銀河の下の町
小川未明
信吉は、学校から帰ると、野菜に水をやったり、虫を駆除したりして、農村の繁忙期には、よく家の手助けをしたのですが、今年は、晩霜のために、山間の地方は、くわの葉がまったく傷められたというので、遠くからこの辺にまで、くわの葉を買い入れにきているのであります。米の不作のときは、米の価が騰がるように、くわの葉の価が騰がって、広いくわ圃を所有している、信吉の叔父さんは、
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小川未明
信吉は、学校から帰ると、野菜に水をやったり、虫を駆除したりして、農村の繁忙期には、よく家の手助けをしたのですが、今年は、晩霜のために、山間の地方は、くわの葉がまったく傷められたというので、遠くからこの辺にまで、くわの葉を買い入れにきているのであります。米の不作のときは、米の価が騰がるように、くわの葉の価が騰がって、広いくわ圃を所有している、信吉の叔父さんは、
小泉八雲
日本で古くから祝われてきた魅力的な祭りはいろいろあるが、なかでも最もロマンチックなのはタナバタサマのお祭りである。けれど、今では大きな都会ではほとんど見かけなくなっている。げんに東京ではもうほとんど忘れ去られた有様である。それでも、地方や首都近郊の村に行けば今でも小規模ながら行われている。もし(旧暦)の七月の七日に、地方の古そうな町や村を訪ずれる機会があった
宮沢賢治
「ではみなさん、さういふふうに川だと云はれたり、乳の流れたあとだと云はれたりしてゐた、このぼんやりと白いものが何かご承知ですか。」 先生は、黒板に吊した大きな黒い星座の圖の、上から下へ白くけぶつた銀河帶のやうなところを指しながら、みんなに問ひをかけました。 カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジヨバンニも手をあげようとして、急いでその
宮沢賢治
「ではみなさんは、そういうふうに川だと言われたり、乳の流れたあとだと言われたりしていた、このぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか」先生は、黒板につるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指しながら、みんなに問いをかけました。 カムパネルラが手をあげました。それから四、五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして
宮沢賢治
「ではみなさんは、さういふふうに川だと云はれたり、乳の流れたあとだと云はれたりしてゐたこのぼんやりと白いものがほんたうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のやうなところを指しながら、みんなに問をかけました。 カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげやうとして、急い
宮沢賢治
〔ここまで原稿なし〕 そして青い橄※の森が見えない天の川の向ふにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまひそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひゞきや風の音にすり耗らされて聞えないやうになりました。 「あの森琴の宿でせう。あたしきっとあの森の中に立派なお姫さまが立って竪琴を鳴らしてゐらっしゃると思ふわ、お附きの腰元や何かが青い孔雀の羽でう
豊島与志雄
銀の笛と金の毛皮 豊島与志雄 一 むかし、あるところに、エキモスという羊飼いの少年がいました。父も母もないみなし児で、毎日、羊のむれの番をしてくらしていました。 青々とした野原に、羊たちはたのしくあそんでいます。野の花のあいだに、うつくしい蝶がとびまわっています。木立のなかや空たかくに、いろんな鳥がさえずっています。日がうららかにてっています。 エキモスは草
小川未明
田舎に住んでいる人々は、遠い都のことをいろいろに想像するのでした。そして、ぜひ一度いってみたいと、思わないものはないのであります。 「ああ私も、足・腰のじょうぶなうちに、東京見物をしてきたいものだが、なかなかそう思ってもいざ出かけるということは、できないものだ。」と、おじいさんは、いいました。 「おじいさん、また、秋になると忙しくなりますが、いまは、ちょうど
国枝史郎
銅銭会事変 国枝史郎 女から切り出された別れ話 天明六年のことであった。老中筆頭は田沼主殿頭、横暴をきわめたものであった。時世は全く廃頽期に属し、下剋上の悪風潮が、あらゆる階級を毒していた。賄賂請託が横行し、物価が非常に高かった。武士も町人も奢侈に耽った。初鰹一尾に一両を投じた。上野山下、浅草境内、両国広小路、芝の久保町、こういう盛り場が繁昌した。吉原、品川
野村胡堂
昭和六年のある春の日の午後のことである、かねて顔見知りで、同じ鎌倉に住んでいる菅忠雄君が、その当時報知新聞記者であった私を訪ねて来て、二階の応接間でこう話したのである。 「今度オール読物を月刊雑誌にすることになったが、その初号から岡本綺堂さんの捕物帳のようなものを連載したいと思うがどうだろう、君にそんなものは書けないか」というのである。岡本綺堂さんは『修禅寺
野村胡堂
「平次、折入っての頼みだ、引受けてくれるか」 「ヘエ――」 銭形の平次は、相手の真意を測り兼ねて、そっと顔を上げました。二十四五の苦み走った好い男、藍微塵の狭い袷に膝小僧を押し隠して、弥蔵に馴れた手をソッと前に揃えます。 「一つ間違えば、御奉行朝倉石見守様は申すに及ばず、御老中方にとっても腹切り道具だ。押付けがましいが平次、命を投げ出すつもりでやってみてはく
野村胡堂
「平次、折入つての頼みだ。引受けてくれるか」 「へエ――」 錢形の平次は、相手の眞意を測り兼ねて、そつと顏を上げました。二十四、五の苦み走つた好い男、藍微塵の狹い袷が膝小僧を押し隱して、彌造に馴れた手をソツと前に揃へます。 「一つ間違へば、御奉行朝倉石見守樣は申すに及ばず、御老中方に取つても腹切り道具だ。押付けがましいが平次、命を投げ出すつもりでやつて見ては
野村胡堂
両国に小屋を掛けて、江戸開府以来最初の軽業というものを見せた振袖源太、前髪立ちの素晴らしい美貌と、水際立った鮮やかな芸当に、すっかり江戸っ子の人気を掴んでしまいました。 あまりの評判に釣られるともなく、半日の春を小屋の中の空気に浸った、捕物の名人で「銭形」と異名を取った御用聞の平次、夕景から界隈の小料理屋で一杯引っかけて、両国橋の上にかかったのはもう宵の口。
野村胡堂
兩國に小屋を掛けて、江戸開府以來最初の輕業といふものを見せた振袖源太。前髮立の素晴らしい美貌と、水際立つた鮮やかな藝當に、すつかり江戸ツ子の人氣を掴んでしまひました。 あまりの評判に釣られるともなく、半日の春を小屋の中の空氣に浸つた、捕物の名人で『錢形』と異名を取つた御用聞きの平次。夕景から界隈の小料理屋で一杯引つかけて、兩國橋の上にかゝつたのはもう宵の口。
野村胡堂
人間業では盜めさうもない物を盜んで、遲くとも三日以内には、元の持主に返すといふ不思議な盜賊が、江戸中を疾風の如く荒し廻りました。 「平次、御奉行朝倉石見守樣から嚴い御達しだ、――近頃府内を騷がす盜賊、盜んだ品を返せば罪はないやうなものではあるが、あまりと言へばお上の御威光を蔑しろにする仕打だ。明日とも言はず、からめ取つて來い――と仰しやる、何とか良い工夫はあ
野村胡堂
人間業では盗めそうもない物を盗んで、遅くとも三日以内には、元の持主に返すという不思議な盗賊が、江戸中を疾風のごとく荒し廻りました。 「平次、御奉行朝倉石見守様から厳い御達しだ、――近頃府内を騒がす盗賊、盗んだ品を返せば罪はないようなものではあるが、あまりと言えばお上の御威光を蔑ろにする仕打だ。明日とも言わず、からめ取って来い――とおっしゃる、何とか良い工夫は
野村胡堂
「永い間こんな稼業をしているが、変死人を見るのはつくづく厭だな」 捕物の名人銭形の平次は、口癖のようにこう言っておりました。血みどろの死体をいじり廻すのを商売冥利と考えるためには、平次の神経は少し繊細に過ぎたのです。 それが一番凄惨な死体と逃れようもなく顔を合せることになったのですから、全くやり切れません。 「ガラッ八、手前は大変なところへ、俺を引張って来や
野村胡堂
「永い間斯んな稼業をして居るが、變死人を見るのはつく/″\厭だな」 捕物の名人錢形の平次は、口癖のやうにかう言つて居りました。血みどろの死體をいぢり廻すのを商賣冥利と考へる爲には、平次の神經は少し繊細に過ぎたのです。 それが一番凄慘な死體と逃れやうもなく顏を合せることになつたのですから、全くやりきれません。 「ガラツ八、手前は大變なところへ、俺を引張つて來あ
野村胡堂
「親分、聞きなすったか」 「何だ、騒々しい」 銭形平次の家へ飛込んで来た子分のガラッ八は、芥子玉絞りの手拭を鷲掴みに月代から鼻の頭へかけて滴る汗を拭いております。 「大変な事がありますぜ」 「また、清姫が安珍を追っかけて、日高川で蛇になった――てな話だろう」 「冗談じゃねえ、今日のはもっとイキのいい話だ。何しろ、仏様のねえお葬いを出したのはお江戸開府以来だろ
野村胡堂
「た、助けてくれ」 若党の勇吉は、玄関の敷台へ駆け込んで眼を廻してしまいました。 八丁堀の与力笹野新三郎の役宅、主人の新三郎はその日、鈴ヶ森の磔刑に立ち会って、跡始末が遅れたものか、まだ帰らず、妻のお国は二三人の召使を供につれて、両国の川開きを見物かたがた、浜町の里方に招かれて、これもまだ帰らなかったのです。 留守宅は用人の小田島伝蔵老人と、近頃両国の水茶屋
野村胡堂
「た、助けてくれ」 若黨の勇吉は、玄關の敷臺へ駈け込んで眼を廻してしまひました。 八丁堀の與力笹野新三郎の役宅、主人の新三郎はその日、鈴ヶ森の磔刑に立ち會つて、跡始末が遲れたものか、まだ歸らず、妻のお國は二三人の召使を供につれて、兩國の川開きを見物かたがた、濱町の里方に招かれて、これもまだ歸らなかつたのです。 留守宅は用人の小田島傳藏老人と、近頃兩國の水茶屋
野村胡堂
「やい、ガラッ八」 「ガラッ八は人聞きが悪いなア、後生だから、八とか、八公とか言っておくんなさいな」 「つまらねエ見得を張りやがるな、側に美しい新造でも居る時は、八さんとか、八兄哥とか言ってやるよ、平常使いはガラッ八で沢山だ。贅沢を言うな」 「情けねえ綽名を取っちゃったものさね。せめて、銭形の平次親分の片腕で、小判形の八五郎とか何とか言や――」 「馬鹿野郎、
野村胡堂
「やい、ガラツ八」 「ガラツ八は人聞きが惡いなア、後生だから、八とか、八公とか言つておくんなさいな」 「つまらねエ見得を張りあがるな、側に美しい新造でも居る時は、八さんとか、八兄哥とか言つてやるよ、平常使ひはガラツ八で澤山だ。贅澤を言ふな」 「情けねえ綽名を取つちやつたものさね。せめて、錢形の平次親分の片腕で、小判形の八五郎とか何とか言や――」 「馬鹿野郎、
野村胡堂
「八、あれを跟けてみな」 「へエ――」 「逃がしちやならねえ、相手は細くねえぞ」 「あの七つ下りの浪人者ですかい」 「馬鹿ツ、あれは何處かの手習師匠で、佛樣のやうな武家だ。俺の言ふのは、その先へ行く娘のことだ」 「へエ――、あの美しい新造が曲者なんですかい。驚いたな」 「靜かに物を言へ、人が聞いてるぜ」 錢形の平次と子分のガラツ八は、その頃繁昌した、下谷の徳