Vol. 2May 2026

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公共领域世界知识图书馆

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明治開化 安吾捕物 05 その四 ああ無情

坂口安吾

今日一日で月が変ると、明日からは十二月。一年に十二回ある晦日という奴も気に入らないが、十二月という最後の月は月全体が性にあわない。昨日今日からメッキリ寒気が身にしみやがると、モーロー車夫の捨吉は毛布をひっかぶって上野広小路にちかい小路の角で辻待ちをしていた。上野駅には車夫集会所というのがあって、駅の車夫はそこに詰めるのが普通であるが、捨吉はモーローだから、辻

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明治開化 安吾捕物 06 その五 万引家族

坂口安吾

スギ子未亡人はシンは心のあたたかい人のようでもある。嫁入道具というものを一切持たない咲子の着物のことに気を使ってくれて、季節々々の着物を自分で見たてて作ってくれる。顔に親切を見せないし、優しい言葉をかけてくれることも殆どないだけ、シンの親切が身にしみるのだが、しかしとりつく島もない。威厳があって、キリリと見るからに利巧らしくて、うちとけることも、甘えることも

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明治開化 安吾捕物 07 その六 血を見る真珠

坂口安吾

明治十六年一月のことである。東京の木工船会社で新造した百八十トンの機帆船昇龍丸が試運転をかねて濠洲に初航海した。日本の国名も聞きなれぬ当時のことで、非常に珍しがられて、港々に盛大なモテナシをうけた。そのとき、木曜島近海の暗礁にのりあげて船体を破損し、修理のために一ヶ月ほど木曜島にとどまったのである。 折しも木曜島では、明治十二三年に優秀な真珠貝の産地であるこ

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明治開化 安吾捕物 08 その七 石の下

坂口安吾

「私は六段格で。ヘッヘ」 と、甚八はさッさと白をとった。神田の甚八といえば江戸名題の賭碁のアンチャン。本職は大工だが、碁石を握ると素人無敵、本因坊にも二目なら絶対、先なら打ち分けぐらいでしょうなとウヌボレのいたって強い男。川越くんだりへ来て、手を隠すことはない。 武州川越在の千頭津右衛門といえば、碁打の間には全国的に名の知れた打ち手。名人上手に先二なら歩があ

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明治開化 安吾捕物 09 その八 時計館の秘密

坂口安吾

生れつき大そう間のわるい人間というものがいるものだ。梶原正二郎という若い御家人がそれだった。そのとき彼は二十二だ。親父が死んで野辺の送りをすませたという晩に、 「今晩は。たのもう。どうれ」 両方分の挨拶にオマケをつけて大声で喚きながらドヤドヤと訪れた七八人。案内もまたず奥へあがりこんで、 「ホトケに線香あげにきたが、ホトケはどこだ、どこだ」 ホトケと隠れん坊

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明治開化 安吾捕物 10 その九 覆面屋敷

坂口安吾

光子は一枝の言葉が頭にからみついて放れなかった。 「ちょっとでよいから、のぞかせてよ。風守さまのお部屋を」 「ダメ。お部屋どころか、別館の近くへ立寄ってもいけないのよ」 すると一枝はあざわらって、 「そうでしょうよ。牢屋ですもの。しかも……」 一度言葉をきって、益々意地わるく薄笑いしながら、 「風守さまは御病気ではないのでしょう。気が違ってらッしゃるなんてウ

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明治開化 安吾捕物 11 その十 冷笑鬼

坂口安吾

「隣家に奉公中は御親切にしていただきましたが、本日限りヒマをいただいて明朝帰国いたしますので……」 と、隣家の馬丁の倉三が大原草雪のところへ挨拶に上ると、物好きでヒマ人の草雪はかねてそれを待ちかねていたことだから、 「この淋しい土地に住んでお前のような話相手に去られては先の退屈が思いやられるな。今夕は名残りを惜しんで一パイやろうと、先程から家内にも酒肴の用意

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明治開化 安吾捕物 12 その十一 稲妻は見たり

坂口安吾

雷ギライという人種がある。まア人間は普通カミナリがキライのようだが、特別キライという人種があって、私の知人にもカミナリがキライで疎開このかた伊東の地に住みついてしまった人がある。伊東は年に四、五回、遠雷がかすかにカミナリのマネをしてみせる程度で、片道三時間の通勤は不便だが、ヘソをぬかれる心配のない平和に替えられないと彼は云っている。 なるほど東京はカミナリの

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明治開化 安吾捕物 13 その十二 愚妖

坂口安吾

近ごろは誰かが鉄道自殺をしたときくと、エ? 生活反応はあったか? デンスケ君でも忽ちこう疑いを起すから、ウカツに鉄道自殺と見せかけても見破られる危険が多い。けれども明治の昔にこの手を用いて、誰に疑われもしなかったという悪賢い悪漢がいたかも知れない。法医学だの鑑識科学が発達していないから、真相を鑑定することができないのである。指紋が警察に採用されたのが明治四十

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明治開化 安吾捕物 14 その十三 幻の塔

坂口安吾

「なア、ベク助。貴公、小野の小町の弟に当る朝臣だなア。人に肌を見せたことがないそうだなア。ハッハッハア」 五忘にこう云われて、ベク助は苦い顔をした。イヤなことを云う奴だ。この寺へ奉公して足かけ四年になるが、五忘の奴がこう云いはじめたのは今年の夏からのことである。そのときは、 「貴公、めっぽう汗ッかきだが、肌をぬがねえのがフシギだなア」 「ヘッヘ。お寺勤めの心

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明治開化 安吾捕物 15 その十四 ロッテナム美人術

坂口安吾

一助はお加久に叩き起されてシブシブ目をさました。めっぽう寒い日だ。昨夕から風がでて波も高くなっていたから、天気はよいが、今日は仕事にアブレそうな予感がした。一助は横浜の波止場で荷役に働く俗に云うカンカン虫であった。 「今日はアブレそうだなア。行くだけムダかも知れねえや」 目をさまして顔を洗う習慣のない一助、シブシブ起きてグチの一ツも言いながら二三度手足を動か

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明治開化 安吾捕物 16 その十五 赤罠

坂口安吾

年が改って一月の十三日。松飾りも取払われて、街には正月気分が見られなくなったが、ここ市川の田舎道を着かざった人々の群が三々五々つづいて通る。一見して東京も下町のそれと分る風俗。芸者風の粋な女姿も少からずまじっている。 深川は木場の旦那の数ある中でも音にきこえた大旦那山キの市川別荘へ葬式に参列する人々であったが、それにしては喪服姿が目につかなくて、女姿は遊山の

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明治開化 安吾捕物 17 その十六 家族は六人・目一ツ半

坂口安吾

「ねえ、旦那。足利にゃア、ロクなアンマがいないでしょう。私ゃ足利のアンマになってもいいんですがね。連れてッてくれねえかなア。足利の師匠のウチへ住み込みでも結構でさア。どうも、東京を食いつめちゃったよ」 足利の織物商人仁助の肩をもみながら、アンマの弁内が卑しそうな声で云う。 めッぽう力の強いアンマで、並のアンマを受けつけない仁助の肩の凝りがこのメクラの馬力にか

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明治開化 安吾捕物 18 その十七 狼大明神

坂口安吾

庭の片隅にオイナリ様があった。母が信心していたのである。母が生きていたころは、風雨に拘らず朝夕必ず拝んでいた。外出して夜更けに帰宅することがあっても、家人への挨拶もそこそこに、オイナリ様を拝んでくるのが例であった。朝夕の参拝を果さぬうちは、昼と夜の安らぎが得られぬように見えるほど切実な日参だった。しかし、母以外の者は一人も拝みに行く者がなかった。 母が病床に

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明治開化 安吾捕物 19 その十八 踊る時計

坂口安吾

妙子は自分の生れた時信家を軽蔑していた。父の全作がそもそも虫が好かない。父だから仕方なしにつきあっているようなものだが、顔を見るのもイヤなのだ。 母が生きていれば家庭に親しみが持てたのかしらと考えてみることもあるが、どうも母のないせいではなさそうだ。彼女の母はあんまり父が冷酷でワガママなので、神経衰弱になり、一日に一皮ずつ痩せたあげく、ハヤリ目とカッケにかか

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明治開化 安吾捕物 20 その十九 乞食男爵

坂口安吾

この事件をお話しするには、大きな石がなぜ動いたか、ということから語らなければなりません。 終戦後は諸事解禁で、ストリップ、女相撲は御承知のこと、その他善男善女の立ち入らぬところで何が行われているか、何でもあると思うのが一番手ッとり早くて確実らしいというゴサカンな時世でしたが、明治維新後の十年間ほどもちょうど今と同じように諸事解禁でゴサカンな時世でした。ソレ突

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明治開化 安吾捕物 21 その二十 トンビ男

坂口安吾

楠巡査はその日非番であった。浅草奥山の見世物でもひやかしてみようかと思ったが、それもなんとなく心が進まない。言問から渡しに乗って向島へ渡り、ドテをぶらぶら歩いていると、杭にひっかかっている物がある。一応通りすぎたが、なんとなく気にかかって、半町ほど歩いてから戻ってきてそれを拾い上げた。 油紙で包んで白糸で結ばれている。白糸はかなり太くて丈夫な糸だが、タコをあ

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明治開化 安吾捕物帖 読者への口上

坂口安吾

この捕物帖はたいがい五段からできています。第一段は虎之介が海舟を訪ねて事件の説明にかかること。(但し、この段は省くことがあります。)第二は事件の説明。第三は海舟が推理のこと。第四段は新十郎が犯人を見つけだすこと。第五段は海舟が負け惜しみを云うこと。以上のうち第二段がほぼ全体の六分の五をしめ、全部が六十枚なら、この段に五十枚、他は全部を合せても十枚ぐらいで、こ

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明るい海浜

宮本百合子

明るい海浜 宮本百合子 一 陽子が見つけて貰った貸間は、ふき子の家から大通りへ出て、三町ばかり離れていた。どこの海浜にでも、そこが少し有名な場所なら必ずつきものの、船頭の古手が別荘番の傍部屋貸をする、その一つであった。 従妹のふき子がその年は身体を損ね、冬じゅう鎌倉住居であった。二月の或る日、陽子は弟と見舞旁遊びに行った。停車場を出たばかりで、もうこの辺の空

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ランプの明滅

牧野信一

試験の前夜だつた。彼はいくら本に眼を向けてゐても心が少しもそれにそぐはないので――で、落第だ――と思ふと慄然とした。と、同時に照子の顔が彷髴として眼蓋の裏へ浮んだ。彼にとつて照子の存在が、彼が落第を怖れる唯一の原因となつてゐたので、然も彼は非常に強く照子の存在を意識してゐたから、非常に落第を怖れた。何故なら、 「妾、秀才程美しい感じのするものはないと思ふわ。

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明石鯛に優る朝鮮の鯛

北大路魯山人

たいについて、京都、大阪で、子ども時分から聞きこんでいることは、玄海灘を越してきたたいでなくては美味くないということだ。玄海灘を通過してきたたいには、その骨にイボのような珠みたいなものができていると聞かされた。 私は昭和三年、朝鮮へ古窯跡の探査と、陶器原料の蒐集の目的で渡った。その時季がちょうど五月一日から三十日までであった。行程は朝鮮半島の京城から以東をお

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明るい顔

仲村渠

なぜあんなに明るい顔をしてるんだらう。街角にあいた活動写真館の馬蹄をぬけ出ると、腹がへつて夕暮れで、何故スクリーンはああもはつきり映つて、ありあり生きてゐるのであらう。コーリン・ムーアの明るい顔は太平洋の青海を遠く、アメリカで笑つて、跳んで、メリケン語をしやべくつてそれから、のべつにキスをするんだらうか。 快活な顔はぼくをぼんやりさせて快活な横顔はかうもぼく

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易の占いして金取り出したること

南方熊楠

易の占いして金取り出だしたること 南方熊楠 「易の占いして金取り出だしたること」と題して『宇治拾遺』に出た話は、旅人が大きな荒れ家に宿を求むると、内には女一人しかないらしく、快くとめてくれた。夜あけて物食いに出掛けると、かの女が君は出で行くわけにゆかぬ、留まれ、と言った。何故と問うと、わが金を千両君に貸しあるから返したのち出でゆけ、と言った。旅人の従者どもか

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易疑

内藤湖南

易疑 内藤湖南 易に關する疑問は古くは宋の歐陽修に易童子問の著あり、我邦に於ても伊藤東涯などからして新らしく研究する學者があつて、最近には我が本田成之君が、本誌上に於て作易年代考を發表せられた。それらの人々の研究は何れも皆有益なものであるが、予は其以外に近頃多少考へ得た所があり、且易の成立つ由來に就いても考へ得た所があるから、茲に其大略を述べて吾黨の士の批評

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