横町の食堂で
竹内浩三
はらをへらした人のむれに、ぼくは食堂横町へながされていった。 給仕女の冷い眼に、なき顔になったのを、大きなどんぶりでもって人目からおおった。 えたいのしれぬものを、五分とながしこんでいたら、ぼくの食事が終った。 えらそうに、ビイルなどのんだ。ビイルがきものにこぼれて、「しもた」と思った。 金風の夕焼のなかで、ぼくはほんのりと酩酊して行った。 ●図書カード
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竹内浩三
はらをへらした人のむれに、ぼくは食堂横町へながされていった。 給仕女の冷い眼に、なき顔になったのを、大きなどんぶりでもって人目からおおった。 えたいのしれぬものを、五分とながしこんでいたら、ぼくの食事が終った。 えらそうに、ビイルなどのんだ。ビイルがきものにこぼれて、「しもた」と思った。 金風の夕焼のなかで、ぼくはほんのりと酩酊して行った。 ●図書カード
太宰治
二、三年前の、都新聞の正月版に、私は横綱男女ノ川に就いて書いたが、ことしは横綱双葉山に就いて少し書きましょう。 私は、角力に就いては何も知らぬのであるが、それでも、横綱というものには無関心でない。或る正直な人から聞いた話であるが、双葉山という男は、必要の無いことに対しては返辞をしないそうである。お元気ですか。お寒いですね。おいそがしいでしょう。すべて必要の無
太宰治
二、三年前の、都新聞の正月版に、私は横綱男女ノ川に就いて書いたが、ことしは横綱双葉山に就いて少し書きませう。 私は、角力に就いては何も知らぬのであるが、それでも、横綱といふものには無關心でない。或る正直な人から聞いた話であるが、双葉山といふ男は、必要の無いことに對しては返辭をしないさうである。お元氣ですか。お寒いですね。おいそがしいでせう。すべて必要の無い言
富永太郎
病みさらぼへたこの肉身を 湿りたるわくら葉に横たへよう わがまはりにはすくすくと 節の間長き竹が生え 冬の夜の黒い疾い風ゆゑに 茎は戛々の音を立てる 節の間長き竹の茎は 我が頭上に黒々と天蓋を捧げ 網目なすそのひと葉ひと葉は 夜半の白い霜を帯び いとも鋭い葉先をさし延べ わが力ない心臓の方をゆびさす ●図書カード
牧野信一
宮城聡氏の「樫の芽生え」なる小説を読んで、私は痛感に堪えられなかつた。宮城氏には面識があるようにも思ふが、その宮城氏と、この作者とが同じ人なのか、名前の方の記憶がなかつたりして、甚だおぼろげな程度であつて、それ故、この感激は、全く単純に、「樫の芽生え」なる一作に依るのみの、たゞ、それだけのことであるのだ。加けに私は同氏の作品を読むのは、これがはぢめてゞある。
宮沢賢治
髪白き山田博士が 書いだき帰り往くころ かはたれはしづに這ひ来て ふくよかに木の芽ほごるゝ 鳥飛びて気圧を高み 守衛長〔以下未完〕 ぎごちなき独乙冠詞を 青々となげく窓あり ●図書カード
豊島与志雄
樹を愛する心 豊島与志雄 庭の中に、桃の木があった。径五寸ばかりの古木で、植木屋が下枝を払ってしまったので、曲りくねった風雅な一本の幹だけが、空間に肌をさらしていた。だが、その上方、若枝の成長はすばらしかった。強く、盛んに、爆発めいた勢で、枝葉が四方へ伸びた。沢山の実がなった。その精力と重みとは、それを支える古い幹には、堪え難そうに思われた。 危い! と私は
田山花袋
この頃の庭は落葉で埋れて見る影もない。いかにも冬ざれといふ感じである。それに山の手は霜柱が深く立つて、塵埃が散ばつても、紙屑が風に吹き寄せられても、それを掃くことも出来ない。樹木もすべて死んだやうで、寒気の強い朝などには、厚ぼつたい常磐木の葉ですらわるく萎んだやうになつてゐる。熱帯地方にその故郷を持つた八つ手のやうな植物がことに目に立つてやつれきつてゐるのも
中谷宇吉郎
冬のスポーツとして、スキーが急激に人々の間にひろまったとき、練習場で遊んでいることにあきたらず思う人々は、更に雪の山へと出かけて行った。 冬山の魅力は、一に雪の森厳さと美しさとにある。ひとたび冬山のこの美しさを味わった人々は、決してそこから開放されることがない。こういう人々に、わけてもその美しさをたたえられたのは、蔵王山である。 蔵王山は、山形県と宮城県との
宮本百合子
樹蔭雑記 宮本百合子 六月二日 静かな快い日である。朝起きて、下の郵便局に行って見ると、抱え切れない程の小包が来て居る。皆日本からだ。仕方がないから、又家へ戻って、Aを呼んで半分ずつ抱えて帰る。 此の毎朝起きて着物を着るとすぐ何より先に、郵便局に出かけて行く心持は、恐らく、誰でも、海外に生活した事のある人は味わずにはすまされない心の経験であろう。 嬉しい。仮
コロレンコウラジミール・ガラクティオノヴィチ
一 己はこのシベリア地方で一般に用ゐられてゐる、毛織の天幕の中に住んでゐる。一しよにゐた男が旅に出たので、一人でゐる。 北の国は日が短い。冷たい霧が立つて来て、直ぐに何もかも包んでしまふ。己は為事をする気になられない。ランプを点けるのが厭なので、己は薄暗がりに、床の上で横になつてゐる。あたりが暗くて静かな時には、兎角重くろしい感じが起るものである。己はせうこ
黒島伝治
橇 黒島伝治 一 鼻が凍てつくような寒い風が吹きぬけて行った。 村は、すっかり雪に蔽われていた。街路樹も、丘も、家も。そこは、白く、まぶしく光る雪ばかりであった。 丘の中ほどのある農家の前に、一台の橇が乗り捨てられていた。客間と食堂とを兼ねている部屋からは、いかにも下手でぞんざいな日本人のロシア語がもれて来た。 「寒いね、……お前さん、這入ってらっしゃい。」
小泉八雲
お抱え車夫の平七が、熊本の町の近郊にある有名なお寺へ連れて行ってくれた。 白川に架かっている、弓のように反った、由緒ありそうな橋まで来たとき、私は平七に橋の上で停まるように言った。この辺りの景色をしばし眺めたいと思ったのである。夏空の下で、電気のような白日の光に溢れんばかりに浸されて、大地の色彩は、ほとんどこの世のものとは思われないほど美しく輝いていた。足下
富永太郎
今宵私のパイプは橋の上で 狂暴に煙を上昇させる。 今宵あれらの水びたしの荷足は すべて昇天しなければならぬ、 頬被りした船頭たちを載せて。 電車らは花車の亡霊のやうに 音もなく夜の中に拡散し遂げる。 (靴穿きで木橋を蹈む淋しさ!) 私は明滅する「仁丹」の広告塔を憎む。 またすべての詞華集とカルピスソーダ水とを嫌ふ。 哀れな欲望過多症患者が 人類撲滅の大志を抱
萩原朔太郎
支那のある水郷地方。 白柳が枝をたれて、陽春の長閑かな水が、橋の下をいういうと流れてゐる。 橋の上に一人の男がたたずんでゐる。男はぼんやりと考へながら、川の流れを見つめてゐた。 「どうした? 惠子。」 さういつて一方の男が、後から肩を叩いた。男は詩人哲學者の莊子であつた。 「あれを見給へ。」 二人は默つて、しばらく水面を眺めてゐた。午後の物うげな日光が、橋の
ブウテフレデリック
一本腕は橋の下に来て、まず体に一面に食っ附いた雪を振り落した。川の岸が、涜されたことのない処女の純潔に譬えてもいいように、真っ白くなっているので、橋の穹窿の下は一層暗く見えた。しかしほどなく目が闇に馴れた。数日前から夜ごとに来て寝る穴が、幸にまだ誰にも手を附けられずにいると云うことが、ただ一目見て分かった。古い車台を天井にして、大きい導管二つを左右の壁にした
折口信夫
曙覧は文化九年、福井市内屈指の紙商、井手正玄の長男として生れたが、父祖の余沢に浴することをせず、豊かな家産と名跡、家業を悉く異母弟に譲つて、郷里を離れた山里や町はづれに、さゝやかな藁家を構へ、学究歌道に専念した。庶民の子として、これはあるまじき独行であつた。若くして仏教を学び或は窃かに京師に赴いて、頼山陽の高弟児玉三郎(旗山)の塾に入り、呼び返されても、一途
ドイルアーサー・コナン
さて、八二年から九〇年にわたるシャーロック・ホームズの事件記録を瞥見してみると、面妖で面白いものが続々と現れるため、どれを取捨したものか難儀なものである。とはいえ、なかには既に新聞を通じ世に知られたものもあれば、我が友の有する高度な特技の出る幕なく本連載でわざわざ語るまでもないものもある。またその分析力が挫かれ物語としても尻切れになりかねないものや、一方で全
宮沢賢治
恋のはじめのおとなひは かの青春に来りけり おなじき第二神来は 蒼き上着にありにけり その第三は諸人の 栄誉のなかに来りけり いまおゝその四愛憐は 何たるぼろの中に来しぞも ●図書カード
中井正一
私はこの半年間にこんな経験をした。 私は大きな組織と機関に属する者としてものの考え方が、場所とかスペースの考え方では割切れない、新たな考え方「働き」或いは「機能」(ファンクション)でもって解かなければ、解釈のつかない問題にぶっつかった。そのことについて一つの報告を試みよう。 国会図書館には支部図書館という一つの機構があって、それはアメリカの国会図書館にもない
佐左木俊郎
機関車 佐左木俊郎 一 その線は、山脈に突き当たって、そこで終わっていた。そしてそのまま山脈の貫通を急がなかった。 山脈の裾は温泉宿の小さい町が白い煙を籠めていた。停車場は町端れの野原にあった。機関庫はそこから幾らか山裾の方へ寄っていた。温泉の町に始発駅を置き、終点駅にすることは、鉄道の営業上から、最もいい政策であったから。 終列車を牽いて来た機関車はそこで
梶井基次郎
この頃の陰鬱な天候に弱らされていて手紙を書く気にもなれませんでした。以前京都にいた頃は毎年のようにこの季節に肋膜を悪くしたのですが、此方へ来てからはそんなことはなくなりました。一つは酒類を飲まなくなったせいかも知れません。然しやはり精神が不健康になります。感心なことを云うと云ってあなたは笑うかも知れませんが、学校へ行くのが実に億劫でした。電車に乗ります。電車
原民喜
「リツ子・その愛」はまだ届かないので、先日お届け下さつた「その死」の方だけ只今、読み了へました。どうして、あなたは私にこの作品の感想を書かせようとなさるのでせう。私が七年前に妻を喪ひ、そのことを少しばかし作品に書いたりしてゐるからでせうか。それなら却つて、私のやうなものは、この書物を正しく解読できないのではないでせうか。私は最初の一頁から最後の二八六頁まで、
太宰治
檀君の仕事の性格は、あまり人々に通じてゐない。おぼろげながら、それと察知できても、人々は何かの理由で大事をとつて、いたづらに右顧左眄し、笑ひにまぎらはし、確言を避ける風である。これでは、檀君も、やり切れぬ思ひであらう。 檀君の仕事の卓拔は、極めて明瞭である。過去未來の因果の絲を斷ち切り、純粹刹那の愛と美とを、ぴつたり正確に固定せしめようと前人未踏の修羅道であ