「焚書時代」の出現
中井正一
「焚書時代」の出現 中井正一 立法部門が自分で立法機関をもつということ、この当り前のことが、今までなかったということが、実は不思議だといえば不思議だったわけである。 しかしこの当り前のことが行なわれるために、今まで、数千年の歴史が無駄というか、たいへんないばらの路を歩みつづけてきたことを思うとき、感慨無量たらざるをえない。 中国の歴史『資治通鑑』を読んでいる
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中井正一
「焚書時代」の出現 中井正一 立法部門が自分で立法機関をもつということ、この当り前のことが、今までなかったということが、実は不思議だといえば不思議だったわけである。 しかしこの当り前のことが行なわれるために、今まで、数千年の歴史が無駄というか、たいへんないばらの路を歩みつづけてきたことを思うとき、感慨無量たらざるをえない。 中国の歴史『資治通鑑』を読んでいる
中井正一
これまで書店と図書館は、あたかも商売仇のような感じをお互いにもっていたときもあった。 それは図書館が個々に孤立して、その数の少ないときはその意味もあった。 今ここに図書館法が通過してみると、五ヵ年後は、一万五百の図書館が、半分の国庫補助を得て、その体系をととのえることとなったのである。 図書協会も、単一の組織体として、緊密な連絡を保って、近代図書館の装いを調
薄田泣菫
無学なお月様 薄田泣菫 野尻精一氏は奈良女子高等師範の校長である。東京にゐる頃にはさうも思はなかつたが、住むでみると奈良は景色がよく、景色がよくないところには定つて古蹟があつて、遊ぶには恰好な土地だなと野尻氏は思つた。それにつけて、かういふ結構な土地に来て、鹿のやうに柔和で、鹿のやうに尻つ尾の短い女学生を預つてゐる自分の身の幸福さを思ふらしかつた。 野尻氏は
平野零児
二月という月は、私にとって生れ月で、元来ならばまず目出たい月というのだが、今年の二月は相次いで、私の最も親しい人々が数人もあの世へ行ったので、厄月になってしまった。 そのうちでも、村松梢風氏と下中弥三郎翁の死は、わけても傷心なことであった。 梢風さんとは四十年近い交遊であった。知り合ったのは、私がまだ東京に遊学していた大正初年のころで、故馬場孤蝶先生の市ヶ谷
黒岩涙香
無惨 黒岩涙香 無惨序 日本探偵小説の嚆矢とは此無惨を云うなり無惨とは面白し如何なること柄を書しものを無惨と云うか是れは此れ当時都新聞の主筆者涙香小史君が得意の怪筆を染め去年築地河岸海軍原に於て人殺のありしことを作り設け之れに探偵の事項を附会して著作せし小説なり予本書を読むに始めに探偵談を設けて夫より犯罪の事柄に移りお紺と云う一婦人を捜索して証拠人に宛て之れ
久生十蘭
上野、厩橋(前橋)で十五万石、酒井の殿さま、十代雅楽頭忠恭は、四年前の延享二年、譜代の小大名どもが、夢にまであくがれる老中の列にすすみ、御用部屋入りとなって幕閣に立ち、五十万石百万石の大諸侯を、 その方が、 と頭ごなしにやりつける身分になったが、ひっこみ思案のところへ、苦労性ときているので、権勢の重石におしひしがれ、失策ばかり恐れて、ほとほとに憔れてしまった
久生十蘭
後白河法皇の院政中、京の加茂の川原でめずらしい死罪が行われた。 大宝律には、笞、杖、徒、流、死と、五刑が規定されているが、聖武天皇以来、代々の天皇はみな熱心な仏教の帰依者で、仏法尊信のあまり、刑をすこしでも軽くしてやることをこのうえもない功徳だとし、とりわけ死んだものは二度と生かされぬというご趣意から、大赦とか、常赦とか、さまざまな恩典をつくって特赦を行うの
久生十蘭
後白河法皇の院政中、京の賀茂磧でめずらしい死罪が行なわれた。 大宝律には、笞、杖、徒、流、死と五刑が規定されているが、聖武天皇以来、代々の天皇はみな熱心な仏教の帰依者で、仏法尊信のあまり刑をすこしでも軽くしてやることをこのうえもない功徳だとし、とりわけ死んだものは二度と生かされぬというご趣意から、大赦とか、常赦とか、さまざまな恩典をつくって特赦を行なうのが例
仲村渠
鉄橋を渡れば展けてゆく膨大な地帯。海を埋めて粗野な街をひろげてゆく健康な三角洲をけなげな犯罪が花畑のやうに美しいほとりを堀割の麗しい濁流に沿ひて鮮な溺死体を迎へ涼しい肥料船へあひさつをかはしゆくてには水沫をあげる浚渫船の耀ける筋肉また、たえまなく僕らの眼に錯綜する鉄線路の鮮明な東西南北雪をかむつてくる貨物列車またもや前進してくる鉄材運搬車のたのしい地ひびきを
坂口安吾
私のところには二人ねるだけのフトンしかないのである。だから、お客様を一人しかとめられない。 先日、酔っ払って、このことを忘れて、横山隆一、泰三の御兄弟を深夜の拙宅へ案内した。気がついた時は、もう、おそい。もっとも、兄弟だから、いゝようなものだ。第一、こんなにバカバカしく仲のよい兄弟というものは天下無類で、それに二人合せたって一人前ぐらいの容積しかないのだから
小泉八雲
一八七四年十一月九日 エンクワイヤラア紙上に社會面記事として執筆せしもの。 無法な火葬 土曜日夜の恐るべき犯罪 慘殺されて竈で燒かれた男 恐ろしき父の復讐 殺人容疑者の逮捕 情況證據の環 戰く馬の憫れな證據 戰慄すべき惡魔的所爲の詳細 被告の陳述と名刺型寫眞 「災禍は踵を追ふて襲ひ來る」、しかく災禍は迅速に相次いで起るものだ。前に我々は過去數年間中當市に起つ
豊島与志雄
無法者 豊島与志雄 志村圭介はもう五十歳になるが、頭に白髪は目立たず、顔色は艶やかで、そして楽しそうだった。十年前に妻を亡くしてから、再婚の話をすべて断り、独身生活を続けている。二人の子供の世話と家事の取締りは、遠縁に当る中年の女がやってくれるし、その下に二人の女中が働いているので、彼はいつも自由でのんびりしていた。 実業界に活躍していた亡父の余光で、彼は各
中谷宇吉郎
人間の幸福をはばむ最大のものの一つに、無知がある。ギリシャの哲学では、その点を強調して、知らないで犯した罪の方が、知って犯した罪よりも重いとした。罪の悪と、知らないことの悪と、二重の罪を犯したことになるからである。 こういう考え方は、一見、われわれの感情とは、ひどくかけ離れているようにみえる。知らないで犯した罪は、情状酌量すべき余地があるが、悪いことと知りな
寺田寅彦
無線電信というものは一体どうして出来るものかという事は今ここで喋々せずともの事であるが、順序として一応簡単に云ってみれば、発信所で一つ大きな電気の火花を飛ばすとその周囲より空間全体に瀰漫するエーテルに一種の波動を起し、この波動はエーテルを伝わって八方に拡がる。その有様は丁度静かな池の面に一つの石を投げ込んだ時、そこから起った波が次第に大きな輪となって拡がって
上村松園
無表情の表情 上村松園 ◇ 私は前かたから謡曲を何よりの楽しみにして居りまして、唯今では家内中一統で稽古して居ります。松篁夫婦、それから孫も仕舞を習っているという工合で、一週に一度ずつは先生に来て頂いているという、まあ熱心さです。 家の内の楽しみもいろいろあります。私や松篁など、絵のことはそれは別としまして、茶もあれば花もあり、また唄いもの弾きもの、その他の
太宰治
この、三鷹の奧に移り住んだのは、昨年の九月一日である。その前は、甲府の町はづれに家を借りて住んでゐたのである。その家のひとつきの家賃は、六圓五十錢であつた。又その前は、甲州御坂峠の頂上の、茶店の二階を借りて住んでゐたのである。更にその前は、荻窪の最下等の下宿屋の一室を借りて住んでゐたのである。更にその前は、千葉縣、船橋の町はづれに、二十四圓の家を借りて住んで
太宰治
この、三鷹の奥に移り住んだのは、昨年の九月一日である。その前は、甲府の町はずれに家を借りて住んでいたのである。その家のひとつきの家賃は、六円五十銭であった。又その前は、甲州御坂峠の頂上の、茶店の二階を借りて住んでいたのである。更にその前は、荻窪の最下等の下宿屋の一室を借りて住んでいたのである。更にその前は、千葉県、船橋の町はずれに、二十四円の家を借りて住んで
折口信夫
我々の生活してゐる明治・大正・昭和の前、江戸時代、その前室町時代、その前鎌倉時代――その鎌倉から江戸迄の武家の時代と言ふものが、どの時代でも同じやうに思はれますが、違つてゐます。武家の生活が型をもつて来る時代、それをかためる時代があり、――武家が土地に対して執著の少い時代と、土地をはなさない時代とがあります。民族性格からは、土地を自由に考へてゐますが、これは
夏目漱石
無題 夏目漱石 私はこの学校は初めてで――エー来るのは初めてだけれども、御依頼を受けたのは決して初めてではありません。二、三年前、田中さんから頼まれたのです。その頃頼みに来て下さった方はもう御卒業なさったでしょう。それ以来十数回の御依頼を受けましたが、みんな御断りしました。断るのが面白いからではなく、やむをえないからで、このやむをえない事が度重なって御気の毒
坂口安吾
K君。 御便り越中魚津の貧乏寺にて拝読。当所は旧友の今は行ひすました草庵であります。八月一杯滞在。九月にこの坊主の紹介で黒部山中の酒造家へ草鞋をぬぐ予定です。頃しも酒のなんとやらいふ季節でありますが、さういへば流浪の餞別にと君から貰つた酒盃、君の店で最も高価な珍器といふ御自讃であつたが、坊主の意見によれば名古屋製のまがひ物の由、黒部山中の清酒にはちと向きかね
富永太郎
月青く人影なきこの深夜 家々の閨をかいま見つゝ 白き巷を疾くよぎる侏儒の影あり 愚かなる状して黒々と立てる屋根の下に 臥所ありて人はいぎたなく眠れり 家々はかく遠く連なりたれど 眠の罪たるを知るもの絶えてあらず 月も今宵その青き光を恥ぢず 快楽を欲する人間の流す いつはりの涙に媚ぶと見えたり かゝる安逸の領ずる夜なれば あらんかぎりの男女の肌を見んとて 魔性
富永太郎
幾日幾夜の 熱病の後なる 濠端のあさあけを讃ふ。 琥珀の雲 溶けて蒼空に流れ、 覚めやらで水を眺むる柳の一列あり。 もやひたるボートの 赤き三角旗は 密閉せる閨房の扉をあけはなち、 暁の冷気をよろこび甜むる男の舌なり。 朝なれば風は起ちて 雲母めく濠の面をわたり、 通学する十三歳の女学生の 白き靴下とスカートのあはひなる ひかがみの青き血管に接吻す。 朝なれ
太宰治
大井広介というのは、実にわがままな人である。これを書きながら、腹が立って仕様が無い。十九字二十四行、つまり、きっちり四百五十六字の文章を一つ書いてみろというのである。思い上った思いつきだ。僕は大井広介とは、遊んだ事もあまり無いし、今日まで二人の間には、何の恩怨も無かった筈だが、どういうわけか、このような難題を吹きかける。実に、困るのだ。大井君、僕は野暮な男な
富永太郎
たゞひとり黎明の森を行く。 風は心虚しく幹のあはひを翔り、 木々はみなその白き葉裏を反す。 樹の間がくれに、足速に 白き馬を牽きゆくは誰ぞ。 道の辺の 歯朶の群をのゝけり。 かゝるとき、湿りたる岩根を踏めば あゝ、わが出生の記憶甦へる。 ●図書カード