Vol. 2May 2026

图书

公共领域世界知识图书馆

14,981종 중 12,936종 표시

謡曲と画題

上村松園

謡曲と画題 上村松園 下手の横好きと言いますか、私は趣味のうちでは謡曲を第一としています。 ずっと以前から金剛巌先生について習っていますが今もって上達しません。べつだん上手になろうともしないせいか、十年一日のごとく同じ下手さをつづけている次第です。 謡曲をやっていますと身も心も涼風に洗われたように清浄になってゆく自分を感じるのであります。 謡曲にもちゃんとし

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警察を凹ませた話

中谷宇吉郎

明治の日本の小咄に、こんなのがある。 錢湯から出て來た男が、月を仰ぎながらいい氣持で立小便をしていた。そこをお巡さんに見つかって「おい、こら、何をしてるか」と咎められた。その男は慌てて「へい、手拭をしぼっていました」といった。そしたらそのお巡りさんが「なるべく家へ歸ってからしぼった方がいいな」といった、というのである。 それと反對の話もある。これは或る執念深

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警察官職務執行法

日本国

警察官職務執行法 警察官職務執行法 (昭和二三年七月一二日 法律一三六号) 施行、昭和二三年七月一二日 改正、昭和二九年―法一六三 (この法律の目的) 第一条 この法律は、警察官が警察法(昭和二十九年法律第百六十二号)に規定する個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定めること

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警察署長

田中貢太郎

ニコリフスクに恐ろしい殺戮の起った時分のことであった。そのニコリフスクから五六里離れた村に過激派のクラネクと云う警察署長がいた。 彼はある日事務室にいて己が某命をふくめて外へやった部下の帰って来るのを待っていた。それは浦塩から来て雑貨商を営んでいるローゼンと云う男の女のことを探らしにやったところであった。暖かな春の陽が硝子戸からさして睡いような日であった。彼

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警戒 C・Mに

富永太郎

酔ひ痴れて、母君の知り給はぬ女の胸にあるとき、「*ここにわが働かざりし双手あり」の句を君の耳もとにさゝやき、卒然と君の眼の中に、母君の白き髪と額の皺とを呼び入れるものは何であるか。心せよ、これこそ、世界の構成の最下層から突き出でて、君の心臓の内壁にまで達する、かのへらへらとした気味あしき触手の、節奏なき運動の効果なのである。人はこの触手の存在に気付くことがあ

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警戒すべき日本

押川春浪

▲現時の日本は、安心すべき日本に非ず、警戒すべき日本なり。逸楽を夢想すべき時代に非ず。起つて戦ふべき時代なり。諸君は世界の大勢を見ずや。欧米列国を実利主義一点張の如くに思惟せし時代は既に過去つたり。彼等は富力を過度に尊重すること依然たりと雖も、同時に英雄主義を忘るゝ者にあらざる也。今や世界の形勢は、恰も文明的戦国時代の観ある時に当り意気剛壮の士は起つて叫ぶ、

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議会の印象

寺田寅彦

議会の印象 寺田寅彦 去年の十月だったか、十一月だったか、それさえどうしても思い出せない程にぼんやりした薄暗がりの記憶の中から、やっと手捜りに拾い出した、きれぎれの印象を書くのであるから、これを事実と云えば、ある意味では、やはり一種の事実であるが、またある意味では、いつか見た事のある悪夢の記録と同じ種類のものであって、決して厳密な意味の事実ではない。 ある朝

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議会見物

佐藤垢石

議会見物 佐藤垢石 上 議会中、一日くらいは傍聴席へはいってみるのも国民のつとめであろう。と考えるのだが、物臭ものにはなかなか思った通りにはゆかない。三年に一度か、五年に一度くらいしか、その機会をもたないできた。 でも、昨年の一月の議会返り初日には、二十年前の満鉄事件のとき、顧みて恥なき徒、という名文句を吐いた平沼騏一郎が、総理大臣として施政演説をやるちうこ

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オリンピック讃歌

パロマコスティス

大空と大地に 清気あふれて 不滅の栄光に輝く 高貴と真実と 美をば造りし 古代の神霊を崇めよ すべての競技に ふるいたてよ みどりの枝の栄冠を めざしてここに 闘う者に 鉄のごとき力と 新たなる精神とを あたえよ 野山も海原も いまこそきらめく 真紅と純白の神殿に 世界の国民 四方の国より 聖なる園に 集いきたるは 古き昔の 永遠なる精神の 御前にひれふすた

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オリンピック讃歌について

野上彰

「健康な身体に健全な精神が宿る」というギリシヤの有名なことわざがある。その古代の智恵は深い真実をもって、われわれにうけつがれている。 このオリンピック讃歌はこの精神を一に伝える古代の神々への讃め歌なのである。 数多くのオリンピックが世界各地で開かれるたびに数多くのオリンピックの歌が作られながら、この第一回・オリンピックの讃歌がそのすべてを超えて、世界の人びと

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宮沢賢治

谷 宮沢賢治 楢渡のとこの崖はまっ赤でした。 それにひどく深くて急でしたからのぞいて見ると全くくるくるするのでした。 谷底には水もなんにもなくてただ青い梢と白樺などの幹が短く見えるだけでした。 向う側もやっぱりこっち側と同じようでその毒々しく赤い崖には横に五本の灰いろの太い線が入っていました。ぎざぎざになって赤い土から喰み出していたのです。それは昔山の方から

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宮沢賢治

谷 宮沢賢治 楢渡のとこの崖はまっ赤でした。 それにひどく深くて急でしたからのぞいて見ると全くくるくるするのでした。 谷底には水もなんにもなくてたゞ青い梢と白樺などの幹が短く見えるだけでした。 向ふ側もやっぱりこっち側と同じやうでその毒々しく赤い崖には横に五本の灰いろの太い線が入ってゐました。ぎざぎざになって赤い土から喰み出してゐたのです。それは昔山の方から

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谷丹三の静かな小説 ――あはせて・人生は甘美であるといふ話――

坂口安吾

私は祖国日本にいささか退屈を感じてゐる。とはいへ、日本人であることを如何ともなしがたい私にとつて、これは憂鬱な出来事である。いはば、私は私自身に退屈してゐるに違ひないといふ因果なふしあはせを自白しなければならないのである。 私はシニスムがきらひである。 人に自慰的な優越を与へる点に於てはシニスムほど強力なものはないかもしれない。シニスムを生活の武器とする限り

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谷合の碧い空

田山花袋

静かに金剛不壊といふことを思ふ。既に金剛不壊である。生死なく、暑寒なく、煩悩なしである。しかしそは生死なく暑寒なく煩悩なしを言ふことではない。又、生も可なり死も可なり暑寒煩悩も亦可なりと言ふことでもない。生の喜び、死の苦みは十分に受けることが必要である。また寒い暑いも人よりも一倍敏感に感じなければならない。唯考へなければならないことは、生死暑寒煩悩といふこと

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谷にうたう女

小川未明

くりの木のこずえに残った一ひらの葉が、北の海を見ながら、さびしい歌をうたっていました。 おきぬは、四つになる長吉をつれて、山の畑へ大根を抜きにまいりました。やがて、冬がくるのです。白髪のおばあさんが、糸をつむいでいるように、空では、雲が切れたり、またつながったりしていました。 下の黒土には、黄ばんだ大根の葉が、きれいに頭を並べていました。おきぬは子供がかぜぎ

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谷より峰へ峰より谷へ

小島烏水

谷より峰へ峰より谷へ 小島烏水 穂高岳より槍ヶ岳まで岩壁伝いの日誌(明治四十四年七月) 二十日 松本市より島々まで馬車、島々谷を溯り、徳本峠を踰え、上高地温泉に一泊。二十一日 穂高岳を北口より登り、穂高岳と岳川岳(西穂高岳)の切れ目より、南行して御幣岳(南穂高岳または明神岳)の一角に達し、引き返して奥穂高岳に登り、横尾の涸沢に下り、石小舎に一泊。二十二日 石

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谷崎文学の代表作「細雪」

佐藤春夫

谷崎文学の特長はゆつたりとしたゆたかな風格の重厚なところにある。さながらに坦々たる都大路を行くやうなとでも云はうか。この特長は初期の作品にもよくあらはれてゐたが、その大成の姿を示したものがこの細雪ではあるまいか。その重厚に大らかなものに更にきめのこまかさを加へて、まことにめでたいものである。 これは源氏物語の現代訳を試みたことによつて、本来の好い素質のうへに

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谷崎潤一郎氏の作品

永井荷風

明治現代の文壇に於て今日まで誰一人手を下す事の出来なかつた、或は手を下さうともしなかつた芸術の一方面を開拓した成功者は谷崎潤一郎氏である。語を代へて云へば谷崎潤一郎氏は現代の群作家が誰一人持つてゐない特種の素質と技能とを完全に具備してゐる作家なのである。 自分は氏の作品を論評する光栄を担ふに当つて、今日までに発表された氏の作品中殊に注目すべきものを列記して置

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谷間のしじゅうから

小川未明

春のころ、一度この谷間を訪れたことのあるしじゅうからは、やがて涼風のたとうとする今日、谷川の岸にあった同じ石の上に降りて、なつかしそうに、あたりの景色をながめていたのであります。 小鳥たちにとって、この二、三か月の間は、かなり長い間のことでありました。そのときは、やっと雪の消えたばかりで、見るものがすべて希望に燃え立っていきいきとしていました。しじゅうからは

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谷間からの手紙

林芙美子

谷間からの手紙 林芙美子 第一信 まるで、それは登山列車へでも乗つてゐるやうでありました。トンネルを抜けるたび、雲の流れが眼に近くなつて、泣いたあとの淋しさを感じてゐます。 「貴女のいらつしやる町はあれなンでせうね」 さう言つて、東京から一緒だつた兵隊さんが、谷間に見える小さい部落を指さします。まるで、子供の頃見たパノラマのやうに、森や、寺や、川や、学校がチ

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ごみだらけの豆

小川未明

地震のありました、すぐ後のことであります。町には、米や、豆や、麦などがなくなりました。それで、人々は、争って、すこしでも残っているのを買おうとしました。 ある乾物屋では、こんなときにこそ、小舎をそうじして、平常落ちている豆や、小豆などを拾い集めて、売ってしまわなければならぬと思ったのです。主人や女房は、小舎の中をはいて、きれいに、落ちている豆や、小豆を一とこ

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ピタゴラスと豆

寺田寅彦

ピタゴラスと豆 寺田寅彦 幾何学を教わった人は誰でもピタゴラスの定理というものの名前ぐらいは覚えているであろう。直角三角形の一番長い辺の上に乗っけた枡形の面積が他の二つの辺の上に作った二つの枡形の面積の和に等しいというのである。オルダス・ハクスレーの短篇『若きアルキメデス』には百姓の子のギドーが木片の燃えさしで鋪道の石の上に図形を描いてこの定理の証明をやって

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豆小僧の冒険

宮原晃一郎

豆小僧の冒険 宮原晃一郎 一 昔、或る大きな山の麓に小さなお寺がありました。小さな和尚さんと、小さな小僧とたつた二人さみしくそこに暮してをりました。 お寺のそばには小さな村がありました。小さな村の人たちは、小さなお寺と、小さな和尚さんと、小さな小僧とのことを、豆寺の豆和尚さんと豆小僧とよんでゐました。 小さなお寺ですから用事も沢山はありません。毎朝仏様にお勤

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ジャックと豆の木

楠山正雄

ジャックと豆の木 楠山正雄 一 むかしむかし、イギリスの大昔、アルフレッド大王の御代のことでございます。ロンドンの都からとおくはなれたいなかのこやに、やもめの女のひとが、ちいさいむすこのジャックをあいてに、さびしくくらしていました。かけがえのないひとりむすこですし、それに、ずいぶんのんきで、ずぼらで、なまけものでしたが、ほんとうは気だてのやさしい子でしたから

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