Vol. 2May 2026

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宝塚生い立ちの記

小林一三

宝塚生い立ちの記 小林一三 四十年前の宝塚風景 私が宝塚音楽学校を創めてから、今年でちょうど四十一年になる。今日でこそ、大衆娯楽の理想郷としてあまねく、その名を知られている宝塚ではあるが、学校をはじめた当時は、見る影もない寂しい一寒村にすぎなかった。 そして宝塚という名称は、以前には温泉の名であって、今日のような地名ではなく、しかもその温泉は、すこぶる原始的

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宝島 01 序

佐々木直次郎

「宝島」はロバート・ルーイス・スティーヴンスン(一八五○―一八九四)の最初の長篇小説であり、彼の出世作であるが、また彼の全作中でも最も高名な名作であることは周知の通りである。紀行文、随筆、短篇小説などにおける彼の数年間の文筆生活の後に、一八八一年の九月、スコットランドのブレーマーでの療養中に書き始められた。作者自身の記すところによれば、彼が或る日彼の妻の連子

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宝石商

小川未明

昔、北の寒い国に、珍しい宝石が、海からも、また山からもいろいろたくさんに取れました。 それは、北の国にばかりあって、南の方の国にはなかったのであります。南の方の暖かな国は富んでいましたから、この珍しい宝石を持って売りにゆけば、たいそう金がもうかったのでありました。 けれど、質樸な北の方の国の人々は、そのことを知りませんでした。また、遠い南の国へゆくにしても、

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宝石の序曲

松本泰

宝石の序曲 松本泰 1 狭い、勾配の急な裏梯子を上り切ったところの細長い板の間は、突き当たりに厚いカーテンがかかっていて、古椅子や古テーブルなどを積み重ね、片側をわずかに人が通れるだけ開けてある。そこは階下に通ずる非常口で、めったに使うことはなかった。 梯子段に近い明かり取り窓の下に、黒天鵞絨の洋服を着た盲目の少女が夕陽の中の鉄棒の影のように立っている。長い

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宝蔵の短刀

田中貢太郎

宝蔵の短刀 宝蔵の短刀 田中貢太郎 御宝蔵方になった小松益之助は、韮生の白石から高知の城下へ出て来て与えられた邸へ移った。その邸は元小谷政右衛門と云う穀物方の住んでいた処であったが、その小谷は同輩の嫉妬を受けて讒言(ざんげん)せられ、その罪名は何であったか判らないが、敷物方と云うから何か己(じぶん)の出納していた職務のうえからであろう、とうとう切腹を命ぜられ

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いてふの実

宮沢賢治

いてふの実 宮沢賢治 そらのてっぺんなんか冷たくて冷たくてまるでカチカチの灼きをかけた鋼です。 そして星が一杯です。けれども東の空はもう優しい桔梗の花びらのやうにあやしい底光りをはじめました。 その明け方の空の下、ひるの鳥でも行かない高い所を鋭い霜のかけらが風に流されてサラサラサラサラ南の方へ飛んで行きました。 実にその微かな音が丘の上の一本いてふの木に聞え

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実感

織田作之助

実感 織田作之助 文子は十七の歳から温泉小町といわれたが、 「日本の男はみんな嘘つきで無節操だ。……」 だからお前の亭主には出来ん――という父親の言落を素直にきいているうちにいつか二十九歳の老嬢になり秋は人一倍寂しかった。 父親は偏窟の一言居士で家業の宿屋より新聞投書にのぼせ、字の巧い文子はその清書をしながら、父親の文章が縁談の相手を片っ端からこき下す時と同

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実感への求め

宮本百合子

実感への求め 宮本百合子 先月、日比谷映画劇場で、国際観光局が海外宣伝映画試写会をもよおした。「富士山」と「日本の女性」という二つの作品で、其映画のはじまる前に、映画製作に直接関係した課の長にあたる人の挨拶があった。これまでの日本の映画音楽がよくなかったので、この二つには特に新進の作曲家たちの労作を得た。 「所期の成果をおさめて居りますかどうかは、専門家の方

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実物と模型

相馬御風

人間の手を直に型にとつた石膏で造り上げたものを見た。しかし、どういふわけかそれは少しも生きた感じを与へなかつた。却つて芸術家の眼で見た人間の手の印象を元として造つたものゝ方がより多く私達に生きた手を感じさせるのである。 私は嘗て或腕のすぐれた工匠が幾十年といふ永い間の苦心によつて造り上げたといふ日光東照宮か厳島神社かの精巧な模型を見たことがある。その精巧さに

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実行的道徳

北村透谷

実行的道徳 北村透谷 人は地に生れたるものにして、天を家とするものならず、人生は社会周辺の事実に囲まれてあるものなれば、性行を経綸すべき倫理なるもの一日も無かるべからざるなり。社会は時辰機の如し、一部分の破損は以て全躰の破損となり、遂には運行を止むるに至るべし。之を以て孰れの邦国にも孰れの社会にも必らず何等かの倫理あるなり。近頃実際的道徳の要を知りはじめたる

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実践について ――馬になった話――

中井正一

山口県の「光」に鉄道の講演会に行った帰途であった。柳井の駅で駅員が、「中井先生はいませんか。中井先生はいませんか」と叫んでいる。フト私の事かも知れんと思って、顔を出すと、「真直ぐに尾道に帰らずに広島に降りて下さい。労働者が待っていますから。鉄道電話の連絡です。」と言う。変だなとは思ったが、その頃広島県の中立委員として地方労働委員長をしていた私は、ともかくも広

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実際に役立つ国民の書棚として図書館の改良

宮本百合子

実際に役立つ国民の書棚として図書館の改良 宮本百合子 国民の文化生活が、個人的な方法で向上を計られて来たこれまでとちがって、これからは個々の経済力の相違に余り大きい支配をうけないやりかたで、国全体の文化の質が高められて行くようになることを皆が希望していると思う。 経済の力の相違が国民の文化生活の間に懸隔をもたらさないと同時に、男であり、女であるという偶然なこ

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実験室の思い出

中谷宇吉郎

実験室に於ける寺田先生のことを書こうと思うと、私はすぐ大学の卒業実験をやった狭い実験室のことを思い出す。 それは化学の新館と呼ばれていた、小さい裸のコンクリートの建物の一階にあった狭い実験室である。震災の翌年のことで、物理の建物が使えなくなったので、化学の新館を借りていたのであった。この実験室の中で、寺田先生の指導の下で卒業実験を始めたのが、正式に先生の下で

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実験室の記憶

中谷宇吉郎

実験室の記憶というのは、追憶という意味ではなく、犬などの記憶というのと同じ意味で、実験室が記憶力をもっているという話なのである。 実験室が記憶力をもつなどというと、いかにも突飛な話のようである。しかし、実際に実験室の生活をした人には、その意味がわかるはずである。 一つの教室に属するいくつかの実験室には、指導者の風格などという高尚な話は別として、卑近な実験技術

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たんざくの客

片山広子

大正のいつごろであつたか、大森新井宿で私はサラリーマンの家の平和な生活をしてゐた時分、或る日奇妙なおじいさんが訪ねて来た。どんな風に奇妙なのか、ただ取次に出た少女が奇妙なおじいさんと言つた。おじいさんは名も言はずただ一枚の短冊を出して、これを奥さんにお目にかけて下さい、用向きもそこに書いてありますと言つたと彼女が取り次いだ。その短冊にはよく枯れた字で書いてあ

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客ぎらい

谷崎潤一郎

○ たしか寺田寅彦氏の随筆に、猫のしっぽのことを書いたものがあって、猫にあゝ云うしっぽがあるのは何の用をなすのか分らない、全くあれは無用の長物のように見える、人間の体にあんな邪魔物が附いていないのは仕合せだ、と云うようなことが書いてあるのを読んだことがあるが、私はそれと反対で、自分にもあゝ云う便利なものがあったならば、と思うことがしば/\である。猫好きの人は

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客居偶録

北村透谷

客居偶録 北村透谷 其一 旅心 暫らく都門熱閙の地を離れて、身を閑寂たる漁村に投ず。これ風流韻事の旅にあらず。自から素性を養ひて、心神の快を取らんとてなり。わが生、素と虚弱、加ふるに少歳、生を軽うして身を傷りてより、功名念絶えて唯だ好む所に従ふを事とす。不幸にして籍を文園に投じ、猜忌の境に身をめり。斯の如きは素願にあらず、希くは名もなく誉もなき村人の中に交り

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室の中を歩く石

田中貢太郎

大阪市住吉区阿倍野筋一丁目に、山本照美と云う素封家の未亡人が住んでいた。其家には三人の子供があって、長女を政子、長男を政重、次男を政隆と云っていた。 その夏照美さんは、子供たちのために、庭へ小さな池を掘って数多金魚を入れたが、池の周囲が淋しいので、石を拾って来てその中へ置いた。それは鶏卵大の石で、数は十六個あったが、そのうち一個だけが赤みがかった石で、他は皆

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室生さんへの手紙

堀辰雄

御高著「室生犀星詩集」(第一書房版)をお送り下さつて有難うございました。 私はいまこの雜誌からあなたに宛てた手紙の形式で何かあなたのことを書けと云はれ、丁度改造社版の「新選室生犀星集」を讀んでゐたところなので、あなたのさまざまな時代の作品のことを考へるには、最も適當な機会を得た譯であります。 吉村鐡太郎君が「文學」の二月號に「室生犀星論」を書いてゐますが、も

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室生犀星に与ふ

萩原朔太郎

室生君! 君との友情を考へる時、僕は暗然たる涙を感ずる。だがそれは感傷でなく、もつと深い意味のものが、底から湧いてくるやうに思はれる。いかにしても、僕にはその意味が語りつくせない。だが力の及ぶだけ、貧しい表現をつくしてみよう。 室生君! いかに過去に於て、僕が君の詩に魅惑されたか。君の「抒情小曲集」にある斷章や「ふるさと」の詩を、始めて北原白秋氏の雜誌で見た

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室生犀星の印象

萩原朔太郎

室生とはあまり知りすぎて居るので、却つて印象といふやうな者がない。私が始めて彼の名を知つたのは、北原白秋氏の雜誌ザムボア(今のザムボアではない)で、彼の敍情小曲を見た時からだ。その時分は僕等もまた少年時代の心もちがぬけないで、たいさう純樸な若々しい情緒をもつて居たので、お互に浪漫的な小曲をかいてゐた。言はば此の時代は、あの「コサツク」を書いたトルストイ、「貧

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室生犀星君の人物について

萩原朔太郎

最近第一書房からして、僕の選した室生犀星君の詩集が出るので、この際僕の見た室生君を、人物的に略記してみたいと思ふ。尤も僕は、以前から幾度も室生君のことを書き、むしろ書きすぎてゐるほどであるが、最近彼が大森へ移轉して來て、田端以來の舊交が大に温まつたので、また新しく書く感興が起つたのだ。 人物としての室生君は、だれも言ふ如く眞に純情無比の人である。(作品として

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室生犀星君の飛躍

萩原朔太郎

僕は一つの飛躍を見た! 室生犀星君に就いてである。 最近二三ヶ月の間に、彼は驚くべき跳躍をした。勇敢にも、過去の一切を投げ出し、鷲のやうに空を飛んだ。僕はそれを見て勇氣が起り、慄然とし、人生の力ある意志を感じた。 實に室生犀星の今日あるは、僕がかつて前に豫感し、且つ言つたのである。(雜誌・椎の木所載・室生犀星君の心境的推移について・參照)それは最近出版された

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室生犀星に就いて

萩原朔太郎

たいていの文學者は、何かの動物に譬へられる。例へば佐藤春夫は鹿であり、芥川龍之介は狐であり、谷崎潤一郎は豹であり、辻潤は山猫の族である。ところで、同じ比喩を言ふならば、室生犀星は蝙蝠である。彼はいつでも、自分だけの暗い洞窟に隱れてゐる。彼は鷲や鷹のやうな視覺を持たない。けれども翼の觸覺からして、他の禽獸が知らないところの、微妙な空間を感覺して居る。すくなくと

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