朝
北条民雄
急に高まつて来た室内のざわめきに、さつきから、睡るでもなく睡らぬでもない状態でうつらうつらとしてゐた鶏三は、眼を開いた。やうやく深まつた秋の陽が、ずつと南空に傾きながら硝子越しに布団を暖めてゐる。空は晴れわたつて、真空のやうに澄みきり、風もないのであらう、この病院の大煙突の煙が、真直ぐな竿になつて立ちのぼつてゐる。鶏三は横はつたまま、さういふ風景を暫く眺めて
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北条民雄
急に高まつて来た室内のざわめきに、さつきから、睡るでもなく睡らぬでもない状態でうつらうつらとしてゐた鶏三は、眼を開いた。やうやく深まつた秋の陽が、ずつと南空に傾きながら硝子越しに布団を暖めてゐる。空は晴れわたつて、真空のやうに澄みきり、風もないのであらう、この病院の大煙突の煙が、真直ぐな竿になつて立ちのぼつてゐる。鶏三は横はつたまま、さういふ風景を暫く眺めて
豊島与志雄
朝やけ 豊島与志雄 明るいというのではなく、ただ赤いという色感だけの、朝焼けだ。中天にはまだ星がまたたいているのに、東の空の雲表に、紅や朱や橙色が幾層にも流れている。光線ではなくて色彩で、反射がない。だからここ、ビルディングの屋上にも、大気中にまだ薄闇がたゆたっている。手を伸してみると、木のベンチには、しっとりと朝露がある。清浄な冷かさだ。 おれは今、この冷
田中貢太郎
洋画家の橋田庫次君の話であるが、橋田君は少年の頃、吾川郡の弘岡村へ使いに往って、日が暮れてから帰って来たが、途中に荒倉と云う山坂があって、そこには鬼火が出るとか狸がいるとかと云うので、少年の橋田君は鬼魅がわるかった。 橋田君はその時自転車に乗っていた。やがて荒倉の麓へ来たので、自転車をおりて、それを押し押しあがって往ったが、暗くはなるし人っ子一人通らないので
小川未明
それは、さむいさむい朝のことでした。女中のおはるは、赤いマントをきた、小さいお嬢さんをつれて、近くの公園へあそびにきました。そこはもう、朝日があたたかくてっていたからです。公園には、ぶらんこがあり、すべりだいがありました。もう子供たちがあつまって、笑ったりかけたりしていました。 小さなお嬢さんは、ひとりであそんでいました。おはるはベンチに腰をかけて、もってき
林芙美子
朝夕 林芙美子 わかればなしが持ちあがるのも、すべてはゆきなりの事だと、芯から声をあげて、嘉吉もなか子もあはあはあはと笑ひあつたのだが、嘉吉の心の中には、ゆきなりとは云ひぢよう、ゆきなりの事だと云ひきれないものがあつたし、なか子の心のうちには、これからひとり者になつてゆく淋しさを愉しんでゐるふうな、そんな吻つとしたところがあつた。で、ふたりが、いまさらゝしく
宮沢賢治
朝に就ての童話的構図 宮沢賢治 苔いちめんに、霧がぽしやぽしや降つて、蟻の歩哨は、鉄の帽子のひさしの下から、するどいひとみであたりをにらみ、青く大きな羊歯の森の前をあちこち行つたり来たりしてゐます。 向ふからぷるぷるぷるぷる一ぴきの蟻の兵隊が走つて来ます。 「停まれ、誰かツ」 「第百二十八聯隊の伝令!」 「どこへ行くか」 「第五十聯隊 聯隊本部」 歩哨はスナ
桜間中庸
朝ぎり 流れる 山のみち ほのぼの―― 草つぱ ふんで 足のつゆ しつとり―― 蝶々は ねてる ねむの葉に ひつそり―― 匂ふよ ほうら 栗のはな ほんのり―― ほういと呼んでる 誰だろか ほうい と―― きりに吸はれて 細いこゑ ほうい と―― ●図書カード
林芙美子
朝御飯 林芙美子 1 倫敦で二ヶ月ばかり下宿住いをしたことがあるけれど、二ヶ月のあいだじゅう朝御飯が同じ献立だったのにはびっくりしてしまった。オートミール、ハムエッグス、ベーコン、紅茶、さすがに閉口してしまって、いまだにハムエッグスとベーコンを見ると胸がつかえそうになる時がある。 日本でも三百六十五日朝々味噌汁が絶えない風習だ。英国の朝食と云うのは、日本の味
宮沢賢治
あくたうかべる朝の水 ひらととびかふつばくらめ 苗のはこびの遅ければ 熊ははぎしり雲を見る 苗つけ馬を引ききたり 露のすぎなの畔に立ち 権は朱塗の盃を ましろきそらにあふぐなり ●図書カード
平林彪吾
午前六時 私はアングルにまたがる クレーンはアングルをよこす 私はつかんでひきよせる リベットはやける 鉄と鉄をしめつける それは私の仕事だ。 思想はやける 人と人とをむすびつける それは私の仕事だ。 午後六時 私は言う 集会は言うのがたたかいだ 「異議なし」と聞く 私は誇る、 仕事は進む、 「異議あり」という 仕事は練れる 夜更け 昂奮の顔を風に冷やして帰
佐々木邦
医者に勧められて朝起を一月ばかり続けている中に疑問が起った。古来朝起は一種の投資的美徳になっている。朝起三文の徳ともいえば、ずっと桁を飛ばして、朝起十両ともいう。前者は一回分を指し、後者は一生を通じての話と察せられる。西洋人も、 Early to bed and early to rise, makes a man healthy, wealthy and
野口雨情
オシヨウガツ キタヨ コンドハ イクツ コンドハ 六ツ キヨネンハ 五ツ 七ツニ ナレバ ガツカウヘ イクヨ ランドセル シヨツテ ゴホンヲ イレテ アミアゲ ハイテ ボウシヲ カブリ オテテヲ フツテ ヒトリデ イクヨ
上村松園
朝顔日記の深雪と淀君 上村松園 美人画といって画家が美人を専門に描くようになったのは日本では浮世絵以後のことだろうと思われますが、浮世絵画家のうちで私は春信と長春が好きです。 近頃、しきりに若い人達に流行っている女の絵に対してはどうもわたしには賛成の出来かねる節が沢山あります。女の画を描くといえば必ず美人を描かねばならないとも思いませぬが、すでに芸術であり美
宮本百合子
あとがき(『朝の風』) 宮本百合子 この短篇集は私にとってもすこし風変りな集となった。一番はじめの「朝の風」は極く最近のものだけれど、次の「牡丹」以下の作品はずっと昭和の初めごろまでさかのぼっていて「小祝の一家」に到る間に多くの年月がこもっている。 これまでに出版された本のなかへは入れていなかった作品をも今度はあつめておく心持になった。見ようによっては一つの
宮本百合子
朝の風 宮本百合子 そのあたりには、明治時代から赤煉瓦の高塀がとりまわされていて、独特な東京の町の一隅の空気をかたちづくっていた。 本郷というと、お七が火をつけた寺などもあるのだが全体の感じは明るい。それが巣鴨となると、つい隣りだのに、からりとした感じは何となく町に薄暗い隈の澱んだところのある気分にかわって、実際家並の灯かげも一層地べたに近いものとなった。兵
島崎藤村
五月が来た。測候所の技手なぞをして居るものは誰しも同じ思であろうが、殊に自分はこの五月を堪えがたく思う。其日々々の勤務――気圧を調べるとか、風力を計るとか、雲形を観察するとか、または東京の気象台へ宛てて報告を作るとか、そんな仕事に追われて、月日を送るという境涯でも、あの蛙が旅情をそそるように鳴出す頃になると、妙に寂しい思想を起す。旅だ――五月が自分に教えるの
木暮理太郎
寝覚の耳元へいきなりザアと大雨の降るような谷川の音が聞えた。目を開けると暁の色はまばらに繰り寄せた雨戸の間を洩れて、張り換えた障子に明るく映っている。宵の内に迷い込んだものと見えて、一疋の日蔭蝶が障子の桟に止まっているのが目に付く。何処からともなく淡い温泉の香が漂って来る。静に起き上って外面を眺めた。白い靄の罩めた湯川の谷を隔てて対岸の盛な青葉の茂みの中に、
岸田国士
期待する人 岸田國士 劇壇をざつと見渡してみて、そこに若い時代の溌剌たる動きがちつとも見えないのは特に演劇といふものゝ性格によるのであらうか? さういふこともたしかにあると思ふが、しかし、それよりもなによりも、私は、最近の新劇がやゝ老成の態を擬して新風を阻む傾向が著るしいからだと思ふ。 さういふ現状のなかから、期待すべき人々を挙げるとなると、勢ひ挙げても挙げ
宮本百合子
期待と切望 宮本百合子 音楽に対しては全く素人であって、しかも音楽についてはある興味をもっているものの一人として、私は日本の将来の音楽的発達について少なからず希望を抱いております。音楽上の創造力も技術も、これから十五年の後はおどろくべき進歩があるでしょう。然し、この期待の一面には、今日の音楽のおかれている複雑な社会の事情や音楽界の伝統習慣が、既に十分その困難
小川未明
年郎くんと、吉雄くんは、ある日、学校の帰りにお友だちのところへ遊びにゆきました。そのお家には、一本の大きないちじゅくの木があって、その木の枝を差して造った苗木が、幾本もありました。 「この木を持ってゆかない? 二、三年もたつと実がたくさんなるよ。」と、友だちはいいました。 「ほんとう? そんなに早く、実がなるの。」と、二人は、おどろきました。 「ほんとうさ、
小川未明
若い元気なもずが、風の中をすずめを追いかけてきました。すずめは、死にもの狂いに飛んで、すいと黒くしげったかしの木の中へ下りると、もずはついにその姿を見失ってしまったので、そばの高いすぎの木の頂に下りて止まりました。 「ああ、ばかな骨おり損をしてしまった。」といって、いまいましそうに、もずは、くちばしを木の枝でふいていました。 これを聞いたすぎの木は、 「いい
宮沢賢治
霧がじめじめ降っていた。 諒安は、その霧の底をひとり、険しい山谷の、刻みを渉って行きました。 沓の底を半分踏み抜いてしまいながらそのいちばん高い処からいちばん暗い深いところへまたその谷の底から霧に吸いこまれた次の峯へと一生けんめい伝って行きました。 もしもほんの少しのはり合で霧を泳いで行くことができたら一つの峯から次の巌へずいぶん雑作もなく行けるのだが私はや
小川未明
さびしいいなかながら、駅の付近は町らしくなっていました。たばこを売る店があり、金物をならべた店があり、また青物や、荒物などを売る店などが、ぼつり、ぼつりと見られました。そして、駅前から、あちらの山のふもとの村々へいく、馬車がとまっていました。いぜんには、バスが往復していたが、戦争がはじまってから、馬車にかわったのでした。 もうほどなく、馬車が出るというので、
宮沢賢治
キッコの村の学校にはたまりがありませんでしたから雨がふるとみんなは教室で遊びました。ですから教室はあの水車小屋みたいな古臭い寒天のような教室でした。みんなは胆取りと巡査にわかれてあばれています。 「遁げだ、遁げだ、押えろ押えろ。」「わぁい、指噛じるこなしだでぁ。」 がやがやがたがた。 ところがキッコは席も一番前のはじで胆取りにしてはあんまり小さく巡査にも弱か