芸術座の『軍人礼讃』
岸田国士
芸術座の『軍人礼讃』 岸田國士 脚本について―― 同じショウのものでも、『ウォレン夫人の職業』と『アンドロクレスと獅子』との間には、殆ど一人の作家だけの距りがある。 然し乍ら、その距りはショウが写実主義を作品の根柢に置くか、或はファンテジイを作の基調とするかによつて自ら生ずる二つの傾向であると云へる。 そこで此の『軍人礼讃』であるが、これは写実主義の手法と、
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岸田国士
芸術座の『軍人礼讃』 岸田國士 脚本について―― 同じショウのものでも、『ウォレン夫人の職業』と『アンドロクレスと獅子』との間には、殆ど一人の作家だけの距りがある。 然し乍ら、その距りはショウが写実主義を作品の根柢に置くか、或はファンテジイを作の基調とするかによつて自ら生ずる二つの傾向であると云へる。 そこで此の『軍人礼讃』であるが、これは写実主義の手法と、
宮本百合子
芸術が必要とする科学 宮本百合子 一 去年の八月頃のことであった。三日ばかり極端に暑気のはげしい日がつづいた。日の当らないところに坐っていても汗が体から流れてハンケチなんか忽ち水でしぼったようになった。その時の私の生活状態は特別なもので、その暑中に湯を浴ることもできなければ、櫛で髪をとかすことも自由にはできない有様であったから、大変に疲労した。胸の前で、自分
野村胡堂
捕物作家である私は探偵小説のファンとしての立場から、探偵小説に対する私見を述べてみたいと思う。 探偵小説も芸術である以上――私はそういう前提のもとに話をすすめる――殺人のトリックだけに溺れ、人間性を描くことを忘れ、徒らに技巧のみに走ることは探偵小説にとってまことに危険なことと云わねばならない。 私が、今後の探偵小説に望みたいことは次の三点に要約される。 一、
三上義夫
われらは今この表題を掲げて少しばかり見るところを説きたい。人あるいはいうであろう。数学ないし諸科学と芸術とは全く相反し、その相互の関係はかつて存するところはない。全然無関係なものであろうと。あるいはそうかもしれない。大体においては、そういう傾向もあるであろう。 現にわが国には美術界に竹内栖鳳等を初め多くの有力な巨匠があるが、これらの美術大家が数学なり、他の科
小川未明
書かれている事件が人を驚かすのでない。そのことは、ちょうど私達が活動写真を見るようなものであります。奇怪な事件が重なり合っているような場合であっても見ている時は成程、其れによって、いろ/\なことを想像したりまた感興を惹かれたりしても、一たび外に出て冷やかな空気に触れゝば、つい、今しがた見たことが夢のように、もっと其れよりは淡い印象しか頭に残らないのであります
北大路魯山人
いかなる書を芸術といい、いかなる書を非芸術というか。 少しばかり日頃の一家言といったようなものをお話させていただきます。 今日は私の考えとして文字というものも当然芸術だと思っておるのであります。それについて少し話してみたいと思います。 いわゆる能書というのはよい美を具備しているがゆえに、生命をもって光っているものであります。従って芸術的の生命があるというもの
平野零児
「池谷、佐々木(味津三)、直木など、親しい連中が相次いで死んだ。身辺うたた荒涼たる思いである。 「直木を記念するために、社で直木賞金というようなものを制定し、大衆文芸の新進作家に贈ろうかと思っている」 故菊池寛は、直木の死んだ直後『文芸春秋』四月号(昭和九年)中の「話の屑籠」にこうした思いつきを発表した。 爾来早や、二十五年を経た今日、その制定によって、毎年
津田左右吉
芸術のための芸術と一口にいってしまえば、社会との関係などは初から論にならないかも知れぬ。けれども芸術を人生の表現だとすれば、そうして、人が到底社会的動物であるとすれば、少くとも芸術の内部におのずから社会の反映が現われることは争われまい。芸術の時代的、または国民的特色というのも畢竟ここから生ずるのである。まして、芸術の行われる行われない、発達する発達しないとい
辰野隆
ある日のこと、某国大使館に永年勤務していたしごく実直な男が言うのに、自分も永い間、大使館に出入りする各方面の日本人に接したが、その中でも、ことに勲章を欲しがったり、欲しそうな言動をあえてするのは、いつも美術家に多く、文人に少ない。いったいどういうわけなのだろう、と。 そこで僕は即座に答えて、それは美術家の方が文人よりも、色彩や光沢にははるかに敏感だからだろう
中原中也
一、「これが手だ」と、「手」といふ名辞を口にする前に感じてゐる手、その手が深く感じられてゐればよい。 一、名辞が早く脳裡に浮ぶといふことは尠くも芸術家にとつては不幸だ。名辞が早く浮ぶといふことは、やはり「かせがねばならぬ」といふ、人間の二次的意識に属する。「かせがねばならぬ」といふ意識は芸術と永遠に交らない、つまり互ひに弾き合ふ所のことだ。 一、そんなわけか
岸田国士
芸術賞 岸田國士 国民文芸会が昨年度の演劇賞金を土方与志君に贈つたことは正に当を得た措置である。 土方君は高の知れた賞金ぐらゐを貰つたところで何にもなるまいが、かういふことは、もつと世間が問題にしてもいゝ。いろいろの弊害が伴ひ易い制度ながら、兎も角も芸術と社会との接触は、こんな年中行事からでも助長せられるものである。芸術家の私行を云々する興味よりも、一段の光
岸田国士
芸術と金銭 岸田國士 芸術によつて「名」のみを得たものが一番多い。 「恋」を得たものも少くない。 「富」を得たものは、数へるほどしかない。 自分の作品を「金」に代へることは、一つの方便である。芸術的制作品が、他の商品の如く、需要供給の法則に従つて、それ自身一つの価格を生じるといふのは社会的錯覚である。故に、機会さへあれば、芸術家は、その労力の報酬としてゞなく
正宗白鳥
今秋ペンクラブの世界的大会が日本で開催されるのである。それについて、私は昔の微々たるペンクラブ発生の頃を思出した。私は島崎藤村逝去後にペンクラブの会長に推薦され、終戦まで一年ばかりその名誉ある地位に身を置いていたのである。私が会長になるなんて可笑しな事なんだが、確かに会長であった。会員中の有力者が会合のたびに会の運転について意見を述べて、私は殆ど盲従していた
小川未明
平和を目的にして、武器が製造せられ、軍備がなされるならば、其の事が既に、目的に対する矛盾であることは、華府会議の第一日にヒューズが言った通りであります。 私達は、黒人に対する米人の態度を見、また印度の殖民地に於ける英人の政策を熟視して、彼等が真に人類を愛する信念の何れ程迄に真実であるかを疑わなければならないが、そして、このたびの軍備縮小などというが如き、其の
坂口安吾
芸道地に堕つ 坂口安吾 近頃は劇も映画も一夜づくりの安物ばかりで、さながら文化は夜の街の暗さと共に明治時代へ逆戻りだ。蚊取線香は蚊が落ちぬ。きかない売薬。火のつかぬマッチ。然し、之は商人のやること。芸は違う。芸人にはカタギがあって、権門富貴も屈する能わず、芸道一途の良心に生きるが故に、芸をも自らをも高くした。芸は蚊取線香と違う。 けれども昨今の日本文化は全く
小川未明
チューリップは、土の中で、お母さんから、世の中に出てからの、いろいろのおもしろい話をきいて、早く芽を出したいものと思っていました。 「ちょうちょうは、どんなに、美しいの?」と、お母さんにたずねたりしました。 「そんなに、いそいではいけません。いい時分になったら、お母さんがいってあげます。それまでは、おとなしくして、待っておいでなさい。」と、お母さんは、さとさ
小川未明
泉は、自分のかいこが、ぐんぐん大きくなるのを自慢していました。にやりにやり、と笑いながら、話を聞いていた戸田は、自分のもそれくらいになったと思っているので、おどろきはしなかったが、誠一は、ひとり感心していました。お母さんが、きらいでなければ、自分もかいこを飼いたいのです。なんでお母さんは、あんな虫が怖いのだろう。お母さんや、妹が、かわいい顔をしているかいこを
島崎藤村
芽生 芽生 島崎藤村 浅間の麓(ふもと)へも春が近づいた。いよいよ私は住慣れた土地を離れて、山を下りることに決心した。 七年の間、私は田舎(いなか)教師として小諸(こもろ)に留まって、山の生活を眺(なが)め暮した。私が通っていた学校は貧乏で、町や郡からの補助費にも限りがあったから、随(したが)って受ける俸給も少く、家を支(ささ)えるに骨が折れた。そのかわり、
新美南吉
苔人形は つくられた、 木の実や苔や 白樺で。 ランプのかげに つくられた、 シベリア樅の 森のかげ。 いろんな顔に ゑがかれた、 ほだの消えてく 寒い夜に。 こつこつこつと けづられた、 木こりや娘や 妻たちに。 赤いシヤツポも つけられた、 春に売られて 行くやうに。 コペイカ銅貨に なるように。 そして貧しい 森かげの きこりが暮して 行くように。 苔
牧野信一
ある時は―― 苔のない心 うれしい心 くもつた心――悲しい心。 * 「つまらないの?」と、光子は自分が余り熱心に舞台に気を取られてゐるので、此方に気の毒な気がしたのだらう、軽い笑顔を作つて、突然此方を振り向いて云つた。自分は居睡りの真似をしてゐた。若し光子がその時――もう一秒間その儘の笑顔を保つてゐたら、自分は屹度「つまらなかないよ。」と悦びさへ感じて、義理
スティーブンソンロバート・ルイス
サイモン・ロールズ師は倫理學でも名の聞こえた人だつたが、神學の研究でも竝々ならぬ練達の士であつた。彼の「社會的の義務に關する基督教義に就て」と題する論文は、それが出版された當時、牛津大學で相當な評判となつたものであつた。また僧侶や學者の仲間では、若いロールズ氏が教父の權能に關する大著述――それは二折本になるといふ事だつた――を考へてゐるといふ事も一般に知られ
小川未明
主義を異にし、主張を異にしている作家は、各自の天分ある主観によって人生を異った方面から解釈している。材料を異った方面から採って来ている。或主義と或主義と相容れないのは、人生に対する解釈が異い、観方が異うからである。或る作家は社会に生起する特殊の材料を取り扱い、或る作家は、永久に不変の自然を材料に取扱っている。畢竟、作家得意の観察から入り、深く人生に触れんとす
萩原朔太郎
この列をなす少女らのため、 うるはしき都會の窓ぞひらかるる、 みよいまし遠望の海は鳴りいで、 なめいしを皿はすべりて、 さかづきは歩道にこぼれふんすゐす。 こはよき朝のめざめなり、 をとめらのさんたまりやの祈祷なり、 みな少女、 素足あしなみそろへ行く手に、 ちよこれいと銀紙に卷かれ、 くだものは竝木の柵に飾られぬ。 ああ、いづこぞ夢の序樂のぽろねえず、 會
折口信夫
歌舞妓びとも、殆完全に交替してしまつた。若手と言はれる人たちの輝き出したのは、同慶である。その輝きは、其人たちの遥か背後から照すものが多い。世間は、其為に見に行くのである。かう言つても、役者を軽んじるのではない。悲観するのも早計だし、自負するのも考へが足らぬ。今の役者自身の力だけではないと言ふことだ。 ○ 最近見て来た演舞場の舞台を例にとつて話して行くのが便