津田左右吉 · 일본어
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원문 (일본어)
芸術史家、または芸術の批評家が或る個人の作品を観てそこにその作家の属している国民全体の趣味なりまたは物の見かたなり現わし方なりの或る傾向が見えるというのは尤な話である。しかし芸術家が製作をするに当って「おれは日本人だから日本人の趣味を現わすのだ」というようなことを意識してかかるものがあるならば、それは飛んでもない見当ちがいの話である。芸術家が製作するに臨んでは渾身ただ燃ゆるが如き製作欲があるばかりである。はちきれんばかりに充実している或るものが内にあって、ただそれに形を与えて外に現わそうとすることに向ってのみ全意識が集中せられねばならぬ。出来上がった作品をとおして外部から見ればそこに日本人らしい何物かがあるかも知れぬ。けれどもそれは作家の関知するところではない。作家はただ自己の現わそうとするところを現わすのみである。あるいはまた作家がその国の古芸術を研究してその間から何らかの暗示を得、または一種のインスピレエションを得ることもあろう。そうしてその作家の作品にはおのずからその国の古代芸術の面影が現われ、あるいは一道の霊光が両者の間に相感通するというようなこともあろう。しかし、そんな詮索は
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津田左右吉
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