Vol. 2May 2026

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公共领域世界知识图书馆

共 14,981 本中显示 7,680 本

思想議会たるを知れ

戸坂潤

第七十議会の問題となるべきものは数限りがない。元来ならば議会では議員側から積極的な法案が続々提出されて然るべきものだ。特に無産政党にとっては各種社会立法の提案に事は欠かない筈である。日本の政府程社会政策に就いて量質ともに無関心なものはないからである。従来の傾向から見ると各種社会立法は必ず政府案として、又は政府案にひき直されて、提出されるのを常とする。その結果

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思案の敗北

太宰治

ほんとうのことは、あの世で言え、という言葉がある。まことの愛の実証は、この世の、人と人との仲に於いては、ついに、それと指定できないものなのかもしれない。人は、人を愛することなど、とても、できない相談ではないのか。神のみ、よく愛し得る。まことか? みなよくわかる。君の、わびしさ、みなよくわかる。これも、私の傲慢の故であろうか。何も言えない。 中谷孝雄氏の「春の

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思索者の日記

三木清

思索者の日記 三木清 一月五日 朝起きると、ひどく咳が出る。烟草で咽喉を痛めているせいだ。おそく起きた朝ほど咳がひどいのは、その前夜おそくまで仕事をして烟草の量を過した兆しである。私の咳はかなり有名で、近所の子供はコンコンのおじさんと呼んでいる。老人臭くていけないが、烟草の量はなかなか減らないで困る。私が外出先から帰って来るときには、家に入らない前に咳でわか

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もの思う葦 ――当りまえのことを当りまえに語る。

太宰治

もの思う葦という題名にて、日本浪曼派の機関雑誌におよそ一箇年ほどつづけて書かせてもらおうと思いたったのには、次のような理由がある。 「生きて居ようと思ったから。」私は生業につとめなければいけないではないか。簡単な理由なんだ。 私は、この四五年のあいだ既に、ただの小説を七篇も発表している。ただとは、無銭の謂いである。けれどもこの七篇はそれぞれ、私の生涯の小説の

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怠倦

永井荷風

この春朝日新聞の紙上に「冷笑」と云う小説を書いていた時に、自分はその日の朝机に向って書き綴った自分の文章が、毎日毎日機械的に翌日の新聞紙に載っているものを見て、何となく自分もいよいよ小説家になった。作者になった。筆を家業にする専門家になったような心持がして何とも知れず一種の不安と不快とを覚えた。 今度は意外にも学校の教室に立って文学と云うものを講義せねばなら

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怠惰屋の弟子入り

国木田独歩

怠惰屋の弟子入り 国木田独歩 亞弗利加洲にアルゼリヤといふ國がある、凡そ世界中此國の人ほど怠惰者はないので、それといふのも畢竟は熱帶地方のことゆえ檸檬や、橙の花咲き亂れて其得ならぬ香四方に立ちこめ、これに觸れる人は自から睡眠を催ふすほどの、だらりとした心地の好い土地柄の故でもあらう。 處が此アルゼリヤ國の中でブリダアといふ市府の人は分ても怠惰ることが好き、道

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急行十三時間

甲賀三郎

箱根山にかかると、車内も大分落着いて来た。午後十時半だ。只、私の前に席を占めた異様な二人、一人は五十位の色の黒い頬骨の出た、眼のギロリとした一癖ありそうな男、一人はもう七十近いかと思われる白髪の老翁だが、その二人が抑も出発の始めからのボソボソ話が気味の悪い犯罪の話ばかりだったが、未だ止めようとせぬ。それも汽車が午後八時東京駅を滑り出てから暫くは、車内の喧噪、

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性格批判の問題

豊島与志雄

性格批判の問題 豊島与志雄 旅にあって、吾々は、山川の美のみに満足する風流気から、よほど遠くにある。事前には、土地の眺望や快適について、いろいろ気にするけれど、いざ旅に出てみると、自然そのものの風趣は、吾々の関心の僅かな部分をしか占めない。興味の対象はやはり、人間もしくは人間生活にある。一人旅の、或る場合の佗びしさ、または或る場合の嬉しさは、このことを証明す

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性格を求む

豊島与志雄

性格を求む 豊島与志雄 クロポトキンは、チェーホフについて次のようなことを云っている。―― 若し社会の進化に何等かの理論があるものとすれば、文学が新たな方向を取り、既に人生に芽ぐみつつあるところの新たなタイプを造り得るに先立って、チェーホフのような作者が現われなければならない。兎に角、そういう場合には印象の深い別れの言葉が云われなければならないのである。その

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性格としての空間 ――理論の輪郭――

戸坂潤

問題を知識――認識――の範囲に限ろうと思う。尤も始めから知識の世界と知識でない世界とを区別しておいて、その上で知識の世界の外へ一歩も出ないように注意しようというのではない。そのためには恐らく吾々は完成した体系を予め持っていなければならないであろう。云うまでもなく吾々はそのような結論から出発することは出来ない。凡ての出来上っている諸問題をば同じ資格を有つ隣人と

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性格と表情

小津安二郎

表情がうまい、というだけでは、いけないと思うんだ。悲しい表情、うれしい表情が巧みに出来る――つまり顔面筋肉の動きが自由自在だ、というだけではダメ、それならヤサシイと思うんだ。 いまの、日本の映画俳優は、表情は決して乏しくないヨ。日本人は無表情だとよく言うけども少くとも、俳優の場合は、アメリカ人にくらべて表情は乏しくないと思うんだ。表情がうまいから、上手な役者

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性に関するアイヌの習俗

知里真志保

従来、史家の多くは性の問題に関するかぎりことさらに触れようとしなかった。しかしながら、人間生活の土台は性と食との上に打立てられているのであるから、人類史研究の為には、先ずこの根本問題の解明が要請されるのである。 本文はこの意味に於て、健全なる郷土史の研究を志す人々の為の資料として執筆されたものである。 アイヌの物語りや日常会話の中には、性器や性交に関すること

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怪人の眼

田中貢太郎

小坂丹治は香美郡佐古村の金剛岩の辺で小鳥を撃っていた。丹治は土佐藩の侍であった。それは維新のすこし前のことであった。 秋風が山の木の葉を吹いていた。丹治は岩と雑木に挟まった径を登って、聳え立った大岩の上へ出たところで、ふと見ると、直ぐ上の方の高い黒松の梢に一羽の大鶴がとまっていた。 「おう、鶴がおるぞ」 丹治の眼は思わず輝いたが、鶴を捕ることは禁じられていた

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怪僧

田中貢太郎

怪僧 怪僧 田中貢太郎 官軍の隊士飯田某は、五六人の部下を伴(つ)れ、勝沼在の村から村へかけて、潜伏している幕兵を捜索していた。それは、東山道から攻めのぼった官軍を支えようとした幕兵を一戦に破ったあとのことであった。 夕方になって唯(と)ある森の陰に小さな寺を見つけた。飯田はその寺で一泊するつもりで、夕陽の光を浴びて寺の方へ往った。山門の柱も朽ちて荒れた寺で

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怪奇人造島

寺島柾史

怪奇人造島 寺島柾史 一 怪汽船と怪老人 どろぼう船 冷凍船虎丸には、僕(山路健二)のほかに、もう一人ボーイがいた。それは、南京生れの陳秀峰と、自ら名乗る紅顔の美少年だ。 ピコル船長附のボーイだから、僕のような、雑役夫にひとしいボーイと、めったに話合う機会もなかったが、船が函館港を出帆し、北上してから三昼夜目、すでに北千島圏内に入ったある日、後甲板で、二人は

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怪しき旅僧

田中貢太郎

――此の話は武蔵の川越領の中の三ノ町と云う処に起った話になっているが、此の粉本は支那の怪談であることはうけあいである。 それは風の寒い夜のことであった。三ノ町の某農家の門口へ、一人の旅僧が来て雨戸を叩いて宿を乞うた。ところで農家ではもう寝ようとしているうえに、主翁は冷酷な男であったから初めは寝たふりをして返事をしなかったが、何時までたっても旅僧が去らないので

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怪異に嫌わる

豊島与志雄

坪井君は丹波の人である。その丹波の田舎に或る時、伯父の家を訪れたところ、年老いた伯父は、倉からいろいろな物を持出し、広い座敷に処狭きまで置き並べて、それに風を通していた。 ――君は田舎の旧家にある土蔵を知っているだろうか。壁の厚み三尺以上もあり、鉄鋲をうちつけた重い樫の扉の錠前は、二重にも三重にもなり、二階造りで、一階には窓がなく、段の高い階段を上ってゆくと

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怪異考

寺田寅彦

怪異考 寺田寅彦 物理学の学徒としての自分は、日常普通に身辺に起こる自然現象に不思議を感ずる事は多いが、古来のいわゆる「怪異」なるものの存在を信ずることはできない。しかし昔からわれわれの祖先が多くの「怪異」に遭遇しそれを「目撃」して来たという人事的現象としての「事実」を否定するものではない。われわれの役目はただそれらの怪異現象の記録を現代科学上の語彙を借りて

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怪しの者

国枝史郎

怪しの者 国枝史郎 一 乞食の権七が物語った。 尾張の国春日井郡、庄内川の岸の、草の中に寝ていたのは、正徳三年六月十日の、午後のことでありました。いくらか靄を含んでいて、白っぽく見えてはおりましたが、でもよく晴れた夏の空を、自分の遊歩場ででもあるかのように、鳶が舞っておりましたっけ。 ふと人の気勢を感じたので、躰を蔽うている草の間から、わたしはそっちを眺めま

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怪艦ウルフ号

宮原晃一郎

怪艦ウルフ号 宮原晃一郎 一 時は欧洲大戦の半ば頃、処は浪も煮え立つやうな暑い印度洋。地中海に出動中の日本艦隊へ食糧や弾薬を運ぶ豊国丸は、独逸商業破壊艦「ウルフ号」が、印度洋に向つたといふ警報を受けたので、帝国軍艦「伊吹」の保護を求めて、しきりに無電をかけながら、西へ西へと進んでゐた。 前部甲板の日覆の下には、とぐろを巻いたロープを椅子代りに腰掛けた二人の少

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怪談

平山蘆江

六つか七つの時分、佐倉宗吾の芝居を通しで見たことがある。例の宗吾一家が磔刑になった後の幕で、堀田家の奥殿に宗吾親子の幽霊が出て堀田侯を悩ますところ、あんな芝居はここ二三十年来どこの田舎へ行っても上演されたという事を聞いた事もないが、六つ七つの私は凄いと思われた。五六日以上も便所へ一人では行かれなくて弱った事を今でも覚えている。その事から思うと、今の小供にあん

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怪談会の怪異

田中貢太郎

震災の前であった。白画堂の三階で怪談会をやったことがあった。出席者は泉鏡花、喜多村緑郎、鈴木鼓村、市川猿之助、松崎天民などで、蓮の葉に白い強飯を乗せて出し、灯明は電灯を消して盆燈籠を点け、一方に高座を設けて、譚をする者は皆その高座にあがった。 数人の怪異譚がすむと、背広服を着た肥った男があがった。それは万朝報の記者であった。 「この話は、私の家の秘密で、公開

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怪談牡丹灯籠 01 序

坪内逍遥

およそありの儘に思う情を言顕わし得る者は知らず/\いと巧妙なる文をものして自然に美辞の法に称うと士班釵の翁はいいけり真なるかな此の言葉や此のごろ詼談師三遊亭の叟が口演せる牡丹灯籠となん呼做したる仮作譚を速記という法を用いてそのまゝに謄写しとりて草紙となしたるを見侍るに通篇俚言俗語の語のみを用いてさまで華あるものとも覚えぬものから句ごとに文ごとにうたゝ活動する

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