新劇界の分野
岸田国士
新劇界の分野 岸田國士 昨今の戯曲界を見渡すと、月々発表される戯曲の数こそ多いが、そして、その数の多いことが何となく華々しい外観を呈してゐるが、質の上からいへば、注目に値するものが寔に少い。実際舞台にかけて見て、相当見応へがあると思はれるやうなものは、極く稀れである。この点、私自身も、自ら顧みて忸怩たるものがある次第であるが、かくの如き状態は、度々繰り返して
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新劇界の分野 岸田國士 昨今の戯曲界を見渡すと、月々発表される戯曲の数こそ多いが、そして、その数の多いことが何となく華々しい外観を呈してゐるが、質の上からいへば、注目に値するものが寔に少い。実際舞台にかけて見て、相当見応へがあると思はれるやうなものは、極く稀れである。この点、私自身も、自ら顧みて忸怩たるものがある次第であるが、かくの如き状態は、度々繰り返して
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新国劇の「屋上庭園」を観て 岸田國士 年末から旅行をしてゐたので、今日(十四日)見ました。 一体、作者が、ある俳優または劇団に、自分の作品の上演を許可し、時には依頼することもあるが、さういふ場合にその俳優の舞台を云為することは、礼儀上謹しむべきことであつて、ましてこれを公表することは私の趣味からいつても可嫌なことだが、いろ/\の場合に言つてゐるやうに、現在は
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新劇のために 岸田國士 美術館のないことと、いまだに共同風呂が行はれてゐることと、政治が酒色の巷で議せられることと、現代劇を演ずる劇場がないことと、わが国が特殊国たる所以を数へ上げれば、実際、きりがあるまい。 美術館の問題は、先日来、朝日紙上で矢代幸雄氏が論じてをられたが、その反響が多少でもあつてくれればいいと、私なども蔭ながら念じてゐる次第である。 銭湯と
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新劇協会公演に先だつて 岸田國士 新劇協会が、今度、文芸春秋社の手で経営されることになり、われわれは、微力ながら、将来、同劇団の上演脚本選定並に舞台指揮に関して、共同の責任を負はなければならないことになつた。それについて、個人の立場を離れ、同劇団の関係者として、一応、意の在る処を述べて置きたいと思ふ。 一、上演脚本選定について 上演すべき脚本は、国の内外、流
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新劇協会の更生について 岸田國士 私が今度、菊池寛氏並に畑中蓼坡氏の勧誘によつて、新劇協会の更生運動にたづさはり、他の諸君とともに応分の力を藉さうとした動機について、一言、世間の諒解を得て置きたいと思ふ。 何れ近々のうちに、文芸春秋社から公式の発表があるだらうと思ふが、私一個の立場から、何よりも先づ明かにして置きたいことは、現在の俳優を以てする如何なる組織の
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「追憶」による追憶 岸田國士 八月号で芥川竜之介氏の「追憶」といふ文章を読み、誰でも同じやうな追憶をもつてゐるものだといふことを知り、転た感慨を催した次第であるが、昨日、K社の山本氏に会ひ、たまたま芥川氏の近況を知ることを得た。それで本誌への責ふさぎかたがた、この一文を草することにした。病床にある同氏への御見舞ともなればこの上もない幸せである。 幼稚園 僕の
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「ゼンマイの戯れ」に就いて 岸田國士 僕は元来活動写真といふものを、それほど研究的に観てはゐなかつた。巴里にゐる間近所に常設館があつたので、チヤツプリンの喜劇がかゝると観に行つたぐらゐのものである。たまたま、アントワアヌが新聞の「演劇時評」中で、アベル・ガンスの「車輪」を激賞してゐるのを読んで急にそれを観に行く気になつた。行つて見て、いゝことをした。いろいろ
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ふらんす役者気質 岸田國士 役者の妻 或劇場の初日である。 舞台の上では、今、美しいコロンビイヌがピエロの腕に狂ほしく身を投げかけたところである。 その時、見物席の一隅に、どよめきが起つた。気絶した一婦人が救護所に運ばれた。誰かゞ、マダムBと叫んだ。ピエロの役に扮してゐる俳優の細君であることがすぐわかつた。 B夫人が息を吹き返した時には、ピエロの姿をした夫の
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女優と劇作家 岸田國士 劇作家が自分の恋人を其の作品の女主人公にすることは、極めて有り得べきことである。しかしまた、或る作品の女主人公に扮した女優が、その作品の作者と恋愛関係に陥ることも稀ではない。なほまた、劇作家が自分の恋する女優の為めに、彼女自身をモデルとして作品を物することも屡々あるに違ひない。 此の場合、凡庸な作家とおちやつぴい女優との関係は固より問
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玉突の賦 岸田國士 「いくつお突きなります」 「さあ、しばらく突かないんですが……」 玉突く男は曲者。 三十? 四十? 五十? ………… 「ぢや、百にして見て下さい」 ――こいつ、百なもんか! 「どうぞ」 「さうですか」 コツン、コツリン……。 ――ふたあつ……。 コチツ、ポツン……。 ――ふたつ当り……。 やれ、やれ。 「しつかりおやんなさいよ」――ゲーム
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ブルタアニュの伝説より 岸田國士 ブルタアニュは、同じ仏蘭西のうちでも、著しい特色をもつた地方である。 大部分半島を形づくつてゐる処から、海そのものと離して考へることは出来ない。その海は、大西洋である。女性的な地中海にくらべて、男性的なところがある。 ブルタアニュの自然は瞑想的である。沈鬱である。空が低い。 住民は素朴である。中世風の信仰から脱しない。従つて
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大正風俗考 岸田國士 和洋折衷といふやうなことがどこまでうまく行くか、わたしは知らないが、わが国の新しい生活様式が、どうせさういふ処へ落ちつくのだらうと思つてゐる。 ★ 風俗の国際化は、たしかに二十世紀の著しい現象である。日本にゐると、日本人だけが西洋人の真似をしてゐるやうに思はれるが、西洋へ行つてみると、そこでは、婦人の服装や、室内の装飾にまで東洋趣味が取
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俳優の素質 岸田國士 昔から俳優の素質を論じる場合に、誰でも「感性」を第一に挙げてゐるが、これはつまり、他の芸術家の如く、一方に於て同じ程度の「想像力」を必要としない結果、「感性」の必要が著しく目立つからであらう。 ある演劇論者の如きは、俳優には「感性」さへあれば「知力」は不必要だとまで主張したくらゐである。 なるほど、俳優がある人物に扮する場合、その「役の
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或る批評 岸田國士 「わたしは、ヴイルドラツクが、海水服を着てゐるところを見たことがない」と、サヴイツキイ夫人は云ふ――「わたしは、また、『休んでゐる彼』を見たことがない。……彼は真面目である――しかし、模範学生の真面目さではなく、学校へ行くことは嫌ひだが、学校から帰つて来て、母親の笑顔を見るのがうれしくて堪らない小学生の真面目さである。」 × 夫人は更に云
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一八九〇年十二月二十二日、仏国上院に於ける予算質問中、議員アルガン君は、政府が民間の一小劇場に対して、年額五百法の補助を与へ、同劇場を推奨する意図を表示したことを攻撃した。 その劇場は即ち自由劇場であり、攻撃の理由は、同劇場の上演脚本が、屡々風紀を紊すものであるといふのである。 これに対して、時の文部省芸術局長ラルウメ君は、極力自由劇場の功績を賞揚し、一二脚
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俳優教育について 岸田國士 あらゆる芸術の分野に於て、誰かが、自分こそは独自の道を歩いてゐる――何人からも、教へられるところはない――模倣は生来自分の性に合はない――と広言したならば、その人間はたしかに、自分の世界をせばめてゐる。その意気や壮なりと雖も、甚だ「子供臭い」と云はなければならない。 現代の日本劇作家中、誰が「人の真似」をせずして、戯曲に筆を染め得
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一九二二年の暮れ、スタニスラウスキイの率ゐるモスコオ芸術座の一行が巴里を訪れた。 その開演の前夜シャン・ゼリゼエ劇場主、エベルトオは盛大な歓迎会を同劇場内に催して、一行を巴里の劇壇に紹介した。 其の夜の光景は、私の終生忘れ難きものゝ一つである。スタニスラウスキイを中心に、チエホフ夫人、カチヤロフ、モスコオフィン等の名優を始め、一座の俳優が舞台の中央に居並び、
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新劇運動の一考察 岸田國士 僕は嘗て、今日われわれが「新劇運動」と称へるべきものは、明かに所謂近代劇運動なるものと区別して考へなければならないことを述べた。 現代の日本に於て、この二つが、殆ど同様の意味に用ひられてをり、外国劇の影響と刺激より出発した凡ゆる演劇が等しく近代劇と呼ばれ、新劇と呼ばれてゐるところに、僕は、現代日本劇の行詰まつた結果を発見する。 問
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島国的僻見 岸田國士 日本がだんだん欧米化しつゝあるといふ見方は、或る意味で肯首できるけれども、それを悦ぶものも、それを嘆くものも、もう一段高い処から見て、総ての民族が世界化しつゝあるのだと思へば、人類の超国境的進化を認めないものゝ外は、さまで、日本のみが特殊な境遇に置かれてあると信じる必要はあるまい。 事実、現代の日本人は「多少とも」英吉利人であり、独逸人
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独断三幅対 岸田國士 二 めい/\の表現 傑れた戯曲が出ない。新しい俳優が出ない。適当な劇場がない。日本現代劇の不振を嘆ずるものゝきまり文句である。 日本人の現代生活には、最も「戯曲的雰囲気」が欠けてゐる。このことに誰か気がついてゐるか。 かういふと、いろいろな劇的事件を呼び起して、そんなことはないといふに違ひない。 僕が、こゝで「戯曲的雰囲気」と云ふのは、
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ファンテジイ 岸田國士 写実主義者たるべく余りに詩人であり、浪漫主義者たるべく余りに哲学者である芸術家――その一部は、彼らが若し自己の生活を肯定するならば、恐らくファンテジストたる路を撰ぶであらう。 ファンテジイは想像を緯とし観察を経とする芸術的手法の一である。 作者の感興を以て現実を程よく着色することである。 非論理的事相に感覚的実在性を与へることである。
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仏国現代の劇作家 岸田國士 聊か抽象的になる恐れはあるが、無趣味な数字的表記を避けて、略年代順に各作家の寸評を試みることにする。 便宜上、時代的特色を基礎として、所謂現代劇作家の擡頭を四つの時期に別ければ、 一、自由劇場時代(一八八七―九四) 二、自由劇場没落後 三、一九一〇年前後 四、欧洲大戦後 此の順序を以て、直ちに各作家の年齢を推断することはできない。
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対話させる術 岸田國士 その国の一時代の文学が、外国文学の影響を受けたことに於て、明治以後の日本文学ぐらゐ著しい例はあるまい。 処で、その影響が、単に思想的内容や、表現の形式に止まらず、文学の本質的審美観念にまで浸潤して、殆ど模倣より脱却し、日本現代文学の一様式として存在の価値を認め得るものに短篇小説がある。 これに反して、文学の他の部門、殊に戯曲に至つては
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素面の管 岸田國士 文学を愉しむ文学者の少いことは一体わが国の誇りですか。 あれではいけない、これではいけない――まあ、なんといふ気むづかしい連中の寄合だらう。 それもいゝさ。批評家などゝいふものは、わかつてもわからなくても、顔をしかめてさへゐれば、何か意見がありさうに見えるんだから。しかし、自分で小説なり戯曲なりを書いてゐながら、人の書いたものと云へば頭ご