Vol. 2May 2026

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公共领域世界知识图书馆

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物理学の応用について

寺田寅彦

物理学は基礎科学の一つであるからその応用の広いのは怪しむに足らぬ。生命とか精神とかいうものを除いたいわゆる物質を取扱って何事かしようという時にはすぐに物理学的の問題に逢着する。吾人が日常坐臥の間に行っている事でも細かに観察してみると、面白い物理学応用の実例はいくらでもある。ただそれらは習慣のためにほとんど常識的になっているので、それと気が付かないだけである。

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物理学と感覚

寺田寅彦

物理学と感覚 寺田寅彦 人間がその周囲の自然界の事物に対する知識経験の基になる材料は、いずれも直接間接に吾人の五感を通じて供給されるものである。生まれつき盲目で視神経の能力を欠いた人間には色という言葉はなんらの意味を持たない、物体の性質から色という観念をぬき出して考える事がどうしてもできない。トルストイのおとぎ話に牛乳の白色という観念を盲者に理解させようとし

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物理学の要用

福沢諭吉

物理学の要用 福沢諭吉 物理学とは、天然の原則にもとづき、物の性質を明らかにし、その働を察し、これを採ってもって人事の用に供するの学にして、おのずから他の学問に異なるところのものあり。たとえば今、経済学といい、商売学といい、等しく学の名あれども、今日の有様にては、経済商売の如き、未だまったく天然の原則によるものに非ず。いかんとなれば、経済商売に、自由の主義あ

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物理学革新の一つの尖端

長岡半太郎

物理學革新の一つの尖端 長岡半太郎 二十世紀は物理學革命の時期を畫してゐる。ニゥトン以來二百餘年、多少の波瀾を交へて徐々に進歩して來た物理學は、前世紀の末ごろ大なる障碍に逢うて、遂にその針路を轉換せねばならぬやう餘儀なくされた。 分子や原子に關する研究は、在來の方法では始末に終へなくなつた。第一の暗礁は輻射に關する法則であつて、波長が短くなるに從つて、エネル

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物理的空間の成立まで (カントの空間論)

戸坂潤

私はカントから出発する。併しカントの空間論に用いられる概念の間の関係は決して明晰ではない。之を予め纏めて見たいと思う。第一批判の「空間概念の形而上学的吟味」によれば空間は経験的概念でもなく又「物一般の関係に就いての比量的な所謂一般概念」でもない。概念は表象の Menge をその下に unter sich 含むものとは表象されるが決してそれをその内に in s

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物理的集団的性格

中井正一

やや重い感じのする回転音、……フィルムは三フィート、五フィートと記録していく。胸につきあげてくるような緊まった感じ、ちょうど運転手が瞬時もまじろぐことのできないような瞬間に経験する、張った注意と果断、一コマ一コマの構図に眼は繰り入れられてはいるけれども、こころはより多くの関心をレンズのシボリと光線にくばっている。そして、そのなまのフィルムの一々の性格に向って

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物言う術

岸田国士

物言ふ術 岸田国士 「物言ふ術」とは、仏蘭西語の ART DE DIRE を訳したつもりである。 ART DE DIRE は、謂ふところの「話術」又は「雄弁術」ではない。既に「言はるべき言葉」が例へば文字として表示されてゐる、それを如何に「肉声化」するかといふことの工夫である。かういふとおかしくなるが、俳優の「白」に外ならない。 日本劇の伝統で「せりふまはし

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『物言う術』の序に代へて

岸田国士

われわれが昔からその実体をもたぬわけではないのに、それがひとつの概念として規定されず、従つて、それを指し示す共通の言葉が生れなかつた、といふ例は、枚挙にいとまがない。 西欧文明の移入が、そのことをはつきりわれわれに覚らせた。 芸術の領域に於ても、われわれはしばしば新造語の助けをかりて何事かを語らねばならぬが、それらの多くは西欧の言葉の翻訳であり、そのために、

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けむり(ラヂオ物語)

岸田国士

さて、みなさん。 と、呼びかけてはみましたが、どなたがどんな顔をして聴いておいでになるか、さつぱり見当がつきません。 相手があつて、なきが如く、話す方はまことに調子が取りにくいのですが、 何処からともなく、声だけが聞えて来る。それが、何のなにがし作るところの物語であつたといふ。 この世の不思議も亦、昭和の春の夜の一興でせう。 見渡すところ、今、作者の周囲には

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シロ・クロ物語

豊島与志雄

南洋のある半島の港です。太陽がてりつけて、暑い、けれどさはやかです。木がこんもりとしげり、椰子や棕櫚が、からかさのやうに葉をひろげて、いろんな花がさきほこつてゐます。 その港町の、公園の木かげに、みごとな白い髯をはやしたお爺さんが、ぢめんに毛布をひろげて、占の店をだしてゐます。まはりには、おほぜいの人があつまつてゐます。 このお爺さん、占といふのはつけたりで

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ジャンの物語

宮本百合子

ジャンの物語 宮本百合子 フランスの『マリアンヌ』という新聞に、ロシアの大文豪であったレフ・トルストイの孫息子にあたるジャンという少年が、浮浪児として少年感化院に入れられ、そこから脱走して再び警察の手にとらわれたときかいた「ジャンの手記」というものを発表した。 トルストイには何人かの息子がいたが、父親が人間の歴史にのこした強大な足跡をうけてそれを発展させてゆ

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スミトラ物語

豊島与志雄

むかし、インドのある町に、時々、飴うりの爺さんが出てきまして、子供たちにおもしろい話をしてきかせて、うまいまつ白な飴をうつてくれました。大きな大黒帽をかぶり、黒い衣をき、白いながいひげをはやしてゐて、どこからかやつてきてはまたどこかへ行つてしまひます。どこのどうした人かわかりませんが、みんなから、スミトラ爺さんとよばれてゐました。その白い飴がたいへんうまく、

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バラルダ物語

牧野信一

俺は見た 痛手を負へる一頭の野鹿が オリオーンの槍に追はれて 薄明の山頂を走れるを ――あゝ されど 古人の嘆きのまゝに 影の猟人なり 影の野獣なり 日照りつゞきで小川の水嵩が――その夕暮時に、この二三日来の水車の空回りを憂へたあまり、蝋燭のやうにめつきりと耄碌してしまつた私と此の水車小屋の主人であるところの雪太郎と、ふるへる腕を堪えて水底深く水深計を立てゝ

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パーティ物語

中谷宇吉郎

アメリカの脊骨をなしている中堅階級は、案外に健全な生活をしている。しかしそれは何も、そういう連中が皆朴念仁であるという意味ではない。皆結構生活を楽しんでいるのであるが、その楽しみ方が甚だ利口なのである。その話について、まず正月向きに、少し柔らかいところから始めよう。それはアメリカにも芸者がいるという話である。 たいていの日本の奥さん方は、「アメリカには芸者が

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やもり物語

寺田寅彦

ただ取り止めもつかぬ短夜の物語である。 毎年夏始めに、程近い植物園からこのわたりへかけ、一体の若葉の梢が茂り黒み、情ない空風が遠い街の塵を揚げて森の香の清い此処らまでも吹き込んで来る頃になると、定まったように脳の工合が悪くなる。殺風景な下宿の庭に鬱陶しく生いくすぶった八つ手の葉蔭に、夕闇の蟇が出る頃にはますます悪くなるばかりである。何をするのも懶くつまらない

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スザナの物語 ――経典外聖書――

作者不詳

バビロンにヨアキムという人が住んでいた。そしてこの人はスザナという妻をもらつたが、これはケルキアスの娘で、たいへん美人であり、神を恐れる婦人であつた。この女の両親も正しい人で、モーゼの律法に従つて娘を教育した。 さてヨアキムは金持でえらい人だつたが、家に接する美しい庭園を持つていた。そしてこの人は他のだれよりも尊敬されていたので、ユダヤ人たちがしげしげと出入

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物語の絵画化についてなど

亀井勝一郎

造型は始原的には「言葉」に従ふものである。建築も彫刻も絵画も、あらはれ方はちがふが、その内部に、作者たちの言語表現の衝動をふくむといふ意味である。たとへば仏像はそれ自体として成立したものではない。経典を読んだ人の、信仰による解釈の表現、乃至は信仰告白であり、或はその代作である。すべての仏像はこの意味で思想像であり、仏画もまた同様である。 日本は、インドに成立

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物貰ひの話

三田村鳶魚

先づ非人から出る物貰から申しますと、非人から出る物貰にも亦二種ある。一つは「せぶり」といふ、これはどんな字を書くか知りません。もう一つは世間師。これはどういふ違ひがあるかと云ひますと、「せぶり」といふのは代々の非人で、これは良民に還ることが出來ないものです。この「せぶり」は胸に袋を懸けて、袋の先を括つて三角形にするのがしるしになつてゐる。物貰の中では御歴々の

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物質とエネルギー

寺田寅彦

物には必ず物理がある。ここにいわゆる物とは何ぞや、直接間接に人間五感の対象となって万人その存在を認めあるいは認め得べきものを指す。故に幽霊はここにいわゆる物ではない。夢中の宝玉も物ではない。物理学者は通例物質とエネルギーという二つの物を認める。物質の定義が困難である。教科書などには質量を有するものとも書いてあるがこれは言葉を換えたに過ぎない。質量という考えを

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物質群として見た動物群

寺田寅彦

物質群として見た動物群 寺田寅彦 せんだって、駿河湾北端に近い漁場における鰺の漁獲高と伊豆付近の地震の頻度との間にある関係があるらしいということについて簡単な調査の結果を発表したことがあった。このように純粋に物質的な現象、すなわち地震のような現象と、生物的、かつ人為的要素の錯雑した漁獲といったようなものとの間の相関を取り扱うことが科学的に許容されるかどうかと

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特攻隊に捧ぐ

坂口安吾

特攻隊に捧ぐ 坂口安吾 数百万の血をささげたこの戦争に、我々の心を真に高めてくれるような本当の美談が少いということは、なんとしても切ないことだ。それは一に軍部の指導方針が、その根本に於て、たとえば「お母さん」と叫んで死ぬ兵隊に、是が非でも「天皇陛下万歳」と叫ばせようというような非人間的なものであるから、真に人間の魂に訴える美しい話が乏しいのは仕方がないことで

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「特殊部落」と云う名称について

喜田貞吉

本編は上掲諸編の記事と重複するところことに多きを校正の際心付きしも、今さら改むる能わず。幸いに概論に対する下手なる詳説として、寛宥あらんことを乞う。(貞吉) 明治・大正の今日にも、特殊部落の名はなお保存せられている。もとは「特種部落」と書いたそうであるが、必ずしも種族を異にするという訳でもなく、いたずらに彼らの悪感を生ぜしむるのみであるというので、文字を「特

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特殊部落の人口増殖

喜田貞吉

我が国には古え天益人の語があって、人口が日々増加しつつあることは、太古以来既に認められておった。近いところで明治五年初めに約三千三百十一万と言われておった内地の人の数が、大正五年末には約五千五百六十四万となっている。近年の増加の数は、毎一年約七十万ないし八十万であるから、本年初めの数はおそらく約五千七百二十万にも達している事であろうと思う。その毎年増加の率は

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特殊部落と寺院

喜田貞吉

部落民は一般に仏法に対して最も熱烈なる信仰を有している。彼らが寺院に参詣して仏を拝し法を聴くの状態を見るに、一心に浄土を欣求するの至情が躍如たるものがある。彼らには日常の生活に苦しむ身でも、御本山への志納金はあえて怠らない。旅費がなくなって空腹を忍びつつ、遠路を徒歩して、遂に行き倒れにまでなりかけた婆さんが、懐中なる阿弥陀様のお金には手をつけなかったという話

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