風流旅行
牧野信一
一ヶ月あまりは、またそれで旅に暮しても十分とおもつてゐたのに、私は迂闊にも自分が再び相当の飲酒者に立ち戻つてゐたのを忘れてゐた為に、二三ヶ所をわたり歩いて未だ二週間も経たぬ間に、もう国元へ電報を打たなければならぬ状態だつた。私は従来何んな類の旅の経験も知らない所為か、何処に泊つても滑稽なほど臆病で、財布のことばかりを気にしてゐるにも拘はらず、毎晩十二時過ぎま
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牧野信一
一ヶ月あまりは、またそれで旅に暮しても十分とおもつてゐたのに、私は迂闊にも自分が再び相当の飲酒者に立ち戻つてゐたのを忘れてゐた為に、二三ヶ所をわたり歩いて未だ二週間も経たぬ間に、もう国元へ電報を打たなければならぬ状態だつた。私は従来何んな類の旅の経験も知らない所為か、何処に泊つても滑稽なほど臆病で、財布のことばかりを気にしてゐるにも拘はらず、毎晩十二時過ぎま
辻潤
風狂私語 風狂私語 辻潤 ●本文中、底本のルビは「(ルビ)」の形式で処理した。 ●本文中、[※1~4]は底本からの変更部分に関する入力者注を表す。注はファイルの末尾に置いた。 ▼自分は風狂人の一種だ。俳人なら惟然坊[※1]のような人間だ。ただ俳句がつくれないばかりだ。嘘のような話だが殆どつくったことがない。俳句ばかりか短歌もつくったことがない。どうもこんなこ
林芙美子
風琴と魚の町 林芙美子 1 父は風琴を鳴らすことが上手であった。 音楽に対する私の記憶は、この父の風琴から始まる。 私達は長い間、汽車に揺られて退屈していた、母は、私がバナナを食んでいる傍で経文を誦しながら、泪していた。「あなたに身を託したばかりに、私はこの様に苦労しなければならない」と、あるいはそう話しかけていたのかも知れない。父は、白い風呂敷包みの中の風
堀辰雄
それらの夏の日々、一面に薄の生い茂った草原の中で、お前が立ったまま熱心に絵を描いていると、私はいつもその傍らの一本の白樺の木蔭に身を横たえていたものだった。そうして夕方になって、お前が仕事をすませて私のそばに来ると、それからしばらく私達は肩に手をかけ合ったまま、遥か彼方の、縁だけ茜色を帯びた入道雲のむくむくした塊りに覆われている地平線の方を眺めやっていたもの
中原中也
風船玉の衝突 立て膝 立て膝 スナアソビ 心よ! 幼き日を忘れよ! 煉瓦塀に春を発見した 福助人形の影法師 孤児の下駄が置き忘れてありました 公園の入口 ペンキのはげた立札 心よ! 詩人は着物のスソを 狂犬病にクヒチギられたが……! ●図書カード
小川未明
風船球は、空へ上がってゆきたかったけれど、糸がしっかりととらえているので、どうすることもできませんでした。 小鳥が、窓からのぞいて、不思議そうな顔つきをして、風船球をながめていました。 「小鳥さん、おもしろいことはありませんか。」と、風船球はたずねました。 「おもしろいことですか、それはたくさんありますよ。いま、あちらの町の上を飛んできますと、にぎやかな行列
小川未明
原っぱは、烈しい暑さでしたけれど、昼過ぎになると風が出て、草の葉はきらきらと光っていました。昨日は、たくさん雨が降ったので、まだくぼんだところへ、水がたまっています。もうすこしばかり前でありました。 「きょうは、きっとよく釣れるよ。」といいながら、徳ちゃんは、釣りざおとバケツを持って先に立ち、後から、正ちゃんが、すくい網をかついでここを通ったのです。 年ちゃ
土田杏村
山村君 君と僕とは如何なる不思議の機縁あつてか斯くも深いまじはりに在り、君のその新しい詩集の一隅にいまは僕の言葉がつらなることとなつてゐる。おそらく君は僕を一評論家と遇して何事をか述べさせようとするのではなからう。僕もまた文壇に立つものの一人として君の詩集にむかはうとは思はない。君の生活は僕にとつてはあまりに嚴肅であり、君の詩は僕にとつてはあまりに尊貴である
尾崎士郎
月のかげが低い屋根に落ちている。場所は博多、中洲の水茶屋、常盤館の裏門の前で俥のとまる音がした。――入ってきたのは洗いざらしの白い薩摩絣を着ながしにした長身肥大の杉山茂丸である。杉山は、右が納屋、左が薪の束の堆高く積んである狭い通路を大股に歩いて植込のふかい中庭の前へ出た。 壊れかかった柴折戸をあけると、池の水蓮に灯かげがぼうと映っている。杉山は竹垣にそって
小山清
――私はたいていうなだれて、自分の足もとばかり見て歩いていた。けれども自分の耳にひそひそと宿命とでもいうべきものを囁かれる事が実にしばしばあったのである。私はそれを信じた。私の発見というのは、そのように、理由も形も何も無い、ひどく主観的なものなのである。誰がどうしたとか、どなたが何とおっしゃったとか、私はそれには、ほとんど何もこだわるところが無かったのである
岸田国士
年久しくその名を聞き、常に身辺にそれらしいものゝ影を見ながら、未だ嘗てその正体をしかと捉へることの出来ないものに、風邪がある。 風邪は云ふまでもなく一種の病である。多くは咽喉が荒れ、咳が出、鼻がつまり、頭が痛み、時には熱が上り、食慾進まず、医師の手を煩はす場合が屡々ある。 凡そ今日では、病気の数がどれくらゐ殖えたらうか。病名がきまつて、病原のわからぬものも随
宮沢賢治
風野又三郎 宮沢賢治 九月一日 どっどどどどうど どどうど どどう、 ああまいざくろも吹きとばせ すっぱいざくろもふきとばせ どっどどどどうど どどうど どどう 谷川の岸に小さな四角な学校がありました。 学校といっても入口とあとはガラス窓の三つついた教室がひとつあるきりでほかには溜りも教員室もなく運動場はテニスコートのくらいでした。 先生はたった一人で、五つ
北原白秋
白菊 目にたちて黄なる蕋までいくつ明る白菊の乱れ今朝まだ冷たき 黄の蕋のいとど目にたつ白菊は花みな小さし咲き乱れつつ さえざえと今朝咲き盛る白菊の葉かげの土は紫に見ゆ 独遊ぶ今朝のこころのつくづくと目を留めてゐる白菊の花に 菊の香よ故しわかねどうらうらに咲きの盛りは我を泣かしむ 咲くほどは垣内の小菊影さして日のあたり弱きしづもりにあり 独居はなにかくつろぐ午
小川未明
都会のあるくつ店へ、奉公にきている信吉は、まだ半年とたたないので、なにかにつけて田舎のことが思い出されるのです。 「もう雪が降ったろうな。家にいれば、いま時分炉辺にすわって、弟や妹たちとくりを焼いて食べるのだが。」 そう思うと、しきりに帰りたくなるのであります。けれど、出発のさいに、 「信吉や、体を大事にして、よく辛棒をするのだよ。」と、目に涙を浮かべていっ
牧野富太郎
風に飜へる梧桐の実 牧野富太郎 秋風起つて白雲飛ぶと云ふ時節ともなると、アヲギリ(幹、枝が緑色ながら云ふ)即ち梧桐の種子を着けた其舟状の殻片が、其母枝を離れ翩々として風に乗じ遠近の地に墜ちる、是れは何も珍らしい事ではないが、其れが眼前に落ち散らばつてゐる処を見ると、其殻片が頗る大きな丈けに何となく今更ながら其認識を新たにすることを禁じ得ない 私の庭に一本のア
小川未明
風ふき鳥 飛んでどこへゆく 海は暴れているぞ。 なんで鳴く かあかあ 山も暴れているぞ。 あんなに高く あんなに低く 後になり、先になり。 みんなから、きらわれて 鳴き鳴き 飛んでゆく。 黒い衣を着かえて こい。 金の帯をしめて こい。 今度の世には 王さまにしてやるぞ。 ●図書カード
中谷宇吉郎
この半月くらいの間に、二十二號颱風から始まって、二十五號まで、四つもの颱風が續けざまにやって來た。そのうち二つばかりは、九州を襲って、大損害を與えたが、あとの二つは、幸いにして本土をそれたので、大したことはなかった。 この頃は、氣象觀測網も大分充實し、觀測技術も進歩したので、颱風は洋上かなりはなれたところにある頃からもう發見される。それで日本に近づいて來る進
寺田寅彦
颱風雑俎 寺田寅彦 昭和九年九月十三日頃南洋パラオの南東海上に颱風の卵子らしいものが現われた。それが大体北西の針路を取ってざっと一昼夜に百里程度の速度で進んでいた。十九日の晩ちょうど台湾の東方に達した頃から針路を東北に転じて二十日の朝頃からは琉球列島にほぼ平行して進み出した。それと同時に進行速度がだんだんに大きくなり中心の深度が増して来た。二十一日の早朝に中
佐藤垢石
飛沙魚 佐藤垢石 この頃は、一盃のむと途方もなく高値な代金を請求されるので、私ら呑ん平にはまことに受難時代である。そのために月に一回、せいぜい二回も縄暖簾を、くぐることができれば幸福の方であるが、五十年来のみ続けてきた私が、月に一回や二回のんだのでは、夜ねむれないで困りはしないかと心配した。 しかし、ありがたいことに、のめないでも眠ることについては心配不要で
田中貢太郎
A操縦士とT機関士はその日も旅客機を操って朝鮮海峡の空を飛んでいた。その日は切れぎれの雲が低く飛んで、二〇メートルと云う烈しい北東の風が、水上機の両翼をもぎとるように吹いていた。下には荒れ狂う白浪が野獣が牙をむいたようになっていた。 機体は木の葉のように揺れた。それは慣れているコースではあるが、二人にとってこれほど苦しい飛行はかつてなかった。A操縦士はハンド
陀田勘助
おれは白蟻のように噛み切ることはできない おれは飛行機のように軽快に空を飛ぶことはできない だが脳髄の中の空間に飛行船を遊歩させることはできる 現在の頁を空白に削りとられた者の前には 明日の希望が堂々と逍遥し始める のぞき窓からのぞき込む鋭い二つの目も 希望の青空を漂泊するおれの飛行船を のぞき得ないし、捕らえ得ないし、投獄し得ない。 おれの希望の青空に昇る
坂口安吾
飛騨の顔 坂口安吾 日本で、もう一度ノンビリ滞在してあの村この町を歩いてみたいと思う土地は、まず飛騨である。五月ぐらいの気候のよいときが望ましいが、お祭のシーズンもよいかも知れぬ。京都はギオンの夏祭りをのぞいて多くの主要な祭が春の二ヶ月間ぐらいに行われるから祭のシーズンというものがあるが、ヒダはそうでもないらしいから、まとめてお祭を見るわけにはいかないようだ
薄田泣菫
飛鳥寺 薄田泣菫 私が飛鳥の里に來たのは、秋も半ばを過ぎて、そこらの雜木林は金のやうに黄いろく光つてゐた。つい門先の地面を仕切つた、猫の額ほどの畑には、蕎麥の花が白くこぼれてゐた。纖細な、薄紅い鷽の脛のやうな莖が裾をからげたままで、寒さうに立つてゐる。程近い飛鳥神社の木立は、まばらに透いて見え、背伸びをすると、耳無し山が寒さにかじけたやうに背を圓めて、つつ伏
佐藤垢石
食べもの 佐藤垢石 私は、この三月七日に、故郷の村へ移り住んだ。田舎へ移り住んだからといって、余分に米が買えるわけではなし、やたらに野菜が到来するわけではない。 近い親戚の人々や、家内の者と相談し、麦は今年の秋から、稲は来年の夏から、蒔いたり植えたりすることにして、まず手はじめに屋敷の一隅と屋敷に続く畑へ野菜を作ることにした。つまり、帰農のまねごとというので