Vol. 2May 2026

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料理メモ

北大路魯山人

料理メモ 北大路魯山人 鮎 *食べ頃はあゆのとれ出した若あゆから七月初旬まで。さばのように大きく成長したのはまずい。卵子を持つまでが一等美味。*あゆの産地ではめいめいお国自慢をしているが、結局はだいたいとれたての新鮮なのをすぐ食べること。*はらわたをぬかないはらもちにかぎる。東京に来るのははらわたをぬいたもの九分九厘。買うときにこのことを留意すること。*活あ

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料理一夕話

北大路魯山人

料理の話? 君、料理の話をしたってムダだよ。たとえば、かつおぶしでだしを取るとか、昆布でだしを取るとか言っても、かつおぶしにも昆布にも種類があり、良否があり、取り方にも口で言えないコツがある。竹内栖鳳は、門人に教えて、出来るだけ丁寧に写生をすること、それから出来るだけ筆を抜いて写生すること、それから後は「悟り」だと言ったそうだが、料理もつまり「悟り」だ。 *

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料理人を募る

北大路魯山人

「料理人を募る」星岡茶寮で新聞広告を出すと、たちまちあのチッポケな十行くらいの雇傭広告一回に対して、百人余りもぞろぞろ申込者があった。不景気で失業している人の多いのにもよろうが、料理人が世に溢れるくらいたくさんいるのだとは、よくよく肯かれる。にもかかわらず、ここにこの広告を出すことになった。たくさんの人を欲しいためではなく、たった一人の真の料理人を本誌読者諸

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料理も創作である

北大路魯山人

料理屋の料理にせよ、あるいは家庭の料理にせよ、それがうまくできるもできないも、要するに料理をする人の舌次第なのである。 あそこの料理屋の料理よりも、ここのうちの奥さんのお手料理の方がはるかに美味である、と言うようなことも時に聞く話である。この場合、この奥さんの味覚は、他の料理屋の料理人のそれよりも確かに味覚感度が高く、且つ、しっかりしていたということを意味す

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料理と器物

北大路魯山人

日本料理に使っている上手物の陶器の食器は、多く中国で出来たものである。殊にわが懐石料理に尊重する器具の例を挙げるならば、染付の各種、青磁万体、呉須赤絵、金襴手類などは、残らず中国の食器として生まれたものである。それを三、四百年以来、日本料理に適当として調和させている手腕は、慥かに一見識というべきである。以て当時の人々の鑑賞力のほどもわかって来るというもので、

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料理の妙味

北大路魯山人

美味い料理をしようと思ったら、その根本は食品材料を生かせばよい、それだけのことである。材料を生かすということは、死んださかなを再び水に泳がすというふうな、そんな無理なことを言うのではない。くだいて言えば、「美味いものは宵に食え」と言う、これを実行すればよいのである。せっかく宵に食えば美味いものを、そうしないで、翌日に残して味を殺す。これが料理法の根本義に背く

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料理する心

北大路魯山人

料理と食器の話などいう、こんな平凡な事柄は、今さら私がおしゃべりしませんでも、みなさんは毎日のことでありますから、疾うにこれに関心をお持ちになり、研究もお出来になっておりますことと思いますが、この平凡事も、興味を持って向かってみますと、際限なく面白いものでありまして、私どもは毎日のようにこれを楽しみ、これをよろこびまして、時には踊り上らんばかりに、食事を摂る

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料理番と婢の姿

田中貢太郎

彼女は裏二階の階子段をおりて便所へ往った。郊外の小さな山の上になったその家へは、梅の咲くころたまに呼ばれることはあるが、夜遅くしかも客と二人で来て泊まって往くようなことはなかったので、これまではなんとも思わなかったが、独りで便所へ往くとなるとさびしかった。彼女は婢が来たなら便所の判らないようなふりをしていっしょに傍まで往ってもらおうと思ったが、婢はこうした二

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料理の秘訣

北大路魯山人

美味い料理を拵える秘訣―― 美味いものを食う秘訣―― この秘訣を知ることが一番大事なことだ。その秘訣というのは、言ってしまえば手品の種といっしょで、別段なんでもないことだ。つまり、なあんだと言うようなもんだが、それはたびたび申すように、よい材料を用いること、選ぶことだ。大方の人は、大概そんなことだろうと思ってた、と言うだろう。しかし、何事も早合点は軽薄とかあ

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料理の第一歩

北大路魯山人

料理の第一歩 北大路魯山人 一人の男がいた。女房が去った後は独りで暮らしていた。その男はこんなことを考えた。 「まず土地を見つけることだ。よく肥えた土地を。そしてそこへ野菜を植えるのだ。毎日野菜が食べられるぞ」 けれど、男は土地を探すことをしなかった。家の中でごろごろしていた。それでも、おなかがすいてくるので、パンをかじった。男はあくる日、こんなことを考えた

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料理芝居

北大路魯山人

料理芝居 北大路魯山人 良寛は「好まぬものが三つある」とて、歌詠みの歌と書家の書と料理屋の料理とを挙げている。まったくその通りであって、その通りその通りと、なんべんでも声を大にしたい。料理人の料理や、書家の書や、画家の絵というものに、大したもののないことは、われわれの日ごろ切実に感じているところである。 しからばこれはなにがためであろうか。 良寛のいうのは、

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料理は道理を料るもの

北大路魯山人

日本料理の革新を叫んで星岡を始めたころ、私が板場へ降りて仕事をしだすと、料理材料のゴミが三分の一しか出ないと、ある料理人から言われた。料理材料の不用分を私が処理すると、捨てるところが減少してしまうからである。私は今でもそれを誇りにしてよいと思っている。ある時、板場へ降りて行ってみると、ふろ吹き大根をつくるというので、勇敢に大根の皮を剥いている。皮だから捨てて

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料理と食器

北大路魯山人

料理と食器 北大路魯山人 近来、食べ物のことがいろいろの方面から注意され、食べ物に関する論議がさかんになってきた。殊に栄養学というような方面から、食べ物の配合や量のことをやかましくいうことが流行った。けれども、子供や病人ならともかく、自分の意志で、自分の好きなものを食うことのできる一般人にとっては、そういう論議はいくらやっても、なんの役にもたたない。 だから

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チッポケな斧

坂口安吾

戦後の日本は稀有な幸福にめぐまれていた。それは古い殻の多くのものを捨て去って、一応白紙の状態から自由な再建を試みることができるという幸福にめぐまれたのだ。むろん純粋な白紙というものではないが、とにかく一応はそう云ってもよろしかろう。古い日本には多くの悪因習があった。それを捨てて新しくよりよいものを再建できれば、敗戦も戦禍もツグナイができるし、むしろモウケをと

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斧を持った夫人の像

牧逸馬

「求縁――インデアナ州ラ・ポウト郡の風光明媚なる地域に、収穫多き農園を経営する美貌の寡婦、最も便宜なる近き将来において財産と人生を併合する意思の下に、相当以上の資財ある紳士との御交際を求む。文書の御照会は自由なるも、時日を約して自身御来談の誠意あるに非ざれば、当方も真剣に考慮する能わず――姓名在社」 個人欄の広告である。 読み終ったフレデリック・コウツは、銜

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断崖の錯覚

太宰治

その頃の私は、大作家になりたくて、大作家になるためには、たとえどのようなつらい修業でも、またどのような大きい犠牲でも、それを忍びおおせなくてはならぬと決心していた。大作家になるには、筆の修業よりも、人間としての修業をまずして置かなくてはかなうまい、と私は考えた。恋愛はもとより、ひとの細君を盗むことや、一夜で百円もの遊びをすることや、牢屋へはいることや、それか

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断想

北条民雄

自殺を覚悟するとみな一種の狂人か、放心状態に陥る。これが僕には不快なんだ。ただただ不快なんだ。さういふ状態になつて自殺するのは決して自殺とは言へないんだ。それは殺されたのだ。病気に、運命に、殺されたのだ。僕は自殺を希んでゐるけれど、殺されるのは断じて嫌だ。僕は自殺したいんだ。死の瞬間まで、自己をじつと見つめて、理性で一切を統禦する時、初めて「自殺」は可能なの

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断想的に

牧野信一

葛西善蔵氏の――。 斯う誌しただけで私は、この十幾日を呆然と打ち過した。合憎、また雨ばかりが好く降り続いたものだ。 葛西善蔵氏の――何から書いたら私はこの一文を適度に纏め得るか――私は迷つてしまつたのである。誌すならば、今日は、何か総体的に形式を重んじた古流の一文を念としたのであるが、それには私の筆は余りに不自由である。 論や批評は、殊に今日は苦しい。 何か

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断橋奇聞

田中貢太郎

断橋奇聞 田中貢太郎 杭州の西湖へ往って宝叔塔の在る宝石山の麓、日本領事館の下の方から湖の中に通じた一条の長を通って孤山に遊んだ者は、その長の中にある二つの石橋を渡って往く。石橋の一つは断橋で、一つは錦帯橋であるが、この物語に関係のあるのは、その第一橋で、そこには聖祖帝の筆になった有名な断橋残雪の碑がある。 元の至正年間のこと、姑蘇、即ち今の蘇州に文世高とい

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断水の日

寺田寅彦

断水の日 寺田寅彦 十二月八日の晩にかなり強い地震があった。それは私が東京に住まうようになって以来覚えないくらい強いものであった。振動週期の短い主要動の始めの部分に次いでやって来る緩慢な波動が明らかにからだに感ぜられるのでも、この地震があまり小さなものではないと思われた。このくらいのならあとから来る余震が相当に頻繁に感じられるだろうと思っていると、はたしてか

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断片

富永太郎

私には群集が絶対に必要であつた。徐々に来る私の肉体の破壊を賭けても、必要以上の群集を喚び起すことが必要であつた。さういふ日々の禁厭が私の上に立てる音は不吉であつた。 私は幾日も悲しい夢を見つゞけながら街を歩いた。濃い群集は常に私の頭の上で蠢めいてゐた。時々、飾窓の中にある駝鳥の羽根附のボンネツトや、洋服屋の店先にせり出してゐる、髪の毛や睫毛を植ゑられた蝋人形

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断片

陀田勘助

ノスケ万歳! プロレタリアは武装を解かれた ――ゲオルグ・グロッス―― むくれあがった傷口から白い蛆虫は這い出した 蠅は飛び出した小腸を喰べている 風が吹く 転がっている銃殺死体! ほんとうに射撃された心臓は歪んでいた 兵隊の靴の音は飢えた群衆の中から ピストル! 奴らの銃剣は! 切断された太陽の注ぐ光の下にひかり おれらの脳髄を 心臓を指さしている 掘立小

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断片(Ⅰ)

寺田寅彦

断片(1) 寺田寅彦 一 神保町から小川町の方へ行く途中で荷馬車のまわりに人だかりがしていた。馬が倒れたのを今引起こしたところであるらしい。馬の横腹から頬の辺まで、雨上がりの泥濘がべっとりついて塗り立ての泥壁を見るようである。あらわな肋骨の辺には皮が擦り剥けて赤い血が泥ににじんでいるところがある。馬の腹は波を打つように大きくせわしなく動いている。堪え難い苦痛

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