Vol. 2May 2026

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公共领域世界知识图书馆

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文学と国民生活

坂口安吾

文学と国民生活 坂口安吾 パヂェスの「日本切支丹宗門史」だとか「鮮血遺書」のやうなものを読んでゐると、切支丹の夥しい殉教に感動せざるを得ないけれども、又、他面に、何か濁つたものを感じ、反撥を覚えずにゐられなくなるのである。 当時は切支丹の殉教の心得に関する印刷物があつたさうで、切支丹達はそれを熟読して死に方を勉強してゐた。潜入の神父とか指導者達はまるで信徒の

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文学への実感について

豊島与志雄

文学への実感について 豊島与志雄 事変下の文学について、改めて文学の実体ということが問題になってきた。それについて一私見を述べてみることにしよう。 考察の糸口を引出すために、ごく素朴なことを先ず考えてみる。――文学は常に、現実に対して、マイナスのものとプラスのものとを持っている。これは芸術一般にも通用する常識である。現実を如何に如実に描写しようとしても字義通

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文学座『夢を喰ふ女』を演出して

岸田国士

野上彰君の「夢を喰ふ女」の戯曲としての新しさは、現代の生活風景の中から、家族としてもつとも崩壊しやすい条件を持つている人間群をとらえて、それを心理的、もしくは思想的角度からではなく、一種の感覚的角度で、それらの人物個々の生態を描いていることと、戯曲の定石としての構成を無視して、人物の絵模様のリズミカルな動きを、そのまま投げ出していることとの二つにあると思う。

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文学座第一回試演に際して

岸田国士

文学座第一回試演に際して 岸田國士 文学座は去年の六月以来、久保田万太郎、岩田豊雄両氏並に私の三人がよりより相談をして大体のプランを樹て、九月に、主だつた協力者の初顔合せをし、次で、内輪の結成式を挙げました。 この劇団の組織上の特色は、われわれ三人が幹事といふ格で共同の義務を負ひつゝ、しかもそのうちの一人が、六ヶ月を任期として、交代に実際上の責任者たることを

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文学座第二回試演に際して

岸田国士

文学座第二回試演に際して 岸田國士 幹事の一人として一言します。 文学座はおかげで順調に日立ちつゝあることを先づみなさんに報告したいと思ひます。劇団の精神といふやうなものも、次第にはつきりして来ることでせう。これは、宣言めいた空文によつて現はされるものではなく、座員めいめいの仕事に対する熱情と自信から生れて来るものですから、何れは舞台の上で実を結ぶことゝ大い

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文学座の芸能祭参加について

岸田国士

文学座の芸能祭参加について 岸田國士 文学座はその傾向と能力との許す範囲において、この挙国的行事の一翼に加はることになつた。 まだ「試演」をつゞけてゐる程度の組織と演技力とをもつて、もちろん、祝祭劇の名に価する壮麗典雅な舞台を創り出すことは望むべくもないが、われわれに近い関係の作家が二三、すべての条件を考慮に入れて、この催しのために快く脚本を書いてくれた。

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文学を愛づる心

折口信夫

文學を愛づる心 折口信夫 文學を愛でゝめで痴れて、やがて一生を終へようとして居る一人の、追憶談に過ぎぬかも知れない。 * 文學をめでゝ愛で痴れて、而も其愛好者の一生が、何の變化も受けなかつたものとすれば、その文學がよほど、質の違つたものだつたと考へてよい。さうでなければ、その人が變質的に隨分強靱な心を持つてゐたと言ふことになる。所謂文學の惡影響と言ふこともあ

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スポーツ・文学・政治

坂口安吾

スポーツ・文学・政治 坂口安吾 スポーツ談議 いま僕の書いている『スキヤキから一つの歴史がはじまる』は、はじめにスポーツマンが主人公になっているせいか、スポーツ精神といったものを書いているせいか、とにかくスポーツマンに評判がいゝ。ボクをスポーツ精神の真髄に徹した大スポーツマンだと思っているらしい。ところが、あれは大体、スポーツをやった男の心理はこんなものだろ

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文学教育と言語教育

時枝誠記

「信濃教育」の池田さんが訪ねて来られて、原稿執筆を承諾してから間もなく、私は、四国松山の道後で開かれた愛媛国語教育研究大会に招かれて、五日間ほどの旅行を続けた。講師は、法政大学の古田拡氏、成蹊学園の滑川道夫氏と私とで、会の主題は、作文と文法といふことであつた。道々、「信濃教育」への原稿のことなども気にしながら、松山へ着いた。駅では、主催者の仲田庸幸氏の出迎へ

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文学方法論

平林初之輔

文学方法論 平林初之輔 はしがき 学としての文学、即ち、文学の理論が可能であるとすれば、従来多くの学者によりてなされたやうに、文学とか、芸術とか、乃至は美とかいふものゝ形式的定義から出発する代りに、先づ第一に、さういふ試みを抛擲して、純粋に経験的なもの、具体的なものから出発しなほさねばならぬ。 このことは、従来の文学理論がもつてゐた一種の美しさ、深遠味、神秘

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エミイル・ゾラの文学方法論

平林初之輔

エミイル・ゾラの文学方法論 平林初之輔 文学の方法論的研究が、近頃やうやく一部の人々の注意を、惹くやうになつて来た。このことは相当長期に亘る停滞時代を経てきた文学批評界に、恐らく劃時代的の活発な論議をまき起すやうになるだらう。片上伸氏は、既に二回までもこの問題について論議された。私はまだ遺憾ながら同氏の論文を読んでゐないが、伝へ聞くところによると同氏の論文は

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文学に於ける構想力

豊島与志雄

文学に於ける構想力 豊島与志雄 文学は真実なものであらねばならぬこと、勿論である。この真実は、事実という言葉で置換出来ないことが明示する通り、現実の転位の場にあるのであり、現実の事実の面にあるのではない。 嘗て、文学の虚構とか小説の嘘とかが説かれた。この虚構も嘘も、不真実を意味するものではなかった。それはつまり、文学が現実の転位の世界に生きてることの例証であ

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文学に於ける虚構

折口信夫

文學に於ける虚構 折口信夫 このごろ、短歌の上で虚構の問題が大分取り扱はれて來た。文學に虚構といふことは、昔から認められてゐた。日本文學では、それを繪空事・歌虚言などゝ言つて、文學には嘘の伴ふものだといふことを、はつきり知つてゐた。寧、藝術は嘘で成り立つてゐる。其肝腎の部分は嘘だと言つてゐる。だから昔の人は藝術には信頼せず、作家にしても、戲作などゝ自分自身を

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文学の曇天

豊島与志雄

文学の曇天 豊島与志雄 近頃、文壇に懐古的気分が起ってきているのが眼につく。新聞雑誌の上に、明治時代の、或は大正初年頃の、さまざまの追憶や思い出が数多く掲載されているようである。 この懐古的気分は、どこから由来したのであろうか。 現在の吾国の文学は、その伝統が明治時代から初まったといっても、過言ではあるまい。少くとも、国民性に根ざす情意の色合を別にして、思惟

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文学の本筋をゆく 坂口安吾選集

佐藤春夫

坂口安吾の文学はいささか奇矯で反俗的なところはあつても、文学としては少しも病的なものではなく、高邁な精神をひそめたすぐれたものと思ふ。その点、太宰治のどこまでも頽廃的でいぶしのかかつたセンチメンタルなものよりわたくしは坂口の文学の方が文学の本筋だと思つてゐる。 坂口は世俗的などんな先入観念にも煩はされるところなくぢかに人間を見た。そのため人間の心理は彼は可な

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文学の本質について(一)

平林初之輔

文学の本質について(一) 平林初之輔 一 形而上学的文学論の破産 「文学は種々の要素から成り立つ。そしてこれ等の要素は分析することができる。けれども、これ等の要素をどれ程分析していつても、そのあとに残るものがある。それが文学の本質である。文学を文学たらしめてゐるものである。」 以上のやうな考へ方を私は形而上学的な考へ方であると断定する。 多くの人々は、かうし

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文学の本質について(二)

平林初之輔

文学の本質について(二) 平林初之輔 四 土田杏村氏及び村松正俊氏の本質論 私がこの小論文の続稿を書きおへないうちに、甚だ重要な二三の議論が私の眼にふれた。それ等は、「文芸公論」四月号に現れた土田杏村氏の「文芸の芸術性と社会性」、村松正俊氏の「都会趣味芸術再論」、「新潮」三月号に現れた勝本清一郎氏の「社会主義文芸論の修正」、「文芸戦線」二、三月号の社説及び四

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スカンヂナヴィア文学概観

宮原晃一郎

スカンヂナヴィア文學概觀 宮原晃一郎 一、スカンヂナヴィア限界 私は自分が興味を以て研究してゐるスカンヂナヴィア文學 Skandinaviske litteratur について、御話することを甚だ欣快に存じます。 スカンヂナヴィア文學といふ名稱は地理學で申すスカンヂナヴィア半島の文學といふのでなく、もつと廣い範圍のもので、言語學的意味を有つてゐることを豫め御

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「インガ」 ソヴェト文学に現れた婦人の生活

宮本百合子

一 インガ・リーゼルは三十歳である。 彼女は知識階級出の党員で、今は裁縫工場の管理者として働いている。大柄な器量よしで、彼女の眼や唇は彼女の精力的な熱情を反映する美しい焔のように見える。 新社会への出発以来、ソヴェトの生産各部門には多くの婦人が進出した。いろいろな工場に、少数ながら婦人の管理者も現れた。 管理者の仕事は責任の重い部署である。ソヴェトではあらゆ

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文学に現れたる東北地方の地方色 (仙台放送局放送原稿)

佐左木俊郎

私は常に東北地方を愛している者であります。私は(日本中でどこが一番好きか?)という質問に対して、いつも(東北地方)と答えるのに躊躇したことはありません。これは話者の私が東北人であるための身贔負でもなく、聴者の皆さん方が東北人であるからお世辞を申し上げるわけでもありませんのでして、私の偽らざる感想なのであります。然らば(何故そんなに東北地方が好きか?)と申され

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文学的散歩 プルウストの小説構成

堀辰雄

私は先頃プルウストについてエッセイを書いた時、プルウストの小説の構成については敢へて觸れようとしなかつた。その時はまだプルウストの小説を切れぎれにしか讀んでゐなかつたから。そして小説の構成などと云ふものは全體を通讀して見た上でなければ分るものではあるまいから。しかし私はそれを切れぎれに讀みながら、一體この小説はどんな構成を持つてゐるのであらうかと時々氣になつ

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文学的自叙伝

牧野信一

父親からの迎へが来次第、アメリカへ渡るといふ覚悟を持たせられてゐて、私は小学校へ入る前後からカトリツク教会のケラアといふ先生に日常会話を習ひはじめてゐた。先生は日本語が殆んど不可能で、はじめは随分困つたが、オルガンなどを教はつてゐるうちに私の英語と先生の日本語は略同程度にすすんだ。私は祖父から教会にあるやうな立派な燭台やストツプのついたオルガンを買つて貰ひ、

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文学的自叙伝

林芙美子

文学的自叙伝 林芙美子 岡山と広島の間に尾の道と云う小さな町があります。ほんの腰掛けのつもりで足を止めたこの尾の道と云う海岸町に、私は両親と三人で七年ばかり住んでいました。この町ではたった一つしかない市立の女学校に這入りました。女学校は小さい図書室を持っていて、『奥の細道』とか、『八犬伝』とか、吉屋信子女史の『屋根裏の二処女』とか云った本が置いてありました。

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文学的自叙伝

牧野信一

文學的自叙傳 牧野信一 父親からの迎へが來次第、アメリカへ渡るといふ覺悟を持たせられてゐて、私は小學校へ入る前後からカトリツク教會のケラアといふ先生に日常會話を習ひはじめてゐた。先生は日本語が殆んど不可能で、はじめは隨分困つたが、オルガンなどを教はつてゐるうちに私の英語と先生の日本語は略同程度にすすんだ。私は祖父から教會にあるやうな立派な燭臺やストツプのつい

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