Vol. 2May 2026

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Biblioteca de conocimiento mundial de dominio público

Mostrando 9912 de 14.981 títulos

永遠のみどり

原民喜

永遠のみどり 原民喜 梢をふり仰ぐと、嫩葉のふくらみに優しいものがチラつくやうだつた。樹木が、春さきの樹木の姿が、彼をかすかに慰めてゐた。吉祥寺の下宿へ移つてからは、人は稀れにしか訪ねて来なかつた。彼は一週間も十日も殆ど人間と会話をする機会がなかつた。外に出て、煙草を買ふとき、「タバコを下さい」といふ。喫茶店に入つて、「コーヒー」と註文する。日に言葉を発する

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永遠の感覚

高村光太郎

芸術上でわれわれが常に思考する永遠という観念は何であろう。永遠性とか、悠久性とかいうのは一体何の事であろう。 仮に類似の言葉を求めてみると、永遠、永久、悠久、永続、無限、無終、不断、不朽、不死、不滅というようなものがあり、どれを見てもその根本の観念として時間性を持たぬものはない。 永遠とは元来絶対に属する性質で、無始無終であり、無限の時間的表現と見るべきであ

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永遠の詩人 宿命生涯を貫く

萩原朔太郎

僕は少年の時、島崎藤村氏と薄田泣菫氏の詩を愛讀した。やや長じて後は、蒲原有明氏や北原白秋氏の作を讀んだ。 藤村氏と泣菫氏とは、少年時代の僕にとつて共に同じやうに好きであつた。しかしどつちかと言へばむしろ泣菫の方が好きであつた。その理由は、泣菫の詩に於ける特殊な佶屈の言葉と、その詩情に本質してゐる孤獨な憂鬱の陰影とが僕の個性に近く接觸するものがあつたからだ。之

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たぬき汁

佐藤垢石

たぬき汁 佐藤垢石 一 伊勢へななたび熊野へさんど、と言ふ文句があるが、私は今年の夏六月と八月の二度、南紀新宮の奥、瀞八丁の下手を流れる熊野川へ、鮎を訪ねて旅して行つた。秋の落ち鮎には、さらにも一度この熊野川へ志し、昭和十五年の竿納めとしようと思つてゐたところ、心なき颱風のために山水押しだし、川底荒れてつひに三度目の旅は、あきらめねばならなかつた。 二度目の

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たぬき汁

佐藤垢石

たぬき汁 佐藤垢石 一 伊勢へななたび熊野へさんど、という文句があるが、私は今年の夏六月と八月の二度、南紀新宮の奥、瀞八丁の下手を流れる熊野川へ、鮎を訪ねて旅して行った。秋の落ち鮎には、さらにも一度この熊野川へ志し、昭和十五年の竿納めとしようと思っていたところ、心なき台風のために山水押しだし、川底荒れてついに三度目の旅は、あきらめねばならなかった。 二度目の

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求貸家

岸田国士

求貸家 岸田國士 阿佐ヶ谷附近――高台――座敷又は書斎が往来に面してゐないこと――五間ぐらゐ――台所の踏板が反り返つてゐないこと――自動車の出入自由ならずともよし――なるべく近所に鶏を飼つてゐないこと――湯殿と便所が申訳についてゐるのでは困る――庭はそんなに広くなくてもよろしい――営養不良の松の木なんか植ゑてないこと――総じて家賃を貼り出してあるやうな体裁の

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「汐くみ」の画に就いて

上村松園

「汐くみ」の画に就いて 上村松園 「汐くみ」は私としては相当に苦心を費やし、努力を払うた作品でございます。殊にこの画について心を用いた点は色調でございました。しかしいったいの釣合をとるためには、幾遍も素描をやり直しまして、自分自身でやや満足出来るものに致しましてから、本当に筆を執ったのでございます。 この画は、大作ではありませんけれども、全体に於て私自身の有

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汝自身を知れ ベルンにて

辰野隆

大正十年の七月、或日の午後、僕は山田珠樹と並んでスイス、ベルンの街をぶらぶら歩いていた。スイスに来て時計を買うのも少々月並すぎる話だが、モン・ブランやユングフラウに登って涼むのも、時計屋をひやかすのも、大した変りはないと思ったので、二人は互に第一流の時計屋らしいのを物色して、何か変った時計があったら――ふところと相談しておみやげに買って帰るつもりであった。

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江戸川乱歩

平林初之輔

御大典の当時、全国の警察が警戒網を布いて、怪しい挙動風体の者はいちいち検挙拘引していた頃のこと、伊勢の方面へ旅行中であった、江戸川乱歩が突如その筋の取り調べを受けたということである。というのは彼は、昼間のうちは寝ていて、夜になるとうろうろ歩きまわるので挙動不審だというので宿の者が警察へそっと密告したためだったそうである。東京でも浅草公園で夜を明かしたりするこ

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江戸川氏と私

小酒井不木

江戸川氏と私 小酒井不木 はじめて江戸川氏の作品に接したのは、大正十一年の夏頃ではなかったかと思う。「新青年」の森下氏から同君の「二銭銅貨」と「一枚の切符」を送って来て、日本にもこれほどの探偵小説が生れるようになったから、是非読んで下さいとの事であった。早速「二銭銅貨」を読んだところが、すっかり感心してしまって、森下氏に向って、自分の貧弱なヴォカブラリーを傾

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江戸推理川柳抄

海野十三

推理川柳とは、私が仮りにつけた名称であって、推理を含んだ川柳という意味である。 雷も雀がなけばしまいなり この句の味い方を、推理川柳の立場からしてみると、「雷があばれているうちに、雀が鳴きはじめると、もう雷鳴はおしまいになると推理してよろし」というわけ。この法則は、雷嫌いの多かった江戸時代の人々にたいへん重宝がられたことであろう。「あッ、雀が鳴きだした。もう

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江戸の昔を偲ぶ

野村胡堂

江戸という時代は、まことに悪い時代であったに違いない。封建的で、階級的で、迷信的で、一つも取柄はなかったようであるが、一方からはこんなのんきなのんびりした時代はなかったようでもある。ネコのノミをとっても一生楽に暮らせ、居候の名人になっても、一生楽に暮らせる世界は、今の世からは想像も及ばないことである。 それが移り変って、月に三十円あればと歌った、啄木の生きて

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江戸歌舞妓の外輪に沿うて

折口信夫

私は、発生的の見地から日本文学展開の道筋を辿つて居る。さうしてその始まりに於いて、演劇・舞踏・音楽などと共に、宗教衝動から捲き起つて居る事を見た。音楽や舞踊は、外来の理論や、様式をとり込んで、可なり創作も後々には現れて来た。歌謡は存外、様式的には伸びと岐れとを生じないで済んだ。でも音楽心の発達に連れて、やはり多少見るべきものを生じたのも事実である。が、大体に

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江戸の火術

野村胡堂

「あッ、泥棒ッ」 井上半十郎正景は、押っ取刀で飛出しました。 初秋の浜名湖を渡って、舞坂の宿外れ、とある茶店で中食を認め、勘定をする積りで取出した紙入を、衝立の蔭から出た長い手が、いきなりさらって表口へ飛出したのです。 が、事件はそれだけではありません、その昼鳶を追っかけて、思わず敷居を跨いだ半十郎、何がなし重大な不安を感じて、フト後ろを振り返って驚きました

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江戸芸術論

永井荷風

我邦現代における西洋文明模倣の状況を窺ひ見るに、都市の改築を始めとして家屋什器庭園衣服に到るまで時代の趣味一般の趨勢に徴して、転た余をして日本文華の末路を悲しましむるものあり。 余かつて仏国より帰来りし頃、たまたま芝霊廟の門前に立てる明治政庁初期の官吏某の銅像の制作を見るや、その制作者は何が故に新旧両様の美術に対してその効果上相互の不利益たるべきかかる地点を

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江木欣々女史

長谷川時雨

江木欣々女史 長谷川時雨 一 大正五年の三月二日、あたしは神田淡路町の江木家の古風な黒い門をくぐっていた。 旧幕の、武家邸の門を、そのままであろうと思われる黒い門は、それより二十年も前からわたしは見馴れているのだった。わたしは日本橋区の通油町というところから神田小川町の竹柏園へ稽古に通うのに、この静な通りを歩いて、この黒い門を見て過ぎた。その時分から古い門だ

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寺田寅彦

池 寺田寅彦 大学の池のまわりも、去年の火事で、だいぶ様子が変わってしまった。建物などは、どうでもなるだろうが、あの古い樹木の復旧は急にはできそうもない。惜しいものである。それでも、あの大きな木が、全部は焼けなくてしあわせであった。たとえば池の北側に、大きなまっ黒く茂った枝を水面近くまでのばしている、あの木などもこの池の景色をスペシファイする一つのだいじな要

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ふしぎな池

豊島与志雄

朝早くから、子供たちは、みんな、政雄の所に集りました。 「早く行かうよ。」 待ちくたびれてゐる所へ、政雄が出て来ました。 「さあ、行かう。」 政雄をまん中にして、一かたまりになつて出かけました。 政雄は、白ぬりの舟をかついでゐます。おもちやの舟です。おもちやですけれども、長さが三メートルもある大きな物で、ぜんまいじかけのきかいがついてゐて、ねぢをまいて水に浮

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池のまはり

牧野信一

「ね、お祖母さん――」 半分あまつたれるやうな口調で彼は、もぐ/\云はせながら祖母の炬燵の中へ割込むで行つた。 「厭だよ。お前なんかに入られると寒くつて仕様がありやしない。」 祖母はさう云ひながら、それでも彼の膝のまはりの被着の隙を行儀よく直した。 「ね、お祖母さん、阿父さんは怒つてる?」 「そりやア、怒つてるさ。」 「何と云つて怒つてる?」 「何と云つてる

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池を掘る

片山広子

池を掘る 片山廣子 その頃、防空壕は各戸に一つか二つ位づつ掘られてゐたが、防火貯水池もだんだん必要となつて来たので、至急に用意をするやうその筋の命令が出た。山王一丁目二丁目新井宿一丁目から七丁目まで一町ごとに一つの貯水池はぜひ必要で、神社の境内か町内の空地にそれぞれ掘る支度をしたのだが、さて新井宿三丁目は郵便局や銀行もあり一ばん賑やかな通りで空地は一つもなか

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汪士秀

蒲松齢

汪士秀は盧州の人であった。豪傑で力が強く、石舂を持ちあげることができた。親子で蹴鞠がうまかったが、父親は四十あまりの時銭塘江を渡っていて、舟が沈んで溺れてしまった。 それから八、九年してのことであった。汪は事情があって湖南へいって、夜、洞庭湖に舟がかりした。その時はちょうど満月の夜で月が東の方にのぼって、澄んで静かな湖の面は練ったようになっていた。汪は美しい

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決戦川中島 上杉謙信の巻 ――越後守安吾将軍の奮戦記――

坂口安吾

馬力にうたる 永禄四年七月三十日。余(上杉謙信)はひそかに春日山城を降り五智の海へ散歩にでた。従う者は池田放善坊という新発意ただ一人。余は時々サムライがイヤになる。自分がサムライであることも、サムライの顔を見るのもイヤになることがあるのだ。この日は特にそうだった。 余はこの年の三月小田原を攻め、古河に公方を置きなどして、自らも病に倒れ、六月に至ってようよう帰

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決闘

萩原朔太郎

空と地とに緑はうまる、 緑をふみてわが行くところ、 靴は光る魚ともなり、 よろこび樹蔭におよぎ、 手に輕き薄刃はさげられたり。 ああ、するどき薄刃をさげ、 左手をもつて敵手に揖す、 はや東雲あくる楢の林に、 小鳥うたうたひ、 きよらにわれの血はながれ、 ましろき朝餉をうみなむとす。 みよ我がてぶくろのうへにしも、 愛のくちづけあざやかなれども、 いまはやみど

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決闘

新美南吉

「犬」という字が一字きり大きく黒板に書かれてあります。先生はその前を右へいったり左へいったり、ときにはそこから生徒たちの方へおりてきて、生徒たちがせっせと作文を書いているのをのぞいたりします。みんなは頭を動かし動かし犬のことを作文に書いています。家でかっている犬のこと。かわいそうなのら犬のこと。どこかの犬にほえつかれたこと。それぞれかわったことを書いています

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