海底の散歩
中谷宇吉郎
今日の地球上で、人間の生活と縁が近いようで、その実いちばんかけはなれた世界は、水中の世界、すなわち水界である。虫も鳥も獣も人間も、空気中に住んでいる以上、それらは気界の生物である。 水中の世界は、まったく別の世界である。われわれは魚と海藻、それに各種の海中動物の知識、それだけでもって、水界の景観を描きだしている。しかしその姿は、いわば頭の中で作りだされたもの
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中谷宇吉郎
今日の地球上で、人間の生活と縁が近いようで、その実いちばんかけはなれた世界は、水中の世界、すなわち水界である。虫も鳥も獣も人間も、空気中に住んでいる以上、それらは気界の生物である。 水中の世界は、まったく別の世界である。われわれは魚と海藻、それに各種の海中動物の知識、それだけでもって、水界の景観を描きだしている。しかしその姿は、いわば頭の中で作りだされたもの
坂本竜馬
凡嘗テ本藩ヲ脱スル者及佗藩ヲ脱スル者 海外ノ志アル者此隊ニ入ル 運‐輸 射‐利 開‐柘 投‐機 本藩ノ応援ヲ為スヲ以テ主トス 今後自他ニ論ナク其志ニ従テ撰テ入レ之ニ。 凡隊中ノ事 一切隊長ノ処分ニ任ス 敢テ或ハ違背スル勿レ 若暴乱事ヲ破リ 妄謬害ヲ引ニ至テハ 隊長其死活ヲ制スルモ亦許ス 凡隊中患難相救 困厄相護リ 義気相責 条理相糺 若クハ独断果激 儕輩ノ妨
牧野信一
おそらくあの娘は、私より二つか三つぐらゐの年上だつたに違ひないのだが私には相当のおとなに見えた。兄弟はないらしかつた。 私の家にも稀には母親に伴れられて遊びに来たのであるが、よそに来ると私とさへ碌々口もきかずに母親の蔭で愚図ばかり鳴らしてゐたので、そこでの記憶は何も残つてゐない。あの家でのあの娘の記憶はところ/″\ばかにはつきり残つてゐるにもかゝはらず――。
寺田寅彦
明治十四年の夏、当時名古屋鎮台につとめていた父に連れられて知多郡の海岸の大野とかいうところへ「塩湯治」に行った。そのとき数え年の四歳であったはずだから、ほとんど何事も記憶らしい記憶は残っていないのであるが、しかし自分の幼時の体験のうちで不思議にも今日まで鮮明な印象として残っているごく少数の画像の断片のようなものを一枚一枚めくって行くと、その中に、多分この塩湯
永井荷風
海洋の旅 永井荷風 Homme libre, toujours tu chriras la mer.Baudelaire.自由の人よ。君は常に海を愛せん。ボオドレエル。 一 昨日長崎から帰つた。八月の中旬横浜から上海行の汽船に乗つて、神戸門司を経て長崎に上陸し、更に山を越えて茂木の港に出で、入海を横切つて島原半島に遊んだ後、帰り道は同じく上海より帰航の便船を
宮本百合子
海流 宮本百合子 一 やっと客間のドアのあく音がして、瑛子がこっちの部屋へ出て来た。上気した頬の色で、テーブルのところへ突立ったままでいた順二郎と宏子のわきを無言で通り、黙ったまま上座のきまりの席に座った。 そういう母に宏子も順二郎も何も云えなかった。それぞれ坐り、ちぐはぐな夕飯がはじまった。瑛子は箸をとると、型どおりお椀のふたをとったり、野菜を口へ運んだり
宮本百合子
海浜一日 宮本百合子 発動機の工合がわるくて、台所へ水が出なくなった。父が、寝室へ入って老人らしい鳥打帽をかぶり、外へ出て行った。暖炉に火が燃え、鳩時計は細長い松ぼっくりのような分銅をきしませつつ時を刻んでいる。露台の硝子越しに見える松の並木、その梢の間に閃いている遠い海面の濃い狭い藍色。きのう雪が降ったのが今日は燦らかに晴れているから、幅広い日光と一緒に、
牧野信一
――日。六月の雑誌二冊ふところにして、朝、砂浜に坐る。時々こんな風にして浜に降りるが今朝はいつもとは違つた心だつた。「月評」をする筈なのだ。これは初めての仕事だ。――だから、である。手紙で友人の創作についての批評や感想は往々書くが、それとこれとは比較にならない。相手の性格も日常生活もよく知つてゐるし、当人の創作は残らず読んでゐるといふ親しい四五人の友達だけに
上田敏
巻中収むる処の詩五十七章、詩家二十九人、伊太利亜に三人、英吉利に四人、独逸に七人、プロヴァンスに一人、而して仏蘭西には十四人の多きに達し、曩の高踏派と今の象徴派とに属する者その大部を占む。 高踏派の壮麗体を訳すに当りて、多く所謂七五調を基としたる詩形を用ゐ、象徴派の幽婉体を翻するに多少の変格を敢てしたるは、その各の原調に適合せしめむが為なり。 詩に象徴を用ゐ
田中貢太郎
源吉は薄青い月の光を沿びて砂利の交つた砂路を歩いてゐた。左側は穂の出揃うた麦畑になつて右側は別荘の土手になつてゐた。土手には芝草が生えてその上に植ゑた薔薇の花が月の光にほの白く見えてゐた。源吉は人の足音がするのではないかと思つて又歩くことをやめて耳を澄ました。そして海岸の方へと低まつてゐる路の上を透かすやうにした。微な風波の音が南風気のある生温かい空気の中に
田中貢太郎
海神に祈る 田中貢太郎 一 普請奉行の一木権兵衛は、一人の下僚を伴れて普請場を見まわっていた。それは室津港の開鑿工事場であった。海岸線が欠けたの形をした土佐の東南端、俗にお鼻の名で呼ばれている室戸岬から半里の西の室戸に、古い港があって、寛文年間、土佐の経世家として知られている野中兼山が開修したが、港が小さくて漁船以外に出入することができないので、藩では延宝五
中原中也
こころまゝなる人間は、いつでも海が好きなもの! これは、ボオドレエルの「人と海」といふ詩の、第一行である。海と聞くたびに、海を見るたびに、この歌を思ひ出すから、以下私は此の詩を辿り乍ら、「海の詩」といふ課題を果さう。然し何も、此の詩を解説しようといふのではない。此の詩を辿り乍ら、この稿を書いてゐる今、色々と心に浮ぶことを、何の反省をも加へずに、唯々書誌してみ
岸田国士
海の誘惑 岸田國士 人影のない夕暮の砂浜を、たゞ一人、歩いてゐることが好きでした。 それは私の感傷癖と別に関係はないやうです。水と空とを包む神秘な光に心を躍らせる外、一向追憶めいた追憶にふけるわけでもなかつたのですから。まして、月が波の上に出るのを待つて、ロマンスの一節を口吟むほど甘美なリヽシズムをも持ち合せてゐない私なのですから。 が、然し、それは、私の空
今野大力
打ち返し泡立ち 再び寄せ 盛り上り 岩を打つ 波濤の歴史の永遠の力は 時としてあの不可解な死への誘惑を感ぜしめる 波に乗り 暴風雨を経て 大洋の航路にある旅客船は 絶えず地球の経緯を計っているが 世界を行く人々の心に あやしくも その感情の芽生えた時には 海は彼等が凡て目的の彼方であり 船長も水夫も多くの旅客も 惜し気もなく 悲しまず 永遠の歴史の海底へ沈む
佐藤垢石
海豚と河豚 佐藤垢石 一 鯨と名のつくものなら、大抵は食べたことがある。『大井川のくじらは、婦人にしてその味を知るなり』と、言うことからそれは別として山鯨、なめくじら、海豚に至るまで、その漿を舌端に載せてみた。 ところで、山鯨のすき焼き、なめくじらの照り焼きなどは大そうおいしいけれど、海豚の肉はどうも感服しかねる。晒し鯨の酢味噌にしたところが、肉そのものには
マクラウドフィオナ
神がコラムを永遠の宴に召される一年ほど前のことである、ある夜、兄弟たちの中の最年少者「雀斑」とあだなされたポウルが彼のもとに来た。 「月が星のなかにあります、おおコラムよ、きょう神と共にある老ムルタックは、神とあなたのお心どおり、島の東端のかわいた砂の深みに葬られます」 そこで聖者は疲れねの床から起きあがり、ムルタックの葬られたところに行って、その場所を祝福
久生十蘭
海豹島 久生十蘭 二日ほど前から近年にない強い北々風が吹き荒れ、今日もやまない。東京に住むようになってから十数年になるが、こんな猛烈な北風を経験するのははじめてである。北風独特の軋るような呻き声は、いまから二十数年前、氷と海霧にとざされた海豹島で遭遇したある出来事を思い出させる。子供たちはとっくに寝床にゆき、広すぎる書斎に私はひとりいる。虚空にみち満ちる北風
北原白秋
風格高うして貴く、気韻清明にして、初めて徹る。虚にして満ち、実にしてまた空しきを以て、詩を専に幻術の秘義となすであらう。 鳥のる、ただに尋常の行であらうか。海豹の水に遊ぶ、誰かまた険難の業とのみ判じよう。雲は太古にして若く、波は近う飜つて、かへつて帰する際涯を知らない。 詩は我が生来の道である。その表現の玄微に好んで骨を鏤る。畢竟は我がふたつなき楽みを我と楽
黒島伝治
海賊と遍路 黒島傳治 私の郷里、小豆島にも、昔、瀬戸内海の海賊がいたらしい。山の上から、恰好な船がとおりかゝるのを見きわめて、小さい舟がする/\と島かげから辷り出て襲いかゝったものだろう。その海賊は、又、島の住民をも襲ったと云い伝えられている。かつて襲われたという家を私も二軒知っているが、そのいずれもが剛慾で人の持っているものを叩き落してでも自分が肥っていこ
牧野信一
「登志さん、果物でも持つて行つたらどうなの、雑誌ばかり読んでゐないで……」 ナイフや皿の用意をととのへながら、母は登志子を促した。 「キクに言つてよ。あの集りの中へ這入つて行くのは、あたし何だか気まりがわるいのよ、あたしが行くと皆が変に黙つてしまふんですもの……」 「お前さんが、あんまり気どつてゐるからぢやないの。」 「まあ、ひどいわ、母さんたら……」 二人
小川未明
日本海の荒波が、ドドン、ドドンといって岸を打っています。がけの上に、一本の松の木が、しっかり岩にかじりついて、暗い沖をながめて、嵐にほえていました。 そこへ、どこからともなく、紅い、いすかが飛んできて、松の木にとまりました。 「松の木さん、なんで、そんなに腹だたしそうにどなっているのですか?」といいました。 松の木は、頭の毛を逆立て、いまにも岩からはなれて、
宮本百合子
海辺小曲(一九二三年二月――) 宮本百合子 海辺の五時 夕暮が 静かに迫る海辺の 五時 白木の 質素な窓わくが 室内に燦く電燈と かわたれの銀色に隈どられて 不思議にも繊細な直線に見える。 黝みそめた若松の梢に ひそやかな濤のとどろきが通いもしよう。 午後五時 いまだ淡雪の消えかねた砂丘の此方 部屋を借りる私の窓辺には 錯綜する夜と昼との影の裡に 伊太利亜焼
木下杢太郎
海郷風物記 木下杢太郎 夕暮れがた汽船が小さな港に着く。 點燈後程經た頃であるからして、船も人も周圍の自然も極めて蕭かである。その間に通ふ靜かな物音を聞いてゐると、かの少年時の薄玻璃の如くあえかなる情操の再び歸り來るのではないかと疑ふ。 艀舟から本船に荷物を積み入るる人々の掛聲は殊に興が深い。 「やつとこ、さいやの、どつこいさあ。」 「やれこら、さよな――。
海野十三
「お道樂」の話ですか、それは困りましたね、私は酒もやらないしこの二三年からだの調子をわるくしてゐるので、たまに三軒茶屋あたりを散歩してくる位のところですから、人樣のやうな派手な「お道樂」はありませんね。 電氣ですか、あれはいまでは「お道樂」のやうになつてゐますが、これは專攻した學問で、これでも私は理學士なのです。 佐野昌一の本名で「おはなし電氣學」なんて、素