拾うた冠
宮原晃一郎
拾うた冠 宮原晃一郎 みなさん神社の神官がお祭の時などにかぶつてゐる帽子をご存じでせう。又あれが冠といふものであることもご存じでせう。あの冠は位によつて種類があります。丁度金筋の何本はひつた帽子は大将で、何本のは中将であると今軍人の帽子で官の位がわかるのと同じことです。 昔、天皇陛下がまだ京都におすまひなされたときのことです。或時、京都に火事がありました。そ
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宮原晃一郎
拾うた冠 宮原晃一郎 みなさん神社の神官がお祭の時などにかぶつてゐる帽子をご存じでせう。又あれが冠といふものであることもご存じでせう。あの冠は位によつて種類があります。丁度金筋の何本はひつた帽子は大将で、何本のは中将であると今軍人の帽子で官の位がわかるのと同じことです。 昔、天皇陛下がまだ京都におすまひなされたときのことです。或時、京都に火事がありました。そ
今野大力
なぜか知ら そぞろ歩みに誘われて 私もお祭りに加わります 誰ひとり街はずれのお宮へなぞゆくものですか みんなはこうして 涼しい夏の夜の風を浴びながら 当どもなく華やかな灯の下を さまよいます。 * 師団道路なんて 何て無意味な名前でしょう 面白可笑な人にもあい 一寸横丁へよれてごらん 音もない光りもない 夜半の神秘がねています。 未来派ならば 何と表現するで
北大路魯山人
生かすことは殺さないことである。生かされているか殺されているかを見分ける力が料理人の力であらねばならぬ。神様が人間に下し給うたとみるべき人間食物の個々の持ち味は、残念でも年を経るに従って、人間の猪口才がすべてを亡ぼしつつあるようだ。 例えば砂糖の乱用が、おのおの持つところの異なった「味」を破壊し、本質を滅茶苦茶にしている如き、それである。砂糖さえ入れれば美味
佐左木俊郎
指 佐左木俊郎 一 彼女は銀座裏で一匹のすっぽんを買った。彼女のそれを大型の鰐皮製のオペラ・バッグに落とし込んで、銀座のペーヴメントに出た。 宵の銀座は賑っていた。彼女は人の肩を押し分けるようにしながら、尾張町の停留所の方へ歩いた。店を開きかけた露店商人が客を集めようとあせっている。赤、青、薄紫の燈光が揺れる。足音が乱れる。 「もしもし! 奥さん。」 彼女は
中谷宇吉郎
先生の臨終の席に御別れして、激しい心の動揺に圧されながらも、私はやむをえぬ事情のために、その晩の夜行で帰家の途に就いた。同じ汽車で小宮さんも仙台へ帰られたので、途中色々先生の追想を御伺いする機会を与えられた。三十年の心の友を失われた小宮さんは、ひどく力を落された御様子でボツリボツリと思い出を語られた。常磐線の暗い車窓を眺めながら、静かに語り出される御話を伺っ
佐左木俊郎
指と指環 佐左木俊郎 銀座裏のカッフェ・クジャクの内部はまだ客脚が少なく、閑散を極めていた。 彼は、焦茶色の外套の襟で頤を隠して、鳶色のソフトを眼深に引き下げていた。そして、室の中を一渡り見渡してから、彼は隅のテーブルへ行って身体を投げ出した。 「いらっしゃいまし。何になさいますか?」 すぐと女給が寄って来て言った。 「うむ。何にしようかな?……」 彼は言い
田中貢太郎
ふと眼を覚ましてみると、電燈の光が微紅く室の中を照らしていた。謙蔵はびっくりして眼をった。彼は人のいない暗い空家の中へ入って寝ているので、もしや俺は夢でも見ているのではないかと思って、己の体に注意してみた。右枕に寝て右の手を横にのびのびと延ばし、左の手を胸のあたりに置いている己の姿が眼に映った。そのうえ駒下駄を裏合せにして新聞で包んで作った枕の痛みも頭にあっ
清水紫琴
こわれ指環 清水紫琴 あなたは私のこの指環の玉が抜けておりますのがお気にかかるの、そりやアあなたのおつしやる通り、こんなにこわれたまんまではめておりますのは、あんまり見つともよくありませんから、何なりともはめかへれば、宜しいので……ですが私の為にはこの指環のこわれたのが記念でありますから、どうしてもこれをはめかへる事が出来ないのです。ああ月日の経つは誠に早い
宮本百合子
指紋 宮本百合子 この間、『サン』を見ていたら、福島県のどこかの村の結婚式の写真が出ていた。昔ながらの角かくしをかぶって裾模様の式服を着た花嫁が、健康な農村の娘さんらしい膝のうずたかさでかしこまって坐っている。婿さんの方は、洋服姿で、これも国民服の形をした洋服姿の年よりの男数人と、一つの小机を囲んでいる。何をしているところかと思ってみれば、それは、結婚記念に
岡本綺堂
指輪一つ 岡本綺堂 一 「あのときは実に驚きました。もちろん、僕ばかりではない、誰だって驚いたに相違ありませんけれど、僕などはその中でもいっそう強いショックを受けた一人で、一時はまったくぼうとしてしまいました。」と、K君は言った。座中では最も年の若い私立大学生で、大正十二年の震災当時は飛騨の高山にいたというのである。 あの年の夏は友人ふたりと三人づれで京都へ
小酒井不木
按摩 小酒井不木 コホン、コホンと老按摩は彼の肩を揉みながら、彼の吸う煙草の煙にむせんで顔をしかめた。少し仰向き加減に、首と右肩との角度を六十度ぐらいにして居るところを見ると、生れつきの盲人であるらしい。 郊外の冬の夜は静である。 「旦那はずいぶん煙草ずきですねえ。三十分たたぬうちに十本あまりも召し上ったようですねえ」 と、彼は狡猾そうな笑いを浮べて言った。
戸坂潤
数カ月前までは、国防予算乃至軍事予算の膨大と国民生活の安定とは、事実上に於て相剋する関係にあるということが、国民の常識となっていた。而もこの間の相剋・背反・関係に最初の認識を与えたものは、かつての〔軍部〕であると云ってもよい。そしてそこに狭義国防に対する広義国防という特別な観念が発生した。実を云うと、広義国防というのは、初めは単に狭義国防の全国民生活への拡大
海野十三
振動魔 海野十三 1 僕はこれから先ず、友人柿丘秋郎が企てた世にも奇怪きわまる実験について述べようと思う。 柿丘秋郎と云ったのでは、読者は一向興味を覚えないだろうと思うが、これは無論、僕が仮りにつけた変名であって、もしもその本名を此処に真正直に書きたてるならば、それが余りにも有名な人物なので、読者は吁ッと驚いてしまうだろう。それにも拘らず、敢えてジャーナリズ
徳田秋声
道太が甥の辰之助と、兄の留守宅を出たのは、ちょうどその日の昼少し過ぎであった。彼は兄の病臥している山の事務所を引き揚げて、その時K市のステーションへ著いたばかりであったが、旅行先から急電によって、兄の見舞いに来たので、ほんの一二枚の著替えしかもっていなかったところから、病気が長引くとみて、必要なものだけひと鞄東京の宅から送らせて、当分この町に滞在するつもりで
牧野信一
僕(理科大学生)は、さつき玄関でチラリと娘の姿を見たばかりで一途にカーツと全身の血潮が逆上してしまつて(註、ガール・シヤイを翻訳すれば、美しい女を見ると無性に気恥かしくなつて口が聞けなくなる病――とでも云ふべきであらう。)慌てゝ自分の部屋へ逃げ込んでしまつた。 「おーい、二郎、来ないか?」 兄貴が呼んだ。僕はゾーツとした。――斯う逆上すると、それが何んな原因
牧野信一
ポウの宇宙論『ユリイカ』のなかにはトレミイ・ヒィフェスチョンといふ学者の名が出て参ります。この名前は『ユリイカ』だけでなく、彼の他の作品でも一再ならず出くはすのですが、色々と文献を調べても、こんな名を持つた学者は見当りませぬ。紀元後二世紀頃にクロオディアス・プトレミィアスといふ数学・天文学・地理学に通じた男がゐたさうで、この男の生涯についてもはつきりしたこと
牧野信一
震災後、未だ雑誌「新演芸」が花やかであつた頃、作家の見たる芝居の印象――といふやうな欄があつて、僕も二三度此処に登場したことがある。そして、そのうちの二つが吉井勇作の芝居であつたことを憶へてゐる。一つは「魔笛」と題する――これは新聞であらう、長篇小説を別に芝居として仕直されたものだつた。僕はその時の印象を外国に留学してゐる友達へ宛てた手紙体として書き綴つたこ
津村信夫
挿頭花 津村信夫 戸隠の月夜は九月に這入ると、幾晩もつづいてゐた――。 昔、寺侍が住んでゐた長屋、そして一棟の長細い渡り廊下のやうな納屋の壁にそつて、鶏頭の花が咲いて、もう気の早い冬支度か、うづ高く薪が積まれてゐた。 古いイメージのやうな破風の藁屋根の影を踏んで屋敷の周りを一巡すると、私は前庭に出て、そのまま、廊下から庭に面した書院造りの一間に通つた。 本坊
小川未明
山奥である。右にも左にも山が聳えている。谷底に三人の異様な風をした男が一人の男を連て来て、両手を縛って、荒莚の上に坐らせて殺そうとしている。三人の悪者の眼球は光っていた。莚の上に坐らせられた男は汚れた破れた着物を着て顔には髭が延びて頭髪の長い痩せた男だ。悪者は強盗であって、捕われた男は何んでも猟師か何かであるらしい。山奥で吹く渓風が身に浸みる。 季節は秋だ。
野村胡堂
捕物小説を書くことの六つかしさに私は近頃悩み抜いて居る。「もう此辺で打ち切ろう」と思った事は一再でなく、わけても終戦後は雑誌の原稿に追い廻され乍ら、毎月そんなことばかり考えているのである。 二十年前、「オール読物」が創刊された時、編集長の今は亡き菅忠雄君が、新聞社の応接室に私を訪ねて、「岡本綺堂さんのような捕物を書いて見ないか」と持ち込んで来たのが、この二十
牧野信一
あの人の酒に敵ふ者に私は出遇つたことがありませんでした、遂に! ある時私が、電報で応援を求とめられて駆けつけて見ると、あの人は二人の荒武者に詰め寄られて、或る手ごわい談判に攻められてゐる最中でした。 あの人は仕切に盃を傾けながら何かと弁明を続けてゐました。荒武者は茶飲み茶碗か何かで酒をあをりながら、あの人を、おどしたり、すかしたり、様々に弁舌を弄して強談判を
小川未明
ある日、おじいさんはいつものように、小さな手車を引きながら、その上に、くずかごをのせて、裏道を歩いていました。すると、一軒の家から、呼んだのであります。 いってみると、家の中のうす暗い、喫茶店でありました。こわれた道具や、不用のがらくたを買ってくれというのでした。 「はい、はい。」といって、おじいさんは、一つ一つ、その品物に目を通しました。 「この植木鉢も、
中谷宇吉郎
日露戦争のとき、東北の田舎の一農夫でロシア側の捕虜になった男があった。本国に護送され、欧州各国を次ぎ次ぎと送られて、数年がかりで、やっと日本へ送還された。 当時の東北の一寒村で、欧州各国の現状を、数年がかりで見て来た男といえば、非常に珍しかったにちがいない。それでいろいろな連中が、その男のところへ話をききに行った。しかしその男から得られた知識というのは、「え
槙本楠郎
びつくりするほど冷たい井戸水を、ザブ/\と二つのバケツに一ぱい汲むと、元気な槇君はそれを両手にさげて、廊下から階段を登つて、トツトと自分の教室へ帰つて来ました。 すると、だしぬけに、四五人の掃除当番の者が、口々にかう叫びました。 「おい君、五年生のやつらが、僕たちのぞうきんを持つてつちやつたぞ!」 「おれ、ほうきで追つかけたんだが、どうしても返さないんだ――