生活の美しさについて
岸田国士
この雑誌の前の号で、私は坪田譲治さんの文章を読み、いろいろな感慨にふけつた。 坪田さんは、すぐれた作家であるが、それなら、人間生活の美醜について最も敏感なはずであり、また、人間生活を美しいものにすることをねがつてゐるにちがひない。ところが、さういふひとがこの雑誌をみて、あゝいふ感想を抱くといふことは、いつたいなぜなのだらう。もちろん、それは坪田さんの人柄によ
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岸田国士
この雑誌の前の号で、私は坪田譲治さんの文章を読み、いろいろな感慨にふけつた。 坪田さんは、すぐれた作家であるが、それなら、人間生活の美醜について最も敏感なはずであり、また、人間生活を美しいものにすることをねがつてゐるにちがひない。ところが、さういふひとがこの雑誌をみて、あゝいふ感想を抱くといふことは、いつたいなぜなのだらう。もちろん、それは坪田さんの人柄によ
岸田国士
劇文学の夜は永く続いた。黙阿弥を最後として、わが国には、ほんたうに劇作家といへる劇作家が現れてゐない。ほんたうの劇作家とは、その名前で民衆を劇場に引き寄せ、独特の思想と技術によつて舞台の生命を創造しながら、民衆と共に愉しむことのできる才能をいふのである。 もちろん、ある意味でいくらかの手腕と抱負とを示した岡本綺堂のやうな人はゐるけれども、現代の演劇にその足跡
岸田国士
演劇は黄昏に、映画は未明にある、という意味で、この書の題はわが意を得ている。前者においてともしびをかかげ、後者に於て鎧戸を開く役目を、この著者に期待しても間違いはあるまい。 著者は本書の中で演劇の近代性を裏づける伝統の精神を、映画にあつては、その機械性を支える人間の知能と感覚とを、適確に、執拗に追求めている。現在日本の実情が彼をそこに赴かしめたのである。従つ
岸田国士
ラジオ・ドラマといふものはなかなかむつかしいものである。私も二三それを試みて、ついに投げ出してしまつた。人間と機械との微妙な協力あるひは闘争が、聴覚を通して劇的美の構成に役立つことをまづ発見したものだけが、真にすぐれたラジオ・ドラマの作者となり得るやうに思ふ。 われわれはなるほど、日常生活に於て、五官のそれぞれの働きについて一応の区別とその限界を認めてはゐる
岸田国士
カザノヴァの回想録を訳しはじめてみると、いろいろな問題が自分にも起こつて来るし、この書物の解説といふやうなものが同時になくてはならぬといふ気がするので、既に世にあらはれている文献をできるだけ探す一方、自分自身のメモもひと通り作つておきたいと思つてゐる。これから二十巻ぐらゐに分けてつぎつぎに刊行する予定の訳本に、いくらかづゝでもそのノートをのせるやうにしたい。
岸田国士
第一次「劇作」同人として田口君に最初会つたのは随分以前のことであつたが、「翁家」とか「京都三条通り」とかいふ作品について私は直接君になんにも言つたことはないと思ふ。新進作家として相当の腕もあり、勉強もしてゐる人にちがひないが、どこかまだ「持ち味」だけに頼つてゐるところがみえ、リアリストらしい観察の面白さもなくはないが、もう一歩新時代の息吹を感じさせて、私たち
岸田国士
書斎を転々と方々にうつしてゐる私を、あなたはおわらひになり、また放浪癖がはじまつたとおつしやるのですが、たしかに、さういふところもないではないでせう。しかし、ただそれだけのことと思つてくださつては困ります。すこし開き直つていへば、今の時代は、ひとところにゐて物をみることは不可能だといふことです。場所をかへたらどれだけ物がはつきりみえるか、といふことは、私が、
岸田国士
これから毎月一回あなたに手紙を書こうと思いたちました。今度の戦争で愛する夫君を失われ、また小さい二人のお子さんたちの将来について思いなやんでいられるあなたから、いろ/\なご相談を受けた時、私がまず感じたことは、国籍こそ日本にあつても、やはりヨーロッパ人の血を享けた女性としてのあなたが、果して、これからさき日本に止つて、われ/\と運命を共にすることがおできにな
岸田国士
「夢を喰ふ女」は野上彰君の最初の戯曲だといふことだが、私は作者自身に朗読してもらひ、第一幕ですでにその凡手でないことを感じ、ところどころ散漫な部分はあるにはあるが、ともかく、最後まで楽しんで聴くことができた。かういふことはめつたにないことである。私は、文句なく及第点をつけた。そのことが作者にとつていゝことであることを祈る。文学座が衆議一決、これを上演目録の中
岸田国士
すべての革新運動と同様に、演劇の革新運動も亦、精神と形式とがつねに相伴ふものとは限らない。ことに、芸術の分野に於ては、その精神と称するものが、往々にして、観念の遊びに過ぎなかつたり、または、単なる感覚のニュアンスにとどまつたりすることがあり、また、いちがいに形式といつても、技法の末にこだはることや、衣裳の新奇を衒ふことにつきる場合、これは、本質的に云つて芸術
岸田国士
文学座の歴史はまだ十年であるが、かういふ性質の劇団で十年の一貫した歴史をもつことはまづ珍しい部類に属すると思ふ。 文学座はその間になにをしたか。どんな仕事を残したか。私は直接責任ある地位を比較的早く退いたのであるが、しかし、最も注意深くその歩みを見守つてゐた人間の一人として断言し得ることは、この劇団こそ、あらゆる悪条件のもとで一番正しい演劇の道を辿り、これま
岸田国士
この書物は旧版の前がきにあるとほり、終戦直後、あわたゞしい空気のなかで、自分のうちにくすぶつてゐる感情を一応整理するつもりで書いたメモに類するものである。しかし、また同時に、これは、私とおなじやうな立場にあつて時代の混乱を見まもつてゐる人たちの共感を得、それによつて、祖国の運命に一つの希望をつなぐことができたらといふ念願をこめて、「宛名のない手紙」と名づけた
岸田国士
雑誌「玄想」の創刊号から十回に亙つて毎号「宛名のない手紙」といふ題で発表した文章をこゝに一冊の本として出すことにした。 書物の題としては「宛名のない手紙」ではちよつと内容が想像しにくくはないかといふ出版者の意見に従ひ、思ひきつて、「日本人とはなにか?」と露骨な標題をつけてみた。 しかし、これで内容とぴつたり合ふかと云へば必ずしもさうでないのが厄介である。もし
岸田国士
三年間の蟄居生活が私に教へたことは、「なにもしない」といふことの気安さと淋しさである。そして、この気安さと淋しさとは二つのものでなく、ひとつのものであり、それは表と裏、色と艶、光と影のやうな関係でつねに私の心を占めてゐた。もちろん、たゞこれだけの説明では誰にでもすぐにわかつてもらへさうにもない。「なにかをする」といふことにつきもののある精神の状態をひと口に云
岸田国士
本年度の、すなはち、最初の「世界文学賞」を贈られるのが渡辺一夫氏の訳、ラブレエの「パンタグリュエル」(白水社刊行)ときまつた。ところで、年度内に出た書物は、「パンタグリュエル」であるが、それは氏の数年来続けてゐる仕事の後半部で、この機会に、前半「ガルガンチア」とを併せ、氏のラブレエの全訳等に対し、われわれは敬意を表すべきであるといふ意見に一致した。 本年はい
岸田国士
『敗戦の倫理』編者のことば 岸田國士 こゝに集めたいくつかの文章は、最近の諸雑誌を通じて私の眼にふれたもののなかから、これは是非青年諸君に熟読してもらひたいと思つた評論感想の類を選んで再録したものである。 執筆者はいづれもそれぞれの方面で一家を成し、かつ、いろいろの意味で、私の日ごろ信頼をおいてゐる人々であつて、これらの文章はもちろん、温かい、まじめな態度で
岸田国士
最近二ヶ月ぶりで東京へ出た。用事もあるにはあつたが、その傍ら噂に聞くのみであつた数度に亘る空襲の被害をこの眼でちやんと看ておきたかつたのである。 一方から云ふと聞きしにまさる惨状であるが、また一方から考へると、これが当り前といふ気もする。もちろん到るところ完全な焼け跡が目につくばかりで、空襲当時の不安と混乱と市民の敢闘ぶりは想像の及ばぬものであつたらう。 焼
岸田国士
私の手許に送られて来た作品は、いづれもなかなか佳いものであつた。そのうちでもいろいろな点からみて、いま特に推奨したいと思つたのは「技術史」であつた。「春」もある意味では面白く、「雁立」は十分に傑れたところは認めるが、これを今日取り立てゝ世間に吹聴しようといふ風には考へなかつた。 「技術史」は観念的と云へば観念的であり、啓蒙的すぎる(文学の本道でないといふ意味
岸田国士
日本は何処へ行つても日本だといふことを私は近頃ますます強く感じる。が、それと同時に、同じ日本でありながら、処によつてかうも違ふものかといふ印象を受ける場合がまた極めて多い。 お互日本人は誰でもさうだと思ふが、この二つのことを少しも矛盾として受けとらない。おそろしく違ふもののなかに、根本的に共通したものを自然に嗅ぎ分けることができる。 すべてがたゞ一つの目的に
岸田国士
国民は当面の事態をもはやはつきり知つてゐる。最も大きな苦難が眼の前に迫つてゐることを自覚し、この苦難を切り抜けることが勝利の第一歩であることを、誰に云はれなくても肝に銘じてゐる。敵はやゝ図に乗つてゐるやうだがその弱点もほゞ察せられ、われは今、地の利に於て若干の失ふところはあつたが、敵の恃みとするいはゆる機械力、物量に対抗すべきわが民族の叡知を十分信じ、一人一
岸田国士
「棉花記」、「和紙」、「伝染病院」、「淡墨」、「道」の五篇のうちから、私は「和紙」を推すことにした。 健康な美しさとでも云ふべきものがあり、「和紙」といふ標題の象徴が、作品の感触のなかに見事に生かされてゐる点を小説として最も高く評価したいからである。 「棉花記」は、正面から時局的問題を取扱つた野心作で、十分読みごたへはあつたが、未完結のため、全体としての点数
岸田国士
皇国農村の建設といふことが近頃叫ばれてゐる。いろいろな立場で農村問題が論ぜられ、それぞれの専門家が農村の振興について重要な役割を演じてゐたことは事実であるけれども、元来、日本の農村の「かくあるべき姿」といふものを、綜合的に、具体的に、農村の人々の胸にきざみつけるといふことが、今日まであまり試みられてゐなかつたやうに思ふ。それは恐らく、いはゆる農村の指導者の頭
岸田国士
亡妻秋子について私がこゝで語ることは差控へたい。娘たち二人も、何か書けといふ委員からのお勧めがあつたけれど、それだけはおゆるし願ひたいと私に申出た。これもまた諒とせざるを得なかつた。 この紀念帖は、われわれ一家に対する類ひなきあまたの友情の所産である。私も娘たちも、また、亡妻の縁者一同も、たゞ感謝の言葉以外はないのである。 編輯の労をとられた伊賀山君は、亡妻
岸田国士
青春は夢多き時代です。 青年には夢がなければなりません。 青年の夢は美しく、そして遥かであります。 「夢」とはいつたいなんでせうか。 こゝではもちろん、睡眠中の夢を指すのではありません。 頭がはつきりしてゐる時に、その頭の中を去来する幻の如き想念を指すのですが、しかもその想ひは、常に希望となつて輝き、情熱となつて燃えあがるていのものであります。 「夢」は「現