論語とバイブル
正宗白鳥
吾人はアレキサンダー、シーザー、ナポレオンなど所謂英雄なる者の社会に存在したことを喜ばぬと共に、基督、釈迦、孔子など所謂聖人なる者の出現を謳歌せぬのである。世の識者という中には、武人的英雄物質的英雄の人世に不幸を増したことを認めながら、一方に聖人が人間を救済し、現世に幸福を下した如く考える者もあるが、彼等は果して赤裸々の個人として見て、それ程の人物であったか
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正宗白鳥
吾人はアレキサンダー、シーザー、ナポレオンなど所謂英雄なる者の社会に存在したことを喜ばぬと共に、基督、釈迦、孔子など所謂聖人なる者の出現を謳歌せぬのである。世の識者という中には、武人的英雄物質的英雄の人世に不幸を増したことを認めながら、一方に聖人が人間を救済し、現世に幸福を下した如く考える者もあるが、彼等は果して赤裸々の個人として見て、それ程の人物であったか
ホワイトフレッド・M
「獄悶絶死、獄悶絶死、獄悶絶死、獄悶絶死、新郎新婦、新郎新婦、獄悶絶死、獄悶絶死、獄悶絶死、獄悶絶死、新郎新婦、新郎新婦」 こんな狂気の繰り言がニュートン・ムーアの脳にこびりついたのはガタゴト突っ走る長距離鉄道のせい。鮮やかな金色と深紅の列車が蒸気に包まれ、白銀のレールをゴーッと走る――火の鉄路、人はこれを南東欧州急行と呼ぶ。 巨大な二連エンジンの音が、こう
ホワイトフレッド・M
ニュートン・ムーアが暗号電報で陸軍省に駆けつけた。迅速が契約の必須条件だった。ジョージ・モーリイ卿が直ちに本題入り。 「君にピッタリの案件だ。マザロフ銃は聞いたことがないだろう?」 ムーアは知らないと認めた。何かの新型で、その必殺武器に良くないことが起こったのでしょうか、と応じた。 ジョージ卿が説明、 「その通り。君の仕事は回収だ。若い優秀なロシア人が発明し
ホワイトフレッド・M
黄色い霧がグラスゴー地域の一部にかかった。悪臭がニュートン・ムーアの鼻孔にツーン、喉を刺激し、周りを包み、得も言われぬほど不快だ。衣服は湿気でよれよれ。 ムーアは壁に寄りかかって面割り中。同じ姿勢で名うての諜報部員ムーアが粘ってるのは夜のとばりが降りてからずっとだ。口元の煙草は吸いつくし、マッチもなくなった。 こうして震えながら立ちんぼうで何時間も待っている
ホワイトフレッド・M
「チャールズ卿、ひどい事件ですね。必ず対処します」 とニュートン・ムーアが答えた。 チャールズ・モーリィ卿がニヤリ。外務省の大御所チャールズ・モーリィ卿が全幅の信頼を寄せているのが、この有名なムーア諜報部員、その手法を高く評価している。 「常識外れの事件だから、要点を教えておこう」 面白い話をチャールズ卿がする羽目になった。 インド国境の北西に広大な山岳地帯
ホワイトフレッド・M
ニュートン・ムーアが緊張して指でまさぐった一片の艶紙は自分のパスポート、拝謁するのはほかでもない首相本人である。 仏頂面の名誉次官がムーアに用件を尋ねるさまは、これ以上の慇懃無礼ができるかというほどだ。 諜報部員のムーアが名刺を渡して待った。名刺はウェスタハウス卿のもの、鉛筆で「持参人面会許可」と書かれている。 仏頂面が高慢ちきに笑った。すぐにムーアは首相の
ホワイトフレッド・M
有名な諜報員ニュートン・ムーアがうきうき気分で早々と朝食に降りてきた。今日の休日計画は決して悪くない。さらに今回の朝食だけはハラハラせず食べられる。 ふと頭の中で思い描いた光景は、クロベリへ通じるホビイ・ドライブ道やら、柔らかいピリッとくる海老やら、ニュー・イン宿の壁にかかる食器の青光りやら……。 任務上、毎日ざっと目を通すのが、警視庁から送ってくる殴り書き
坂口安吾
諦らめアネゴ 坂口安吾 岡本綺堂「相馬の金さん」僕はこの有名な舞台を見たことがなく、読んだのだけれども、一場面が記憶に残つてゐる。芝居の一番終りのところで、金さんが上野の戦争に参加して刀をふりまはしたけれども一向に効なく敗戦、金さんは山から逃げだしてくる。金さんの恋人に常盤津だか何かの師匠があつて、金さんの身の上を心配して戦場の近くまで探しにくると、落ちてく
坂口安吾
諦めている子供たち 坂口安吾 雪の晩げに道を歩くと雪ジョロがでるすけオッカネぞとおらとこのオトトもオカカもオラたちに云うてオッカナがらすろも、オラそんげのこと信用しねわい。そらろもオレもオッキなってガキどもができると、そんげのこと云うてオッカナがらすかも知れねな。人間てがんはショウがねもんだて。そらすけオラいまから諦めてるて。 雪の夜道を歩くと雪女郎がでるか
小熊秀雄
ある夜一人の見も知らぬ学生が訪ねて来た、 洋服の袖口のところが破れてゐて 小さな穴から下着の縞模様をのぞかせてゐた、 学生は――諷刺文学万歳!と叫んで そして私に握手を求めた ――曙ですよ、 あなたのお仕事の性質は、 日本に諷刺文学が とにかく真実に起つたといふことは 決定的に我々の勝です、 彼はかう言つて沈黙した、 ところで我々はそれから、 ぺちやくちやし
萩原朔太郎
友だちはひどく歪んだ顏をしながら、 虱に向つて話をした。 『虱や、ご生だからたからないでおくれ、 私にしつつこくしないでおくれ、 おまへはほんとに不愉快だ』 そして痒いところへ手をやらうともしなかつた。 この友だちは聖人だ。 ●図書カード
太宰治
世の中の、どこに立つて居るのか、どこに腰掛けて居るのか、甚だ曖昧なので、學生たちは困つて居る。世の中のことは何も知らぬふりして無邪氣をよそほひ、常に父兄たちに甘えて居ればいいのか。又は、それこそ、「社會の一員」として、仔細らしい顏をし、世間の大人の口吻を猿眞似して、大人の生活の要らざる手助けに努めるのがいいのか。いづれにしても不自然で、くすぐつたく、落ちつか
平林初之輔
諸家の芸術価値理論の批判 平林初之輔 はしがき 私が「新潮」三月号に発表した「政治的価値と芸術的価値」は、私の頭に疑問として残されてゐた一つの問題を、雑然と、無秩序に、しかも甚だ例証的に、従つて、非常に単純化された姿に於いて、そして何よりも率直に、表白して、私自身その問題に対する一つのサジエツシヨンを試みつゝ、大方の示教を乞ふために書かれたものであつた。 多
宮本百合子
諸物転身の抄 宮本百合子 これまで、今時分の東京の乾物屋の店先にこんなに種々様々にあしらわれて鰊が並んだことがあっただろうか。 身がきにしんの束がそこにあるわきで、小僧と娘さんとが、その身がきにしんにドロリとした黒いたれをつけて焼いている。その匂いは細雨の降る夕暮の歩道に立ちこめているが、同じ店先には鰊一尾まるのまま糠づけにしたものも売っている。 今年はどう
徳冨蘆花
謀叛論(草稿) 徳冨蘆花 僕は武蔵野の片隅に住んでいる。東京へ出るたびに、青山方角へ往くとすれば、必ず世田ヶ谷を通る。僕の家から約一里程行くと、街道の南手に赤松のばらばらと生えたところが見える。これは豪徳寺――井伊掃部頭直弼の墓で名高い寺である。豪徳寺から少し行くと、谷の向うに杉や松の茂った丘が見える。吉田松陰の墓および松陰神社はその丘の上にある。井伊と吉田
中谷宇吉郎
私はごく普通のフランス風のサラダが好きである。レタスとトマトを、酢とオリーブ油でドレスしただけの簡単なサラダのことである。洋食は、一般にいってあまり好かないが、このサラダだけは例外で、食卓に出ていると、つい先に手が出る。 ものの好き嫌いなどというものは、たいてい子供の頃か、せいぜい二十代までの生活環境できまるものらしい。私がこのサラダを好きになったのは、若い
小酒井不木
これも霧原警部の「特等訊問」の話である。 銀座四丁目に、貴金属宝石商を営んでいる大原伝蔵が、昨夜麹町区平河町の自宅の居間で、何ものかに殺されたという報知が、警視庁へ届いたのは、余寒のきびしい二月のある朝であった。 霧原警部は、部下の朝井、水野両刑事と警察医とを伴って、直ちに自動車で現場調査に赴いた。大原の邸宅は大震火災直後バラック建になっていて、石の門柱をは
平林初之輔
左手には三浦半島から房総半島の淡い輪郭が海の中に突きだしている。 右手には伊豆半島の東側の海岸線が鋸歯状に沖へ伸びている。 正面には大島が水平線に浮いて見え、遥か手前には、初島がくっきりと見える。 すぐ眼の下には、熱海駅前の雑踏や、小学校のグランドに飛びまわっている子供らの声が、雲雀の囀るように聞こえる。 龍之介はMホテルのテラスの籐椅子に背をもたせて、身体
松本泰
謎の街 松本泰 坂の多いサンフランシスコの街々は自動車に乗っても電車に乗っても、目まぐるしいように眼界が転回する。八層、十層の高楼も、たちまち眼下に模型の建築物のように小さくなってしまう。 雨の日は建物の地肌で赤く黒くそれぞれの色彩を保っているが、晴れた日は一様に黄色い日光を浴びている。 高台の電車軌道の大きく迂回しているところから左へ行くと、金門公園がある
宮本百合子
講和問題について 宮本百合子 二、三日前の新聞に、北満の開拓移民哈達河開拓団二千名の人々が、敗戦と同時に日本へ引揚げて来る途中、反乱した満州国軍の兵に追撃され、四百数十名の婦女子が、家族の内の男たちの手にかかって自決させられたという記事がありました。 その時六、七名から十二名におよぶ女子供を銃殺した人達が復員しているという記事が問題となっていました。その中の
宮沢賢治
いたやと楢の林つきて かの鉛にも続くといへる 広きみねみち見え初めたれば われ師にさきだちて走りのぼり 峯にきたりて悦び叫べり 江釣子森は黒くして脚下にあり 北上の野をへだてて山はけむり そが上に雲の峯かゞやき立てり 人人にまもられて師もやがて来りたまふに みけしき蒼白にして 単衣のせなうるほひ給ひき われなほよろこびやまず 石をもて東の谷になげうちしに そ
梶井基次郎
舊臘二十三日私達は大津の公會堂で青空の講演會を開くことになつてゐた。講演會の直接の目的は讀者を殖すことであつた。世間へ出て私達の信ずるところを説く、私達共同で出來る正式な方法としてはさしあたりそれ以外にはない。 獻立は外村と淺沼がやつた。淀野と清水が伏見からそれに加つて二十二日の夜伏見で先づ第一回を催した。私は二十三日大津に着いた。それを加へて五人が大津では
坂口安吾
講談先生 坂口安吾 僕は天性模倣癖旺盛で、忽ち人の感化を受けてしまふ。だから、人の影響はのべつ受けてばかりゐて、数へあげればキリがない。けれども、この人には負けたくない、といふやうな敵意を持つ場合もあるもので、「この人の作品を読むと惹きこまれるから、もう読むまいと決心するやうなこともあつた。これが本当の影響を与へた人かも知れないが、かういふ本当の書斎の中へは
上村松園
○ 伊勢の白子浜に鼓が浦という漁村があって、去年からそこに一軒の家を借りまして、夏じゅうだけ避暑といってもよし、海気に親しむといってもよし、家族づれで出かけていって、新鮮な空気と、清涼な海水に触れてくることにしています。 ことしも松篁夫婦に子供づれで出かけましたが、この漁村にも近年ぼつぼつ避暑客が押しかけてきて賑やかになるにつれて、洋風の家なども眼につくよう