松の操美人の生埋 01 序
宇田川文海
居士は東京に生れ東京に長ちたる者なり。僅に人事を解せしより、市川團十郎氏の演劇と三遊亭圓朝氏の談芸を好み、常に之を見、之を聞くを以て無上の楽しみと為せるが、明治九年以来当地に移住せるを以て、復両氏の技芸を見聞する能わず。只新聞雑誌の評言と、在京知人の通信と、当地の朋友が東京帰りの土産話とに依て、二氏の技芸の、歳月と共に進歩して、團十郎氏が近古歴史中の英雄豪傑
公共领域世界知识图书馆
宇田川文海
居士は東京に生れ東京に長ちたる者なり。僅に人事を解せしより、市川團十郎氏の演劇と三遊亭圓朝氏の談芸を好み、常に之を見、之を聞くを以て無上の楽しみと為せるが、明治九年以来当地に移住せるを以て、復両氏の技芸を見聞する能わず。只新聞雑誌の評言と、在京知人の通信と、当地の朋友が東京帰りの土産話とに依て、二氏の技芸の、歳月と共に進歩して、團十郎氏が近古歴史中の英雄豪傑
松本たかし
雨音のかむさりにけり虫の宿 作者が虫の音を静に聞いて居つた。そこへ雨が降り出して来た。その雨が庭木にあたつて、かすかな音をたてゝゐる。さういふ事実からこの句を得るまでの間の、作者の頭の働き具合を考へて見ると興味がある。働き具合と言つたところで別に想を構へるといふのではない。たゞ静にその場合の光景を噛みしめて見て、何といふ言葉で言ひ現はしたなら、その場合の感じ
牧野信一
実川延若といふ役者を、自分は初めて見たのである。本物の芝居はそんなに見ないが田舎に居る時分でも新演芸などの芝居雑誌は古くから見てゐるので、あまり見つけない役者でもそんなに始めて見るやうな気のしない自分だつた。 実川延若もその一人に相違ないのだ。写真で見てゐた延若は、自分はにくにくしかつた。いつだつたか忘れたがたしか新演芸だつたか、他の雑誌だつたかに役者の趣味
三遊亭円朝
一 今日より改まりまして雑誌が出版になりますので、社中かわる/″\持前のお話をお聴に入れますが、私だけは相変らず人情の余りお長く続きません、三冊或は五冊ぐらいでお解りになりまする、まだ新聞に出ませんお話をお聴に入れます。これは明治四年から六年まで、三ケ年の間お話が続きます、実地あったお話でございます。さて俗語に苦は楽の種、楽しみ極まって憂いありと申しますが、
長塚節
松蟲草 長塚節 一 泉州の堺から東へ田圃を越えるとそこに三つの山陵がある。中央の山陵は杉の木が一杯に掩うて蔚然と小山のやうである。此が人工で成つたとは思はれぬ程壯大な形である。土地は百舌鳥の耳原であるから百舌鳥の耳原の中の陵というて居るのである。山陵のめぐりは畑で豆や稗や粟が作つてある。豆の葉は黄ばんで稗や粟の穗が傾いて居る。そこらあたりには芒が一簇二簇とこ
チリコフオイゲン
プラトン・アレクセエヰツチユ・セレダは床の中でぢつとしてゐる。死んでゐるかと思はれる程である。鼻は尖つて、干からびた顔の皮は紙のやうになつて、深く陥つた、周囲の輪廓のはつきりしてゐる眼窩は、上下の瞼が合はないので、狭い隙間を露してゐる。その隙間から、これが死だと云ふやうに、濁つた、どろんとした、硝子めいた眼球が見える。 室内は殆ど真暗である。薄板を繋いだ簾が
槙村浩
(一)たそがれ告ぐる鐘の音に 誘はれて散る木々の葉の 雪は夕日に照りはへて げに厳めしの銅像や (二)自由の祖先高知市の 偉人を偲ぶ銅像の 其の勇ましき姿こそ 永き偉人のかたみなれ (大正十三・一・六) ●図書カード
永井荷風
顔を洗う水のつめたさが、一朝ごとに身に沁みて、いよいよつめたくなって来る頃である。昼過に何か少し取込んだ用でもしていると日の短くなったことが際立って思い知られるころである。暦を見て俄にその年の残った日数をかぞえて見たりするころである。菊の花は既に萎れ山茶花も大方は散って、曇った日の夕方など、急に吹起る風の音がいかにも木枯らしく思われてくる頃である。梢に高く一
河上肇
枕上浮雲 河上肇 暖くなりしためか、静養の結果か、営養の補給十分なりしためか、痩せゐることは変りなきも、この数日総体に体力のやや恢復せるを覚ゆ。室内の歩行に杖を用ひず、階上への上り下りにも、さまで脚のだるきを感ぜず。別冊「歌日記」、余白なくなりたるを機会に、今日より新たなる冊子に詩歌を書きゆき、題名も新たに「枕上浮雲」となす 葉がくれの青梅ひびに目立ちつつや
川田順
老いらくの恋――その発生原因を一考するこの種の恋は、先づ以て、古今の芸術家の場合に折々見られる。芸術家の心は老を知らぬ常若のものなるが故に、といふのが普通の解釈である。常若人種なる芸術家は、たとひ現実に老いらくの恋をしなくても、恋する可能性を死ぬまで持ち続けて行く、と観ることが出来る。特に、偉大な芸術家に於てさうである。ほんの一例をあげれば、近松巣林子は老境
宮沢賢治
林の底 宮沢賢治 「わたしらの先祖やなんか、 鳥がはじめて、天から降って来たときは、 どいつもこいつも、みないち様に白でした。」 「黄金の鎌」が西のそらにかゝつて、風もないしづかな晩に、一ぴきのとしよりの梟が、林の中の低い松の枝から、斯う私に話しかけました。 ところが私は梟などを、あんまり信用しませんでした。ちょっと見ると梟は、いつでも頬をふくらせて、滅多に
豊島与志雄
林檎 豊島与志雄 四月初旬の夜のことだった。汽車は北上川に沿って走っていた。その動揺と響きとに身を任せて、うとうとと居眠っていた私は、窓際にもたせた枕の空気の減ったせいか、妙に不安定な夢心地で、ぼんやりと薄眼を開いた。が、身を動かすのも大儀で、そのままじっとしていると、すぐ前の所に、淡い電燈の光を受けて、にこにこ微笑んでる男の顔があった。おや、と思ってよく見
片山広子
麦の芽のいまだをさなき畑に向く八百屋の店は一ぱいの林檎 深山路のもみぢ葉よりも色ふかく店の林檎らくれなゐめざまし 立ちて見つつ愉しむ心反射して一つ一つの林檎のほほゑみ みちのくの遠くの畑にみのりたる木の実のにほひ吾を包みぬ 手にとればうす黄のりんご香りたつ熟れみのりたる果物の息 すばらしき好運われに来し如し大きデリツシヤスを二つ買ひたり 宵浅くあかり明るき卓
小川未明
娘は毎日山へゆきました。枯れ枝を集めたり、また木の実を拾ったりしました。 そのうちに、雪が降って、あたりを真っ白にうずめてしまいました。娘は家の内で親の手助けをして、早く春のくるのを待ったのであります。それは、どんなに待ち遠しいことでありましたでしょう。やがて、物憂い、暗い冬が、北へ、北へとにげていきました。 春になると、雪がだんだん消えてしまいました。野に
宮本百合子
これらの手記の選をして何よりもつよく、そして深く感じたことは、日本の社会は、女を、ひとり立ちで生きてゆかなければならない人として、子供のときから育てて来ていなかった、といういたましい事実である。歴史のはげしい波はこれらの女のひとたちから、生活のボートを漕ぎ手といっしょに奪ってしまった。溺れて死ぬまいとする婦人たちは、子供たちをかばいながら、そのためにあがきは
水上滝太郎
相原新吉夫婦が玉窓寺の離家を借りて入ったのは九月の末だった。残暑の酷しい年で、寺の境内は汗をかいたように、昼日中、いまだに油蝉の声を聞いた。 ふたりは、それまでは飯倉の烟草屋の二階に、一緒になって間もなくの、あんまり親しくするのも羞しいような他人行儀の失せ切れない心持でくらしていた。ひとの家の室借をしていると、何かにつけて心づかいが多く、そのために夫婦の間に
中谷宇吉郎
この夏、アメリカの友人から妙なことを頼まれた。それは岡山の白桃と二十世紀とを食べておいてくれ、という依頼なのである。この男は、前に日本へ一度来たことがあるが、アメリカへ帰ってからも、どうしても忘れられないのは、白桃と二十世紀との味であるという。ところが、どうしてもあれは、アメリカまで送ってもらうことは出来ない。それで日本へ帰ったら、代りに食べておいてくれ、と
仲村渠
今晩は、みなさん。 とりわけ果実をお好きな御婦人がたに申し上げるのでございます。 手前のからだは今夜果物店をひろげたのでございます。この真夜中に瓦斯燈ひとつ点けずとも はい この通り手前どもの果実は艶艶と光沢がよいのでございます。 さあさあ、なんなりと一ツ、 このすばらしい朱欒の出来はどうでございます。この頸かざりにした紫真珠。葡萄はいかがでございます。 雪
小川未明
梅雨の頃になると、村端の土手の上に、沢山のぐみがなりました。下の窪地には、雨水がたまって、それが、鏡のように澄んで、折から空を低く駆けて行く、雲の影を映していました。私達は、太い枝に飛びついて、ぶら下りながら赤く熟したのから、もぎとりました。中には、片輪の実もあった。まだ、熟さないのは、黄色かった。鬱陶しい、黒っぽい、あたりの景色が眼にうつりました。そして、
津村信夫
信州の子供達や大人が首をながくして待つてゐた春は、永い間待つただけの甲斐があつて、これは又なんと美しい時でせう。 信州では、梅、桃、桜、杏、李といふやうな、春の花がいつときに咲き出すと言はれてゐます。勿論いつときとは言つても、多少の早いおそいはありませうが、まるで匂ひこぼれるやうな美しい花が、町の庭にも、野や山にも、相ついで、次々と咲き出すのです。 梅の花と
関根黙庵
枯尾花 関根黙庵 ◎北千住に今も有る何んとか云う小間物屋の以前の営業は寄席であったが、亭主が或る娼妓に精神をぬかし、子まである本妻を虐待して死に至らしめた、その怨念が残ったのか、それからと云うものはこの家に奇しい事が度々あって驚ろかされた芸人も却々多いとの事であるが、或時素人連の女芝居を興行した際、座頭の某が急に腹痛を起し、雪隠へはいっているとも知らず、席亭
坂口安吾
「枯淡の風格」とか「さび」といふものを私は認めることができない。これは要するに全く逃避的な態度であつて、この態度が成り立つ反面には人間の本道が肉や慾や死生の葛藤の中にあり、人は常住この葛藤にまきこまれて悩み苦しんでゐることを示してゐる。ところが「枯淡なる風格」とか「さび」とかの人生に向ふ態度は、この肉や慾の葛藤をそのまま肯定し、ちつとも作為は加へずに、しかも
坂口安吾
「枯淡の風格」とか「さび」というものを私は認めることができない。これは要するに全く逃避的な態度であって、この態度が成り立つ反面には、人間の本道が肉や慾や死生の葛藤の中にあり、人は常住この葛藤にまきこまれて悩み苦しんでいることを示している。ところが「枯淡なる風格」とか「さび」とかの人生に向う態度は、この肉や慾の葛藤をそのまま肯定し、ちっとも作為は加えずに、しか
野口雨情
草に咲くさへ 毒の花 罪の花みな 紅からむ 羽うるはしき 例の童が 罪の矢ならば 美しかろ 唇にふれなば 倒るべき 毒の花なら 甘からむ