いちょうの葉
小川未明
幸ちゃんと、清ちゃんは、二つちがいでしたが、毎日仲よく学校へゆきました。いつも幸ちゃんが迎えにきたのです。 「もう、幸ちゃんが、迎えにくる時分だから。」と、清ちゃんは、早くご飯を食べて、机の上の本や、筆入れをランドセルに入れました。すると、 「清ちゃん。」と、いって、はたして、幸ちゃんが、迎えにきました。 「いますぐ、待っていてね。」と、いうより早く、清ちゃ
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小川未明
幸ちゃんと、清ちゃんは、二つちがいでしたが、毎日仲よく学校へゆきました。いつも幸ちゃんが迎えにきたのです。 「もう、幸ちゃんが、迎えにくる時分だから。」と、清ちゃんは、早くご飯を食べて、机の上の本や、筆入れをランドセルに入れました。すると、 「清ちゃん。」と、いって、はたして、幸ちゃんが、迎えにきました。 「いますぐ、待っていてね。」と、いうより早く、清ちゃ
河井酔茗
子供たちよ。これは譲り葉の木です。この譲り葉は新しい葉が出来ると入れ代つてふるい葉が落ちてしまふのです。 こんなに厚い葉こんなに大きい葉でも新しい葉が出来ると無造作に落ちる新しい葉にいのちを譲つて――。 子供たちよ。お前たちは何を欲しがらないでも凡てのものがお前たちに譲られるのです。太陽の廻るかぎり譲られるものは絶えません。 輝ける大都会もそつくりお前たちが
中谷宇吉郎
この前二年間アメリカへ來たときに、初めは食い物に不自由するかと思ったが、案外に日本の食い物が何でもあるので、驚きもし、かつ安心もした。 もっともアメリカ中どこでもというわけにはいかないので、サンフランシスコとか、ロスアンゼルスとか、シカゴとかいう街の話である。シカゴは戰前には日本人が五百人くらいしかいなかったが、戰後急に増えて二萬人近くになった。もちろん二世
中原中也
夏の午前よ、いちぢくの葉よ、 葉は、乾いてゐる、ねむげな色をして 風が吹くと揺れてゐる、 よはい枝をもつてゐる…… 僕は睡らうか…… 電線は空を走る その電線からのやうに遠く蝉は鳴いてゐる 葉は乾いてゐる、 風が吹いてくると揺れてゐる、 葉は葉で揺れ、枝としても揺れてゐる 僕は睡らうか…… 空はしづかに音く、 陽は雲の中に這入つてゐる、 電線は打つづいてゐる
小川未明
ある山に一本のかえでの木がありました。もう長いことその山に生えていました。春になると、美しい若葉を出し、秋になるとみごとに紅葉しました。 町から山に遊びにゆくものは、その木をほめないものはなかったのであります。 「なんといういいかえでの木だろう。」と、子供も年寄りも、みなほめたのであります。 けれど、木はがけの辺に立っていましたので、みなは欲しいと思っても、
堀辰雄
――私は、中野重治の譯したハイネの手紙の寫しが以前から私の手許にあるので、それを私の雜誌に載せたいと思つてゐるが、二三個處意味不明のところがある。が、いま、中野には會ふことが出來ない。そこでその原文を一度見たく思つたが、それを所持してゐさうな友人がちよつと頭に浮ばない。やつと竹山道雄のことを思ひ出し、彼がいま其處でドイツ語を教へてゐる第一高等學校に、彼が所持
太宰治
葉桜と魔笛 太宰治 桜が散って、このように葉桜のころになれば、私は、きっと思い出します。――と、その老夫人は物語る。――いまから三十五年まえ、父はその頃まだ存命中でございまして、私の一家、と言いましても、母はその七年まえ私が十三のときに、もう他界なされて、あとは、父と、私と妹と三人きりの家庭でございましたが、父は、私十八、妹十六のときに島根県の日本海に沿った
岸田国士
ジーブルグ著「神はフランスにゐるか」 岸田國士 フランスについて語られた書物のうち、これほど公平にフランスを観、批評したものは、これまでにも少くはないかと思ふ。しかもそれがドイツ人の手になつたものであるところが面白く、嘗てスタアル夫人が「ドイツについて」を書いた、あの態度よりも一層われわれには好ましいものに感じられる。一外国人としてフランスを愛し、しかも、容
中野鈴子
今ここに君を見る 昔の姿そのままに 若き日に志したる 君が望み 君が年輪に添い磨き輝く 立派なる結実よ はじめて 君を見し時 君は人の家に我ならぬ日を送りてありき 君あまりに若く こころ失わんとし 立ち出でんとし 路分かたず われ君を祈り 祈ることを与えられしに 黒き手 十八の我を阻みぬ われは狂い 狂いたれども 我は君を離れたるなり 十数年の歳月去り 今こ
直木三十五
著者小傳 直木三十五 私の略歴 本名――植村宗一 年齡――三十五、卯の一白 生地――大阪市南内安堂寺町 父 ――惣八、八十一才 母 ――靜、六十九才 族籍――平民 弟 ――清二、松山高等學校教授 妻 ――須磨子、四十七才 長男――昂生 長女――木の實 身長――五尺五寸六七分 體重――十二貫百位 筆名の由來――植村の植を二分して直木、この時、三十一才なりし故、
橘外男
葛根湯 橘外男 日本へ来て貿易商館を開いてからまだ間もない瑞典人で、キャリソン・グスタフという六尺有余の大男がある。図体に似合わぬ、途方もない神経質な奴であった。ある朝、用事があって訪ねて行ってみるとこの動脈硬化症は手紙を書いていたが、人の顔を見るといきなり手を振って、 「静かに! 静かに! 小さな静かな声で話してくれ! 頭に響いてどうにも堪えられんから」
清水紫琴
葛のうら葉 清水紫琴 その上 憎きもかの人、恋しきもかの人なりけり。我はなど憎きと恋しきと、氷炭相容れぬ二ツの情を、一人の人の上にやは注ぐなる。憎しといへばその人の、肉を食みても、なほあきたらぬほどなるを、恋しといへばその人の、今にもあれ我が前にその罪を悔ひ、その過ちを謝しなむには、いづれに脆き露の身を、同じくはその人の手に消えたしとは、何といふ心の迷ひぞや
楠山正雄
葛の葉狐 楠山正雄 一 むかし、摂津国の阿倍野という所に、阿倍の保名という侍が住んでおりました。この人の何代か前の先祖は阿倍の仲麻呂という名高い学者で、シナへ渡って、向こうの学者たちの中に交ってもちっとも引けをとらなかった人です。それでシナの天子さまが日本へ還すことを惜しがって、むりやり引き止めたため、日本へ帰ることができないで、そのまま向こうで、一生暮らし
永井荷風
○ 菅野に移り住んでわたくしは早くも二度目の春に逢おうとしている。わたくしは今心待ちに梅の蕾の綻びるのを待っているのだ。 去年の春、初めて人家の庭、また農家の垣に梅花の咲いているのを見て喜んだのは、わたくしの身に取っては全く予想の外にあったが故である。戦災の後、東京からさして遠くもない市川の町の附近に、むかしの向嶋を思出させるような好風景の残っていたのを知っ
永井荷風
葡萄棚 永井荷風 浅草公園の矢場銘酒屋のたぐひ近頃に至りて大方取払はれし由聞きつたへて誰なりしか好事の人の仔細らしく言ひけるは、かかるいぶせき処のさまこそ忘れやらぬ中絵にも文にもなして写し置くべきなれ。後に至らば天明時代の蒟蒻本とも相並びて風俗研究家の好資料ともなるべきにと。この言あるいは然らん。かの唐人孫綮が『北里志』また崔令欽が『教坊記』の如きいづれか才
宮沢賢治
葡萄水 宮沢賢治 (一) 耕平は髪も角刈りで、おとなのくせに、今日は朝から口笛などを吹いてゐます。 畑の方の手があいて、こゝ二三日は、西の野原へ、葡萄をとりに出られるやうになったからです。 そこで耕平は、うしろのまっ黒戸棚の中から、兵隊の上着を引っぱり出します。 一等卒の上着です。 いつでも野原へ出るときは、きっとこいつを着るのです。 空が光って青いとき、黄
久生十蘭
北海道の春は、雪も消えないうちにセカセカとやって来る。なにもかもひと口に頬張ってしまおうとする子供のようだ。落葉松の林の中は固い雪でとじられているのに、その梢で鶫が鳴く。 低く垂れていた鈍重な雪雲の幕が一気にひきあけられ、そのうしろからいちめん浅みどりの空が顔をだす。 雪の表面が溶け、小さな流れをつくって大急ぎで沢のなかへ流れこみ、山襞や岩の腹についていた雪
宮本百合子
葦笛(一幕) 宮本百合子 人物 精霊 三人 シリンクス ダイアナ神ニ侍リ美くしい又とない様な精女 ペーン マアキュリの長子林の司 こんもりしげった森の中遠くに小川がリボンの様に見える所。 春の花は一ぱいに咲き満ちてしずかな日光はこまっかい木々の葉の間から模様の様になって地面をてらして居る。あまったるい香りがただよって居るおだやかな景色。 三人の精霊
田中貢太郎
葬式の行列 田中貢太郎 鶴岡の城下に大場宇兵衛という武士があった。其の大場は同儕の寄合があったので、それに往っていて夜半比に帰って来た。北国でなくても淋しい屋敷町。其の淋しい屋敷町を通っていると、前方から葬式の行列が来た。夕方なら唯もかく深夜の葬式はあまり例のない事であった。大場は行列の先頭が自分の前へ来ると聞いてみた。 「何方のお葬式でござる」 対手は躊躇
小泉八雲
むかし丹波の国に稻村屋源助という金持ちの商人が住んでいた。この人にお園という一人の娘があった。お園は非常に怜悧で、また美人であったので、源助は田舎の先生の教育だけで育てる事を遺憾に思い、信用のある従者をつけて娘を京都にやり、都の婦人達の受ける上品な芸事を修業させるようにした。こうして教育を受けて後、お園は父の一族の知人――ながらやと云う商人に嫁けられ、ほとん
野村胡堂
「どうなさいました、貴方」 若い美しい夫人の貴美子は、夫棚橋讃之助の後を追って帝劇の廊下に出ました。フランスから来た某という名洋琴家の演奏が、今始まったばかりと云う時です。 「とても我慢が出来ない、あの曲は俺に取ってはヒドク不吉なんだ」 「マア――」 ショパンの「葬送行進曲ソナタ」を第一楽章だけ聴いて飛出すのは、随分乱暴な態度だとは思いましたが、美しい夫人は
佐藤垢石
葵原夫人は、素晴らしい意気込みである。頬に紅潮が漂って来た。 「では、いけませんか?」 と、念を押す。 「いけない、と言うことはありませんが、一体に婦人は舟に弱いものですからね」 「いえ、それでしたら御心配いりませんわ。私、もう五、六年も毎年葵原と一緒にヨットの練習をやっているんですもの――一度だって、眩ったこと御座いませんの――」 「それなら、いいですが」
兼常清佐
レコード蒐集 兼常清佐 何だかレコード会社のまわし者のいいそうな事をいうようですが、しかしレコードがこんなに沢山売れて、社会一般に普及したことを私は非常に結構な事だと思います。 レコードは蒐集慾の対象物としてはなはだ都合のいいものです。お金のある人はそれでかなり蒐集慾を満足する事が出来ます。その点でレコードは音楽会のプログラムを集めるよりもよほど価値がありま
萩原朔太郎
蒲原有明に帰れ 萩原朔太郎 僕、先月末出京しました。東京は我があこがれの都。雪のふる夜も青猫の屋根を這ふ大都会。いまは工場と工場との露地の間、職工の群がつてゐる煤煙の街に住んでゐます。黒い煤煙と煉瓦の家の並んでゐる或る貧乏なまづしい長屋に、僕等親子四人が悲しい生活をしてゐます。どうにかしてパンの食へる間だけは、乞食をしても東京を離れたくない。いつまでもこのプ