Vol. 2May 2026

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公共领域世界知识图书馆

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月蝕皆既

萩原朔太郎

みなそこに魚の哀傷、 われに涙のいちじるく、 きみはきみとて、 ましろき乳房をぬらさむとする。 この日ごろつかふことなく、 ひさしくわれら靈智にひたる、 すでに長き祈祷ををへ、 いまみれば月も皆既なり、 魚の性はせんちめんたる、 みよ、うみはみどりをたたへ、 肉青らみ、 いんいんとして二人あひ抱く、 齒と齒と合し、 手は手をつがひ、 もつれつつからまりにつつ

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月を見ながら

正宗白鳥

縁側に蹲んで、庭の樹の葉の隙間から空を仰ぐと、満月に近い月が、涼しさうに青空に浮んでゐる。隣家から聞えて来るラジオは流行唄を唄つてゐる。草叢には虫の音が盛んで、向うの松林には梟が鳴いてゐる。さういふいろ/\な物音を圧し潰さうとするやうに、力強い波濤が程近いところに鳴つてゐる。 「あの月は旧の七月の、本当の盂蘭盆の月だな。」 私はさう思つて、ひとり静かに初秋の

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月見の夕

長塚節

月見の夕 長塚節 うちからの出が非常に遲かツたものだから、そこ/\に用は足したが、知合の店先で「イヤ今夜は冴えましようぜこれでは、けさからの鹽梅ではどうも六かしいと思つてましたが、まあこれぢや麥がとれましよう、十五夜が冴えりやあ麥は大丈夫とれるといふんですから、どうかさうしたいものでなどゝいふ主人の話を聞いたりして居たので、水海道を出たのは五時過ぎになツてし

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月見草

水野葉舟

月見草 水野葉舟 馬車が深い渓流に沿った懸崖の上を走っていた。はるかの底の方に水の音がする。崖の地肌には雪に、灰色の曇った空がうつって、どことなく薄黒い。疎林がその崖に死んだように立っている。 その中に、馬車の轍の跡だけが、泥に染んでいる。私はいま、東北の或る田舎を旅をしているのだが、この地方では、三月の半ば過ぎていると言うのに、まだ空は雪催いだ。 私は馬車

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月評

牧野信一

読むのがのろいからと心配して――これで僕は四ヶ月もつゞけて(三ヶ月間は、「早稲田文学」のために――)早く出るものからぼつ/\と読みはじめ、さて、いよ/\書かうといふ段になると、十日も前に読んだものゝ記憶は大ぶんあやしくなり、また繰ひろげて、あれこれと戸惑ひ、結局時間に追はれて半分も読み損つてしまふ有様は、まるでアダムスン漫画のやうであつた。記憶があやしくなる

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月評をして

豊島与志雄

月評をして 豊島与志雄 月評をして、あらゆる情実より脱せしめよ。 情実は、真実を蔽い隠す最も危険なる霧である。この霧を通して眺むる時、物の輪廓はぼやけ、物の色彩は輝きを失う。そして其処には怪しい畸形な幻がつっ立ってくる。 情実に囚われた批評が文壇にも如何に多いかは、私が茲に喋々するにも及ぶまい。勿論吾々は、全く面識のない人の作品に接する時と、親しい友人の作品

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こういう月評が欲しい

宮本百合子

こういう月評が欲しい 宮本百合子 毎月いくつかのプロレタリア小説、ブルジョア小説が、いろいろな雑誌に発表される。 つづいて、新聞その他に文芸批評が現れる。この頃のブルジョア・ジャーナリズムは、例えば『朝日新聞』が今度やっていたように、文学についての専門家以外の人に、作品批評を書かせ、顔ぶれの珍しさで、新鮮さを発揮しようとしている。 河野密氏の例によれば、人選

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月の詩情

萩原朔太郎

月の詩情 萩原朔太郎 昔は多くの詩人たちが、月を題材にして詩を作つた。支那では李白や白楽天やが、特に月の詩人として有名だが、日本では西行や芭蕉を初め、もつと多くの詩人等が月を歌つた。西洋でも、Moonlight の月光を歌つた詩は、東洋に劣らないほど沢山ある。かうした多くの月の詩篇は、すべて皆その情操に、悲しい音楽を聴く時のやうな、無限のノスタルヂアが本質し

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有効な日曜日

中谷宇吉郎

八月七日はたいへん有効な日曜日だった。 六日の土曜日は忙しい日で、旅行の準備をしながら、この百回の隨筆の原稿を少し書き溜めたりするのに、夕方の六時頃までかかった。それから夕飯を食べて、九時半羽田發の日航機に乘った。 氣流の状態が非常によかったので、ビールを一本飮んで、ぐっすりと寢込んだ。そして眼が覺めたら、ウェーキ島に着いていた。ここで一時間止まるので、その

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有島武郎の死によせて

宮本百合子

有島武郎の死によせて 宮本百合子 七月八日、朝刊によって、有島武郎氏が婦人公論の波多野秋子夫人と情死されたことを知った。実に心を打たれ、その夜は殆ど眠れなかった。 翌朝、下六番町の邸に告別式に列し、焼香も終って、じっと白花につつまれた故人の写真を見たら、思わず涙にむせび、声を押えることが出来なかった。彼の温容が心を打ったこと、並、人生の切なさ、恐ろしさ、平凡

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有島さんの死について

宮本百合子

有島さんの死について 宮本百合子 有島さんの死は余りに私にとっては大きな事柄なので、この場合それに対して批判するというような気持になっていません。ただそれによって私が強い衝撃を受けた、その気持に就いてだけお話ししたいと思います。 森鴎外先生のなくなられたときにも私は、強い刺戟を私の胸に受けました。然し今度のことは私の全体を動かすほどの驚きでした。然し私はあの

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服装に就いて

太宰治

服装に就いて 太宰治 ほんの一時ひそかに凝った事がある。服装に凝ったのである。弘前高等学校一年生の時である。縞の着物に角帯をしめて歩いたものである。そして義太夫を習いに、女師匠のもとへ通ったのである。けれどもそれは、ほんの一年間だけの狂態であった。私は、そんな服装を、憤怒を以てかなぐり捨てた。別段、高邁な動機からでもなかった。私が、その一年生の冬季休暇に、東

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服部先生の思出

狩野直喜

先生と私は年齡の上では一歳しか違はないが、大學の年次は先生の方が五年も先輩で在學中から御盛名は承つて居た。殊に文部省から北京留學を命ぜられ、いろ/\な苦勞を倶にしてからは特に親密な交際をして戴くやうになつた。元來、文部省からの海外留學は例外なしに歐米行であり、又文科大學の方では外國文學の留學生は派遣しなかつたのであるが、どうした機運からか、明治三十二年に東西

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朔太郎の思ひ出

佐藤春夫

朔太郎の名も作品も犀星と「感情」をやつてゐた当初から知らないではなかつたが特に注意するやうになつたのは、世間一般とともに彼の処女詩集「月に吠える」が出てからの事であつた。 そのころ、僕は麹町下六番町の新詩社へ近いところに――偶然にも今、角川書店のあるあの場所に住んでゐて、与謝野先生の新詩社とはほんの一町とはない近いところであつたから、頻頻と与謝野先生の門に出

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望岳都東京

木暮理太郎

むかし太田道灌が始めて江戸城を築いた時、城上に間燕の室を置て之を静勝軒と名付け、東は江戸湾を望み西は富士秩父の連嶺を軒端に眺めた所から、東を泊船亭と曰い西を含雪斎と曰うたとのことである。静勝軒を題として記述した詩文に、「西嶺当レ雪界レ天」、又は「西望則逾二原野一而雪嶺界レ天」とある句は、蓋し実景をよんだもので、雪嶺或は西嶺は富士山を指したものに外なるまい。道

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望郷

竹内浩三

東京がむしょうに恋しい。カスバのペペル・モコみたいに、東京を望郷しておる。 あの街 あの道 あの角で おれや おまえや あいつらと あんなことして ああいうて あんな風して あんなこと あんなにあんなに くらしたに あの部屋 あの丘 あの雲を おれや おまえや あいつらと あんな絵をかき あんな詩を あんなに歌って あんなにも あんなにあんなに くらしたに

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望郷 ――北海道初行脚――

服部之総

歴研(歴史学研究会)北海道支部に日程は一任して、上野発十月十五日、帰着二十七日ということで、生れてはじめて北海道にでかけた。その間にきっと初雪がある、との注意で冬仕度をしてでかけたら、あちらの人々はまだみんな合着で、札幌の街をマフラー姿で歩いた最初の人間が、私ということになった。だが初雪は、二十五日の夜全道にふった。 歯舞諸島のユリ島付近でB29がソ連戦闘機

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望ましい音楽

信時潔

先頃テレビでセロの達人カザルスの対話をきいた。大きなパイプタバコをくゆらせながら翁は音楽を語り、また問われるままに政治についても自己の立場を説いた。彼は言う、自分は単純な人間で何事にも自然を尚ぶと。彼はバッハを初めとする古典音楽を愛するとともに、故郷カタロニアの歌調を自ら鳥の詩と称して演奏曲目に忘れない、彼が現代の十二音音楽を斥けたり、故国の独裁政権に抵抗を

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田山花袋

朝 田山花袋 一 家の中二階は川に臨んで居た。其処にこれから発たうとする一家族が船の準備の出来る間を集つて待つて居た。七月の暑い日影は岸の竹藪に偏つて流るゝ碧い瀬にキラキラと照つた。 涼しい樹陰に五六艘の和船が集つて碇泊して居るさまが絵のやうに下に見えた。帆を舟一杯にひろげて干して居るものもあれば、陸から一生懸命に荷物を積んで居るものもある。此処等で出来る瓦

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北条民雄

急に高まつて来た室内のざわめきに、さつきから、睡るでもなく睡らぬでもない状態でうつらうつらとしてゐた鶏三は、眼を開いた。やうやく深まつた秋の陽が、ずつと南空に傾きながら硝子越しに布団を暖めてゐる。空は晴れわたつて、真空のやうに澄みきり、風もないのであらう、この病院の大煙突の煙が、真直ぐな竿になつて立ちのぼつてゐる。鶏三は横はつたまま、さういふ風景を暫く眺めて

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竹久夢二

朝 竹久夢二 ある春の朝でした。 太陽は、いま薔薇色の雲をわけて、小山のうえを越える所でした。小さい子供は、白い小さい床の中で、まだ眠って居りました。 「お起き、お起き」柱に掛った角時計が言いました。「お起き、お起き」そう言ったけれど、よく眠った太郎は何も聞きませんでした。「私が起して見ましょう」窓に近い木のうえに居た小鳥が言いました。 「坊ちゃんはいつも私

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