蚤
斎藤茂吉
蚤 斎藤茂吉 蚤という昆虫は夏分になると至るところに居るが、安眠を妨害して、困りものである。 生れ故郷の村にも蚤は沢山いたが、東京という大都会には蚤なんか居ないだろうと想像して、さて東京に来てみると、東京にも蚤が沢山いた。 それは明治二十九年時分の話で、僕は浅草の三筋町に住んでいた。その家(浅草医院といった)の診察室に絨緞が敷いてあったが、その絨緞を一寸めく
公共领域世界知识图书馆
斎藤茂吉
蚤 斎藤茂吉 蚤という昆虫は夏分になると至るところに居るが、安眠を妨害して、困りものである。 生れ故郷の村にも蚤は沢山いたが、東京という大都会には蚤なんか居ないだろうと想像して、さて東京に来てみると、東京にも蚤が沢山いた。 それは明治二十九年時分の話で、僕は浅草の三筋町に住んでいた。その家(浅草医院といった)の診察室に絨緞が敷いてあったが、その絨緞を一寸めく
寺田寅彦
虫の中でも人間に評判のよくないものの随一は蛆である。「蛆虫めら」というのは最高度の軽侮を意味するエピセットである。これはかれらが腐肉や糞堆をその定住の楽土としているからであろう。形態的には蜂の子やまた蚕とも、それほどひどくちがって特別に先験的に憎むべく、いやしむべき素質を具備しているわけではないのである。それどころか、かれらが人間から軽侮される生活そのものが
宮原晃一郎
蛇いちご 宮原晃一郎 林の中に行つてみると、紅のいろをした美しい蛇いちごが生つてをります。 「蛇いちごを食べてはいけないよ。あれは毒ですからね。あれを食べると、体は溶けて水になつてしまひますよ。」 お母さん達はかう子供に教へます。恐しい毒な蛇いちご、みかけは大変美しくて、人の体をとかしてしまふ蛇いちご。本当にさうなんでせうか? 私は知りません。けれどもこんな
鈴木三重吉
蛇つかひ 鈴木三重吉 インドだのエジプトだのといふやうな熱帯地方へいきますと、蛇使と言つて蛇にいろ/\のことをさせて見せる、わたり歩きの見世物師がゐます。たいてい五六人で組をつくつて、ありとあらゆるさま/″\の蛇のはいつた、籠や袋や箱をかついで、町から町へとめぐつて歩き、人どほりのおほい広場や空地で、人をあつめて見せるのです。人がいゝかげんにあつまりますと、
田中貢太郎
紀の国の三輪が崎に大宅竹助と云うものがあって、海郎どもあまた養い、鰭の広物、狭き物を尽して漁り、家豊に暮していたが、三人の小供があって、上の男の子は、父に代って家を治め、次は女の子で大和の方へ嫁入し、三番目は又男の子で、それは豊雄と云って物優しい生れであった。常に都風たる事を好んで、過活心がないので、家の者は学者か僧侶かにするつもりで、新宮の神奴安部弓麿の許
田中貢太郎
蛇怨 田中貢太郎 高知県高岡郡の奥の越知と云う山村に、樽の滝と云う数十丈の大瀑がある。それは村の南に当る山腹にある瀑で、その北になったかなりの渓谷を距てた処には安徳天皇の御陵伝説地として有名な横倉と云う山がある。初夏の比その横倉山から眺めると、瀑は半ば以上を新緑の上に見せて、その銀色の大樽を倒しまにしたような水が鼕々として落ちているので、土地の人は大樽と呼ん
萩原朔太郎
實は成りぬ 草葉かげ 小やかに 赤うして 名も知らぬ 實は成りぬ 大空みれば 日は遠しや 輝輝たる夏の午さがり 野路に隱れて 唱ふもの 魔よ 名を蛇と呼ばれて 拗者の 呪ひ歌 節なれぬ 野に生ひて 光なき身の 運命悲しや 世を逆に 感じては のろはれし 夏の日を 妖艷の 蠱物と 接吻交す蛇苺 ●図書カード
上村松園
螢 上村松園 この図を描くに至つた動機と云ふやうな事もありませんが曾て妾は一茶の句であつたか蕪村の句であつたか、それはよく覚えませんが、蚊帳の句を読んで面白いと思つて居りました。併しそれを別に画にして見たいと云ふ程の考へもなく過ぎました。 夏の頃フト蚊帳の記憶を喚び起して、蚊帳に螢を配したならば面白かろうと思ひ付いたのが此画を製作するに至りました径路でした。
萩原朔太郎
ああきみは情慾のにほふ月ぐさ、 われははた憂愁の瀬川の螢、 いきづかふ舟ばたの光をみれば、 ゆふぐれのおめがの瞳にて、 たれかまたあるはをしらむ、 さざなみさやぎ、 くちびるはそらをながるる。 ●図書カード
織田作之助
登勢は一人娘である。弟や妹のないのが寂しく、生んでくださいとせがんでも、そのたび母の耳を赧くさせながら、何年かたち十四歳に母は五十一で思いがけず姙った。母はまた赧くなり、そして女の子を生んだがその代り母はとられた。すぐ乳母を雇い入れたところ、おりから乳母はかぜけがあり、それがうつったのか赤児は生れて十日目に死んだ。父親は傷心のあまりそれから半年たたぬうちにな
牧野信一
「今夜こそ書きませう。……えゝと何から先に書かうかしら? ……候文も古くさいし、言文一致ではだら/\するし……」 光子さんは、紙をひろげてペンを執りましたが、何から先へ書いたらいゝか? と思ふと、迷はずには居られませんでした。一年程前に別れた春子さんに、今夜こそ手紙を書かなければならないと思つてゐるのです。それはもう、四日も五日も六日も前から始終光子さんの心
野口雨情
童謡は、童心から生れる言葉の音楽であります。童心から生れる言葉の音楽が、芸術的価値があつたならば、童謡と言ふことが出来ます。 又、童謡は、童心から発した自然詩であると言ふことも出来ます。童心から発した自然詩は、純真不の芸術であります。純真不の芸術が歌謡であつたとき童謡となるのであります。 童謡は、童心より生発する言葉の音楽であり、自然詩でありますから、表現は
萩原朔太郎
愛妹のえりくびから一疋、 瘋癲病院の窓から一疋、 血えんのつかあなから一疋、 いえすの素足から一疋、 魚の背筋から一疋、 殺人者の心臟から一疋、 おれの磨いた手から一疋、 遠い夜の世界で螢を一疋。 ●図書カード
林芙美子
蛙 林芙美子 暗い晩で風が吹いてゐました。より江はふと机から頭をもちあげて硝子戸へ顔をくつゝけてみました。暗くて、ざは/\木がゆれてゐるきりで、何だか淋しい晩でした。ときどき西の空で白いやうな稲光りがしてゐます。こんなに暗い晩は、きつとお月様が御病気なのだらうと、より江は兄さんのゐる店の間へ行つてみました。兄さんは帳場の机で宿題の絵を描いてゐました。 「まだ
林芙美子
蛙 林芙美子 暗い晩で風が吹いていました。より江はふと机から頭をもちあげて硝子戸へ顔をくっつけてみました。暗くて、ざわざわ木がゆれているきりで、何だか淋しい晩でした。ときどき西の空で白いような稲光りがしています。こんなに暗い晩は、きっとお月様が御病気なのだろうと、より江は兄さんのいる店の間へ行ってみました。兄さんは帳場の机で宿題の絵を描いていました。 「まだ
久生十蘭
むぐらをわけて行くと、むやみに赤蛙がとびだす。ふとフランスで食べた蛙料理を思ひだした。 牛酪焼の蛙の脚をつまんで歯でしごくと、小鳥よりもやはらかでなんともいへぬ香気が口の中にひろがる。 「おい、蛙のソーテは乙だつたな」といふと、並んで歩いてゐた石田が、 「おれもそれを考へてゐたところだ。こいつを忘れてゐたのは醜態だよ。おい、やらう」 「やつてもいゝが、皮を剥
宮沢賢治
蛙のゴム靴 宮沢賢治 松の木や楢の木の林の下を、深い堰が流れて居りました。岸には茨やつゆ草やたでが一杯にしげり、そのつゆくさの十本ばかり集った下のあたりに、カン蛙のうちがありました。 それから、林の中の楢の木の下に、ブン蛙のうちがありました。 林の向ふのすゝきのかげには、ベン蛙のうちがありました。 三疋は年も同じなら大きさも大てい同じ、どれも負けず劣らず生意
宮沢賢治
蛙のゴム靴 宮沢賢治 松の木や楢の木の林の下を、深い堰が流れて居りました。岸には茨やつゆ草やたでが一杯にしげり、そのつゆくさの十本ばかり集った下のあたりに、カン蛙のうちがありました。 それから、林の中の楢の木の下にブン蛙のうちがありました。 林の向うのすすきのかげには、ベン蛙のうちがありました。 三疋は年も同じなら大きさも大てい同じ、どれも負けず劣らず生意気
佐藤垢石
大きな山蜘蛛が、激しい溪流を、斜めに渡る姿を見た瞬間、水面にガバと音を立てて白泡の渦巻を残し、忽として蜘蛛が消え去る事がある。 水底に蟠踞する岩蔭から、岩魚が跳り出して喰ったのである。岩魚は、餌に対して驚く程勇敢である。そして何でも食う。 黄金虫、蜂、蜻蛉、蝉、蜘蛛、蝗、芋虫、ミミズ、蝶、何でも選り嫌いはない。 北アルプスの上高地梓川の上流は、近年岩魚の数が
寺田寅彦
何年頃であったか忘れてしまったが、先生の千駄木時代に、晩春のある日、一緒に音楽学校の演奏会に行った帰りに、上野の森をブラブラあるいて帰った。 その日の曲目の内に管弦楽で蛙の鳴声を真似するのがあった、それはよほど滑稽味を帯びたものであった。先生はあるきながら、その蛙の声を真似して一人で面白がってはさもくすぐったいように笑っておられた。 それから神田の宝亭で、先
中谷宇吉郎
蛸壺やはかなき夢を夏の月 この句は先験的連想の世界に人を羽化登仙させる句であると自分には思われる。夏の海に潜って、水底で眼を開いて蒼白い水面を下から仰いだ時の色が、この句の基調をなしているように感ぜられる。 この句のすぐ前に 須磨寺や吹かぬ笛きく木下闇 というのがあることを最近知った。先験的の世界への芭蕉の眼がだんだん開けて行く様子はこの二つの句を並べてみる
豊島与志雄
蛸の如きもの 豊島与志雄 ――大いなる蛸の如きもの、わが眼に見ゆ。 八本の足をすぼめて立ち、入道頭をふり立て、眼玉をぎょろつかせて、ふらりふらり、ゆらりゆらりと、踊り廻り、その数、十、二十、或るいは三十、音楽のリズムの緩急には殆んど無関係に、淡い赤色の照明の中を、ふらりゆらり、くっついたり離れたり、踊り歩き、音楽が止むと、狭いホールの四方に散り、足をひろげて
田中貢太郎
二十歳前後のメリヤスの半シヤツの上に毛糸の胴巻をした若衆がよろよろと立ちあがつて、片手を打ち振るやうにして、 「これから、浪花節をやりまアす、皆さん聞いておくんなさい、」 そして隣のテーブルへ行つて、其所に置いてあつた白い扇を取つて、テーブルの上をバタバタと敲き出した。そのテーブルには会社員らしい洋服を着た男が、前に腰をかけた二人の連と一緒に酒を飲んでゐた。
牧野信一
ひとりのスパルタの旅人が述べてゐた。 「わたしの国では凡ての人が、若しも乱酔者を発見した場合には直ちに彼を捕縛して厳罰に処し、鉄窓のもとにつなぐべき権利を附与されてゐる。更に法律は、犯人に如何なる口実があらうとも裁判に問ふべき余地をも許さず、従令それがデイオニソス酒神の祝祭日であらうとも断じて彼を釈放せしめなかつた。」――と。 僕は、まことに極りもなく野卑で