Vol. 2May 2026

書籍

パブリックドメイン世界知識ライブラリ

14,981종 중 4,656종 표시

健康な美術のために

宮本百合子

健康な美術のために 宮本百合子 松山文雄さんがこの頃益々一心に画業をはげんで居られることは友人たちの間で知らぬものはないと思います。 清潔な生活感情をもちつづけて、芸術家が今日成長を重ねてゆくのはまことに一事業です。清潔であって生々とした美感に溢れた作を生むということこそ、松山文雄さん、前島ともさんお二人の芸術家としての念願でありましょう。そして私達友人のひ

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健康を釣る

正木不如丘

海釣りや磯釣り、さては湖沼の舟釣りを除くと、釣にはあるく事がつきものになつて居る。鮒も鮠も、足で釣れと云はれて居るほどである。実際未明の薄明や、有明の月光の下に釣場に到着して、竿を継いでリユツクを背に、魚籠を腰に、釣場をもとめて、釣りあるくたのしさは、単なるピクニツクなどゝは比較にならない。 夕暮れて帰路を急ぐ時の快い疲労は、魚籠の重い軽いに関係なく、満ち足

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偶人信仰の民俗化並びに伝説化せる道

折口信夫

万葉巻十六の「乞食者詠」とある二首の長歌は、ほかひゞとの祝言が、早く演劇化した証拠の、貴重な例と見られる。二首ながら、二つの生き物の、からだの癖を述べたり、愁訴する様を歌うたりして居るが、其内容から見ても、又表題の四字から察しても、此歌には当然、身ぶりが伴うて居たと考へてよい。「詠」はうたと訓み慣れて来たが、正確な用字例は、舞人の自ら諷誦する詞章である。 此

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偶人物語

田中貢太郎

古道具屋の大井金五郎は、古道具の入った大きな風呂敷包を背にして金町の家へ帰って来た。金五郎は三河島蓮田の古道具屋小林文平の立場へ往って、古い偶形を買って来た処であった。 門口の狭い店にはもう電灯が点いて、女房は穴倉の奥のような座敷で夕飯の準備をしていた。 「帰ったのですか、寒かったでしょう」 「平生だったら、寒いだろうが、今日は寒くねえのだ」 女房は金五郎の

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偶像に就ての雑感

豊島与志雄

偶像に就ての雑感 豊島与志雄 吾々は多くの偶像を持っている。――(茲で私は偶像という言葉を、或はリテラリーに或はフィギュラチーヴに或は両方を総括した広い意味に用いる。) 偶像は吾人の感情の、心の働きの、或は心象の、象徴化されたものである。それはぴたりと吾人の魂に触れる。そしてその生命は吾人の手中に在る。吾人はそれを殺すことも生かすことも出来る。必要になったら

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偶感

宮本百合子

偶感 宮本百合子 非常に愛らしい妹を得ると同時に、危ぶんで居た母の健康も廻復期に向って来たので、私は今又とない歓びに身を横えて居る。 それに、来年の四月頃に、何か一つまとめた物を出して、知人の間にだけでも分けたいと思って居るので、その出来上って居る腹案を筆に乗せるのに毎日苦しんで居る。 八月中には、大体の結構は出来上って居なければならない。 九月中には、胚胎

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偶感一束

岸田国士

賑やかな春の芝居も一向に心を惹かない。旅をしよう。旅をしよう。 旅と云へば、旅にゐて、都を想ふ、これも旅の楽しさ、なつかしさである。 まして、こゝ、灯は暗し、某々劇場の花ランプさへ、幻に、奇しくも美しい。 今年は……と、癖になつてゐるのか、人さまに済まないと思ふのか、僕は、ふと、考へる。今年は……と。 せつせと芝居を見よう。第一に、築地小劇場と新劇協会とを欠

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偶感一語

宮本百合子

偶感一語 宮本百合子 最近、昆虫学の泰斗として名声のあった某理学博士が、突然に逝去された報道は、自分に、暫くは呆然とする程の驚きと共に、深い深い二三の反省ともいうべきものを与えました。故博士に就て、自分は何も個人的に知ってはおりません。 ただ、余程以前、何かの講演会の席上で、つい目の前に、博士の精力的な、快活な丸い風貌に接した以外は、文学を通してだけの知己で

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偶然の産んだ駄洒落

九鬼周造

偶然の産んだ駄洒落 九鬼周造 駄洒落を聞いてしらぬ顔をしたり眉をひそめたりする人間の内面生活は案外に空虚なものである。軽い笑は真面目な陰鬱な日常生活に朗かな影を投げる。ある日、私がパリで散髪をしていると理髪師が私に向ってデ・ジャポネー(日本人)は騎兵は要らぬそうですねといった。何のことかと聞くとデジャ(既に)ポネー(小馬)だからといった。人を馬鹿にしているこ

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偶言

津田左右吉

日本人の趣味は淡泊である、清楚である、または軽快である、濃艶な、重くるしい、はでやかな、または宏大なものは好まない、だから、――というような話が今でもまだ或る程度まで真実らしく、いわれもし聞かれもしている。日本人の趣味が淡泊とか軽快とかいう言葉でいいあらわし得るものであることが、よし過去において、間違のない事実であったにせよ、「だから」という接続詞をそのあと

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偸桃

蒲松齢

少年の時郡へいったが、ちょうど立春の節であった。昔からの習慣によるとその立春の前日には、同種類の商買をしている者が山車をこしらえ、笛をふき鼓をならして、郡の役所へいった。それを演春というのであった。 私も友人についてそれを見物していた。その日は外へ出て遊んでいる人が人垣を作っていた。堂の上には四人の官人に扮した者がいたが、皆赤い着物を着て東西に向きあって坐っ

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偽刑事

川田功

偽刑事 川田功 或停車場で電車を降りた。長雨の後冷かに秋が晴れ渡った日であった。人込みから出るとホームの空気が水晶の様に透明であった。 栗屋君は人波に漂い乍ら左右前後に眼と注意とを振播き始めた。と、直ぐ眼の前を歩いて居る一人の婦人に彼の心は惹付られた。形の好い丸髷と桃色の手絡からなだらかな肩。日本婦人としては先ず大きい型で、腰の拡がったり垂れたりして居ない、

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それに偽りがないならば 憲法の規定により国民の名において裁判する――鈴木裁判長

宮本百合子

去る十一月一日発行の『文学新聞』に評論家の佐藤静夫氏が三鷹事件の被告宮原直行さんの令兄にインタービューしたときのルポルタージュがのせられていた。商業新聞のやりかたにいためられてはじめは会うのも話をするのもいやがっていた令兄子之吉氏は、やがて『文学新聞』というもののたちがわかって、ぼつぼつ話しはじめたと書かれている。その話の中に次の言葉があった。八月八日に「は

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偽りのない文化を

宮本百合子

偽りのない文化を 宮本百合子 一 きょう、わたしたち女性の生活に文化という言葉はどんなひびきをもってこだまするだろう。文化一般を考えようとしても、そこには非常に錯雑した現実がすぐ浮び上って来る。このごろの夏の雨にしめりつづけてたきつけにくい薪のこと、そのまきが乏しくて、買うに高いこと。干しものがかわかなくて、あした着て出るものに不自由しがちなこと。シャボンが

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ルウベンスの偽画

堀辰雄

それは漆黒の自動車であつた。 その自動車が輕井澤ステエシヨンの表口まで來て停まると、中から一人のドイツ人らしい娘を降した。 彼はそれがあんまり美しい車だつたのでタクシイではあるまいと思つたが、娘がおりるとき何か運轉手にちらと渡すのを見たので、彼は黄いろい帽子をかぶつた娘とすれちがひながら、自動車の方へ歩いて行つた。 「町へ行つてくれたまへ」 彼はその自動車の

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ルウベンスの偽画

堀辰雄

ルウベンスの偽画 堀辰雄 それは漆黒の自動車であった。 その自動車が軽井沢ステエションの表口まで来て停まると、中から一人のドイツ人らしい娘を降した。 彼はそれがあんまり美しい車だったのでタクシイではあるまいと思ったが、娘がおりるとき何か運転手にちらと渡すのを見たので、彼は黄いろい帽子をかぶった娘とすれちがいながら、自動車の方へ歩いて行った。 「町へ行ってくれ

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傀儡の夢(五場)

岸田国士

有田浩三の書斎。朝。 浩三  (読んでゐる新聞から目を放さずに、はひつて来た妻に向ひ)おはやう。昨夜はよく眠つたかい。何か寝言を云つてたね。倉子  (夫の手から新聞を取り上げ)これ、もう御覧になつたんでせう。ええ、よく眠ましたわ。寝言なんか云つて、あたくし?浩三  お前の寝言はこれで三度目だ。お前が、そんな顔をして、恐ろしい秘密をもつてゐようとは思はないが、

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プウルの傍で

中島敦

グラウンドではラグビイの選手達が練習をしていた。彼等は黒地に黄色の、縞のユニフォオムを着けていた。それは何となく蜂のような感じを与えた。次から次へと球を渡しながら、十人ばかり横に並んだのが一斉にグラウンド一杯に走り出して、パススィングの練習をはじめた。と、又、それが密集してドリブルの稽古に移ったりした。陽は斜めに、丘の上にある昔の韓国時代の仏蘭西領事館の赤い

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傍人の言

豊島与志雄

傍人の言 豊島与志雄 「文士ってものは、こう変に、角突きあってる……緊張しあってるものだね。」 そうある人が云った。――この人、長く地方にいて、数ヶ月前に東京へ立戻ってきたのであるが、文学者や画家に知人が多く、といって自分では何にも書きも描きもしないで、少しばかり教師をして、多くは遊んだり読んだり観たりしてるのである。実際的には余り役に立たない存在であるが、

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傍観者の言

岸田国士

傍観者の言 岸田國士 昔から、文芸上の論戦ほど、読んで面白く、考へると馬鹿々々しいものはない。 面白いのは、尤もらしいからである。しかし、両方とも尤もらしいのだから、喧嘩にもなにもならず、そのくせ大にやり合つてゐるつもりでゐるから、そこが馬鹿々々しいのである。殊に相手の云ふことに耳を傾けない――傾けてもわからないらしい――論駁などは、甚だ愛嬌がある。 「なる

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長谷川時雨

傘 長谷川時雨 秋雨のうすく降る夕方だつた。格子戸の鈴が、妙な音に、つぶれて響いてゐるので、私はペンをおいて立つた。 臺所では、お米を磨いでゐる女中が、はやり唄をうたつて夢中だ。湯殿では、ザアザア水音をさせて、箒をつかひながら、これも元氣な聲で、まけずに郷土の唄をうたつてゐる。私は細目に、玄關の障子をあけてみた。 「冬子は見えてをりませうか?」 洋服で、骨の

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備前焼

北大路魯山人

陶器は絵の描かれたものが大部分である。ところが、少数ではあるが、絵の描いてない陶器が日本には縄文、弥生や、陶器とは言えないが埴輪がある。これらに類似して、なんら絵をほどこさず、しかも、釉も掛けない陶器に備前焼がある。無釉陶の中でも、群を抜いて美しいのが、この備前焼である。古備前を見ても、またどんな陶器を見ても、人と時代の力で、秀れた陶器を数多く見るが、この備

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備後より

中村憲吉

この峡に帰ると急に強く秋らしい日光の光線が感じられて、最初は稍物寂しく思つたが今は慣れるに従つて却つて真実に心が落著いて来た様である。山峡の秋はこれから愈々深んで行く計りだ。早稲ももうぼつぼつと刈り始められて居る。この刈跡が漸次峡底に増加えて行くといやはてには人目も草も枯れはてる寂しい冬が来るのである。それにしても自然の推移の早いに驚かざるを得ない。帰省した

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備忘録

寺田寅彦

備忘録 寺田寅彦 仰臥漫録 何度読んでもおもしろく、読めば読むほどおもしろさのしみ出して来るものは夏目先生の「修善寺日記」と子規の「仰臥漫録」とである。いかなる戯曲や小説にも到底見いだされないおもしろみがある。なぜこれほどおもしろいのかよくわからないがただどちらもあらゆる創作の中で最も作為の跡の少ないものであって、こだわりのない叙述の奥に隠れた純真なものがあ

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