Vol. 2May 2026

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青年の矜りと嗜み ――力としての文化 第四話

岸田国士

矜りとは自ら恃むところがあることであります。これさへあれば、何ものも怖れずといふ信念です。自負と云ひ、自尊と云ひ、いづれも、己をもつて高しとする精神でありますが、これはむしろ、相手に向つて自分を譲らないことで、いはば競争心の現れであります。しかし、矜りと云ひ、矜持と云ふのは、どちらかといへば、自分自身に対して、しつかりした信頼をもち、いやしくも自分で自分を辱

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戦争と文化 ――力としての文化 第三話

岸田国士

昭和十六年の一月、即ちまる二年前、私はラジオを通じて「国防と文化」といふ題の講演をしました。 その草稿がありますから、それをまづ初めに掲げます。 いよいよ事態が切迫して来たやうであります。それに対して国を挙げての準備は整つてゐるでありませうか。 議会でも、質問を中止して、直ちに予算の審議にはひりました。 国家総力戦の真のすがたが、国民一人々々の眼にはつきりわ

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日本文化の特質 ――力としての文化 第二話

岸田国士

「文化」は国土と歴史との所産であります。言ひ換へれば、民族の血と運命とが創りあげる生存のすがたであります。民族とはこゝでは狭い意味の人種的差別を云々せず、精神的に結合した政治的統一体を指すこととし、やがては、国民の名に於て全く等質の文化圏に入るべき複合民族をも意味するものと考へたいのです。 ところで、日本の「文化」は、今日まで、いはゆる「大和民族」たるわれわ

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『力としての文化』まえがき

岸田国士

私は最近二年間、大政翼賛会文化部の仕事を引受け、国民組織として整備すべき文化機構に関し、また、国民運動として取りあぐべき各種文化問題について、いろいろ自分でも研究し、各方面の意見も徴したのですが、なにしろその範囲は無限に広く、一つ一つの問題が極めて深い根柢のうへに立つてゐるといふことを知るにつけ、先づどこから手をつけるべきかといふことに屡迷つたのであります。

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隣組長として

岸田国士

私は今度隣組長の役を買つて出た。買つて出たといふ意味は、別に選挙をされたわけでもなく、特にみんなから私にやれと強ひられた覚えもないが、最近の常会で、どうも私自身この役を引受けた方がいゝといふ気にふとなつたからである。(昼間、家でぶらぶらしてゐるのは私だけだといふ負け目もあつて) かねて私は、今の政治が、当面の問題、殊に、戦争の経過につれて、どうしても急に解決

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隣組の文化運動

岸田国士

大政翼賛会文化部を中心に「隣組文化運動」に関する懇談会が開かれた。問題は主として町内会の運営に文化方面の考慮がもつと払はれなければならぬこと――隣組の性格によつて、いはゆる文化的な要素を多分にもつてゐるところは、おのづからさういふ運動の機運が起つてゐるけれども、逆に文化的要素の少いところほど、実は、その必要があるにも拘はらず、機運の醸成が困難であつて、これを

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戦争指導者

岸田国士

流頭。ハロー、聞えるかね、また聞えんふりをしとるんぢやないかね。茶散。まあいゝからその先を云ひたまへ。日本で戦艦献納運動がはじまつたら、どうしたと云ふんだ。流頭。どうしたもかうしたもない、若しほんとだとしたら、君、われわれの作戦は土台から、君、てんで問題にならんぜ。茶散。予算をふやせばいゝぢやないか。君のところには、まだ金はあるだらう。流頭。金はあるが、人が

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新しい芝居

岸田国士

文学座はいはゆる「新劇」に非る新しい劇の樹立を標榜して立つた。五年間の歩みは、その方向を誤らなかつたかどうか、私は、今それを判定する地位にゐないけれども、恐らく、これだけのことは云へさうだ。――若し現在の文学座に慊らないものがあるとすれば、それは、時代が少し急速に進展しすぎたためだといふことである。文学座は正しく歩かなければならぬ道を一歩一歩あるき、しかも、

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空地利用

岸田国士

「思想」といふ言葉がたびたび口にされる。それは常に「誰か」の思想であると同時に、右か左かといふやうな政治的意味をもつもののやうに考へられる。「思想」そのものと、思想の表現との間に、ある作用がみられることを屡々人は忘れがちであるが、それを「性格」の作用とみるのは誤りであらうか。ある思想はある性格と結びつき易く、またある性格はある思想を生み易いといふやうなことを

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妻の日記

岸田国士

かういふ場所で私事を語ることは、由来、私の最も好まぬところである。如何なる理由があらうとも、誰がどう勧めようとも、私は今日までその気持を押し通して来た。従つて、小説の形ですらも、「私」の身辺を題材とすることは、それがたとへ現代文学の主潮であらうとなからうと、私は頑として享け容れなかつたのである。 ところが、去年は母の死に遭ひ、今年はまた妻を喪つて、私の生活は

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『南方絵筆紀行』の序

岸田国士

明石哲三君は鋭い感覚の画家であり、「生きもの」に興味をもつ自然科学者であり、しかも、最も人間の原始的なすがたを愛する詩人である。 彼はその性情と肉体の特殊な偏向によるのであらうか、特にいはゆる「南方」の土と空とに惹かれ、屡々飄然と一嚢を肩にして海を渡り、赤道の陽を浴びてひとり歓喜の叫びをあげた。 彷浪の芸術家と呼ぶにはあまりに健康な彼の生活から、求め得るもの

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『日本を観る』の序に代へて

岸田国士

『日本を観る』の序に代へて 岸田國士 われら日本人は先づわれら日本人のなんたるかを識らねばならぬとは、近頃誰でもが口にするところであるが、その「識り方」にはいろいろの角度があつて、これをおほざつぱに分けてみても、自信をもつための識り方と、反省警戒の資料としての識り方とがあると思ふ。これが一方に片よりすぎると、常に「正確な認識」から離れて、なんの役にも立たぬこ

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一つの試案 ――「列」解消のために

岸田国士

一 先ごろから、魚屋、八百屋、菓子屋などの店先き、多くの主婦たちが一列に並んで順の来るのを待つてゐる買物風景は、どこへ行つても見ないといふわけにはゆかない。 日本は、まだまだ食ふに困らないだけのものは持つてゐる。みんなが、ちよつと不自由を忍ぶならば、一時間も二時間も並んで待つまでもなく、日常に食ふだけのものは間に合ふ筈である。もちろん、思ふとほりのものが、思

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『素人演劇運動の理念と方策』の序

岸田国士

『素人演劇運動の理念と方策』の序 岸田國士 素人演劇には良いものと悪いものとがある。良いわるいは何を標準にしてきめるかと云へば、決して素人芸のいはゆる「上手下手」ではない。「素人ばなれがしてゐる」とか、「玄人はだしだ」とかいふのは、必ずしも正しい意味での値打にはならないのである。役者が商売といふのでなく、たゞ暇な時に仲間同志が集つて芝居をやるといふことは、ご

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生活のうるほひ

岸田国士

生活のうるほひ 岸田國士 趣味といふ言葉は非常に広く使はれてゐますが、一般には好きなことゝいふ程度に解釈され、読書、映画、スポーツ、釣、将棋などと雑多なものが一様に趣味といふ範囲に入れられてしまふわけでありますが、ほんたうをいふと、高い精神的な訓練を経て、初めてそれを趣味として身につけるやうな種類のものもあり、またほんのやり方を覚えさへすれば、一通り遊びとし

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生活力の強化 ――北陸地方文化協議会講演――

岸田国士

大政翼賛運動の発足以来、全国に自発的に起つてきた運動の一つに文化運動がありますが、この運動の中には、翼賛運動の本来の性格に未だ副はぬものも可なりあるやうであります。従つて翼賛会としましては、この自主的に盛上つた力を十分生かし、且つ翼賛運動の一翼としてその効果を十分挙げられるやう、凡ゆる機会を捉へて連絡努力してきました。しかしこの自主的文化運動は、謂はゞ、今日

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戦時下の文化運動 ――九州地方講演筆記――

岸田国士

「決戦下における翼賛文化運動実践の具体的方針」について、私から御相談申上げるのでありますが、先程「論議の時代は過ぎた」とは一応は申しましたけれども、しかし吾々文化運動に携るものの間に、確乎たる共通の理念をつくつておくことが、是非共必要であると存じます。これは論議の時代は過ぎたのでありますが、まだ吾々の間にはつきりした共通の標識といふものが、打建てられてゐない

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「ドストエーフスキイ全集」推薦の辞

岸田国士

「ドストエーフスキイ全集」推薦の辞 岸田國士 ドストイエフスキイの小説は、人類の残した業績の最も偉大なものの一つであることは云ふまでもないが、この天才が露西亜に生れたといふことを、われわれは特に注意すべきであると思ふ。混沌たるが故に深いのではなく、深いが故に錯乱を想はせる異常にして素朴な魂の光芒を、われわれ日本人の精神の世界に見出さうとすることは殆ど不可能で

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文化運動への反省 ――東北文化協議会講演――

岸田国士

翼賛運動の発足と同時に文化新体制といふ声が起つてきました。この声に応じて、最も率直に、同時に最も欣然として立上つたものは、全国に於る知識層であつたと私は思ひます。その知識層の中で、特に情熱をもつてこの翼賛運動に参加しようとした人々は、文化運動の名の下に、新しい組織と活動とに着手したのであります。 私共はかね/″\知識層に対する一部世間の批判に対し、その当否よ

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女性へ 2

岸田国士

女性へ 2 岸田國士 昔から男勝りといふ言葉がある。今やわが日本の全女性は、一人のこらず男勝りになつてもらはねばならぬ。女性には適しないと思はれてゐる仕事でも、よくその仕事の性質を吟味してみると、それはたゞ習慣的にさう思はれてゐたゞけで、実際は、女性の本能にも適ひ、女性の生理的条件に適せぬといふ理由も成立たぬものがずいぶんある。 女性の生命は「美」であると云

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『素人演劇講座』の序

岸田国士

『素人演劇講座』の序 岸田國士 素人演劇が特に近頃盛んになりつゝある理由は、いろいろ考へられるけれども、私は、この傾向の一面として、勤労と娯楽との問題が生産部門に於て真剣に取りあげられつゝあることを見逃し得ないと思ふ。 演劇はもともと職業人の独占すべきものではなく、誰でもこれを観て楽しむと同じやうに、自らも演じてこれを楽しむべき「遊び」の一種であつて、そこに

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生活の黎明

岸田国士

生活の黎明 岸田國士 私は国民の一人として考へます。 日支事変がはじまつて既に四年、しかもいはゆる聖戦の目的はまだその半ばをも達成してをりません。しかも、世界動乱の渦は欧洲大陸より太平洋に波及し、わが南北には文字通り、新たな国境――国を挙げて死守しなければならない明確な一線が地図の上に引かれたのであります。 何処で何時、何が始まるかを、われわれは固唾を呑んで

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戦時下に於る文化運動の意義

岸田国士

戦時下に於る文化運動の意義 岸田國士 この時局下に於る文化運動の意義は、それが運動として国民的性格をもつ以上、飽くまでも物質、精神両方面に亘る「生活力の強化」を直接目指すにあると思ふ。 それが為めには、政府の施設及び大政翼賛会の方針に基き、全国各地域の文化団体は、その企画を統一し、あらゆる専門分野の連繋によつて、適切有効な実践運動を展開しなければならぬ。 「

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地方文化の新建設

岸田国士

今日、国民文化の向上といふ問題を考へる時、真に新しい意味と性格をもつた文化運動といふものが考へられる。それについてわれわれは、一般専門的な分野に於る文化人が、特にこの問題の解決に協力し得るやう、最も便利な組織をつくることの必要を感じ、目下着々その準備を進めつゝあるのであるが、地方に於ては既に昨年秋頃から、全国を通じ各地にこの機運が起り、あるところでは全く民間

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