現代小説展望
豊島与志雄
現代小説展望 豊島与志雄 小説の本質 ある科学者がこういうことをいった――「科学に没頭していると人生の煩わしさを……人生そのものをも……忘れてしまう。科学は人生なしに成立する。それが、初めは淋しい気もしたが、この頃では却って嬉しい。」 淋しいか嬉しいか、それは別問題として、実際、科学は人生なしに成立する。人生がなくても……人間がいなくても……二つの点を結びつ
公共领域世界知识图书馆
豊島与志雄
現代小説展望 豊島与志雄 小説の本質 ある科学者がこういうことをいった――「科学に没頭していると人生の煩わしさを……人生そのものをも……忘れてしまう。科学は人生なしに成立する。それが、初めは淋しい気もしたが、この頃では却って嬉しい。」 淋しいか嬉しいか、それは別問題として、実際、科学は人生なしに成立する。人生がなくても……人間がいなくても……二つの点を結びつ
宮本百合子
羽仁五郎氏は、この真心を傾けて執筆された独特な伝記を、有名なダヴィテの像に今日見ることの出来るミケルアンジェロの不滅の生命から語りはじめていられる。「ミケルアンジェロは、いま、生きている。うたがうひとは『ダヴィテ』を見よ。」という情熱のこもった声によって、この魅力ふかく学ぶところの多い一冊の本は始まっているのである。 この評伝の美しさ、漲る誠意と、その土台を
岸田国士
芝居といふものを強ひて大勢に見せるものだと考へる必要はない。 或ることを云ふために芝居を書くのではない。芝居を書くために或ることを云ふのだ。 所謂「劇的」でない劇があつてもいゝ。所謂「小説的」でない小説があるやうに。 音楽を聴きに行くやうに芝居を観に行く人々――さういふ人々のために戯曲を書きたい。 芝居を観に行くのがいやになつたぐらゐで、芝居を書くことを止め
宮本百合子
去年おしつまってから肉体派小説、中間小説の作者と一部の作家・批評家との間に、ちょっとしたやりとりがあって注目をひいた。 その討論に、三好十郎も出場して「小豚派作家論」という題をもつ彼一流の毒舌的な評論をかいた。肉体派、中間小説派の作者たちとその作品のそまつな戦後的商品性を、へど的にむき出してその安価さを排撃した。けれども、「小豚派作家論」と題してきり出された
島村抱月
日本の文章は今や急速の勢を以て變じつゝある。文に志すものは、此の動いてゐる事實を觀過してはならぬ。就中其の叙説法に於いて、在來の體は、漸く過去のものにならんとしてゐる。新代の人に取つては、もはや此等の文章が有してゐた背景は消え失せてしまつた。意味だけは無論通ずる、又口には成程熟してゐるだけによく滑る。しかし其の意味が率ゐ來たるところの情趣、風情といふものが薄
田山花袋
現代といふ言葉は永久にある言葉である。永久は現代の無限の連続である。一つづゝ離して見れば現代になり、つゞけて見れば永久になる。そしてこの現代が永久になつて行くところに、一種の転換とか輪廻とか言つたやうなものがある。その境は私はをりをり考へて見た。 その転換状態はちよつと烈しい潮流の中に巴渦を巻いてゐるやうな形である。ぐるぐると廻つてゐる中に、いつとなくその現
宮本百合子
「現代日本小説大系」刊行委員会への希望 宮本百合子 「現代日本小説大系」が刊行される意味は、ただ日本の近代文学をもう一遍よみかえし、検討し、将来の文学に寄与するという風な、すべてのこれまでの刊行会の挨拶の範囲では、使命が果されないと思う。これはまじめに日本の社会の推移を基礎にした精神史のみなおしという決心のもとにすすめられるべき仕事だと思う。目次のゲラをみる
岸田国士
一 封建的、鎖国的な旧日本の文化は、所謂「能」と「歌舞伎」とを今日に残した。この二つの珍奇な演劇種目は、それぞれ長い伝統の上に築かれた特殊の美を誇つてをり、一つは、貴族的、武士的な趣味を、一つは民衆的、市井的な趣味を代表し、現在に於ても、熱心な支持者をもつてゐる。 凡そ世界の舞台芸術を通じて、人間の創造的努力が、これほど犠牲的に、ある完成のために捧げられ、「
夏目漱石
はなはだお暑いことで、こう暑くては多人数お寄合いになって演説などお聴きになるのは定めしお苦しいだろうと思います。ことに承れば昨日も何か演説会があったそうで、そう同じ催しが続いてはいくらあたらない保証のあるものでも多少は流行過の気味で、お聴きになるのもよほど御困難だろうと御察し申します。が演説をやる方の身になって見てもそう楽ではありません。ことにただいま牧君の
佐藤春夫
現代は科学の時代であるという。それは已にその通りである。だから宗教などは不必要であるかの如く説く者があったら、大間違いであろう。科学には科学の領域があって、宗教は科学の支配する世界ではないからである。科学が兜を脱いだところから宗教がはじまるからである。科学は人間の生理と病理とを支配してはいるが霊魂は支配していないからである。心臓や神経の作用についてはよく説明
岸田国士
演劇に関する評論、感想、ノオトの類を集めてみたが、それらを系統的に配列する困難は、私が甚だ「学問的に」ものを言つてゐないといふこと、殊に、筆を執つた動機が殆ど常に外部からの註文に依つたといふことに原因がある。 しかし、一方で、これらの文章の何れにも、現代日本の演劇に向けられた不満と焦慮が含まれてをり、それぞれの研究、批判は、「わが演劇文化の向上」といふ空漠た
岸田国士
ふたゝび私のために開かれた演劇の門は、やはり私にとつてなつかしいふるさとである。 そこでは、かつて私の友であり、仲間であつた多くの作家、俳優、演出家、舞台監督、舞台美術家などが、それぞれ困難な時代の試練に堪へて、注目すべき業績をすでに残してゐる。そして、また、そこからは、新しい才能の芽が、僅かではあるが、健やかに伸び育つてゐるやうに思はれる。 この当然の事実
宮本百合子
「現代百婦人録」問合せに答えて 宮本百合子 1 明治三十二年二月十三日 東京市2 東京市豊島区目白三ノ三五七〇3 お茶の水4 文学の仕事は好きではじめました。私たちが夫々の時代に生きている、そのことのうちに書かせずにおかない何かが感じられているような工合です。大正五年中央公論に「貧しき人々の群」(小説)を発表して以来小説を、文芸などについての感想評論風のもの
岸田国士
時代や世相がどのやうに変つても、短歌といふ日本独特の詩の形式が、あらゆる分野の人々の生活の中で、つまり生活が生み出す自然な芸術のかたちとして、着実な根を張つてゐることをわれわれは考へてみなくてはならない。いわゆるジャーナリズムの上では地味だが、これほど日本人の生活に密着した芸術はないかも知れないのである。がそのわりに、といふより、むしろそれ故に、この広汎な芸
戸坂潤
J. v. Kries の『カント、及び現代の自然研究に対するカントの意味』の要領を紹介して見ようと思う。之はカント二百年記念に際して出版されたカント文献の内でも偉出したものの一つに数えられそうであるが、論じられた諸問題には豊富な内容的知識が含まれていると共に吾々にとって寧ろ興味ある種々の疑問が無くはないかと考えられる。私は之に対して批評を下すことは敢てしな
戸坂潤
科学教育という名でさし当り考えられるものに二つの場合がある。第一は科学者養成のための専門教育であり、第二は素養乃至教育としての科学のための云わば普通教育である。専門の科学者となるには先ず科学的素養と教養とが必要であるは勿論のことだし、専門の科学者を教育することや、又専門の科学者が人を教育することを除いては、科学の普通教育は行なわれ得ないから、この二つのものが
中井正一
個人主義文化が、封建主義文化を引きはなすために、戦った歴史の跡は決して容易なものではなかった。幾千の人が火であぶられ幾万の人が鎖でつながれたかわからない。一六〇〇年代は、大きなその闘いの記念すべき世紀であった。一九〇〇年代もまた、今後の歴史家がその研究の対象とするであろうと思われる記念すべき世紀となるであろう。今や、個人主義文化そのものがその危機にのぞんでい
北大路魯山人
人の価値は、厳密にいえば、棺を覆うて始めて決まる。だから人を批評せんとならば、その人が棺を覆うてからでなければ完全な事はいえない。殊に互いにこの世にあるうちは、兎角無益な感情に囚われて正しい認識を得がたいものである。天才の作品が時代と共にその光を増して、在世中は殆ど顧みられなかったようなものが、後年に至って次第に認められ、ついに確乎不動の価値を得て、至上の地
北大路魯山人
現代茶人批判 北大路魯山人 『陶』の紙上で、現代の茶道人として名のある松永耳庵さんは、作陶家に諭さんその心として、汝らはすべからく茶を知れ、そして茶家の指導を受けよ、しからざれば茶器は生まれないぞ……と垂教された。 日頃、茶に親しまれている人として、かつ茶器の蒐集に耽りつつある人として、さまざまと茶の議論をも立ててきた人だけに、作陶家よ茶を知れと叫ばれること
坂口安吾
現代の詐術 坂口安吾 私は戦争まえまではヤミという言葉を知らなかった。知らないということは情ないことで、私の青年期はヨーロッパでは前大戦後の混乱をへて、どうやら立ち直りかけたころ、ニュースに文学にインフレや道徳の混乱はウンザリするほど扱われていたが、戦争と死、戦争と陰謀、そんなことは考えてみても、インフレとヤミ、戦争になると百姓がもうかる、小説でよんでもピン
武田麟太郎
現代詩 武田麟太郎 とにかく自分はひどく疲れてゐる。朝から数度にわたつて解熱剤を服んで見るが、熱は少しも下らない。もつとも、この熱さましの頓服と云ふのは、銭惜しみする妻が近くの薬局で調合させた得態の知れぬ安物なので、効き目なぞ怪しいのだらう。よけい頭ががんがんと痛むし、咽喉がつまつたやうでいくら咳いても痰が容易に切れない。不愉快である。さきほど、やつとうとう
作者不詳
(祇園精舎) 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、唯、春の夜の夢のごとし。猛きものもついにはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。
作者不詳
治承元年五月五日、叡山の座主、明雲大僧正は、宮中の出入りを差しとめられた。同時に、天皇平安の祈りを捧げるために預っていた、如意輪観音の本尊も取上げられた。更に検非違使庁を通じて、神輿を振り上げて、都へ押し寄せた張本人を摘発せよという命令もきていた。 こうした、矢次ぎ早の朝廷の強硬策は、先の京の大火事に原因と理由があったろうが、もう一つには、とかく、法皇の信任
作者不詳
治承二年の正月がやってきた。宮中の行事はすべて例年の如く行われ、四日には、高倉帝が院の御所にお出でになり、新年のお喜びを申し上げた。こうして表面は、いつもながらの目出度い正月の祝賀風景が繰りひろげられていたが、後白河法皇の心中は、内心穏やかならぬものがあった。成親はじめ側近の誰彼が、殺されたり流されたりしたのは、つい去年の夏のことである。その生々しい光景はま