わなゝき
末吉安持
瞬時の夢の装飾も、 しかすがに彩映ゆれば、 紫の絹の帳、 永遠の生命ありと、 平和を守りいつきて、 心ある春の雨は、 軟らに音なく濺いで、 しのびに葉末を流れぬるか。 瞬たけばまた夜明けて、 瞬たけばまた日暮れぬ、 直黄もゆる夕雲を、 きらの眼に見かへりて、 白無垢の乱れ羽に 血を浴べる、小鴒一羽、 枝ぶり怪しき柏の 木ぐれに落ちたる様はいかに。 瞬たけばま
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末吉安持
瞬時の夢の装飾も、 しかすがに彩映ゆれば、 紫の絹の帳、 永遠の生命ありと、 平和を守りいつきて、 心ある春の雨は、 軟らに音なく濺いで、 しのびに葉末を流れぬるか。 瞬たけばまた夜明けて、 瞬たけばまた日暮れぬ、 直黄もゆる夕雲を、 きらの眼に見かへりて、 白無垢の乱れ羽に 血を浴べる、小鴒一羽、 枝ぶり怪しき柏の 木ぐれに落ちたる様はいかに。 瞬たけばま
樋口一葉
霜夜ふけたる枕もとに吹くと無き風つま戸の隙より入りて障子の紙のかさこそと音するも哀れに淋しき旦那樣の御留守、寢間の時計の十二を打つまで奧方はいかにするとも睡る事の無くて幾そ度の寢がへり少しは肝の氣味にもなれば、入らぬ浮世のさま/″\より、旦那樣が去歳の今頃は紅葉舘にひたと通ひつめて、御自分はかくし給へども、他所行着のお袂より縫とりべりの手巾を見つけ出したる時
原民喜
穏かな海に突き出してゐる丘の一角で、一人の人間が勝手な瞑想をしてゐた。恰度彼が視てゐる海の色は秋晴れの空と和して散漫な眺めではあったが、それは肩に暖かい日光が降り注ぐためでもあった。彼は芝生の上に落ちてゐる自分の影法師を眺めて、何か微妙な苦悩を貪ってゐた。そこには何か解きあかしたい一つの感覚があった。塩分を含んだあたりの空気を彼は吸っては吐き、吐いては吸った
坂口安吾
アンゴウ 坂口安吾 矢島は社用で神田へでるたび、いつもするように、古本屋をのぞいて歩いた。すると、太田亮氏著「日本古代に於ける社会組織の研究」が目についたので、とりあげた。 一度は彼も所蔵したことのある本であるが、出征中戦火でキレイに蔵書を焼き払ってしまった。失われた書物に再会するのはなつかしいから手にとらずにいられなくなるけれども、今さら一冊二冊買い戻して
豊島与志雄
エスキス 豊島与志雄 大地に対するノスタルジーを忘失したる児等よ。―― 「冷かな東北の微風、ミルク色の海と湛えた霧のなかに、巖のように聳ゆる鉄筋コンクリートの建物の屋上から、朗かな妖精の声が響きます。屋上のまわりをかこむ鉄柵や、それにからんだ針金の網は、枯れた海藻のように黝ずみ、四隅の避雷針は、錆びくちた鎗のようで、昼の明るみは盲いていますが、妖精の声は朗か
平山千代子
カイダイ 平山千代子 四年の三学期であつた。 国語の教生が来て、平家物語の重盛諫言のところを教へることになつた。 教生といふのは今年卒業する大学部の学生の中から、一番か二番の人で、卒業後の練習のため女学校へ教へに来る人のことである。 その時の国語の教生は、私たちが一年の時の五年生で、キツネさんと呼ばれてゐた市村先生であつた。 キツネだと云ふので、あてられては
新美南吉
カゴカキ 新美南吉 ツキヨノ マツナミキノ ミチデ 一リノ サムライガ、ウシロカラ ハシツテ キタ カラノ カゴニ ノセテ モラヒマシタ。 カゴハ、 「ヨイシヨ ヨイシヨ。」ト シロイ ミチヲ ヒトスジニ ハシリマシタ。シバラク スルト、ウシロノ カゴカキガ、 「シーツ。」ト イヒマシタ。スルト マヘノ カゴカキモ、 「シーツ。」ト イヒマシタ。カゴノ 中ノ
新美南吉
カナヅチ 新美南吉 ヒトリノ フエフキガ アリマシタ。フエヲ 一ポン モツテ イエイエノ トグチニ タツテ、ヒロ ヒロ ヒート カナシイ オトヲ フルハセ、一セン 二センヲ モラツテ タビヲ シマシタ。アル ヒ ミチバタデ カナヅチヲ 一ツ ヒロヒマシタ。 「ナンダ カナヅチカ、オンナジヤウナ カタチヲ シテ ヰルガ、フエハ ヨイ オトヲ タテヽ ナルノニ、
勝本清一郎
文学や美術とカフェーとの交渉の日本におけるいちばん古いところは、明治二十一年四月、東京下谷区上野西黒門町二番地、元御成道警察署南隣に可否茶館が初めてできたとき、硯友社のまだ若かった作家たちが出入りした話からである。この可否茶館が日本におけるカフェーの最初であるからこれより古いという交渉はない。江戸時代の水茶屋まで範囲に入れるとすれば司馬江漢の銅版画「両国橋」
新美南吉
ヲンナノ コガ イケノ フチカラ ミズノ ナカヲ ノゾイテ ヲリマシタ。 ミズノ ナカニハ イツピキノ サカナガ シヅンデ ヲリマシタ。 「アツ」 ト ヲンナノ コガ サケビマシタ。カンザシガ ヲンナノ コノ アタマカラ ヌケテ、イケノ ナカニ オチタカラデ アリマス。 カンザシハ サカナノ ソバニ シヅンデ キマシタ。 「サカナサン、カンザシヲ ヒロツテ
クローデルポール
LTA………悦子 FAUSTA………幸子 BEATA………福子 悦。今、春と夏とのさかひ、このひと時…… 幸。今宵と明日とのさかひめに、ひとつ介まるこの時よ…… 福。眠れ、眠入らで、日のまたも生るる前に…… 悦。夜無き夜に…… 幸。影みせぬ百鳥の羽掻絶間なく、明けぬればその歌をきかむ…… 悦。……若葉は戰ぎ、一聲ほのかに、さゞめき低く、物音して…… 幸。瀧の
新美南吉
カンテラ カンテラ 坑の奥、 坑夫の肩を てらしてる。 つるはし つるはし 坑の奥、 カーン/\と つかれてる。 トロツコ トロツコ 坑の奥、 一ぱい積んで よろけてる。 明日よ 明日よ 坑の奥、 坑夫はカンテラみつめてる。 ●図書カード
松本淳三
捕らわれた、君よ ガンジよ 苦しい心で、一途な心で 祈る私の――見知らぬ私の 心を素直に受けてくれるか 私はいま 空を抱きしめて祈っているのだ 地に跪いて祈っているのだ 魂からなる、涙でもって祈っているのだ 生きんとするもの 飛ばんとするもの そうした者の道はいつでも 暗い牢獄へつづいているとは 知りながら おお、捕らわれた君よ ガンジよ 私は苦しい一途な心
宮沢賢治
クねずみ 宮沢賢治 クという名前のねずみがありました。たいへん高慢でそれにそねみ深くって、自分をねずみの仲間の一番の学者と思っていました。ほかのねずみが何か生意気なことを言うとエヘンエヘンと言うのが癖でした。 クねずみのうちへ、ある日、友だちのタねずみがやって来ました。 さてタねずみはクねずみに言いました。 「今日は、クさん。いいお天気です。」 「いいお天気
チェーホフアントン
暗くなって来た、間もなく夜だ。 無期帰休兵のグーセフが、釣床から半分起きあがって、小声で言う。 「ねえ、パーヴェル・イヴァーヌィチ。こんな事をスーチャン〔(蘇城、ウラジオの東方約百キロにある炭坑地)〕の兵隊が言ってたっけ。奴の乗ってた船に大きな魚が突き当って、船底をぶち抜いたってね。」 話しかけられた素性の知れぬ男は、船の病室の皆からパーヴェル・イヴァーヌィ
田山花袋
何うも大袈裟の議論が多い。やれ国民的自覚とか、国民的同化とか、読んで見れば一応は筋道はわかつてゐるが、要するに筋で、肉でない。内容は頗る貧弱で、抽象的の断定ばかり下してゐる。かういふ抽象論は、明治以来何遍文壇に繰返されたか知れないけれど、遂に遂にある風潮を捲き起す為めに役に立つことはない。 何故さうかと言ふに、根本でないからである。或は外国の模倣か、でなけれ
寺田寅彦
ステッキ 寺田寅彦 初めは四本足、次に二本足、最後に三本足で歩くものは何かというなぞの発明された時代には、今のように若い者がステッキなどついて歩く習慣はなかったものと思われる。杖がつきものになっている魔法使いはたいていばあさんかじいさんであるが、しかし彼らの杖はだいぶ使用の目的が違っていて、孫悟空のなんとか棒と同様にきわめて精巧な科学的内容をもっていたものと
寺田寅彦
スパーク 寺田寅彦 一 当らずさわらずの事を書こうとするとなかなか六かしい。真理は普遍だから、少しでも真理に近いことを書けば、すべての人があてられ、痛い所をさわられる。優れた小説を読むとすべての人が自分をモデルにしたのではないかと思う。己がモデルだと自称する人が幾人も出て来たりする。「坊ちゃん」のモデルの多いのは当然としても、自ら「赤シャツ」と称するのが出て
牧野信一
ゼーロン 牧野信一 更に私は新しい原始生活に向うために、一切の書籍、家具、負債その他の整理を終ったが、最後に、売却することの能わぬ一個のブロンズ製の胸像の始末に迷った。――諸君は、二年程前の秋の日本美術院展覧会で、同人経川槇雄作の木彫「」「牛」「木兎」等の作品と竝んで「マキノ氏像」なるブロンズの等身胸像を観覧なされたであろう。名品として識者の好評を博した逸作
マラルメステファヌ
絹には「時」の薫ずれど 「妄執」の色褪せにたり、 鏡のそとに溢れたる 雲の御髮に如めやも。 心急れの旗じるし 道の衢にいきほへど、 われはた君がねくたれを 枕きてあらむ、眼もきりて。 げに唇のいとせちに 憧るとてもあやなしや、 君戀ひわたる貴人が、 丈長髮のふくだみに 玉を擲つここちして 「名利」の叫ふたがずば。 ●図書カード
牧野信一
海の遠鳴りをきゝながら私は、手風琴を弾いてゐた。そのダクテイルが、ひらひらと潮の音に逆つて低く高く青白い虚空を衝いて飛んで行くと、私の魂も夢も片々たる白い蝶々と化して、波を乗り越え、宙に翻つて、無何有の沖へ沖へと雪崩れを打つて消えて行つた。 私は、脚を卓子の上に重ねて、椅子の背に頭を載せかけたまゝ「海賊」の詩をうたつてゐた。 “…… …… …… Ours t
新美南吉
タケノコ 新美南吉 タケノコハ ハジメ ヂビタノ シタニ ヰテ、アツチ コツチヘ クグツテ イク モノデ アリマス。 ソシテ、アメガ フツタ アトナドニ ポコポコト ツチカラ アタマヲ ダスノデ アリマス。 サテ、コノ オハナシハ、マダ ソノ タケノコガ ヂビタノ ナカニ ヰタ トキノ コトデス。 タケノコタチハ トホクヘ イキタガツテ シヨウガ ナイノデ、
太宰治
チャンス 太宰治 人生はチャンスだ。結婚もチャンスだ。恋愛もチャンスだ。と、したり顔して教える苦労人が多いけれども、私は、そうでないと思う。私は別段、れいの唯物論的弁証法に媚びるわけではないが、少くとも恋愛は、チャンスでないと思う。私はそれを、意志だと思う。 しからば、恋愛とは何か。私は言う。それは非常に恥かしいものである。親子の間の愛情とか何とか、そんなも
ベルトランルイ
アムステルダムに金の雄鷄鳴けばハルレムに金の雌鷄卵を生む ノストラダムス百首。 弗羅曼の畫風を約めて一幅漫畫にしたやうなハルレム。ヤン・ブラアケル、ペエテル・ネエフ、ダッド・テニイルス、パウル・レンブラントの畫によく出て來るハルレム。 堀割の水は青く搖すれ、御堂の色硝子は金に耀き、ストゥウルといふ石造の張出に干物は乾き、屋根の上には緑の唐華草。 市廳の大時計