Vol. 2May 2026

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窯を築いて知り得たこと

北大路魯山人

もしそれ技術的の方面、製作上の道程などを子細に考えるならば、それは殆ど数知れぬまでに未知の世界を知ったと言うべきである。 しかし、左様なことは余りにも専門的に渉る。で、ここで一般的の話として持出すことはむしろ控えるが至当であるかも知れない。ゆえにそれらは略して、その他の所感を述べることにする。 個人作家の権威――先ず第一に自作と銘を打って出す個人作品の権威に

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竇氏

田中貢太郎

竇氏 田中貢太郎 不意に陽がかげって頭の上へ覆をせられたような気がするので、南三復は騎っている驢から落ちないように注意しながら空を見た。空には灰汁をぶちまけたような雲がひろがって、それを地にして真黒な龍のような、また見ようによっては大蝙蝠のような雲がその中に飛び立つように動いていた。そのころの日和癖になっている驟雨がまた来そうであった。 南は新しい長裾を濡ら

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竈の中の顔

田中貢太郎

「今日も負かしてやろうか」 相場三左衛門はそう云ってから、碁盤を中にして己と向いあっている温泉宿の主翁の顔を見て笑った。 「昨日は、あまり口惜しゅうございましたから、睡らず工夫しました、今日はそう負けはいたしません」 主翁は淋しそうに笑って手にした石をおろしはじめた。 「そうか、それは油断をせられないな、小敵と見て侮ることなかれ、か」 三左衛門はあっちこっち

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立すくむ

今野大力

私はいろいろな過去の日記や書きちらしや、あちこちの新聞雑誌へ発表したものや、その折々の切抜や、自分を育ててゆくための材料を古い家に置きっきりだった、転々と私は歩いた、私はそれらに目を通さなかった、私の過去は忘れ去られつつあった 私は常にぽっかりと新らしい場所へ新らしい考えの中へ出て、そこから短かいものだけを、しかも又その場その場へ置いて歩いた、だから私は何年

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さか立ち小僧さん

小川未明

こい紫の、ちょうどなす色をした海の上を、赤い帯をたらし、髪の毛をふりみだしながら、気のくるった女が駈けていくような、夏の雲を、こちらへきてからは、見られなくなったけれど、そのかわり、もっとやさしい女神が、もも色の長いたもとをうちふり、うちふり、子どもたちといっしょに鬼ごっこをしているような、なごやかな夕雲の姿を、このごろ毎日のごとく、街の上の空に、ながめるの

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立山の亡者宿

田中貢太郎

立山の亡者宿 田中貢太郎 一 小八はやっと目ざした宿屋へ着いた。主翁と婢が出て来てこの壮い旅人を愛想よく迎えた。婢は裏山から引いた筧の水を汲んで来てそれを足盥に入れ、旅人の草鞋擦のした蒼白い足を洗ってやった。 青葉に黒味の強くなる比のことで日中は暑かったが、立山の麓になったこの宿屋では陽が入ると涼しすぎる程の陽気であった。小八は座敷へあがるなり婢が来て湯に入

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立待岬にいたりて

今野大力

露西亜の船の沈んだ片身に残したと聞く石を抱いて われは又ある日のざんげをするか 函館山は高く 要塞地として秘密を冠る おごそかな 壮大なる岩礁の牢たる屹立は 東方に面して 何をひそかに語りつつあるか 黒鳥のあまた 岩に群がり 波に浮び 魚を捕う かつてここら立待岬のアイヌ達は 魚群の来るを銛を携えて立ち待てりと伝う 東海の波濤のすさまじく寄せ打つ処 崖上の草

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立春の卵

中谷宇吉郎

立春の時に卵が立つという話は、近来にない愉快な話であった。 二月六日の各新聞は、写真入りで大々的にこの新発見を報道している。もちろんこれは或る意味では全紙面を割いてもいいくらいの大事件なのである。 昔から「コロンブスの卵」という諺があるくらいで、世界的の問題であったのが、この日に解決されたわけである。というよりも、立春の時刻に卵が立つというのがもし本統ならば

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立春開門

河井寛次郎

子供達は二月は冷凍された。それも炬燵にあたったままで冷凍された。町は冷蔵庫で雪、雪、雪。軒先からは真白に凍て付いた、鉄管の氷簾がさがっていた。水分を取られた空気はかちかちに乾いて、二月の扉は厚くて重かった。三月の声が叩いてくれない限り、これは開かなかった。然しそこにはたった一つの色として、咲いたままで凍らせられた、あの真夏の花氷のような炬燵があった。これは暖

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立札 ――近代伝説――

豊島与志雄

揚子江の岸の、或る港町に、張という旧家がありました。この旧家に、朱文という男が仕えていました。 伝えるところに依りますと、或る年の初夏の頃、この張家の屋敷の一隅にある大きな楠をじっと眺めて、半日も佇んでいる、背の高い男がありました。それを、張家の主人の一滄が見咎めて、何をしているのかと尋ねました。 「楠を見ているのです。」と背の高い男は答えました。 「それは

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立枯れ

豊島与志雄

立枯れ 豊島与志雄 穏かな低気圧の時、怪しい鋭い見渡しがきいて、遠くのものまで鮮かに近々と見え、もしこれが真空のなかだったら……と、そんなことを思わせるのであるが、そうした低気圧的現象が吾々の精神のなかにも起って、或る瞬間、人事の特殊な面がいやになまなましく見えてくることがある。そういうことが、小泉の診察室の控室で、中江桂一郎に起った。 小泉がキミ子を診察し

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立見の金網について

木村荘八

立見の金網 図は「木下杢太郎」こと太田正雄氏の写生画を借りるものであるが(小生模写)、遺憾のことには画中に日附もなければ、場所のかき入れもない。写生の日附は恐らく明治四十年見当であらうし、場所は市村座か新富座か、多分新富座であらう。いふまでもなく立見場の即写であるが、今僕にとつてこの絵の一番の重要性は、この絵に写してある、金網の目の大きさである。これもいふま

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竜宮

豊島与志雄

竜宮 豊島与志雄 今時、竜宮の話などするのはちとおかしいが、また逆に、こういう時代だから、竜宮の話も少しはしてよかろう。 竜宮といえば、先ず、「浦島太郎」の昔話が思い出される。これは誰でも知ってるもので、ここに梗概を述べるにも及ぶまい。 ただ、注目すべきは、浦島太郎が竜宮の乙姫様から貰ってきた玉手箱のことだ。あの箱を開けたために、三年の月日が三百年の現実に還

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竜宮の犬

宮原晃一郎

竜宮の犬 宮原晃一郎 或田舎に貧乏な爺さんと、婆さんとが二人きりで暮してをりました。耕す畑も田もないから、仕方なく爺さんは楊枝、歯磨き、洗粉などを行商して、いくらかのお銭を取り、婆さんは他人の洗濯や針仕事を頼まれて、さびしい暮しをつゞけてをりました。 すると或年の秋も末になり、紅葉が綺麗に色づき、柿の実があかく熟れて、風の寒い夕方、爺さんが商売から帰り途に、

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竜舌蘭

寺田寅彦

竜舌蘭 寺田寅彦 一日じめじめと、人の心を腐らせた霧雨もやんだようで、静かな宵闇の重く湿った空に、どこかの汽笛が長い波線を引く。さっきまで「青葉茂れる桜井の」と繰り返していた隣のオルガンがやむと、まもなく門の鈴が鳴って軒の葉桜のしずくが風のないのにばらばらと落ちる。「初雷様だ、あすはお天気だよ」と勝手のほうでばあさんがひとり言を言う。地の底空の果てから聞こえ

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章学誠の史学

内藤湖南

章學誠の史學 内藤湖南 清朝の乾隆嘉慶の時代は考據の學が全盛を極めた時であつて、經學は勿論史學に於ても考據の大家たる錢大・王鳴盛などといふ人が出て、史學の風潮を全く考據に傾けたのであつた。然るにその時代に於て、浙江の紹興府から一人の變つた學者が出た。さうして一代の風潮の間に獨立して、史學を考據の方法に據らずして、全く理論的の考へ方から研究したのである。その人

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章魚人夫

広海大治

北方の海には氷が張りつめた食物がなくなった章魚はおのれの足を食いつくした 春四月まだ雪は南樺太の野を埋めている人夫は前借金二十五円にしばられて鉄道工事現場へ追い込まれた へばりついた大雪の残りが消えたドロ柳があおい芽をふいた流氷が去った海岸に鰊が群来たけれど オホーツク嵐は氷の肌の様に寒いや 伐材だ切取りだ 低地へは土を盛れ岩石はハッパで砕けさあ、ツルだスコ

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章魚木の下で

中島敦

南洋群島の土人の間で仕事をしていた間は、内地の新聞も雑誌も一切目にしなかった。文学などというものも殆ど忘れていたらしい。その中に戦争になった。文学に就いて考えることは益々無くなって行った。数ヶ月してから東京へ出て来た。気候ばかりでなく、周囲の空気が一度に違ったので、大いに面喰った。本屋の店頭に堆高く積まれた書物共を見て私は実際仰天した。久しぶりで文学作品を読

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おしゃれ童子

太宰治

おしゃれ童子 太宰治 子供のころから、お洒落のようでありました。小学校、毎年三月の修業式のときには必ず右総代として校長から賞品をいただくのであるが、その賞品を壇上の校長から手渡してもらおうと、壇の下から両手を差し出す。厳粛な瞬間である。その際、この子は何よりも、自分の差し出す両腕の恰好に、おのれの注意力の全部を集めているのです。絣の着物の下に純白のフランネル

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ざしき童子のはなし

宮沢賢治

ざしき童子のはなし 宮沢賢治 ぼくらの方の、ざしき童子のはなしです。 あかるいひるま、みんなが山へはたらきに出て、こどもがふたり、庭であそんでおりました。大きな家にだれもおりませんでしたから、そこらはしんとしています。 ところが家の、どこかのざしきで、ざわっざわっと箒の音がしたのです。 ふたりのこどもは、おたがい肩にしっかりと手を組みあって、こっそり行ってみ

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わが童心

佐藤垢石

わが童心 佐藤垢石 二、三日前、紀州熊野の山奥に住む旧友から、久し振りに手紙がきた。 ――拝啓、承り候えば、貴下も今回、故郷上州へ転住帰農遊ばされ候由、時節柄よき才覚と存じ上申候。 小生もここ熊野なる故郷の山中へ疎開転居致し候てより、はや一年の歳月を過ごし申候。永き年月、都会に住み馴れたる者が、故山の杜邑に移りきては、水当たりもありやせん、人の心の激しさに触

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童話

原民喜

人ががやがや家のうちに居た。そこの様子がよくは解らなかった。誰か死んだのではないかしらと始め思へた。生れたのだと皆が云った。誰が生れたのか私には解らない。結局生れたのは私らしかっった。 生れてみると、私はものを忘れてしまった。魚や鳥やけだものの形で闇のなかを跳ね廻ったり、幾世紀も波や風に曝されてゐたのは私ではなかったのか。 私は温かい布に包まれて、蒲団の上に

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そり(童話)

チリコフオイゲン

一 はてもない雪の野原を、二頭だてのそりが一だい、のろ/\と動いてゐました。そりにつけた鈴が、さびしい音をたてました。まつ白にこほりついた、ぼろござをきせられた馬は、にえたつた湯気のやうな息を、ひゆう/\はきつゞけました。 ぎよ車台には、こちらの村の百姓の子で、今年十三になるリカがすわつてゐます。お父つァんの古帽子をかぶつて来たのはいゝけれど、とてもづば/\

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