Vol. 2May 2026

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公共领域世界知识图书馆

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文章を作る人々の根本用意

小川未明

一概に文章といっても、その目的を異にするところから、幾多の種類を数えることが出来る。実用のための文書、書簡、報道記事等も文章であれば、自己の満足を主とする紀行文、抒情叙景文、論文等も文章である。 こゝには主として後者即ち文学的味いを生命とする文章を目標とし、特にその作法の根本的用意を述べたいと思う。 われ/\が、何か思うところ、感ずるところを書きたいと望むこ

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文芸とヒロイツク

夏目漱石

文芸とヒロイツク 夏目漱石 自然主義といふ言葉とヒロイツクと云ふ文字は仙台平の袴と唐桟の前掛の様に懸け離れたものである。従つて自然主義を口にする人はヒロイツクを描かない。実際そんな形容のつく行為は二十世紀には無い筈だと頭から極めてかゝつてゐる。尤もである。 けれども実際世の中にない又は少ないと云ふ事実と、馬鹿げてゐる、滑稽であると云ふ事実とは違ふべき筈である

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文芸作品の映画化

南部修太郎

文藝作品の映畫化 南部修太郎 最近、偶然に文藝作品の映畫化されたものをつゞけて三つ見た。ワイルドの「ウヰンダアミア夫人の扇」、ウエデキントの「春の眼覺め」、ロチの「氷島の漁夫」がそれだ。その中で「ウヰンダアミア夫人の扇」は原作とどうかうと云ふことは別問題として、流石にルビツチの監督したものだけあつて、映畫としても可成り面白く見た。然し、「春の眼覺め」は原作に

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文芸の側衛的任務

岸田国士

文芸の側衛的任務 岸田國士 一 私の考へでは、政治には、広い意味の政治と狭い意味の政治とがあると思ひます。広い意味の政治とは、申すまでもなく、わが国では、これは大政であります。天皇親裁万民扶翼の国家活動であり、その目標とするところは、これを国是ととなへて、国民の一人一人が、大御心を体して国家の隆昌に寄与しなければならぬのであります。一方、狭い意味の政治とは、

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「文芸冊子」について

坂口安吾

「文芸冊子」について 坂口安吾 ふるさとの雪国でこんな雑誌がでゝゐるかと思ふと、それだけでたのしい思ひになります。お寺の和尚さんだの、田舎のお医者さんだの、市長さんなどが思ひ思ひのことを書いてゐるのは全く愉快なことですね。文学などといふ鋳型に入れると困つた物になるので、ただ硯と筆との本来の魂がそのありのままで現れてくれると、こんな小さな雑誌が我々の小さな生活

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文芸の力 時代の力

折口信夫

あゝ言ふ時代別けは、実はおもしろく思はぬのだが、一往は、世間に従うておいてよい。東山だの、桃山だの、と言ふ称へである。 この所謂東山時代・桃山時代、其に似た心持ちを、十分に持つた江戸の元禄時代、此等の時期が、日本の芸術・文学の、大いに興つた時代、と言ふことになつてゐる。此には、異存はない。歴史の上の、著しい事実だからである。だが、此時代が、健全な時代であつた

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文芸の哲学的基礎

夏目漱石

文芸の哲学的基礎 夏目漱石 東京美術学校文学会の開会式に一場の講演を依頼された余は、朝日新聞社員として、同紙に自説を発表すべしと云う条件で引き受けた上、面倒ながらその速記を会長に依頼した。会長は快よく承諾されて、四五日の後丁寧なる口上を添えて、速記を余のもとに送付された。見ると腹案の不充分であったためか、あるいは言い廻し方の不適当であったためか、そのままでは

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文芸と国語

岸田国士

文芸と国語 岸田國士 文芸と国語といふ標題を掲げたのですが、さういふ問題は考へれば考へるほど範囲が広くてどこかに重点をおかなければ短い時間にはお話が出来ません。どこに重点をおくかといふことになりますと、やはり私は文学者の立場から、日頃小学校や中等学校の国語教育と、国民の文学的教養との関係について非常に疑問に思つてゐることがありますので、その点をこの機会に皆さ

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文芸委員は何をするか

夏目漱石

文芸委員は何をするか 夏目漱石 上 政府が官選文芸委員の名を発表するの日は近きにありと伝えられている。何人が進んでその嘱に応ずるかは余の知る限りでない。余はただ文壇のために一言して諸君子の一考を煩わしたいと思うだけである。 政府はある意味において国家を代表している。少くとも国家を代表するかの如き顔をして万事を振舞うに足る位の権力家である。今政府の新設せんとす

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文芸家の生活を論ず

佐藤春夫

先々月の新潮合評会席上で、作家の稿料の事などに就いて僕が簡単に発言したところ、今月号の二三の雑誌に多少の反響があつた。発言者として言ひ甲斐のあることである。ただ困つたことには、僕の本当に言はうとした意味を了解してゐるらしい人は殆んどない。わざ/\曲解してゐるとすれば軽蔑して過しただけでも足りるのだが、若しさうでなくて僕の言葉が足りない為め僕の主旨が通じないの

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「文芸林泉」読後

堀辰雄

「文藝林泉」は室生さんの最近の隨筆集である。が、讀後、何かしらん一篇の長篇小説を讀んだやうな後味が殘る。「京洛日記」や「馬込林泉記」や「いつを昔の記」などの小品風なものばかりではなく、「文藝雜記」などのやうなものさへ、さながら小説を讀んでゐるやうな氣持を起させるのだ。そこに室生さんの隨筆の妙味がある。そして私は讀後しばらくしてから、自分がそんな雜記のやうなも

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文芸は男子一生の事業とするに足らざる乎

夏目漱石

文芸は男子一生の事業とするに足らざる乎 夏目漱石 文芸が果して男子一生の事業とするに足るか何うかと云うことに答える前に、先ず文芸とは如何なるものであるか、と云うことを明かにしなければならぬ。文芸も見ように依って色々に見られるから、足るか足らぬかと争う前に、先ず相互の間に文芸とは如斯ものであると定めてかからねばなるまい。自分の云う文芸とは斯う云うものである。貴

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文芸評論の方法について

戸坂潤

今日の日本の文芸批評の姿には、見渡したところ二群のものを区別出来るようである。一つは作家による文芸批評であり、も一つは評論家による文芸批評である。尤もこう云っただけですでに、多分の註釈が必要となるのはまことに遺憾であるが、一体評論家は一種の作家でないかどうか。最近日本では創作的な評論と云ったようなものも推賞されている。評論が創作でないというのが元々変な云い方

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文芸は進化するか、その他

平林初之輔

阿部知二氏は『読売新聞』文芸欄(昭和五年五月六日)で、小林秀雄氏を評して次のように言う。 「このことは、彼が流行というものをあまり無視していることになりはしないか。……われわれは、文学においては、一歩積極的に――進化という観念を持ち得るところまで到達していない。それゆえに、流行で我慢しなければならない。さて、この流行なる観念なくして、いわゆる今日の新文学――

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文芸運動と労働運動

平林初之輔

文藝運動と勞働運動 文藝運動と勞働運動 平林初之輔 一 明治以來の文藝運動は流派と流派との爭いであつた。それは單に個々人の性質や、趣味や、學閥や、交友關係によつて集る群と群との爭いであつた。論爭點は主として描寫の樣式、文體、せいぜいのところで藝術價値の見方、人生觀の相違にとどまつた。 最近に起らんとしている階級藝術の運動は、少くもその本質に於ては階級鬪爭の一

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文芸と道徳

夏目漱石

文芸と道徳 夏目漱石 私はこの大阪で講演をやるのは初めてであります。またこういう大勢の前に立つのも初めてであります。実は演説をやるつもりではない、むしろ講義をする気で来たのですが、講義と云うものはこんな多人数を相手にする性質のものでありません。これだけの聴衆全体に通るような声を出そうとすれば――第一出る訳がないけれども、万一出るにしても十五分ぐらいで壇を降り

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文芸銃後運動

岸田国士

文芸家協会の主唱にかゝる文芸銃後運動はその第一着手として、去る五月七日より十三日まで、東海道近畿の大都市八ヶ所において講演会を催し、引続き毎月これを全国各地方に及ぼす計画である。 実際のプラン及び諸般の準備はそれ/″\適当な機関に委せてあるので、われ/\はたゞ動員に応じ、からだを運べばいゝわけであるが、今度の講演旅行の径路に徴して、やはり運動の目標だけははつ

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文芸雑談 ――某氏との談話――

岸田国士

実際、毎日会ふ人が沢山あるのですよ。カフエー、バーの代表のかたから、けふはまた将棋の方からの申込みがあるのです。将棋の新体制といふのは知らないですね。だけど娯楽も文化部の仕事だものね。 当分小説は書きません。転業の覚悟です。まあ大きな団体の幹事になつてゐるやうなものですよ。だからね、外も内もないと思つてゐるのだ。「文化部」といふものは、日本の文化人といふか、

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文語詩稿 一百篇

宮沢賢治

文語詩稿 一百篇 宮沢賢治 目次 母 岩手公園 選挙 崖下の床屋 祭日〔一〕 保線工手 〔南風の頬に酸くして〕 種山ヶ原 ポランの広場 巡業隊 夜 医院 〔沃度ノニホヒフルヒ来ス〕 〔みちべの苔にまどろめば〕 〔二山の瓜を運びて〕 〔けむりは時に丘丘の〕 〔遠く琥珀のいろなして〕 心相 肖像 暁眠 旱倹 〔老いては冬の孔雀守る〕 老農 浮世絵 歯科医院 〔か

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ニッケルの文鎮

甲賀三郎

ニッケルの文鎮 甲賀三郎 ええ、お話しするわ、あたしどうせお喋りだわ。だけど、あんたほんとに誰にも話さないで頂戴。だってあたし、あの人に悪いんですもの。 もう一年になるわね。去年のちょうど今頃、そうセルがそろそろ膚寒くなってコレラ騒ぎが大分下火になった時分よ。去年といえば、随分嫌な年で、新聞には毎日のように、自殺だの人殺しだの発狂だのって、薄気味の悪い事ばか

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文鳥

夏目漱石

十月早稲田に移る。伽藍のような書斎にただ一人、片づけた顔を頬杖で支えていると、三重吉が来て、鳥を御飼いなさいと云う。飼ってもいいと答えた。しかし念のためだから、何を飼うのかねと聞いたら、文鳥ですと云う返事であった。 文鳥は三重吉の小説に出て来るくらいだから奇麗な鳥に違なかろうと思って、じゃ買ってくれたまえと頼んだ。ところが三重吉は是非御飼いなさいと、同じよう

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斎藤緑雨

内田魯庵

「僕は、本月本日を以て目出たく死去仕候」という死亡の自家広告を出したのは斎藤緑雨が一生のお別れの皮肉というよりも江戸ッ子作者の最後のシャレの吐きじまいをしたので、化政度戯作文学のラスト・スパークである。緑雨以後真の江戸ッ子文学は絶えてしまった。 紅葉も江戸ッ子作者の流れを汲んだが、紅葉は平民の子であっても山の手の士族町に育って大学の空気を吸った。緑雨は士族の

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