田木繁に
槙村浩
(前半紛失) このエピソードを思い出すたびに、わたしらはなぜか最近のあなたの詩を思い出さずにはいられない昔のあなたの「拷問に耐える歌」が、あんなに愛誦されている同志田木繁、こんな猫が、あなたの地区の工場の行きすがりに、ふっと道を横ぎりはせぬだろうか自分自身に限界性をくぎるたびに、何かしらこんなものかと思い出してくるものだ昔のあなたの「拷問に耐える歌」が、あん
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槙村浩
(前半紛失) このエピソードを思い出すたびに、わたしらはなぜか最近のあなたの詩を思い出さずにはいられない昔のあなたの「拷問に耐える歌」が、あんなに愛誦されている同志田木繁、こんな猫が、あなたの地区の工場の行きすがりに、ふっと道を横ぎりはせぬだろうか自分自身に限界性をくぎるたびに、何かしらこんなものかと思い出してくるものだ昔のあなたの「拷問に耐える歌」が、あん
楠山正雄
田村将軍 楠山正雄 一 京都に行ったことのある人は、きっとそこの清水の観音様にお参りをして、あの高い舞台の上から目の下の京都の町をながめ、それからその向こうに青々と霞んでいる御所の松林をはるかに拝んだに違いありません。また後ろをふり返ると御堂の上にのしかかるようにそびえている東山のはるかのてっぺんに、真っ黒に繁った杉の木立ちがぬっと顔を出しているのを見たに違
長谷川時雨
田沢稲船 長谷川時雨 一 赤と黄と、緑青が、白を溶いた絵の具皿のなかで、流れあって、虹のように見えたり、彩雲のように混じたりするのを、 「あら、これ――」 絵の具皿を持っていた娘は呼んだ。 「山田美妙斎の『蝴蝶』のようだわ。」 乙姫さんの竜の都からくる春の潮の、海洋の霞が娘の目に来た。 山田美妙斎は、尾崎紅葉、川上眉山たちと共に、硯友社を創立したところの眉毛
萩原朔太郎
鎌倉へうつつてからは、毎日浪の音をきくばかりでさむしい。訪問者も絶えて無いので何だか昔の厭人病者の物わびしい遁世生活を思ひます。西行といふ昔の詩人は、特別にかういふ生活の情趣を好んだらしい。「鴫立つ澤の秋の夕ぐれ」などといふ歌をよむと、昔の厭世主義者の詩境がよくわかる。しかしあれは茶の湯や禪味と關聯した「侘しさ」のあはれであつて、現代人たる僕等の氣分とはぴつ
プレヴォーマルセル
脚本作者ピエエル・オオビュルナンの給仕クレマンが、主人の書斎の戸を大切そうに開いた。ちょうど堂守が寺院の扉を開くような工合である。そして郵便物を載せた銀盤を卓の一番端の処へ、注意してそっと置いた。この銀盤は偶然だが、実際ある寺院で使っていたロオマ時代の器具であった。卓の上には物を書いた紙が一ぱいに散らばっていて、ほとんど空地が無い。それから給仕は来た時と同じ
林芙美子
田舎がえり 林芙美子 東京駅のホームは学生たちでいっぱいだった。わたしの三等寝台も上は全部学生で女と云えば、わたしと並んだ寝台に娘さんが一人だった。トランクに凭れて泣いているような鼻のすすりかたをしている。わたしは疲れていたので、枕もとのカアテンを引いてすぐ横になったが、眼をつぶらないうちに頭のところのカアテンが開いてしまって、三階の寝台で新聞を拡げている音
相馬泰三
田舎医師の子 相馬泰三 一 六年振りに、庸介が自分の郷里へ帰って来たのは七月上旬のことであった。 その日は、その頃のそうした昨日、一昨日と同じように別にこれという事もない日であった。夜の八時頃、彼は、暗く闇に包まれた父の家へ到着した。 彼は意気地なくおどおどしていた。玄関の戸は事実、彼によって非常に注意深く静かに開けられたのであったが、それは彼の耳にのみはあ
田山花袋
なつかしきK先生、 ゴオと吹きおろす凩の音に、又もや何等の幸福も訪れずに、夕暮がさびしくやつてまゐりました。遠くには、高社山の白皚々とした頭を雲の上にあらはし、はかなく栄える夕日を浴びて、永遠に黙つて悲惨な色を出して輝いてをります。飛び行く烏はカアの一声を残して、小牛の寝ころんだやうな形をした三峰の山のかげへとその姿をかくして了ひました。――うら悲しい思ひと
田山花袋
『田舎教師』について 田山花袋 私は戦場から帰って、まもなくO君を田舎の町の寺に訪ねた。その時、墓場を通りぬけようとして、ふと見ると、新しい墓標に、『小林秀三之墓』という字の書いてあるのが眼についた。新仏らしく、花などがいっぱいにそこに供えてあった。 寺に行って、O君に会って、種々戦場の話などをしたが、ふと思い出して、「小林秀三っていう墓があったが、きいたよ
萩原朔太郎
[表記について] ●本文中、底本のルビは「(ルビ)」の形式で処理した。 ●底本は本文は旧かな遣い、ルビは新かな遣いで編集されており、このファイルも底本に準じた。 海 田舎の時計 坂 大井町 郵便局 墓 自殺の恐ろしさ 詩人の死ぬや悲し 群集の中に居て 虚無の歌 虫 貸家札 この手に限るよ
黒島伝治
田舎から東京を見る 黒島傳治 田舎から東京をみるという題をつけたが本当をいうと、田舎に長く住んでいると東京のことは殆ど分らない。日本から外国へ行くと却て日本の姿がよく分るとは多くの海外へ行った人々の繰返すところであるし、私もちょっとばかり日本からはなれて、支那とシベリアへ行ったことがあるが、そのときやはり、日本がよく分るような気がした。しかし東京をはなれて田
小川未明
奉公をしているおみつのところへ、田舎の母親から小包がまいりました。あけてみると、着物がはいっていました。そして、母親からの手紙には、 「さぞ、おまえも大きくなったであろう。そのつもりでぬったが、からだによくあうかどうかわかりません。とどいたら、着てみてください。もしあわないようでしたら、夜分でもひまのときに、なおして着てください。」と、書いてありました。 お
太宰治
田舎者 太宰治 私は、青森県北津軽郡というところで、生れました。今官一とは、同郷であります。彼も、なかなかの、田舎者ですが、私のさとは、彼の生れ在所より、更に十里も山奥でありますから、何をかくそう、私は、もっとひどい田舎者なのであります。
豊島与志雄
田舎者 豊島与志雄 「ドラ鈴」がこのマダムのパトロンかどうかということが、四五人の常連の間に問題となっていた時、岸本啓介はそうでないということを――彼にしてみれば立証するつもりで――饒舌ってしまった。第一、みんなが、たとい酔っていたとは云え、さも重大事件かなんぞのように、夢中になって論じあってるのが滑稽だった。――「ドラ鈴」はめったに姿をみせることはなかった
宮本百合子
田舎風なヒューモレスク 宮本百合子 都会の者だって夫婦げんかはする。けれども、田舎の夫婦げんかには、独得の牧歌的滑けいがつきものです。いつか村で有名な夫婦げんかが一つあった。 勇吉という男がある。もう五十八九の年配だ。体の大きいひょうかんな働きてで、どんどん身代をこしらえた。若い時、村の池で溺れかかった中学生を救った時右の人さし指をくい切られて、その指は真中
北大路魯山人
このごろ田の中で、からからからからと歯切れよく鳴く声が、ときに盛んに、ときに烈しく聞える。ある者はたにしだと言って、たにしの声を知ることに鼻うごめかし通がる。なに、あれは蛙だと、うそぶく。この争いは毎年毎年その季節になると、毎日のように誰かがやっている。嘘と思うなら壺の中にたにしを入れ室内に置いて見よと言うが、さて、それをわざわざ試みるほどの物好きもない。し
折口信夫
田遊び祭りの概念 折口信夫 一 田遊び・田ひ・田楽 日本には、田に関する演芸が、略三種類ある。第一は、田遊びである。此行事は、余程、古くから行はれたものと思ふ。次は田ひで、此も、奈良朝以前既にあつた。第三は、平安朝の末に見え出して、鎌倉に栄え、室町に復活した、田楽である。 田遊びは又、春田打ちとも言ふ。所によつては、此を暮れに行ふ事もあるが、多くは正月に行ふ
岸田国士
戯曲を書きはじめてやつと二三年、小説といふものはたゞの一度も書いたことのない私に、いきなり新聞の連載小説を書けといふ注文なので、私は面喰つた。 実を云ふと、戯曲を書いて雑誌に発表するといふことが私にはなんだか不自然に思へてしかたがない時分であつたし、頭のなかは、「新しい演劇運動」のことでいつぱいで、月々雑誌にのる短篇小説もろくに目を通さず、まして、新聞の続き
中谷宇吉郎
去年の夏のことである。漸く学校は卒業したが、理研の方の建物が出来上っていなかったので、暫く物理教室の狭い実験室の一隅を借りて、仕事を続けていた時のことである。Y君やM君と一緒に、一室で三組も実験をしていて、窮屈な思いをしていたところへ、夏が来た。 夏休みで学生がいなくなると実験の方はだれて来る。誰か一番先に来た男が、紅茶をわかしてビーカーに入れて、手製の硝子
クレインウォルター
詩とカラー画デザイン ウォルター・クレイン 印刷 エドマンド・エヴァンズ なつかしき世の園の夢を見る かつて草花は人のごとき名を持ち どうにも姿もふしぎで 紳士淑女よろしく振る舞ったという その昔ロザリンドの閨房近くでは 孔雀色したイチイの垣根のそばに 何も草花が見つからなかったそうだが 実は見つけ方にこつがあるのだ さあ木戸の鍵を手に取るがよい 見るも麗し
折口信夫
大星由良助について、我々の持つてゐる知識に、ほんの少し訂正しなければならぬ点がないか知らん。まあ書いて見るが、書く程のことはないやうな気もする。一体、忠臣蔵系統の戯曲は、大体世界が三つ位におちつくやうである。曾我物語・太平記、それから言うてよければ、小栗判官の世界である。勿論「仮名手本忠臣蔵」自身、並びにその直系の親浄瑠璃と言ふべき、近松氏の「兼好法師物見車
坂口安吾
由起しげ子よエゴイストになれ 坂口安吾 誰かの批評に、女房として不適格、とあったが、これはアベコベだ。女房に不適格な小説が書けると、この人の作品は光彩を放つだろうが、今のところは、女房小説である。 だいたい、日本の家族制度のような国で、女房に適格な女に、ろくな小説の書ける見込みがない。 由起さんが、女房に不適格だと自任しているかどうかは知らないが、在来の家族
国枝史郎
甲州鎮撫隊 国枝史郎 滝と池 「綺麗な水ですねえ」 と、つい数日前に、この植甚の家へ住込みになった、わたりの留吉は、池の水を見ながら、親方の植甚へ云った。 「これが俺んとこの金箱さ」 と、石に腰をかけ、煙管をくわえながら、矢張り池の水を見ていた植甚は、会心の笑いという、あの笑いかたをしたが、 「この水のために、俺んとこの植木は精がよくなるのさ」 「まるで珠で
平林初之輔
いわゆる文壇の小説家という人たちは、たいてい似たり寄ったりの生活をしている。したがってこれらの人たちが自分の身辺の出来事を報告した小説は、自然、千遍一律に流れやすい。近頃の文壇の作品には特にこの傾向が甚しくなってきた。そこで読者の方からは、何かもっと毛色の変わった、刺激の強い、興味のある読み物を要求してくるようになった。探偵小説は、こうした要求に答えるために