Vol. 2May 2026

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郷介法師

国枝史郎

郷介法師 国枝史郎 1 初夏の夜は静かに明け放れた。 堺の豪商魚屋利右衛門家では、先ず小僧が眼を覚ました。眠い眼を渋々こすりながら店へ行って門の戸を明けた。朝靄蒼く立ちこめていて戸外は仄々と薄暗かったが、見れば一本の磔柱が気味の悪い十文字の形をして門の前に立っていた。 「あっ」と云うと小僧平吉は胴顫いをして立ち縮んだが、やがてバタバタと飛び返ると、 「磔柱だ

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郷土的味覚

寺田寅彦

日常の環境の中であまりにわれわれに近く親しいために、かえってその存在の価値を意識しなかったようなものが、ひとたびその環境を離れ見失った時になって、最も強くわれわれの追憶を刺戟することがしばしばある。それで郷里に居た時には少しも珍しくもなんともなかったものが、郷里を離れて他国に移り住んでからはかえって最も珍しくなつかしいものになる。そういう例は色々ある中にも最

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郷愁

織田作之助

郷愁 織田作之助 夜の八時を過ぎると駅員が帰ってしまうので、改札口は真っ暗だ。 大阪行のプラットホームにぽつんと一つ裸電燈を残したほか、すっかり灯を消してしまっている。いつもは点っている筈の向い側のホームの灯りも、なぜか消えていた。 駅には新吉のほかに誰もいなかった。 たった一つ点された鈍い裸電燈のまわりには、夜のしずけさが暈のように蠢いているようだった。ま

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郷愁

太宰治

私は野暮な田舍者なので、詩人のベレエ帽や、ビロオドのズボンなど見ると、どうにも落ちつかず、またその作品といふものを拜見しても、散文をただやたらに行をかへて書いて讀みにくくして、意味ありげに見せかけてゐるとしか思はれず、もとから詩人と自稱する人たちを、いけ好かなく思つてゐた。黒眼鏡をかけたスパイは、スパイとして使ひものにならないのと同樣に、所謂「詩人らしい」虚

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郷愁

仲村渠

友よ 肩をならべて街へゆかう質屋をだして外套は僕らの肩によいおもさ友よ 腕をくめ街は霧だ燈火の美しくなる十二月何だらう 僕らを呼んでゐるものは?友よ 新しい気流が渡つてるにすぎぬのだよ 街のうへを何だらう 僕らの顔に匂つてくるものは?気弱い友よナフタリンの玉がころがつてるにすぎぬのだよ かくしの底に霧は僕らの肩におりるやうす友よ 友よ 話してゆかう声だかに燈

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郷愁

佐左木俊郎

郷愁 佐左木俊郎 私はよく、ホームシックに襲われる少年であった。 八百屋の店頭に、水色のキャベツが積まれ、赤いトマトオが並べられ、雪のように白い夏大根が飾られる頃になると、私のホームシックは尚一入烈しくなるばかりであった。 そんなとき、私は憂鬱な心を抱いて、街上の撒水が淡い灯を映した宵の街々を、微かな風鈴の音をききながら、よくふらふらと逍遙あるいたものであっ

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郷愁の詩人 与謝蕪村

萩原朔太郎

蕪村や芭蕉の俳句に関しては、近頃さかんに多くの研究文献が輩出している。こうした時代において、著者の如く専門の俳人でもなく、専門の研究家でもない一詩人が、この種の著書をあらわすということは、無用の好事的余技の如く思われるが、決してその然らざる必然の理由があるのである。というのは、従来世に現われている蕪村論や芭蕉論は、すべていわゆる俳人の書いたものであり、修辞や

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都会はぜいたくだ

小川未明

デパートの高い屋根の上に、赤い旗が、女や子供のお客を呼ぶように、ひらひらとなびいていました。おかねは、若い、美しい奥さまのお伴をしてまいりました。 そこには、なんでもないものはありません。みるもの、すべてが、珍しいものばかりでした。 東京へ出てきてから、奥さまにつれられて、方々を歩くたびに、田舎のさびしいところで働いて暮らす、お友だちのことを思わぬことはなか

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都会の中の孤島

坂口安吾

アナタハン島の悲劇はむろん戦争がなければ起らなかった。第一たがいに顔を知り合うこともなく、それぞれが相互に無関係の一生を送ったであろう。 しかし、アナタハンのような事件そのものは、戦争がなければ起り得ない性質のものではない。 一人の女をめぐって殺し合うのは、山奥の飯場のようなアナタハンに外見の似た土地柄でなくとも、都会の中でもザラにありうることだ。 アナタハ

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都会地図の膨脹

佐左木俊郎

都会地図の膨脹 佐左木俊郎 序景 窓は広い麦畠の、濃緑の波に向けて開け放されていた。擽るような五月の軟風が咽せかえるばかりの草いきれを孕んで来て、かるく、白木綿の窓帷を動かしていた。 南面の窓に並んで、鉄筋混凝土の上層建築が半分ほど出来あがっていた。その上に組まれた二本の大きな起重機は、艶消電球のような薄曇りの空から、長い鉄骨の手を伸して、青い麦畠やそのまわ

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都会の幽気

豊島与志雄

都会の幽気 豊島与志雄 都会には、都会特有の一種の幽気がある。暴風雨の時など、何処ともなく吹き払われ打ち消されて、殆ど姿を見せないけれども、空気が凪いで澱んでいる時には、殊に昼間よりは夜に多く、ぼんやりと物影に立現れたり、ふらふらと小路を彷徨したりする。 幽気があるのは、必ずしも都会に限ったものではない。田舎には田舎の幽気があり、山林田野には山林田野の幽気が

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都会に於ける中流婦人の生活

豊島与志雄

都会に於ける中流婦人の生活 豊島与志雄 都会に於ける中流婦人の生活ほど惨めなものはない。彼女等の生活は萎微沈滞しきっている。――勿論茲に云うのは、既婚の中流婦人の大多数、僅かな例外を除いた全部を指すのである。 下流の婦人等の生活はまだそう悪くはない。少くとも彼女等は働いている。何かしら糊口のために仕事をしている。如何なる粗食と粗服と陋屋とを余儀なくされても、

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都会と田園

野口雨情

雨降りお月さん 暈下され 傘さしたい 死んだ母さん、後母さん 時雨の降るのに 下駄下され 跣足で米磨ぐ 死んだ母さん、後母さん 柄杓にざぶざぶ 水下され 釣瓶が重くてあがらない 死んだ母さん、後母さん 親孝行するから 足袋下され 足が凍えて歩けない 死んだ母さん、後母さん 奉公にゆきたい 味噌下され 咽喉に御飯が通らない 死んだ母さん、後母さん

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都会と田舎

萩原朔太郎

ひとり私のかんがへてゐることは、もえあがるやうな大東京の夜景です、かかるすばらしい都會に住んでゐる人たちは、さかんなもりあがる群集をして、いつも磨かれたる大街道で押しあひ、入りこみたる建築と建築との家竝のあひだにすべりこむ、そこにはさびしい裏町の通りがあり、ゆがんだ酒場の軒がごたごたと混みあつてゐる、だぶだぶとながれる不潔な掘割、煤煙ですすぼけたその附近の悲

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都会の類人猿

牧逸馬

一九二六年二月十四日に、桑港サタア街一一三七番居住の Miss Clara Newman という六十三歳になる独身の老婆が、表て通りの窓に、「貸間あり」の紙札を出した。 これは、亜米利加の都市の素人家町を歩いていると、よく見かける看板で、一尺四方程の厚紙に綺麗に“Room to Let”と書いたのを、正面の応接間などの、往来から眼に付き易い窓硝子の内側へ立て

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都の友へ、B生より

国木田独歩

都の友へ、B生より 国木田独歩 (前略) 久しぶりで孤獨の生活を行つて居る、これも病氣のお蔭かも知れない。色々なことを考へて久しぶりで自己の存在を自覺したやうな氣がする。これは全く孤獨のお蔭だらうと思ふ。此温泉が果して物質的に僕の健康に效能があるか無いか、そんな事は解らないが何しろ温泉は惡くない。少くとも此處の、此家の温泉は惡くない。 森閑とした浴室、長方形

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都の眼

竹久夢二

都の眼 竹久夢二 留吉は稲田の畦に腰かけて遠い山を見ていました。いつも留吉の考えることでありましたが、あの山の向うに、留吉が長いこと行って見たいと思っている都があるのでした。 そこには天子様のお城があって、町はいつもお祭りのように賑かで、町の人達は綺麗な服をきたり、うまいものを食べて、みんな結構な暮をしているのだ。欲しいものは何でも得られるし、見たいものはど

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正岡子規

○一つ橋外の学校の寄宿舎に居る時に、明日は三角術の試験だというので、ノートを広げてサイン、アルファ、タン、スィータスィータと読んで居るけれど少しも分らぬ。困って居ると友達が酒飲みに行かんかというから、直に一処に飛び出した。いつも行く神保町の洋酒屋へ往って、ラッキョを肴で正宗を飲んだ。自分は五勺飲むのがきまりであるが、この日は一合傾けた。この勢いで帰って三角を

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薄田泣菫

少し前の事だが、Kといふ若い法学士が夜更けて或料理屋の門を出た。酒好きな上に酒よりも好きな妓を相手に夕方から夜半過ぎまで立続けに呷飲りつけたので、大分酔つ払つてゐた。 街灯の灯も点つてゐない真ツ暗がりに、Kは自分の鼻先に脊のひよろ高い男が立塞がつてゐるのを見たので、酔つ払がよくするやうにKは丁寧に帽子を取つてお辞儀をしたが、相手は会釈一つしないのでKは少し然

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こまどりと酒

小川未明

夜おそくまで、おじいさんは仕事をしていました。寒い、冬のことで、外には、雪がちらちらと降っていました。風にあおられて、そのたびに、さらさらと音をたてて、窓の障子に当たるのがきこえました。 家の内に、ランプの火は、うす暗くともっていました。そして、おじいさんが、槌でわらを叩く音が、さびしいあたりに、おりおりひびいたのであります。 このおじいさんは、たいそう酒が

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