番町皿屋敷
岡本綺堂
番町皿屋敷 岡本綺堂 登場人物 青山播磨 用人 柴田十太夫 奴 權次 權六 青山の腰元 お菊 お仙 澁川の後室 眞弓 放駒四郎兵衞 並木の長吉 橋場の仁助 聖天の萬藏 田町の彌作 ほかに若党 陸尺 茶屋の娘など 第一場 麹町、山王下。正面はたかき石段にて、上には左右に石の駒寄せ、石灯籠などあり。桜の立木の奥に社殿遠くみゆ。石段の下には桜の大樹、これに沿うて上
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岡本綺堂
番町皿屋敷 岡本綺堂 登場人物 青山播磨 用人 柴田十太夫 奴 權次 權六 青山の腰元 お菊 お仙 澁川の後室 眞弓 放駒四郎兵衞 並木の長吉 橋場の仁助 聖天の萬藏 田町の彌作 ほかに若党 陸尺 茶屋の娘など 第一場 麹町、山王下。正面はたかき石段にて、上には左右に石の駒寄せ、石灯籠などあり。桜の立木の奥に社殿遠くみゆ。石段の下には桜の大樹、これに沿うて上
岡本綺堂
「桜はよく咲いたのう」 二十四五歳かとも見える若い侍が麹町の山王の社頭の石段に立って、自分の頭の上に落ちかかって来るような花の雲を仰いだ。彼は深い編笠をかぶって、白柄の大小を横たえて、この頃流行る伊達羽織を腰に巻いて、袴の股立ちを高く取っていた。そのあとには鎌髭のいかめしい鬼奴が二人、山王の大華表と背比べでもするようにのさばり返って続いて来た。 主人の言葉の
浜田青陵
異國さかな雜談 濱田耕作 × 私は衣食住ともに無頓着の方で、殊に食べ物に就いてはデリケートの味感がないと見え、たゞ世間普通の意味での甘い物を食べさせられてさへ居ればよいのであつて、マヅイものを食はされても餘り文句は言はない方である。それで自分の家でも、子供達は却つて今日の飯は固いとか、柔か過ぎるとか小言を言つても、私だけは今日は強い飯の流義の家に逗つた日だ、
宮本百合子
異性の何処に魅せられるか 宮本百合子 斯ういう感情上のことは、各人各様であって、「男子は」「婦人は」と概括的に考えると、至極平凡なつまらないものになってしまいます。此世の何より、金持がいい人もあろう。美貌の異性がよい人もあろう。知識的なのが第一な人もあるでしょう。一種の人間としての魅力が、普通考える美点、美徳でない場合も多くあります。私は男にしろ、女の人にし
宮本百合子
異性の友情 宮本百合子 一 異性との間の友情の可能やその美しさなどについてより多くさまざまに思い描くのが常に女性であるということについて、私たちはどう考えたらいいのだろうか。 十五六歳のういういしい情感の上にそのさまざまな姿が描かれるばかりでなく、二十歳をかなり進んだひとたちも三十歳の人妻もあるいは四十歳を越して娘が少女期を脱しかけている年頃の女性たちも、率
宮本百合子
異性の間の友情 宮本百合子 先頃、友情というものについてある人の書かれた文章があった。その中にニイチェの言葉が引用されている。「婦人には余りにも永い間暴君と奴隷とがかくされていた。婦人に友情を営む能力のない所以であって、婦人の知っているのは恋愛だけである」と。その文章の筆者は「婦人についてかく言い得るや否やは、問題であるけれども」とただし書を添えながら、元来
岸田国士
一体、友情といふものは、それ自身甚だ曖昧なもので、同性間の友情でさへ、様々な動機によつて、様々な形態を取るものである。 例へば密接に利害関係によつて結ばれた友情、精神的に何物かを与へ合ふ、所謂肝胆相照す底の友情、共通の思ひ出がなんといふことなしに、「容し容される」気持にさせる友情、等々、数へ上げればいくらもあるだらうが、最も奇怪にして、しかも、甚だその例に乏
正岡容
人生辛酸を幾多経た今日でも私の記憶から喪失することのできないのは、三歳から十四歳までの春秋をおくつた浅草花川戸の家である。祖父、祖母、大叔母、小婢と私の一家五人が、世の中も亦平穏多倖なりし明治末年から大正中世までを何苦労もなく起臥してゐた。五渡亭国貞の絵がいかに婉やかに美しいか、それを教へたのはあの大そう腰の曲つた祖母であつた、児雷也豪傑譚や白縫譚さては万亭
ポーエドガー・アラン
立派な装備で 勇ましい騎士が 日なたに陰に 長旅のさなか 歌いながら 黄金郷を探しゆく。 ところが年老け―― 武者たるこの騎士といえど―― やがて心に影が 射す、どうにも 見当たらぬからだ、 黄金郷なる土地などは。 そして力も とうとう尽きたとき ふと出くわす、さすらう影―― 「影よ」と問う 「どこにあるというのか―― この黄金郷なる地は?」 「月詠の 山々
寺田寅彦
異質触媒作用 寺田寅彦 一 帝展 帝展の洋画部を見ているうちに、これだけの絵に使われている絵具の全体の重量は大変なものであろうと考えた。その中に含まれている Pb と Zn だけでも夥しいものであろうと思われた。こんな事を考えるほどに近頃はこうした展覧会の絵に興味を失ってしまったのである。批評などする気にはなれそうもない。 日本画と西洋画の区別が年と共にいよ
坂口安吾
『異邦人』に就て 坂口安吾 木枯国で捕虜となった一日本人市民が、その地の病院勤務を命ぜられ、雑役夫として働きつつある物語である。 これを事実として見るのは、まったく当らない。記録文学とよばれるものでも、純粋に事実を記録したと思うのはまちがいで、主観というものがすでに事実をゆがめているものだ。 『異邦人』の場合には、記録性というものは影を没して、ハッキリ文学と
豊島与志雄
異邦人の意欲 豊島与志雄 植村諦君の詩集「異邦人」は、近頃読んだもののうちで、感銘深いものの一つだった。 植村君の詩は、詩として上手なものではない。言語の駆使、イメージの喚起など、普通の作詩法的技巧において、苦心の足りない所がないでもない。然し、そういう技巧を超越して、簡明率直に歌っているところに、独特のリズムと清澄統一が獲得されている。殊に嬉しいのは、作者
寺田寅彦
大きな河かと思うような細長い湖水を小蒸気で縦に渡って行った。古い地質時代にヨーロッパの北の半分を蔽っていた氷河が退いて行って、その跡に出来た砂原の窪みに水の溜ったのがこの湖とこれに連なる沢山の湖水だそうである。水は沈鬱に濁っている。変化の少ない周囲の地形の眺めも、到るところの黒い松林の眺めもいずれも沈鬱である。哲学の生れる国の自然にふさわしいと云った人の言葉
槙村浩
わたしらはあなたの国では、正しい詩人は舌をひっこぬかれると聞いたわたしらはなお聞いた―――資本をつなぐ軍部と軍閥の鉄道の上にひっこぬかれた詩人らの舌がわたしらの故郷の海のさん/\たる珊瑚珠のように、串刺しにしてさらされてあるのを 荒らされた珠は、海の青さの海で真紅に燃えていたその一粒々々は揺れ合い折れ重なり、嵐の中で彼自身の地肌を完全に保存したわたしらえの侵
中谷宇吉郎
ロフティングの『ドリトル先生アフリカ行』の中に、名前は忘れたが、アフリカでもめったに見られない珍獣中の珍獣ともいうべき動物の話が出ている。それは頭と尻と両方に首がある動物のことである。眼も口も耳もぜんぶ揃った首が、両方にあるので、一方の口で物を食べながら、いま一方の口でお喋りができる。それで「ものを口に入れながら話をするというような御行儀の悪いことはけっして
国枝史郎
ボーン! 音だ! ピストルの音だ! ……と、そんなように思われた。 で探偵が走って来た。 町は相当賑かであった。 電車が五ツ通っていた。家根は黒く車体は緑で、そうして柱はピンク色であった。車輪が黄金色で車道は青い。だが何うしたというのだろう。客が一人も乗っていないではないか。自動車が九ツ流れていた。その中の一つは貨物自動車で、黄色い荷物をのっけている。 往来
寺田寅彦
疑問と空想 寺田寅彦 一 ほととぎすの鳴き声 信州沓掛駅近くの星野温泉に七月中旬から下旬へかけて滞在していた間に毎日うるさいほどほととぎすの声を聞いた。ほぼ同じ時刻にほぼ同じ方面からほぼ同じ方向に向けて飛びながら鳴くことがしばしばあるような気がした。 その鳴き声は自分の経験した場合ではいわゆる「テッペンカケタカ」を三度くらい繰り返すが通例であった。多くの場合
海野十三
疑問の金塊 海野十三 尾行者 タバコ屋の前まで来ると、私は色硝子の輝く小窓から、チェリーを買った。 一本を口に銜えて、燐寸の火を近づけながら窓硝子の上に注目すると、向いの洋菓子店の明るい飾窓がうつっていた。その飾窓の傍には、二人連の変な男が、肩と肩とを並べて身動きもせず、こっちをジーッと睨んでいるのが見えた。 「何処までも、尾けてくる気だナ」 私はムラムラと
南部修太郎
疑惑 南部修太郎 ――水野敬三より妻の藤子に宛てた手記―― 昨日、宵の内から降り出したしめやかな秋雨が、今日も硝子戸の外にけぶつてゐる。F――川の川音も高い。町を挾んだ丘の斜面の黄ばんだ木の葉の色も急に濃くなつたやうだ。J――峠から海の方へ展がる山坡に沿うて、雨を含んだ灰色の雲が躍るやうに千切れては飛び、飛んでは千切れて行く。海の沖には風が騷いでゐるのかも知
牧野信一
――嘘をつくな、試みに君の手鏡を執りあげて見給へ、君の容色は日増に蒼ざめてゆくではないか、吾等は宇宙の真理のために、そしてまた君が若し芸術に志すならば、芸術のために蒼ざめるべきではないか――。 こんな風な調子の手紙を三枚四枚五枚と書いてゆくうちに夜は白々と明けてきた。サンタ・マリアの暦をはぐと、四月の十二日(一九三三)であつた。 暦の端には、 「聖女ローザ童
宮沢賢治
疑獄元兇 宮沢賢治 とにかく向ふは検事の立場、 今の会釈は悪くない。勲績のある上長として、盛名のある君子として、礼を尽した態度であった。 わたしの方も声音から、動作一般自然であった。或ひはかういふ調子でもって、政治の実といふものを、容易に了解するかも知れん。それならわたしは、畢竟党から撰ばれて、若手検事の腕利きといふ この青年を対告に、社会一般教育のため、こ
新美南吉
兄さんの松吉と、弟の杉作と、年も一つ違ひでしたが、たいへんよく似てゐました。おでこの頭が顔の割に大きく、笑ふと、ひたひに猿のやうにしわがよるところ、走るとき両方の手を開いてしまふところも同じでした。 「二人、ちつとも違はないね。」 とよく人がいひました。さうすると、兄さんの松吉が、口をとがらして、虫くひ歯のかけたところから唾を吹きとばしながら、いふのでした。
田中貢太郎
長谷川時雨女史の実験談であるが、女史が佃島にいた比、令妹の春子さんが腸チブスに罹って離屋の二階に寝ていたので、その枕頭につきっきりで看護していた。 それは夜であったが、その時病人がうなされていた。女史は何の気なしに床の間の方へ眼をやった。そこの床の間の隅に十五六ぐらいの少年がいて、それが腕ぐみしてじっと蹲んでいたが、その髪の毛は焦げあがったようで、顔は細長い
国木田独歩
疲労 国木田独歩 京橋区三十間堀に大来館という宿屋がある、まず上等の部類で客はみな紳士紳商、電話は客用と店用と二種かけているくらいで、年じゅう十二三人から三十人までの客があるとの事。 ある年の五月半ばごろである。帳場にすわっておる番頭の一人が通りがかりの女中を呼んで、 「お清さん、これを大森さんのとこへ持っていって、このかたが先ほど見えましたがお留守だと言っ