Vol. 2May 2026

書籍

パブリックドメイン世界知識ライブラリ

14,981종 중 4,896종 표시

冬日の窓

永井荷風

○ 窓の外は隣の家の畠である。 畠の彼方に、その全景が一目に眺められるような適当の距離に山が聳えている。 山の一方が低くなって樹木の梢と人家の屋根とにその麓をかくしているあたりから、湖水のような海が家よりも高く水平線を横たえている。 これが熱海の町端の或家の窓から見る風景である。九月の初からわたくしは此処に戦後の日を送っている。秋は去り年もまた日に日に残少く

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冬日の窓

永井荷風

○ 窓の外は鄰の家の畠である。 畠の彼方に、その全景が一目に眺められるやうな適当の距離に山が聳えてゐる。 山の一方が低くなつて樹木の梢と人家の屋根とに其麓をかくしてゐるあたりから、湖水のやうな海が家よりも高く水平線を横たへてゐる。 これが熱海の町端の或家の窓から見る風景である。九月の初からわたくしは此処に戦後の日を送つてゐる。秋は去り年も亦日に日に残少くなつ

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冬日記

原民喜

真白い西洋紙を展げて、その上に落ちてくる午後の光線をぼんやり眺めていると、眼はその紙のなかに吸込まれて行くようで、心はかすかな光線のうつろいに悶えているのであった。紙を展べた机は塵一つない、清らかな、冷たい触感を湛えた儘、彼の前にあった。障子の硝子越しに、黐の樹が見え、その樹の上の空に青白い雲がただよっているらしいことが光線の具合で感じられる。冷え冷えとして

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ある冬の晩のこと

小川未明

橋のそばに、一人のみすぼらしいふうをした女が、冷たい大地の上へむしろを敷いて、その上にすわり、粗末な三味線を抱えて唄をうたっていました。 あちらにともっている街燈の光が、わずかに、寒い風の吹く中を漂ってきて、この髪のほつれた、哀れな女を、闇のうちに、ほんのりと浮き出すように照らしているばかりなので、顔もはっきりとわからなかったが、どうやら女は両方の目とも見え

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冬晴れ

原民喜

冬晴れ 原民喜 上と下に路があって真中に桜の並木が植ってゐるが、上の方の路にはよく日があたった。ところどころ家並が切れたところに川が見えた。一人の小学生が日のよくあたる方の路を歩いて学校へ行ってゐた。すると後から上級生がやって来た。苦味走った顔の、力の強さうな上級生は彼と並んで一緒に歩き出した。二人の肩に冬の朝日がぽかぽか照りつけた。桜の枯木は生ぬるい影を地

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冬枯れ

徳永直

この南九州の熊本市まで、東京から慌ただしく帰省してきた左翼作家鷲尾和吉は、三日も経つともうスッカリ苛々していた――。 朝のうちは、女房が洗濯を終るまで子守しなければならぬので、駄菓子店である生家の軒先の床机を出して、懐中の三番めの女の児をヨイヨイたたきながら、弱い冬の陽だまりでじッとしている習慣だった。 この辺は熊本市も一等端っこの町はずれで、肥汲み馬車と、

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冬に死す

竹内浩三

蛾が 静かに障子の桟からおちたよ 死んだんだね なにもしなかったぼくは こうして なにもせずに 死んでゆくよ ひとりで 生殖もしなかったの 寒くってね なんにもしたくなかったの 死んでゆくよ ひとりで なんにもしなかったから ひとは すぐぼくのことを 忘れてしまうだろう いいの ぼくは 死んでゆくよ ひとりで こごえた蛾みたいに ●図書カード

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冬の法隆寺詣で

正宗白鳥

十二月中旬、私は法隆寺詣でをした。私は青年のころから今日までに幾度この寺へ行ったことか。さして意味のある事ではないので、ただ何かのはずみで身に着いた習慣を追っているようなものである。半世紀あまりも前に、Y新聞の美術面担任記者となった時、それでは奈良の寺院や仏像ぐらいは、一通り見て置かねばなるまいと思い立って、上野の博物館員の紹介状をもらって出掛けた。法隆寺で

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冬物語

牧野信一

その田舎の、K家といふ閑静な屋敷を訪れて、私は四五年振りでそこの古風な庭を眺めることを沁々と期待してゐたが、折悪しく激しい旋風がこゝを先途と吹きまくつて止め度もなく、遥かの野面から砲煙のやうに襲来する竜巻の津波で目もあけられぬ有様だつた。 「何もこの風は、けふに限つたことではありはしない。大体冬ぢうは吹き通す風さ。」 とK家の主の銑太郎は、風流さうな顔つきを

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冬至

桜間中庸

あをいタイルの浴槽にひたつてゐる。 外は武藏野の風であらうにこの落ちついた心はふるさとを想つてゐる。 ぷち――ぷち ゆぶねのあちこちに月のやうに浮んでゐる橙の實をそつと下から押へる。 兩手の指で押へると種子はあわてゝはねる。いゝ音だ。 冬至。ふるさとも風であらう。 ぷちつとはねた種子は私の額ではずんで湯に逃げた。 私は笑ひたくなつた。 顏をあげると高いガラス

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冬至の南瓜

窪田空穂

十二月二十二日、冬日ざしが眩しく照つてはゐるが、めつきりと寒くなつた日の午後、A君といふ、青年と中年の中間年輩の人が、用足しに来た。事が済んだあと、「今日はいよいよ南瓜を食べる日になつたね」と、歳末の挨拶気分で云つた。するとA君は急に笑ひ出して、「すこし以前のことですがね、出入をしてゐた百姓が、冬至前に南瓜を持つて来たんです。私はそれを見て、何だこんなうらな

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冬の花火

太宰治

人物。 数枝   二十九歳 睦子   数枝の娘、六歳。 伝兵衛  数枝の父、五十四歳。 あさ   伝兵衛の後妻、数枝の継母、四十五歳。 金谷清蔵 村の人、三十四歳。 その他  栄一(伝兵衛とあさの子、未帰還) 島田哲郎(睦子の実父、未帰還) いずれも登場せず。 所。 津軽地方の或る部落。 時。 昭和二十一年一月末頃より二月にかけて。 第一幕 舞台は、伝兵衛宅

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冬の蠅

梶井基次郎

冬の蠅とは何か? よぼよぼと歩いている蠅。指を近づけても逃げない蠅。そして飛べないのかと思っているとやはり飛ぶ蠅。彼らはいったいどこで夏頃の不逞さや憎々しいほどのすばしこさを失って来るのだろう。色は不鮮明に黝んで、翅体は萎縮している。汚い臓物で張り切っていた腹は紙撚のように痩せ細っている。そんな彼らがわれわれの気もつかないような夜具の上などを、いじけ衰えた姿

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冬を迎へようとして

水野仙子

冬を迎へようとして 水野仙子 ――(櫻田本郷町のHさんへ)―― 今日はほんとうにお珍しいおいでゝ、お歸りになつてから「お前は今日よつぽどどうかしてゐたね。」といはれましたほど、私の調子が狂ひました。ほんとうにあなたはめつたにお出ましにならないので、私どものやうに引越してばかりゐますと、ついあなたが御存じない家も出來てまゐります、今日はほんとうに嬉しうございま

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冬の逗子

桜間中庸

わびしさのつもれば獨り訪ね來て悲しき海の冬を聞くなり 水面擦り飛ぶおほ鳥の眞白なる翼に疲れ見えて哀しも うら枯れし濱晝顏のながながと此處別莊の裏につゞけり 半島の岩に碎くる波見えて浪子不動に日は暮れなずむ 不動堂の折鶴の色あせゆきて冬に入るなりこゝ逗子の濱 手向けたる菊も懷かし不動堂やさしき主の住まひ給へば 折鶴の吊られたるまゝ色あせし不動の冬の夕べは哀し

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冬の風鈴

牧野信一

三月六日 前日中に脱稿してしまはうと思つてゐた筈の小説が、おそらく五分の一もまとまつてはゐなかつた。それも、夥しく不安なものだつた。ひとりの人間が、考へたことを紙に誌して、それを読み返した時に自ら嘘のやうな気がする――それは、どちらかの心が不純なのかしら? この頃の自分は、書き度いことは全く持つてゐないと云ふ状態ではないのに。 言葉が見つからないのか! 今日

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冬の鯊釣

佐藤垢石

彼岸の鯊は中気の薬というが、まだその頃の鯊は形が小さく、肉も軟かく、味が上等とはいえません。 海に寒風が吹いて、釣姿に襟巻を必要とする時が来ると、鯊は大きく育って背の肉が盛り上るようになって食味をそそるのであります。三枚に下した天プラは誰でも愛賞し又カラ揚にして酢で食べれば実におつなものであります。だから家庭の御勝手を賑やかそうとする人は、冬の鯊釣に出掛けま

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冬の鰍

佐藤垢石

冬の鰍 佐藤垢石 冬の美味といわれるもののうち鰍の右に出るものはなかろう。 肌の色はダボ沙魚に似て黝黒のものもあれば、薄茶色の肌に瓔珞のような光沢を出したのもあるが、藍色の肌に不規則な雲型の斑点を浮かせて翡翠の羽に見るあの清麗な光沢を出しているのが一番上等とされている。川の水温と鰍は密接な関係を持っている。北風に落葉が渦巻いて、鶺鴒の足跡が玉石に凍るようにな

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冷かされた桃割娘

上村松園

冷かされた桃割娘 上村松園 いつも一番なつかしく若い頃を思い出させるのはその頃の縮図帖です。今の八坂倶楽部の地に有楽館というのがあって、森寛斎さんの創められた如雲社という集まりには京都中の当時の絵描が毎月十一日に集まって、和やかに色んな話をしたものです。その席上でも必ずお寺や町の好事家から昔の名画を参考品に七、八点出されるのが例になっており、それを一生懸命写

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凍るアラベスク

妹尾アキ夫

風の寒い黄昏だった。勝子は有楽町駅の高い石段を降りると、三十近い職業婦人の落着いた足どりで、自動車の込合った中を通り抜けて、銀座の方へ急いだ。 勝子は東京郊外に住んではいても、銀座へは一年に一度か二度しか来なかった。郊外の下宿から、毎日体操教師として近くの小さい女学校に通うほかには、滅多に外に出たことがなかった。 やや茶色がかった皮膚には健康らしい艶があって

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凍上の話

中谷宇吉郎

もう十年余りも昔の話になるが、私が寺田先生の助手をつとめて理研で働いていた頃のことである。先生はよく日本独特のものや、特に日本に顕著な自然現象は、一日も早く日本人の手によって究明しておくべきだということを言っておられた。 その代表的なものとしては、線香花火や金米糖、それから墨流しなどがいつも挙げられていた。現に墨流しなどは、先生が亡くなられる時まで数年来ずっ

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凍土を噛む

今野大力

土に噛りついても故国は遠い 負いつ 負われつ おれもおまえも負傷した兵士 おまえが先か おれが先か おれもおまえも知らない おれたちは故国へ帰ろう おれたちは同じ仲間のものだ お前を助けるのは俺 俺を助けるのはお前だ おれたちは故国へ帰ろう この北満の凍土の上に おれとお前の血は流れて凍る おお赤い血 真紅のおれたちの血の氷柱 おれたちは千里のこなたに凍土を

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