Vol. 2May 2026

图书

公共领域世界知识图书馆

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書をみるたのしさ

高村光太郎

書を見てゐるのは無條件にたのしい。畫を見るのもたのしいが、書の方が飽きないやうな氣がする。書の寫眞帖を見てゐると時間をつぶして困るが、又あけて見たくなる。疲れた時など心が休まるし、何だか氣力を與へてくれる。六朝碑碣の拓本もいいし、唐宋の法帖もいいし、日本のかなもすばらしい。直接書いた人にあふやうな氣がしていつでも新らしい。書はごまかしがきかないから實に愉快だ

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書かれざる作品

豊島与志雄

書かれざる作品 豊島与志雄 横須賀の海岸に陸から橋伝いに繋ぎとめられ、僅かに記念物として保存されている軍艦三笠を、遠くから望見した時、私は、日本海大海戦に勇名を馳せた軍艦のなれのはてに、一種の感懐を禁じ得なかった。そしてその感懐が、ひいて三笠に対する興味となって、「軍艦三笠」と頭する小説を書いてみようと思うようになり、少しばかり記録を調べにかかったことがある

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書けない原稿

北条民雄

今日は二月の二十七日だ。夕方から雨が降り出して、夜になるとますます激しくなつて、机の前に坐つてゐると、びしよびしよと雨だれが聴えて来る。時々風が吹いて、どこか遠くの方で潮鳴りでもしてゐるやうな工合でひどく憂鬱だ。雨の音といふものは妙に淋しくなるもので、しかし考へをまとめるのにはなかなかいいものだ。それに僕は雨の多い国に生れたせゐか、どうも雨といふやつが好きで

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シナーニ書店のベンチ

宮本百合子

シナーニ書店のベンチ 宮本百合子 厳寒で、全市は真白だ。屋根。屋根。その上のアンテナ。すべて凍って白い。大気は、かっちり燦いて市街をとりかこんだ。モスクワ第一大学の建物は黄色だ。 我々は、古本屋の半地下室から出た。『戦争と平和』の絵入本二冊十五ルーブリ。 大学の壁にビラが貼ってある。各劇場の今週間の番組。曲芸師ケファロの横顔―― ほとんど通り過ぎかけて、私は

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書を愛して書を持たず

小川未明

私は、蔵書というものを持ちませんが、新聞や、雑誌の広告に注意して、最新の出版でこれは読んで見たいなと思うものがあると求めるのがありますが、旧いものは、これは何々文庫というような廉価本で用を達しています。読んでしまえば、それでいゝようなものゝ、性来の潔癖もあって、汚れたのや、破れたのは、どうしても手に取る気がしません。少なくも、その書中から、滋養を摂るのに、そ

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書斎

辻潤

書斎 辻潤 私は長い間、書斎らしい書斎も本箱も何も持たないことをさも自慢らしく吹聴してくらしている人間のひとりなのです。文筆生活をしていながら、未だ生まれて万年筆というものを買ったことさえないのを、さも立派な趣味ででもあるかの如く心得て暮らしている人間なのです。 昔、私が二十歳時分の頃、小学校の代用教員に雇われて月給十五円也を頂戴している頃のこと、女の先生と

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書斎を中心にした家

宮本百合子

書斎を中心にした家 宮本百合子 我々のように、二人とも机に向って仕事をする者は、若し理想を実現し得るなら、先ず静かなよい書斎を持ちたいのが希望です。 何も、壮麗でなく、材料が素晴らしいのではなくてよいから、各自の性格と、仕事の種類とに適応した勉強部屋が欲しい。一日の中、大部分は、其部屋の中に生活するのですから、客間、食堂、寝室などと云うものは、皆、勉強部屋で

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書斎と星

北原白秋

書斎と星 北原白秋 『東京にはお星さんがないよ。』 と、うちの子はよく言ふ。 『ああ、ああ、俺には書斎がない。』 これはその父であるわたくし自身の嘆息である。 まつたく小田原の天神山はあらゆる星座の下に恵まれてゐた。山景風光ともにすぐれて明るかつたが、階上のバルコンや寝室から仰ぐ夜空の美しさも格別であつた。これが東京へ来てほとんど見失つて了つた。それでもまだ

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書斎の条件

宮本百合子

書斎の条件 宮本百合子 空想のうちに描いている斯様ありたいと思う書斎の条件を並べます。 (一) いつも静かで、変化の著しくない光線の入ること。窓も大きくとり、茂った常緑木の葉、落葉樹の感情ある変化を眺めうること。(二) 湿気、火事の要心のため、洋風にし家具を全部背いくるように落付いた色調。足音のしない床。〔一九二六年九月〕

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書斎を棄てゝ

牧野信一

もうわたしは、余程久しい以前から定つた自分の部屋といふものを忘れて、まるで吟遊詩人のやうな日をおくつてゐることだ。ところがわたしは、かねがね憧れの夢のなかでは寝ても醒めても、そこはかとない放浪のおもひが逞しいにもかゝはらず、身をもつてそれからそれへ酔歩を移してゆくといふことには何うやら未だ雅量にも堪へられず、所詮は書斎裡のみの夢想家に過ぎないといふ感が今更な

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よい書とうまい書

北大路魯山人

古来世間でいう「うまい書」というものには、例えば夏の夕、裸であぐらをかいて、夕顔棚の下で涼しい顔をしているようなのがある。 それではまた、先輩諸君を前にして失礼でございますが、また実学上のことを話さしていただきます。 今日、字のことは、相変らずうまいとか、まずいとかいうことで済んでしまっておるようでありますが、前に申し上げましたように、うまいとか、まずいとか

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書の深淵

高村光太郎

書をみるのはたのしい。畫は見飽きることもあるが、書はいくら見てゐてもあきない。又いくどくり返してみてもそのたびに新らしく感ずる。 出土品の骨や角に彫つた原始形態のものもおもしろく、金石文も、六朝あたりの碑碣の拓本、唐宋の法帖の複製などもすばらしい。わけて肉筆ものを親しく見られる近代大陸や日本のものの興味は盡きない。 書は一種の抽象藝術でありながら、その背後に

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書物の倫理

三木清

書物の倫理 三木清 洋書では滅多にないことだが、日本のこの頃の本はたいてい箱入になっている。これは発送、返品、その他の関係の必要から来ていることだろうが、我々にはあまり有難くないことのように思う。だいいち本屋の新刊棚の前に立ったとき、そのためにたいへん単調な感じを受ける。どの本もどの本も皆一様に感じられる。どれかを開けて内容を調べてみようとしても、箱があるの

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書狼書豚

辰野隆

古は渇して盗泉の水を飲まず、今は盗泉の名を改めて飲む。といふのは、今から二十五六年前に、長谷川如是閑氏の吐いた警句であるが、氏は近頃再た、悉く書を信ぜば書なきに如かずといふ怠け者の格言を、悉く書を信ぜざれば書あるに如かず、と訂正した。蓋し真に書を読む人の体験でもあり、達人の至言でもある。 元来、書物などは実生活には無用の長物であるから、読まぬ奴は読まぬし、信

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書簡(Ⅰ)

寺田寅彦

拝復。島木さんの事について何か書くようにとの御手紙を頂きましたので、考えてはみましたが、私は同氏から稀に御手紙は頂戴しておりましたものの、御目にかかったのは前後にただ一度だけ、それも宴会の席上でちょっと御挨拶をしたばかりでありまして、同氏の追憶と云っては別段に申上げるほどの資格も御座いません。 ただ何か強いて申上げようとすれば次のような事で御座います。 「島

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書簡(Ⅱ)

寺田寅彦

拝復。始終『アララギ』を送って頂いておりながらほんの時々しか読んでいないので甚だすまない気がしております。今度二十五周年記念号を出すので何か書くようとの懇篤な御すすめがありましたので何かと考えてみましたが右様の次第でありますからほとんど何も申上げる材料はないのでありますが、せっかくの御すすめでありますから、ただほんの少しばかり思い付いたことを申上げたいと思い

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書簡 家族・親族宛

原民喜

●昭和十一年四月三十日 千葉市登戸より 村岡敏(末弟・当時明治大学ホッケー部に在籍し、ベルリンオリンピックに代表として派遣された)宛今朝早くから女房が起すのである それから一日中オリンピツクのことを云つて女房は浮かれ たうたう我慢が出来ないと云ふので速達を出すといふのである 大変芽出度いこととワシも思ふのである この上は身躰に注意し晴れの榮冠を擔つてかへつて

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書簡箋

宮本百合子

書簡箋 宮本百合子 中国の書簡箋というものには、いつもケイがある。けれどもなぜケイがあるかは知らなかった。白文体について作人が書いている文章が「魯迅伝」に引用されている。「古文を用いますと、空っぽで内容はなくとも、八行の書簡箋はいっぱいに埋められるわけであります」ははあと、感服した。古い支那の教養とは何という様式化であったろう! こういう極端な様式化が教養の

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書籍の風俗

恩地孝四郎

書籍の風俗 恩地孝四郎 本も時代によって、さまざまな風俗を成す。前述したように本はいつもその時代の趣味好尚を映じ出している。即ち、僧俗時代、貴族時代、そうした時代の本はやはりそうした時代を明示する姿を以て遺されている。燦爛たる光耀を伴うような、神への尊崇と神への敬順を具象化したような宝玉や金属で飾られた寺院本、紋章や唐草や絡み模様などでけんらんと装われた貴族

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リルケ書翰(ロダン宛)

堀辰雄

一九〇二年の秋、巴里にはじめて出かけて行つて、ロダンに親しく接しつつ、遂にロダン論を書き上げ、伯林の一書肆より上梓せしめた後、やや健康を害したリルケは、伊太利ピサの近くのヴィアレジオに赴いて(三月)、靜養してゐた。ヴィアレジオは海に面した、松林の中に居睡りしてゐるやうな、靜かな小さな村であつた。その松林の向うにはピサの町が見えるのであつた。――その村からリル

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書かでもの記

永井荷風

身をせめて深く懺悔するといふにもあらず、唯臆面もなく身の耻とすべきことどもみだりに書きしるして、或時は閲歴を語ると号し、或時は思出をつづるなんぞと称へて文を売り酒沽ふ道に馴れしより、われ既にわが身の上の事としいへば、古き日記のきれはしと共に、尺八吹きける十六、七のむかしより、近くは三味線けいこに築地へ通ひしことまでも、何のかのと歯の浮くやうな小理窟つけて物に

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書記官

川上眉山

書記官 川上眉山 一 笆に媚ぶる野萩の下露もはや秋の色なり。人々は争うて帰りを急ぎぬ。小松の温泉に景勝の第一を占めて、さしも賑わい合えりし梅屋の上も下も、尾越しに通う鹿笛の音に哀れを誘われて、廊下を行き交う足音もやや淋しくなりぬ。車のあとより車の多くは旅鞄と客とを載せて、一里先なる停車場を指して走りぬ。膳の通い茶の通いに、久しく馴れ睦みたる婢どもは、さすがに

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書道習学の道

北大路魯山人

世間、書を説く者は多いが、それは必ず技巧的にのみ観察したものであり、かつ、外見にのみ凝視することに殆ど決定的に偏している。すなわち、書家の書がそれである。ゆえに遠い昔はいざ知らず、近代では書家の書にうまい書があった例は皆無といってよい。全く書を専門に教える習字の先生から尊ぶべき書が生まれた試しはない。この一事実の現われは誰にとっても、うかうかと書家の教えを蒙

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