掏摸と泥棒たち
片山広子
Y氏が山手線電車の中で集団掏摸のためにポケツトの中をみんな奪られて帰つて来た。その日Y氏夫妻は帝劇の「モルガンお雪」を観ることになつてゐて、Y氏の切符はポケツトの中のほかの物と一しよに掏摸の手に渡り、奥さんの切符は無事に家に残つてゐた。一人でも行つて観て来たらとY氏は言つたが、奥さんは掏摸と並んで芝居を見ることになるかもしれないから止めると言つた。掏摸はそん
公共领域世界知识图书馆
片山広子
Y氏が山手線電車の中で集団掏摸のためにポケツトの中をみんな奪られて帰つて来た。その日Y氏夫妻は帝劇の「モルガンお雪」を観ることになつてゐて、Y氏の切符はポケツトの中のほかの物と一しよに掏摸の手に渡り、奥さんの切符は無事に家に残つてゐた。一人でも行つて観て来たらとY氏は言つたが、奥さんは掏摸と並んで芝居を見ることになるかもしれないから止めると言つた。掏摸はそん
北大路魯山人
古美術界では、とかく掘出しが流行する。なんとか安く買って高く売りつけ、あわよくば千金、万金を一挙にせしめようという悪い傾向がある。 掘出しというそのことに熱中してはいけない。ものそのものの芸術味に興味をもつことはよいが、利欲のための掘出しは既に不純なものがあって、身心の上にも害毒を流すものである。これを名付けて俗欲という。俗欲に耽ることは大いに警戒すべきであ
豊島与志雄
山田は秀子の方が自分を誘惑したのだと思っていた。そして自分の方では、彼女を恋したのだと自ら云うだけの勇気はなかった。恋しなくとも男は女の奴隷(或る意味での)になることはあるものである。然し、彼女の誘惑の罠に喜んで、いくらかは自ら進んで、引懸っていったのは自分であると、彼は思っていた。二階の縁側に立って自分の通るのをじっと見下していたのは彼女だ。然しいつもその
田中貢太郎
松山寛一郎は香美郡夜須の生れであった。寛一郎は元治元年七月二十七日、当時土佐の藩獄に繋がれていた武市瑞山を釈放さすために、野根山に屯集した清岡道之助一派の義挙に加わろうとしたが、時期を失して目的を達することができなかったので、それ以来自暴自棄になって、毎日のように喧嘩ばかりして歩いていたが、そのうちに慶応四年となって、鳥羽伏見の役が起り、板垣退助が土佐の藩兵
佐藤垢石
採峰徘菌愚 佐藤垢石 一 篠秋痘鳴と山田論愚の二人が南支方向へ行くことになった。そこで私は、伊東斜酣と石毛大妖の二人を集めて、何か送別の催しをやろうではないか、という相談をはじめたのである。 なかなか、名案が出てこない。ことあるたびに、酒ばかり飲みたがるのは時節柄大いに慎まなければならないし、釣りにはこの前の日曜日に、上総の国竹岡へ遠征したばかりだ。何かほか
後藤謙太郎
底だ 底 底 どん底だ この世の底だ どん底だ もしも堤防が崩れたなら 瓦斯が爆発したならば 水攻め 火攻め その上に 天井がバレたら生き埋めだ 底の底なるどん底に この世の底のどん底に 俺は炭掘る採炭夫 飽食暖衣のブルジョアの ****が見憎けりゃ 腕にゃ覚えたツルがある 汚れた世界の果までも 赤い血潮で染めてやる。(三池炭坑時代)(『労働・放浪・監獄より
寺田寅彦
ある探偵事件 寺田寅彦 数年前に「ボーヤ」と名づけた白毛の雄猫が病死してから以来しばらくわが家の縁側に猫というものの姿を見ない月日が流れた。先年、犬養内閣が成立したとおなじ日に一羽のローラーカナリヤが迷い込んで来たのを捕えて飼っているうち、ある朝ちょっとの不注意で逃がしてしまった。そのおなじ日の夕方帰宅して見ると茶の間の真中に一匹の真白な小猫が坐り込んですま
坂口安吾
探偵小説とは 坂口安吾 推理小説というものは、文学よりも、パズルの要素が多い。 制作の方法から見ても、一般の文学と推理小説では根柢から違っている。 一般に小説というものは、執筆に先立って、構想せられた一応の筋はあるけれども、書きすゝむうちに、かねての構想をみだして作中人物が勝手な行動を起し、おのずから展開発展して行くところに、文学の創作という意味もあるのであ
平林初之輔
名前は忘れたが、どこかの国の総理大臣で、毎日一時間ずつ探偵小説を読むことを習慣にしていた人があるそうだ。アメリカの前大統頷ローズベルトは、探偵小説の愛読者であることを公然と告白したことがある。 日本でも貴族院議員に『新青年』の愛読者があったり、思いもよらない学者、政治家や、教育家の間にすらも探偵小説の愛読者は無数にある。 一般に探偵小説の愛読者は、他の軟文学
佐藤春夫
この間一人の客の話に、先日探偵小説家の年間作品集を通読して巻末に附録した井上靖氏の一作に及んで井上氏の表現力と他の探偵小説家のそれとの雲泥も啻ならぬ差違に唖然とした。井上氏のその作は同氏としてはむしろ出来の悪いものであつたのに、なまなかそれが附録されてゐたために折角の探偵小説作家諸氏の作品が見劣りしたのは惜しい。といふのであつた。自分はこの頃久しく探偵小説を
国枝史郎
平林初之輔氏が探偵小説を書いた。書いて貰い度いと久しい前から、思っていた所の人である。処女作などとは思われない程、よく纏まったものである。理智的であって人情的、よく調和がとれている。多少文章はゴタツイているが、根が評論家のことであり、創作には不慣れと云って了えば、そういう難は救われる。のみならず頭のよい同氏のことだ、二度目の作に至っては、そんな欠点も無くなる
平林初之輔
『カラマーゾフ兄弟』のような小説を読むと、誰でも少なくも二日や三日は、作品の世界からぬけきれないで、平凡極まる自分の生活がいやになるに相違ない。ロシアの近代思想を縦横に解剖してゆく検事の論告に読みふけっている最中に、「どうだい近頃は」というような、この上ないコンベンショナル〔型にはまった〕な話しかたをしかけるものがあったら、その瞬間には、相手の男がどんなに大
佐藤春夫
探偵小説に興味がないこともないが、常に忙しいのと、生来の怠け癖とで読めもしないのをコツコツ洋書を読む根気もないので、十分の確信をもつて探偵小説の話ができる訳のものではない。殊に探偵小説と言へば外国の作品に限られてゐる現状では。しかしせつかくのお尋ねだから卑見をでたらめに申し述べる。 探偵小説の本質としては、論理的に相当の判断を下して問題の犯人を捜索するところ
坂口安吾
探偵小説を截る 坂口安吾 私は探偵小説をよむと、みんな同じ書き方をしているので、まずウンザリする。洋の東西を問わず、本格推理小説となると、みんな形式が同一である。 先ず第一に名探偵が現れる。この名探偵がいかにも思い入れよろしく、超人的にピタリ/\とおやりになる。すると、対照的にトンマな警部とか、探偵とかゞ現れて、この御両人の角突き合いが小説の半分ぐらい占めて
海野十三
探偵小説と犯罪事件との関連性についてはいつの世にも論じられるものであるが、最近の世相はまた事新しくこのトピックを取上げる機会を孕んでいるようだ。そこで稍先廻りをしてここに簡単なメモを書きつけておきたいと思う。 具体的な例話から入って行くのが便宜であると思う。この夏、東京の芝公園内で若い婦人の裸死体が発見され、それが絞殺によって落命したものであり、暴行を受けて
妹尾アキ夫
甲賀三郎氏の探偵小説についての論文は、同氏の小説とおなじく、正直に正面からぶつかったもので、すこぶる読みごたえのあるものだが、正面からぶつかっていられるだけ、部分的には一つぐらい私の考えと違うところがないでもなかったが、これはむしろ当り前で、人間の顔が一人一人ちがうと同じであろう。「今尚探偵小説は芸術小説たり得るという説をしている人があるのに驚く。或る約束に
中井正一
ラテン語で書かれたすべての哲学書がいつでもイヴの犯した罪なしには書きはじめられなかったように、ドイツ語のあらゆる哲学書も歴史の末にあるという最後の審判なしにはその本を書き終ることができない。哲学の本はいつでもこの古い林檎の臭いがしている。 歴史は、いわば、罪より裁判へ、一つの犯罪的興味の上にある。パスカルの賭けはその裁判に賭けられた滲み透る賭けともいえよう。
野村胡堂
近代探偵小説に一つの型を与えた、コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」は、あの苛辣冷静な性格に似ずヴァイオリンをよくし時には助手のワトソン博士に一曲を奏でて聴かす余裕があり、緊迫した空気の中で、トスカニーニの指揮するモーツァルトに興味を持ったりしている。 たったこれ丈けのことであるが、音楽を知り、音楽に親しみを持つということが、シャーロック・ホームズを、
南部修太郎
ある時、Wと云ふ中年の刑事が私にこんな事を話し聞かせた。 『探偵と云ふ仕事はちよつと考へると、如何にも面白さうな仕事らしく見えます。然し、その性質如何に拘らず、一體人の犯罪乃至は祕密を探し尋ねて、それを白日にさらし出すと云ふ事はあんまり好い氣持のするものぢやありません。ましてそこには人知れぬ非常な苦心骨折があり、ひよつとすると命のあぶないやうな危險にも出會は
坂口安吾
探偵の巻 坂口安吾 (一) 去年、京都の伏見稲荷前の安食堂の二階に陣どつて「吹雪物語」を書いてゐたころ、十二月のことだつた。食堂の娘が行方不明になつた。 娘は女学校の四年生だつたが、専ら定評ある不良少女で、尤も僕はその心根却々見どころのある娘だと思つてゐたから、娘の方も信用してゐた。 そのころ京都には二人の友人があつた。一人は某大学の先生山本君。一人はその春
平林初之輔
人物 青木健作 富豪 久子 青木夫人 芦田義資 警視庁探偵 牧 芦田の腹心の警部補 東山 亜細亜新聞社会部長 書生 正木夫人 島村夫人 塩田夫人 ある富豪 文枝 ある富豪の娘、東山の許嫁 女中 園遊会の客男女多勢、警官多勢
国枝史郎
創作探偵小説は本年度に至って活気を呈し、読物文芸的大方の雑誌は競って夫れを載せたようです。「新青年」や「探偵文芸」や、乃至は「探偵趣味」などは、それの専門の雑誌だけに、創作探偵小説を、満載したのは当然としても「苦楽」「現代」「サンデー毎日」「大衆文芸」「講談倶楽部」これらの雑誌が多くの頁を、そのために裂いたということは、可成り目立った傾向でした。さて又一方著
平林初之輔
ベーカー・ストリートの古びた部屋、そとにはロンドン特有の濃霧がたちこめている。室内には青白い瓦斯ランプがついており、ストーブにはかっかっと石炭が燃えている。書棚にはあらゆる種類の専門書がぎっしりとつまっており、色々な薬品や試験管などと共に陶器や各種の金属でこしらえた世界各国の骨董品が並んでいる。その中には、印度の仏像や、支那の古器や、南洋土人の手工品や、アフ
黒岩涙香
探偵物語の処女作 黒岩涙香 私は元来自分で読物を書くなどと云う考は無かった。唯だ私の叔父が裁判官であって、私は子供の時から、色々裁判に関することを見もし、聞きもして、能く「誤判例」などを読んで、悪人で有った者が死後には善人で有ったり、或は善人だと思って居た者が、大悪人で有ったりする事実を知り、其方に大に趣味を懐くことに為りました。左様いうことを世人の誤ら無い