて来たところで惜しくも焼亡してしまつたのである。何より町中のおもひもかけないところ/″\に桜欅その他の大樹の聳え立ち武蔵野の日の名残りを示してゐることが頗る私を喜ばせたが、戦後のその町はところ/″\に急造の旗
今村恒夫
プチロフ工場の兄弟と 蹶起した罷工の勇壮を讃えよ。 伝統と鉄鎖を打ち摧き 狂気したツアーの暴逆の中に 反逆の矢を射たのは彼等だ。 巨大なる世界の基礎を置き 不滅なる労働の旗の下に殉死したのも彼等だ。 彼等は全世界の曙光で有り宇宙廓清の最初の猛火だ。 彼等ではないか銃火と剣に突き刺され乍ら防砦を築いたのは。 身を持って戦術を教えたのは。 彼等は最後の敗戦で有り
宮本百合子
工場労働者の生活について 宮本百合子 ○長や 玉やの玉のブつかる音。小さい家から一日じゅうラジオか、やすチク音キがきこえる。窓からとび込んで来る猫。葬儀やの二階の講。台所にタライにビールをつけてある。ベコベコジャミセン ○物干しに出て、どじょうすくいを踊るのをこっちから見て(室内の連中が)居る。 「乃木節じゃ私ァ霞町一番だったんだ」から下手。「踊じゃ私がやっ
徳永直
「タッちゃん、なに読んでるの?」 これも読書組の、トシが傍へよってきて、のぞきこんだ。馴れた臭気だけれど、ムッとめまいするような煙草の匂がした。 「いやよ」 タツは、慌てて読んでたものをかくした。うすッぺらな、ガリ版ずりの「赤煉瓦」というのだった。 「意地わる!」 作業帽の下から、赤ちゃけた頭髪をハミ出さしたトシは、タツをぶつ真似して、ゴロリと芝生の上へ腹這
坂口安吾
私は今から二ヶ月ほど前に胃から黒い血をはいた。時しも天下は追放解除旋風で多量のアルコールが旋風のエネルギーと化しつつあった時で、私はその旋風には深い関係はなかったが、新聞小説を書きあげて、その解放によって若干の小旋風と化する喜びにひたった。その結果が、人間に幾つもあるわけではない胃を酷使したことになったのである。 私は子供の時から胃が弱い。長じて酒をのむに及
丹沢明
六月、湖に油を流して、太陽は照り返り、 煙突は、貪慾に膨れあがり、 山の中腹までのさばった工場の煙に、 青葉は、私達の顔色のように蒼ざめた。 幾万の釜が蒸しかえす熱気のなかで、 何と立ちの悪い繭だろう、 糸屑ばかりが指にからみついて、 今月も稼ぎ高と罰金とが棒引きだ、 女王の「素質改善」は「罰金制度」を作ることだった、 養成工女は毎月国へ手紙を書かされた、
寺田寅彦
工学博士末広恭二君 寺田寅彦 昭和七年四月九日工学博士末広恭二君の死によって我国の学界は容易に補給し難い大きな損失を受けた。 末広君の家は旧宇和島藩の士族で、父の名は重恭、鉄腸と号し、明治初年の志士であり政客であり同時に文筆をもって世に知られた人である。恭二君はその次男で、兄は重雄、法学博士で現に京都大学教授である。恭二君は明治十年十月二十四日東京で生れ、芝
岸田国士
歌舞伎劇を欧米の劇壇に紹介することは、たしかに有意義であり、その企てが案外容易に(実際はいろいろ困難もあつたらうが)果されたことは何よりよろこばしいが、露西亜の芸術家が、歌舞伎の実演から何を学び、何を感得したかを知る方法はないだらうか。一二新聞批評らしいものも伝へられはしたが、あんなものは当てにならない。 露西亜人は、他の欧米人に比べて、東洋芸術の真髄に触れ
小川未明
正ちゃんは、左ぎっちょで、はしを持つにも左手です。まりを投げるのにも、右手でなくて左手です。 「正ちゃんは、左ピッチャーだね。」と、みんなにいわれました。 けれど、学校のお習字は、どうしても右手でなくてはいけませんので、お習字のときは妙な手つきをして、筆を持ちました。最初、鉛筆も左手でしたが、字の形が変になってしまうので、これも右手に持つ癖をつけたのです。
坂口安吾
夏川左近は久方ぶりで上京のついで古本あさりに神田へでた。そのときふと思いだしたのは大竜出版社のことだ。終戦後の数年間、左近は密輸船に乗りこんでいた。荒天つづきのつれづれに、そのころの記録をつづり「密輸船」という題をつけて大竜出版社へ送ったままになっている。かれこれ一年ぐらい前のことである。むろん原稿を送りこんでいきなり本にしてもらえると思ってもいないが、ちょ
中井正一
巨像を彫るもの 中井正一 これまで、誰でも図書館とは、寂かな、がらんとした庫のようなシーンとした、け押されるような感じのところとなっていたのである。そこには古い本があればあるほど、威張れたのである。また、その量が十万冊、百万冊と多ければ多いほど、また誇りとされたのである。そして、それは人を威圧するような円天井があって、学問の尊厳があたりを払うようなこころもち
新美南吉
巨男の話 新美南吉 巨男とお母さんの住んでいたところはここからたいへん遠くのある森の中でした。 巨男のお母さんはおそろしい魔女でした。ほら鷲のような高い鼻や、蛇のような鋭い眼を持ったあのおそろしい魔女でした。 それはあるお月夜のことでしたよ。 魔女と巨男がねむりについたころ、だれか家の外から戸をたたきました。巨男が起きていって戸をあけてみると、ふたりの女が、
折口信夫
我々は遊郭の生活は穢いものと思つてゐるが、江戸時代の小説・随筆等を読むと、江戸時代の町人は遊郭生活を尊敬してゐる。段々調べてみるとその生活も訣る。遊びにゆく人達は目的は同じところなのだが、直接に売色に関係した事を目的としてゐない。吉原・新町・島原等に於ける遊郭の本格的な遊びをするお客をだいじんと言ふ語で表してゐる。大尽と書いてゐたが、元は大神と書いたのである