奇談クラブ〔戦後版〕 13 食魔
野村胡堂
「皆さんのお話には、譬喩と諷刺が紛々として匂う癖に、どなたも口を揃えて、――私の話には譬喩も諷刺も無いと仰しゃる――それは一応賢いお言葉のようではありますが、甚だ卑怯なように思われてなりません。そこへ行くと、私のこれから申上げようと思う話は、譬喩と諷刺と当て込みと教訓で練り固めたようなもので、まことに早や恐縮千万ですが、よく噛みしめて、言外の意を味わって頂き
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野村胡堂
「皆さんのお話には、譬喩と諷刺が紛々として匂う癖に、どなたも口を揃えて、――私の話には譬喩も諷刺も無いと仰しゃる――それは一応賢いお言葉のようではありますが、甚だ卑怯なように思われてなりません。そこへ行くと、私のこれから申上げようと思う話は、譬喩と諷刺と当て込みと教訓で練り固めたようなもので、まことに早や恐縮千万ですが、よく噛みしめて、言外の意を味わって頂き
野村胡堂
「痴人夢を説くという言葉がありますが、人生に夢が無かったら、我々の生活は何と果敢なく侘しく、荒まじきものでしょう。夢あればこそ我々はあらゆる疾苦と不平と懊悩にも堪えて、兎にも角にも何万日という――考えただけでも身顫いを感ずるような、恐ろしい生活を続けて行くのです」 それは吉井明子夫人の美しさと聡明さに吸い寄せられた、限りなき猟奇探究者達の集りなる、「奇談クラ
野村胡堂
「徳川時代にも、幾度か璽光様のようなのが現われました。流行る流行らないは別として、信じ易い日本人は精神病医学のいわゆる憑依妄想を、たちまち生身の神仏に祭り上げたり、預言者扱いをして、常軌を逸した大騒ぎを始めるのです。私はそれが、良いとか悪いとか申すのではありません。兎にも角にもここでは、徳川時代の最も代表的な生き仏の話も皆様に聴いて頂こうかと思うのです」 奇
野村胡堂
「さて皆様、私はここで、嘘のような話を聴いて頂きたいのであります。話の真実性については、皆様の御判断に任せるとして、兎も角も、これは決して嘘ではないということだけは、当夜の盛大な結婚式に列席した方々は、証明して下さることと思います」 話し手の小塚金太郎は、斯んな調子で始めました。名前はひどく世俗的で、手堅い商人かなんかのように響きますが、実はまだ若い作曲家で
野村胡堂
吉井明子夫人を会長とする奇談クラブの席上で、話の選手に指名された近江愛之助は、斯んな調子で語り始めるのでした。 「これは決して世間並の奇談ではありません。話の中には妖怪変化が出て来るわけでもなく、常識を超越した不思議な事件が起るわけでもないのです。ただ併し、私はその様な道具立のおどろおどろしき物語よりも、此世の中には、もっともっと不思議な事件があるような気が
海野十三
義弟の出獄 烏啼天駆といえば、近頃有名になった奇賊であるが、いつも彼を刑務所へ送り込もうと全身汗をかいて奔走している名探偵の袋猫々との何時果てるともなき一騎討ちは、今もなお酣であった。 その満々たる自信家の烏啼天駆が、こんどばかりは困り果ててしまった。散歩者の胸の中から心臓を掏り盗る技術も持っているし、一夜のうちに時計台を攫っていってしまう特技もある怪賊烏啼
原民喜
二年のB組の教室は、今しーんとして不思議な感激が満ちたまま、あっちでもこっちでも啜泣く声がきこえた。 「僕は泥水のやうに濁った腐敗分子でした。」と教壇の上で一人が釘づけになって、次を云はうとしてゐた。その時小使が頓馬な顔つきでドアを開けて、空の薬鑵を持って帰らうとしかけたが、 「それは後にしてくれ給へ。」と主任教師がすると、小使はけげんな顔つきで教室を名残惜
坂口安吾
お奈良さま 坂口安吾 お奈良さまと云っても奈良の大仏さまのことではない。奈良という漢字を当てるのがそもそもよろしくないのであるが、こればかりは奈良の字を当てたいという当人の悲願であるから、その悲願まで無視するのは情において忍びがたいのである。 お奈良さまはさる寺の住職であるが、どういうわけか生れつきオナラが多かった。別に胃腸が人と変っているわけではないらしく
野上豊一郎
奈良二題 野上豐一郎 社交團 正倉院の曝凉は途中で雨が降りだすと追ひ出されて拜觀劵がそれきり無效になるので天氣を見定めて出かけねばならなかつた。それに、拜觀時間は十時から三時までと限られてあつたので、時間を有效に利用しなければ、私の計畫してゐたものは全部調べられるかどうかわからなかつた。私はその時(大正十五年十一月)は主として北倉と南倉の階上に陳列されてある
芳賀矢一
一、地にひれふしてあめつちに いのりしまこといれられず 日出づる國のくにたみは あやめもわかぬやみぢゆく 二、御大喪の今日の日に 流るゝ涙はてもなし きさらぎの空はるあさみ 寒風いとゞ身にはしむ ●図書カード
梶井基次郎
奎吉 梶井基次郎 「たうとう弟にまで金を借りる樣になつたかなあ。」と奎吉は、一度思ひついたら最後の後悔の幕迄行つて見なければ得心の出來なくなる、いつもの彼の盲目的な欲望がむらむらと高まつて來るのを感じながら思つた。 彼にとつてはもうこうなればその醜い欲望が勝を占めてしまふに違ひなかつた。彼は彼で祕かにそれを見越して、それを拒否する意志の働くのを斷念する傾きが
小川未明
やさしい奥さまがありました。あわれな人たちには、なぐさめてやり、また、貧しい人たちには、めぐんでやりましたから、みんなから、尊敬されていました。 冬になると雪が降りました。そして、いままで、外で働いていたものは、仕事をすることができなくなりました。家にいてさえ、寒い日がつづいたのであります。 「ああこんなような日には、食べるものもなく、また、たく薪もなく、困
国枝史郎
年増女の美しさは、八月の肌を持っているからだ。 ああ小径には凋るる花 残んの芳香を上げている。 「よろしゅうございます、お話ししましょう。が、それ前に標語を一つ、お話しすることにいたしましょう。 『心にゴロン棒の意気を蔵し、顔に紳士の仮面をくっつけ、チャップリンの足どりで歩いたら、人生めったに行き詰まらない』と。……私のための標語なので。……で、お話しいたし
喜田貞吉
余輩は前号において征夷大将軍の名義について管見を披瀝し、平安朝において久しく補任の中絶しておったこの軍職が、源頼朝によって始めて再興せられたものである事情を明かにし、その以前に木曾義仲がすでに征夷大将軍に任ぜられたとの古書の記事があり、それが古来一般に歴史家によって認められているとはいえ、その実義仲の任ぜられたのは頼朝討伐のための征東大将軍であって、征夷では
小島烏水
泊まったのは、二の俣の小舎である。 頭の上は大空で、否、大空の中に、粗削りの石の塊が挟まれていて、その塊を土台として、蒲鉾形の蓆小舎が出来ている。立てば頭が支える、横になっても、足を楽々延ばせない、万里見透しの大虚空の中で、こんな見すぼらしい小舎を作って、人間はその中に囚われていなければならない、戸外には夜に入ると、深沈たる高山の常、大風が吼けって、瓦落瓦落
久生十蘭
京都所司代、御式方頭取、阪田出雲の下役に堀金十郎という渡り祐筆がいた。 御儒者衆、堀玄昌の三男で、江戸にいればやすやすと御番入もできる御家人並の身分だが、のどかすぎる気質なので、荒けた東の風が肌にあわない。江戸を離れて上方へ流れだし、なんということもなく、京都に住みついてしまった。 筆なめピンコともいう、渡り祐筆の給金は三両一人扶持。これが出世すると、七両と
木暮理太郎
秩父という名が大宮を中心とした所謂秩父盆地に限られていた時代には、武甲山や三峰山などが秩父の高山であるように思われていたのも無理ではない。今から約百年前の文政七、八年頃に出来上った『新篇武蔵風土記稿』を見ると、少し高い山では僅に三峰山、武甲山、両神山及雲取山などが挙げられているだけである。三峰山は古くからお犬様で名高い神社のある山で、現に三、四百人位は泊れる
木暮理太郎
私が始めて秩父の山々から受けた最も強い印象は、其色彩の美しいこと及び其連嶺の長大なることであった。水蒸気の代りに絹針でも包んだような上州名物の涸風が、木の葉色づく十月の半過ぎから雪の白い越後界の山脈を超えて、収穫に忙しい人々の肌を刺すように吹きすさむ日が続くと、冬枯の色は早くも樹々の梢に上って、日蔭には霜柱が白く、咽ぶような幽韻な音を間遠に送る大和スズの声を
喜田貞吉
昨年〔(大正一五年)〕一月発行の本誌〔(『民族』)〕第一巻第二号において、自分は柳田〔(国男)〕君の促しによって、「奥羽地方のアイヌ族の大陸交通はすでに先秦時代にあるか」という標題のはなはだ長たらしい、しかも内容のきわめて貧弱な一小篇〔(前章)〕を掲載して戴いたことであった。それはかつて同じ柳田君が『郷土研究』を発行せられた時に、同誌の同じ第一巻第二号におい
喜田貞吉
奥羽地方には各地にシシ踊りと呼ばるる一種の民間舞踊がある。地方によって多少の相違はあるが、大体において獅子頭を頭につけた青年が、数人立ち交って古めかしい歌謡を歌いつつ、太鼓の音に和して勇壮なる舞踊を演ずるという点において一致している。したがって普通には獅子舞或いは越後獅子などの類で、獅子奮迅踴躍の状を表象したものとして解せられているが、奇態な事にはその旧仙台
今野大力
君はおれの肩を叩いてきいてくれる 君は親しげなまざしでおれを見る おお君はいつもおれの同志 おれたちの力強い同志 しかしおれには今 君の呼びかけたらしい言葉がきこえない 君はどんなにかあの懐かしい声で 留置場からここへ帰って来たおれに 久方ぶりで語ってくれたであろうに おれには君の唇の動くのが見えるだけだ パクパクとただパクパクと忙しげな 静けさ、全く静けさ
宮沢賢治
女 宮沢賢治 そらのふちは沈んで行き、松の並木のはてばかり黝んだ琥珀をさびしくくゆらし、 その町のはづれのたそがれに、大きなひのきが風に乱れてゆれてゐる。気圏の松藻だ、ひのきの髪毛。 まっ黒な家の中には黄いろなラムプがぼんやり点いて顔のまっかな若い女がひとりでせわしく飯をかきこんでゐる。 かきこんでゐる。その澱粉の灰色。 ラムプのあかりに暗の中から引きずり出
久坂葉子
女は五通の手紙を書き、それ/″\白い角封筒に丁寧におさめた。内容は悉く同じものであった。封をしてから、女は裏に自分の名前を書いた。それから五つの表書をしばらく思案していたが、やがて、ペンの音をさせて性急に五種類の名前を書きはじめた。 夕闇が女の部屋にある水仙の白さを浮きたたせた。女は黒革のハンドバッグに五通の手紙をしまいこんだ。 春の朝は、かんばしいかおりと
水野仙子
女 水野仙子 『女つてもの位、なんだね、僕等に取つて依體の知れないものはないね、利口なんだか馬鹿なんだか、時々正體をつかむに苦しむことがあるよ。さうなるとまるで謎だね……法廷なぞでもなんだよ君、あゝあゝかうと、ちやんと言ひ切つてしまふのは女の證人だよ。男なら、さあはつきり覺がありませんとか、よく分りませんでしたとかいふところを、女は事々明瞭に申したてる、そり