赤い実
小川未明
だんだん寒くなるので、義雄さんのお母さんは精を出して、お仕事をなさっていました。 「きょうのうちに、綿をいれてしまいたいものだ。」と、ひとりごとをしながら、針を持つ手を動かしていられました。 秋も深くなって、日脚は短くなりました。かれこれするうちに、はや、晩方となりますので、あちらで、豆腐屋のらっぱの音がきこえると、お母さんの心は、ますますせいたのでありまし
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小川未明
だんだん寒くなるので、義雄さんのお母さんは精を出して、お仕事をなさっていました。 「きょうのうちに、綿をいれてしまいたいものだ。」と、ひとりごとをしながら、針を持つ手を動かしていられました。 秋も深くなって、日脚は短くなりました。かれこれするうちに、はや、晩方となりますので、あちらで、豆腐屋のらっぱの音がきこえると、お母さんの心は、ますますせいたのでありまし
小川未明
独りものの平三は、正直な人間でありましたが、働きがなく、それに、いたって無欲でありましたから、世間の人々からは、あほうものに見られていました。 「あれは、あほうだ。」と、いわれると、それをうち消すもののないかぎり、いつしか、そのものは、まったくあほうものにされてしまうばかりでなく、当人も、自分で自分をあほうと思いこんでしまうようになるものです。平三も、その一
小川未明
お花が、東京へ奉公にくるときに、姉さんはなにを妹に買ってやろうかと考えました。二人は遠く離れてしまわなければなりません。お花は、まだ見ないにぎやかな、美しいものや、楽しいことのたくさんある都へゆくことは、なんとなくうれしかったけれど、子供の時分から、親しんだ、林や、野や、自分の村に別れることが悲しかったのです。 姉は、かつて、自分も一度、都へいってみたいと心
国枝史郎
まだ真夜中にはなっていなかった。 が、豪奢なウッドワードのアパートに漲る深々たる夜の静寂は、泥棒猫のようにこっそり忍び込んだスパイダー・マッコイの亢奮した神経を針のように尖らせた。ゴム底の靴は歩く度に高価な絨氈の中に深々と沈み、彼の熟練した眼には夜目にも素晴しい調度品が感じられた。室から室を忍び歩く足の感じと時折照す懐中電燈の光だけで、スパイダーは家の中の様
小川未明
政雄は、姉さんからこさえてもらいました、赤い毛糸の手袋を、学校から帰りに、どこでか落としてしまったのです。 その日は、寒い日で、雪が積もっていました。そして、終日、空は曇って日の光すらささない日でありましたが、みんなは元気で、学校から帰りに、雪投げをしたり、また、あるものは相撲などを取ったりしたので、政雄も、いっしょに雪を投げて遊びました。そのとき、手袋をと
国枝史郎
僕達夫妻が支那見物をするべく秩父丸で神戸を出帆したのは四月の十九日の正午だった。一等船客を、秩父丸は一万七千頓で、米国通いの船の中でも特に優秀なものだそうだが随分よかった。 同勢は二十三人だった。 本来僕は、この船で上海などへ行くより先に、大連へ行かなければならなかったのだ。と云うのは大連の満洲日報社との取引関係があったから。 僕も然うしようかと思っていた矢
北条民雄
都美は、このごろ、夕暮になると、その少年に逢ひに行くのが、癖になつて、少年に逢はない日は、ホツケスに逢ふのも、嫌になつてしまつた。もともとホツケスが嫌ひではないのだが、西と東の感情の相違のために、その抱擁に全身をもつて、飛び込むには今一歩といふ心の焦立つ何かがあつた。それが彼女を淋しくした。三十に近くなつて、強烈なホツケスの愛情に身を任せながら、日本的な優し
槙本楠郎
貧しい子供たちよ。 おぢさんは、みんなが大へん可愛い。この本は君たちに讀んでもらひ、歌つてもらうために書いたのだ。金持の子供なんか讀まなくたつていい。 おぢさんは君たちのお父さんやお母さんと同じやうに貧乏だ。そして君たちのやうな元氣な可愛い子供を持つてゐる。去年は六つになるスミレといふ女の子を一人亡くした。それはおぢさんが貧乏なために、金持の子のやうに大切に
堺利彦
赤旗事件の回顧 堺利彦 回顧すれば、すでにほとんど二〇年の昔である。何かそれについて書けと言われる。今さらながら自分の老いを感ぜざるをえない。昔語りは気恥ずかしくもある。しかし、それも一興として、あるいは多少の参考として、読んでくれる人も無いではあるまい。しばらく昔の夢に遊んでみる。 神田錦町の錦輝館(きんきかん)の二階の広間、正面の舞台には伊藤痴遊君が着席
国枝史郎
赤格子九郎右衛門 国枝史郎 一 江川太郎左衛門、名は英竜、号は坦庵、字は九淵世々韮山の代官であって、高島秋帆の門に入り火術の蘊奥を極わめた英傑、和漢洋の学に秀で、多くの門弟を取り立てたが、中に二人の弟子が有って出藍の誉を謳われた。即ち、一人は川路聖謨、もう一人は佐久間象山であった。象山の弟子に吉田松陰があり、松陰の弟子には伊藤、井上、所謂維新の元勲がある。
国枝史郎
赤格子九郎右衛門の娘 国枝史郎 何とも云えぬ物凄い睨視! 海賊赤格子九郎右衛門が召捕り処刑になったのは寛延二年三月のことで、所は大阪千日前、弟七郎兵衛、遊女かしく、三人同時に斬られたのである。訴え人は駕籠屋重右衛門。実名船越重右衛門と云えば阿波の大守蜂須賀侯家中で勘定方をしていた人物、剣道無類の達人である。 係りの奉行はその時の月番東町奉行志摩長門守で捕方与
ドイルアーサー・コナン
友人シャーロック・ホームズを、昨年の秋、とある日に訪ねたことがあった。すると、ホームズは初老の紳士と話し込んでいた。でっぷりとし、赤ら顔の紳士で、頭髪が燃えるように赤かったのを覚えている。私は仕事の邪魔をしたと思い、詫びを入れてお暇しようとした。だがホームズは不意に私を部屋に引きずり込み、私の背後にある扉を閉めたのである。 「いや、実にいい頃合いだ、ワトソン
田中貢太郎
長野県の上田市にある上田城は、名将真田幸村の居城として知られているが、その上田城の濠の水を明治初年になって、替え乾そうと云う事になった。そして、いよいよその日になると、附近の人びとは好奇心に駆られて、早朝から手伝いやら見物やらで押しかけて来た。 その日は朝からからっと晴れた好天気で、気候も初夏らしく温い日だったので、人びとはお祭り騒ぎで替え乾をはじめた。その
楠山正雄
赤い玉 楠山正雄 一 これも大国主命が、八千矛をつえについて、国々をめぐって歩いておいでになる時のことでした。ある時摂津国の難波の津までおいでになりますと、見慣れない神さまが、海を渡って向こうからやって来ました。命が、 「あなたはだれです。」 とお聞きになりますと、その神さまは、 「わたしは新羅の国からはるばる渡って来た天日矛命というものです。どうぞこの国の
桜間中庸
岳の上はひたに靜もり妹は合歡の木の下にカムバスを立つ 妹は默して立てりひたすらに海を描かむ心一つに 帆の形面白しなど語らひつ雜草の丘にデツサンをする
海野十三
赤耀館事件の真相 海野十三 「赤耀館事件」と言えば、昨年起った泰山鳴動して鼠一匹といった風の、一見詰らない事件であった。赤耀館に関係ある人々の急死が何か犯罪の糸にあやつられているのではないかと言うので、其筋では二重にも三重にも事件の調査を行ったのであったが、いわゆる証拠不充分の理由をもって、事件は抛棄せられたのであった。東京の諸新聞は、赤耀館事件の第一報道に
波立一
赤い集会を護り 赤いデモを導く 若さの誇りに輝く 真赤な腕章 党旗の下から 組合旗の蔭から 俺らの演壇には 燃ゆる 燃ゆる 俺らの胸は早鐘 俺らは血走る眼を注ぐ 「真赤な腕章」へ 「真赤な腕章」はビクともしない 細心に 大胆に 俺らの感情を護る 「真赤な腕章」の役目は重い 番犬共が耳打ち始める ゆるんだ帽子の紐を締める ――弁士中止! 瞬間 「真赤な腕章」が
小川未明
露子は、貧しい家に生まれました。村の小学校へ上がったとき、オルガンの音を聞いて、世の中には、こんないい音のするものがあるかと驚きました。それ以前には、こんないい音を聞いたことがなかったのです。 露子は、生まれつき音楽が好きとみえまして、先生が鳴らしなさるオルガンの音を聞きますと、身がふるいたつように思いました。そして、こんないい音のする器械は、だれが発明して
小川未明
ある日の晩方、赤い船が、浜辺につきました。その船は、南の国からきたので、つばめを迎えに、王さまが、よこされたものです。 長い間、北の青い海の上を飛んだり、電信柱の上にとまって、さえずっていましたつばめたちは、秋風がそよそよと吹いて、木の葉が色づくころになると、もはや、南の方のお家へ帰らなければなりませんでした。寒さに弱い、この小鳥は、あたたかなところに育つよ
小川未明
ある、うららかな日のことでありました。 二郎は、友だちもなく、ひとり往来を歩いていました。 この道を、おりおり、いろいろなふうをした旅人が通ります。 彼はさも珍しそうに、それらの人たちを見送ったのであります。 二郎は、こうして街道を歩いてゆく知らぬ人を見るのが好きでした。 さまざまなことを空想したり、考えたりしていると、独りでいてもそんなにさびしいとは思わな
田中貢太郎
明治十七八年と云えば自由民権運動の盛んな時で、新思潮に刺戟せられた全国の青年は、暴戻な政府の圧迫にも屈せず、民権の伸張に奔走していた。その時分のことであった。 東京小石川の某町に、葛西と云って、もと幕臣であった富裕な家があって、当主の芳郎と云うのは仏蘭西がえりの少壮民権家として、先輩から望みを嘱されていた。微曇りのした風の無い日であった。芳郎は己の家に沿うた
島木健作
赤蛙 島木健作 寝つきりに寝つくやうになる少し前に修善寺へ行つた。その頃はもうずゐぶん衰弱してゐたのだが、自分ではまだそれほどとは思つてゐなかつた。少し体を休めれば、ぢきに元気を回復するつもりでゐた。温泉そのものは消極性の自分の病気には却つてわるいので、私はただ静かな環境にたつたひとりでゐることを欲したのである。修善寺は前に一晩泊つたことがあるきりで、べつに
新美南吉
山から里の方へ遊びにいった猿が一本の赤い蝋燭を拾いました。赤い蝋燭は沢山あるものではありません。それで猿は赤い蝋燭を花火だと思い込んでしまいました。 猿は拾った赤い蝋燭を大事に山へ持って帰りました。 山では大へんな騒になりました。何しろ花火などというものは、鹿にしても猪にしても兎にしても、亀にしても、鼬にしても、狸にしても、狐にしても、まだ一度も見たことがあ
小川未明
人魚は、南の方の海にばかり棲んでいるのではありません。北の海にも棲んでいたのであります。 北方の海の色は、青うございました。ある時、岩の上に、女の人魚があがって、あたりの景色を眺めながら休んでいました。 雲間から洩れた月の光がさびしく、波の上を照していました。どちらを見ても限りない、物凄い波がうねうねと動いているのであります。 なんという淋しい景色だろうと人